悟空と手を繋ぎ、陽の光の降り注ぐ爽やかな空気の中でお散歩を楽しんでいたら、ちょっと先のほうで止まったエアカーから一組の家族が降りてきた。
お父さん、お母さん、男の子、女の子。
都会から来たのだろう、大自然の景色にはしゃぎ賑わうその人たちを見て、自然に笑みがこぼれてしまう。
小さい頃、よく家族旅行に出かけた。
お父さんの運転する車の助手席にお母さん。
わたしと弟は後部座席。
夏休みのたびにたいてい二泊くらいで出かけたその旅を、毎年ドキドキワクワクしながら楽しみにしてた。
「懐かしいなぁ」
自分でも知らずに、そんな呟きがこぼれ出た。
相思相愛
朝食を食べた後、が洗濯やら掃除やらと家事を始めるのを見て、悟空はいつものようにちょっと家から離れた広野に修行に出た。
以前手伝おうと思って手を出したのだが、皿は割るわ洗剤は入れすぎるわ箒は折るわで散々邪魔してくれちゃう悟空に辟易したの、「悟空さんはわたしがこっち終わるまでは家の外で身体でも鍛えてきてください」とにっこりと有無を言わせない笑顔に押し切られ、現在に至っている。
悟空は軽く気を入れて、いつものようにひとり修行に励もうと思ったのだが。
昨日見たの表情が脳裏をよぎり、どうも集中できない。
この前散歩してたときに、が車から降りてきた家族を見てふんわり笑って「懐かしい」と呟いた。
それは、言葉通り本当に懐かしそうで、どこまでも柔らかくて、けれどどこか…遠い昔を思い出しているような、少し――――――淋しげな笑顔だった。
と暮らし始めてから数ヶ月。
もともとわかってはいたが、は本当に感受性豊かで。
眩しいほど明るく笑顔をふりまいたり、一生懸命眉をしかめてなにかに取り組んでいたり、なんだかガッカリしたように肩を落としていたり。くるくると表情が変わり、見ていてまったくもって飽きがこない。
でも。
遠くを見つめて切なそうに笑うその表情を見たのは、本当に久しぶりだった。
悟空がこっちの世界に連れ帰ってしまい、もとの世界と決別しなければならないとが理解して後、悟空たちを心配させないように必死に頑張ってはいたけれど、神殿にいた頃は時折見せていたその笑顔。
それを思い出して、悟空の胸がちくりと痛んだ。
明るくて元気なの様にすっかり忘れてしまっていたが、彼女は異世界で生まれたのだ。
両親も、兄弟も、友達も、すべて、もう二度と戻れないその世界に置き去りにして、時空を越えて。
戻りたいと思ったことだってあったはずなのに、振り返っても仕方ない、としっかり背筋を伸ばして前を見つめていた彼女に恋をして、そして彼女も、悟空と共にこちらの世界で生きていくことを選んでくれたけれど。
考えてみれば、はまだこちらの世界に来てから一年をやっと越えたくらい。幸せそうに笑ってくれるけれど、元の世界で過ごした時を『想い出』として割り切るには、まだまだ時間がかかるのは、わかりきっている。
なにか、自分がにしてあげられることはないものか、と悟空は腕を組んで空をにらむ。
あの時は、ドライブをしていた親子連れを見て「懐かしい」と言った。
イコール、多分彼女はもといた世界で家族と共にドライブをしたってことになるのか。
まだ子供はできないから、親子でっていうのは無理だけれど、悟空とは夫婦、いわば家族なわけで。
こっちの世界でも同じような経験をすれば、もといた世界を『想い出』にすることができるかもしれない。
そう考えたのだが、なにせ自分は車など持っていない。
悟空ももずば抜けた運動能力があるため、人里離れているにもかかわらず車なんか必要なかったのだ。
「どうすっかなぁ………」
普段はあまり頭を使わない悟空が修行そっちのけでうんうん唸っていると、遠くのほうから宣伝カーならぬ宣伝飛行船が近づいてきた。
『お騒がせしております!本日正午よりY社主催の大食い早食いコンテストを開催いたします!超一流のコックを使い、最高の食材を用意しております!胃袋に自身のある方!老若男女は問いません!優勝者には豪華景品を用意しております!是非ふるってご参加ください! 場所は………』
いつもは気にもとめない宣伝飛行船だが、こと食べることに関しての宣伝だったため、そして修行に集中していなかったため、悟空はなんとなく飛び上がり、飛行船のフロントガラスに張り付いた。
「なぁ、豪華景品ってなんだ?」
『わぁ!!!ひ、ひひひ人が、人が空を………っ!!!』
そりゃ驚くだろう。
