「なぁ、なに怒ってんだよ?」
「別に怒ってません」
「怒ってんじゃねぇか」
「ゼンッゼン怒ってなんかないですよっ」
いつもはふんわり笑ってくれるが、なぜか今日はつ〜ん、としている。
理由を聞いても「怒ってない」の一点張り。
分かりやすすぎるくらい怒ってるに、悟空は軽くため息をついた。
カノジョが怒った理由
天下一武道会の広い敷地内の中に、門から会場に向かうまっすぐなメインストリートがあって。
その両脇にはたくさんのいわゆる「お土産屋さん」が軒を連ねていた。
こちらの世界に迷い込んで、初めてといっても過言ではない普通の(?)下界の様子に、はきょろきょろと落ち着きなく周りを見回しては、「うわ〜」とか「へえ〜」とか感嘆の声を上げている。
さっきまで「やっぱ棄権しちゃおうかな…」なんて弱気なことを言って、門をくぐることさえ渋っていたのに、一歩入ってみればおのぼりさん丸出しのその様子。
「あんまりきょろきょろしないのよ?恥ずかしいじゃない」
「あ、ごめんなさい」
軽くブルマに窘められ、一応謝罪の言葉を口にしてはいるけれども、やっぱり好奇心には勝てないらしい。
ものめずらしいものを見つけては、その店先に走っていってみたり、手にとって眺めてみたりしているの瞳は、キラキラ生き生きと煌めいていて。
「可愛いよな〜……///」
「ああ……///」
これから始まる試合のことは今はもう念頭にも浮かべずにキャイキャイはしゃいでいるその様子を見て、クリリンとヤムチャがポツリと呟き、思わず目を奪われていた天津飯が赤くなってそこから視線を外し、そんな天津飯を不思議そうに餃子が眺めている。
―――――――――可愛いと思うのは、オラだけじゃねぇんだな…………。
仲間たちのとなりを歩きながら、悟空はそう思うと同時に、内心なんだか焦りのようなものを感じてしまう。
子供のころからの気心の知れた仲間たちにさえ、『そんな目でを見るな』的な感情を抱いてしまうあたり、まったくどうしようもない。
神とミスター・ポポと悟空とがすべてだった神殿では感じたことのなかったイライラに、ポポの言っていた『独占欲』という言葉をなんとなく思い出しながら、悟空はに視線を向けた。
「ね〜、見て見て悟空! 似合うかな〜」
ひとつの土産屋で、『武』のマークの入ったオレンジ色のTシャツを広げ、が悟空を振り返る。
いつものとおりに纏められた長い髪が、彼女の動きにあわせてサラサラ流れ。
澄んだ瞳が嬉しそうに細められ、艶やかな唇が柔らかい曲線を描く。
そんな笑顔を向けられると、どうにも胸が高鳴ってしまって顔が熱くなる。
いつも着ているジャージだって、たとえボロッちい継ぎ接ぎだらけの布だって、にかかればどんな服だって似合うんじゃないかと思いながら、悟空は頷きかけたのだが。
否が応でも気付いてしまう、そんな彼女に集まる男どもの視線。
当の本人は鈍感ゆえにまったく気付いていないし、悟空だって普段はそんなこと気にもとめないけれど。
そこはそれ。『恋』が与える不可思議な力をなめちゃいけない。
当然オモシロくない悟空は、デレッとを見る男たちをひと睨みしてから。
「ほら、もう行くぞ」
「うわっ!」
そんな視線の届かないところへ早く連れ出したくて、の手をつかんでその店を離れた。
突然手をつかまれたは、ただ似合うかどうか聞いただけなのに、なんだか不機嫌そうな悟空の様子を見て。
そ、そんなに似合わなかったんだろうか…?
なんて、こっちはこっちで勘違い。
まぁ、はっきり言って似合うか似合わないかなんて別にどうでもよかったけれど、なんだか怒ったような悟空のその様子に、聞かなきゃよかったなんて、またゼンゼン違うところで後悔していたりする。
だけど。
そんなことでなんで怒られなきゃならないのか。
こっちの世界に来て、修行修行で店なんかのぞくどころかその存在さえ思い出せないような状況だったから、今のこの雰囲気が懐かしくて嬉しかったのに。
手を引かれるまま歩きながら行き着いてしまったその疑問に、ちょっとふてくされモードの入ったに、更に追い討ちをかけるように。
「あの〜、孫、悟空さん、ですよね?」
遠慮がちなその声に、足を止めた悟空とともにそちらに目をやれば、そこにはと同じ年頃の数人の若い女の子のグループが。
「? ああ、そうだけど…」
誰だ?とでもいうように、悟空が首をかしげて答えた途端。
「「「「「っキャーーー!!!」」」」」
びくびくっ!!!