はるか上空を飛んでいたはずなのに、突然張り付いてきた人の影。
ありえない現実にあわあわと慌てる宣伝の声があたりに響き渡る。
「そんなに驚くなよ、オラ空飛べんだ。……それよりさぁ、優勝するとなんかもらえんか?」
人好きのする笑顔を浮かべた悟空に、非現実的なことだとは思いつつ、宣伝のマイクを持った女の人が赤面した。
『あ、ああ、はい。優勝者には金一封と最新エアカー、その他いろいろと……』
それを聞いた悟空が、パアァ!と眩いばかりの笑顔を披露して。
「そうか、車もらえんのか! よし、オラ出るぞ!! …がいいって言ったらだけど」
宣伝女性は悟空の笑顔に完全ノックアウトだったが、「」という名前を聞いて首をかしげた。
『?』
「ああ! はオラの大事な奥さんだ!」
じゃあな!と言って超スピードでどこかへ飛んでいく悟空を呆然と見送った後、「フン、なにさっ!田舎もん!」と捨て台詞をはく女の人だったという。
「大食いコンテスト?」
いつもよりもちょっと早く帰ってきた悟空にお茶を出しながらことりと首を傾けるのは、彼の大事な奥さんことちゃんだ。
「うん。なんか、今日のしょうごからそういうんがあるんだってさ。オラ出てもいいか?」
「しょうごから……って、正午から? いいも何も、あと30分しかないけど。間に合うの?」
「さっき宣伝してたんだから、大丈夫じゃねぇか?」
お茶を飲みながらのんきに笑い、それからを見る。
「な、いいだろ?」
「別にいいけどさ。じゃ、お昼はいらないんだね」
何気なく言った一言だったのだが、それを聞いた悟空が罰の悪そうな顔をする。
今まで一日三食、必ずと一緒に食べていたので、なんとなく罪悪感なんか感じてしまった。しかし、ここはそれ、すべてはを車に乗っけてやりたいためなのだ。
悟空はそんなふうに思考を切り替えると。
「も一緒に行くか?」
そう聞き返せば、はきょとんとした顔をしてから、はぁ、とため息をついた。
「行きたいんだけどね〜」
「どうしたんだ?」
なんだか肩を落として落ち込んでいる様子のを見ると、たはは、と苦笑して。
「ちょっと、うん。やっちゃって、さ」
「なにを?」
「だって! アイツ悟空がいなくなるのを狙ったように出てくるんだから!」
「だから、なにやったんだよ?」
何をやったか具体的に話さず、言い訳をするように強い口調で訴えるを問い詰めると、はうろうろと視線をさまよわせてから、観念したようにすっとキッチンのほうを指差した。
その不自然な様子を不思議に思いながらの示した方向を見た悟空は。
「うわぁ…。派手にやったな、」
「うん、まぁ…。正直、お昼までに片付け終わりそうもないから、今日は丸焼き覚悟かな〜とか思ってたんだよね。ある意味ベストタイミングだよ」
呆然とする悟空と、脱力したように笑うの視線の先は。
倒れかけた食器棚、床に散らばった割れた皿の破片、飛び散った水と生ごみ。
思わず目を逸らしたくなるようなやばいほどの散らかりようで。
「いやでも! ちゃんとひとりでやっつけたんだよ!!」
そんなふうに胸を張るを見て、悟空はひとつため息を落とし。
「………蜘蛛が出たのか」
「いやー!言わないでよその名前!!!うぅうう〜、キモチ悪いっ」
あんなもののどこがそんなに嫌なのか理解に苦しむが、前々から蜘蛛が出てくるとはひっじょーに取り乱す。
それ故に、かなり必死になって退治したのはわかるのだが、このキッチンの様子はひどい。ひどすぎる。
「片付けんのオラも手伝うぞ?」
割れた破片に手を伸ばそうとする悟空を制して、が首を振る。
「いいっていいって。わたしがやったんだし。それよりほら! 早く行かないとコンテスト出られなくなっちゃうよ」
悟空が手を出すと余計ひどくなりそうだ、なんて思っているの思考など露知らず、悟空はの頭をぽんぽんとたたいた。
「そうだな、じゃあ、行ってくるぞ」
「いってらっしゃ〜い。悟空なら優勝まちがいなしだね」
手を振るに笑顔を返し、悟空は飛び立った。
倒れた食器棚を元に戻し、無事だったお皿を水場に入れて、床に散らばる破片やら生ごみやらを掃き清めて分別し、飛び散った水を雑巾がけして拭き取る。
悟空も言っていたが、我ながらずいぶんと派手にやったな〜、なんて片付けながら苦笑した。
なから片付き、浸しておいたお皿を洗いながら、はふと思う。
「なんで、大食いコンテストなんか出たのかなぁ」
元の世界でもよくテレビでやっていた大食い競争。