いっせいに黄色い悲鳴を上げたその女の子たちは、ぐるりと悟空を取り囲んだ。――――――その声に驚いて肩を跳ねさせたを押しのけて。
「すっごいカッコよくなっちゃって! 三年前と見違えましたっ!!」
リーダー格の女の子が悟空にキラッキラな瞳を向けた。
悟空はといえば、やっぱりワケわからないという顔でその子を見返す。
「おめぇたち…誰だ???」
「あ、ごめんなさい。私たち、三年前の天下一武道会見に来てて、孫悟空さんのファンになっちゃったんですよ〜」
「「「「「ね〜v」」」」」
「あの時、まだちっちゃくて可愛くって、それなのにむちゃくちゃ強くって! もう完全ノックアウト!」
「あの可愛かった悟空さんが、こんなに素敵になるなんてっ!!! ヤバ過ぎっ! マジ惚れちゃいそう!」
「今回も大贔屓で応援しちゃいますよ〜!!!」
「もちろん優勝ですよねっ! でも本当にカッコいいっ! どうしよ、もっと可愛い服着てくればよかったっ!」
機関銃のごとく矢継ぎ早に出てくるセリフに、悟空は呆然。
ファン?
ノックアウト!?
マジ惚れちゃいそう!?!?
大贔屓!?!?!?
本当にカッコいい!?!?!?!?
悟空を囲んでキャーキャー言ってる彼女たちのそんな言葉に、がググッとこぶしを握った。
そんなに素直に自分の心を言葉にできるなんて、なんて羨ましい………!
じゃなくってっ!!!
いつのまにか、悟空のとなりが自分の指定位置だと思っていた自分の甘さと図々しさを、思い知らされた。
一歩下界に降りれば、神殿と違って人がたくさん生息しているこの世界。当然、女の子は自分ひとりなワケがない。
ということは。
―――――――――強くて優しくてカッコいい悟空は、必然的に競争率が高くなるのが目に見えている。
わかってる。わかってるけどでもっ!!!
熱い視線を浴びてたじたじしている悟空を見ているのは、ものすごぉく!!!
おもしろくないっ!!!!!
彼女がいるのかとか恋人がいるのかとか好きな人がいるのかとか質問攻めにあっている悟空が、困ったような顔をに向けてくるが、考えてみたら別に彼女でも恋人でもない自分が悟空を助けられるはずもない。
「悟空の奴モテやがんな、ちくしょー」
悔しそうに呟き舌打ちしたクリリンを振り返り、はヤキモチから来る苛立ちを隠してムリヤリ笑顔を作る。
「ね〜。ほんとモテるよね。なんかジャマみたいだから、先行こっ、クリリンさん!」
わざと悟空に聞こえるように言ったのは、ささやかなの攻撃。
鈍感悟空が気付くはずないと高をくくって言った言葉だったのだが、感情を抑えるのが巧くない代表選手のようなの態度は、言葉よりも多くを語っていたりする。
プイッときびすを返して先を行くに続き、クリリンがあわててそのあとを追う。
チラリと悟空に視線をやってみれば、そんなの態度に明らかに動揺しているのが見て取れて、クリリンはハァ、とひとつため息をついた。
「……という訳でさ、悟空はちゃんが男どもの注目集めてるのが気にいらねぇし」
「ちゃんは孫くんが女の子たちに騒がれてるのがオモシロくないわけね〜」
予選会場の扉が開くのを待つ選手たちに混じり、ニコフワ笑顔を一転、不機嫌になったの様子に、クリリンとブルマがそんな会話を交わして軽くため息をつく。
ようは、やきもちを妬きあってるというところだ。
まったくどうしようもない奴らだ、と仲間たちが思っているところへ、やっと女の子グループから開放された悟空が会場の扉の前に走ってきた。
自分が来たことに気付いているはずなのに、一向にこっちを向こうとしないに、悟空は一瞬戸惑って。
「なんで先行っちゃうんだよ、」
声をかけても、振り返りもしないで。
「だってジャマでしょ? わたし突き飛ばされたし」
つ〜ん、と言い返す。
明らかに怒っているその様子に、ワケがわからず焦る悟空。
「なに怒ってんだよ?」
「別に、怒ってないです」
「怒ってんじゃねぇか」
「だから、ゼンッゼン怒ってなんかないですよっ!」
目もあわせずに口調を荒げるその態度。
口でなんと言おうが、どう見たって怒ってるだろう、と悟空は軽く息を吐く。
「あのさ、わかってるとは思うけど……おめぇ、わかりやすすぎんぞ。怒ってねぇなら、オラのほう見て言えよ」
悟空の物言いに、くるっとは振り返る。
つかつかと悟空のそばに歩いてくると、下から悟空を見上げてその瞳をしっかりとらえ。
「怒・っ・て・ま・せ・ん」
――――――いや、もうその目が怒ってるから。
目が口ほどに物を言っちゃってるから!
ゆっくりはっきりとしたのその物言いは、悟空はもちろんはたから見ていた仲間たちまでそう思ってしまうほど、そりゃもう突っ込みどころ満載で。
あまりにもわかりやすすぎて、もしかしたらワザとやってるんじゃないかとも思うのだが、言わずもがな、丸っきりの天然である。
つついと再び視線を外し、悟空に背を向けるの心中はといえば。
なにが哀しくて、大好きな人にこんな態度をとらなきゃならないのか。
ヤキモチってのはこんなに厄介な感情だったのか。自分を一番に見てもらいたいなんて、自分が一番じゃないと嫌だなんて、実は自分は自己顕示欲のかたまりだったんだろうか?
自己嫌悪が押し寄せてきて、情けなく眉を下げながらため息なんか落としていたら。
「ねえキミ、ちょっと」
「………はい?」
気取った声に振り向けば、いかにも軟派な男の子がそこにいて。
「さっきから目ぇ付け……おっと。見てたんだけど、可愛いね、キミ」
そんなふうに軽く声をかけてくるその人に、はカチコ〜ン、と固まった。
も、もしかして………ナンパ? ナンパですか!?
イナカの素朴な方々に囲まれて育ち、加えて人見知りなにとっては、衝撃の初ナンパだった。
なんと答えていいかもわからず、俯きプチパニックを起こしかけて視線をうろうろと彷徨わせてしまう。
唐突に浮かんだのはブルマの姿。
都会的な超絶美人のブルマなら、こんなときどうかわせばいいか教えてくれるんじゃないかと思い、彼女を探すために顔を上げたの目に入ったのは、広い背中で。
「わりぃけど、コイツはオラの連れだから」
口調は優しかったが、貼り付けたような笑顔と射抜くような視線を受けたナンパ男は、怯んだように二、三歩下がった後「なんだ、彼氏持ちかよ」と捨て台詞を吐いてその場を離れた。
去っていくその男を厳しい目で見やったあと、悟空はを振り返る。
極度の緊張から解放されたようにホッとしている彼女が、なんと言うか、もう。
「さぁ、なんで怒ってんかは知らねえけどさ、オラのそば離れんなよ。おめぇがほかの男に話しかけられるの嫌なんだよ」
思わず零れ落ちた本音。
を見てると、想いが溢れて止められなくなってしまう。
声かけられるのなんか言語道断、ほかの男がを見てるだけでも、嫌なのだ。
一方、そんな言葉をかけられてしまったは、意味がわからずきょとんと悟空を見返せば。
そっぽを向いて困ったように頬っぺたをかいているその姿が目に入って、一瞬にして霧が晴れたように胸の中のもやもやが消えていくのを感じる。
まさかとは思うけど。
でも、今はちょっと自惚れておこう。
―――――――――悟空が、ヤキモチやいてくれたって。
「うん。離れないようにする♪」
えへへ、と笑いながら自分のとなりに立って見上げてくるに、悟空は安心したような優しい笑顔を返す。
「あ、そうだ。さっきのTシャツ、似合ってたぞ」
思い出したように伝えれば、ふわり、と嬉しそうな笑顔がその可愛い顔に広がって。
完全にやられてしまった悟空は、なんでが怒っていたのかなんてどうでもよくなってしまった。
「結局、なんだかわからないまま仲直り?」
「そうみたいっすね」
ニコニコ笑い合って、ほのぼのモードにいつの間にか戻っている悟空とを見て、そんな会話を交わすブルマとクリリンは、別にこっちが心配しなくても勝手にくっついてくれるだろうと、再度ため息を落とした。
えぇと、、、舞台(?)は天下一武道会予選開始前です。
まだ片想い中のお二人さんでございます///
リクありがとうございました&こんなので申しわけありませんでしたバッカス様!(≧人≦;
そして読んでくださった様、多謝です〜〜〜(〃▽〃)

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