あの頃、「すごいな〜」と見ていたが、今ののだんな様はそれ以上に素晴らしい食べっぷりを毎日ご披露してくれる。
ほかに類を見ない大食漢の悟空が出れば、優勝は確実だろう。でも。
毎日、何を出しても「美味しい」と言って残さず食べてくれてはいたが、実は口にあってなかったんじゃないだろうか。なにせ神殿にいた頃は、ミスター・ポポが毎日美味しいご飯を作ってくれていたし。
「ま、いっかぁ。お昼ご飯、作らなくてすんじゃったし」
幸せな結婚生活で唯一戦争の食事作り。
材料もすごければ量もすごい。一食だけでも抜ければ、実のところかなり助かったりするのだ。
美味しくないと思われているのはちょっと哀しいけれど、それでも悟空はいつも残さず食べてくれし。
それに、まだまだ新米主婦だから、これからいろいろ研究すればいいや、と思い直しながら、は洗ったお皿を食器棚に戻した。
があくせくと部屋の掃除をしている頃。
悟空は出される食材を次々と平らげていた。
やっぱり大食いの競り合いだけあって、おデブさんややたら必要以上に大きいノッポさんなどが多い中、普通の体系の悟空は最初こそそれらの方々に軽く見られていたのだが。
その食べっぷりや如何に。
まわりの追付いを許さず、ひたすらダントツで皿を空ける。
さすがに一流コックが作っただけあってどれもこれも「うめぇ!」と言いながら食べていたが、それよりなにより。
悟空の頭を回るのは、『優勝、車、優勝、車』の二言だ。
食べ続けること約二時間。
他の出場者も、最初は負けじとばかりに次から次へと食していたのだが。
二時間も経つころにはもう、悟空の勢いに気圧されてしまい、呆然とそれを傍観するのみだ。
結局そのまま回りを押し切り、ダントツ優勝を決めた悟空。
腹いっぱい食わせてもらったうえに金一封とエアカーのカプセル、それから冷凍された魚やら肉やらの高級食材を手に入れて、こんな競争なら毎回出たっていいな、なんて思いながら、帰宅の途についた。
「〜、たでぇま! ちょっと来てみろよ!」
「お帰り悟空、なに〜?」
陽が西に傾き、夕暮れに空が染まる頃、帰ってきた悟空はテーブルの上に金一封の袋を置いて、部屋の奥にいるを呼ぶ。
洗濯物をたたみ終えて、ベッドのシーツを換えていたがとててて、と走ってくる。
「どうだった?大食いコンテスト」
姿を見せたの問いに、悟空は満面の笑顔を浮かべて。
「ああ、バッチリ優勝したぞ! これとこれとこれ、もらってきた」
カプセルふたつとのし袋をに見せると、は嬉しそうに笑った。
「すごいすごい! さすが悟空! そんなに商品でたんだね。何が入ってるのかな、そのカプセル」
「出してみようぜ」
興味津々でふたつのカプセルを見るに、悟空はにっと笑って、外に出るように促す。
まず一つ目。
爆音と煙のあとに姿を現したのは、たくさんの食物群。
「………すっごい、嬉しい…。涙が出るほど嬉しいっ! 普通の食材だー! ああこれで! これでしばらく血を見ずにすむよ〜」
本当に泣きそうなくらい喜んでいるその姿。
悟空にとっては、普段の食材だって普通の食材なのに、どこが喜びポイントなのかわからなかったが、とりあえずの嬉しそうな顔に満足し。
「なあ、オラが欲しかったのはこっちなんだ」
悟空がもうひとつのカプセルを出して、に見せる。
きょとんとそれを視野におさめてから、は首をかしげた。
「それ、なに?」
それに答えず、悟空がカプセルを投げる。
再び爆音と煙が上がり、おさまった先に出現した物体に、は目を丸くした。
「これって………エアカー? 悟空、車に興味あったっけ?」
先刻の「欲しかった」宣言を思い出し、が悟空に問いかける。
悟空が車を欲しいなんて、ちょっと不思議な気がする。車なんかなくたって、走れば車よりも悟空のほうが早いし、空も飛べるのに。
ひたすら疑問符なの顔を覗き込み、悟空が瞳を和ませた。
「オラじゃなくて、が乗りてえんじゃねえかな、と思ってさ」
「わたし???」
ますますわからない、とでもいうように悟空の瞳を見つめると、悟空はちょっと照れくさそうに笑って頬っぺたをかいた。
「この前さ、どっかの家族連れが車から降りてきたとき、『懐かしい』って言って笑ってただろ? おめぇ元の世界であいつらみたいに車に乗ってどっかに出かけたことがあるんじゃねえか? まだ子供はいねえけど、オラとだって家族だろ? だから、これ乗ってどっか行けば、少しは淋しくなくなるんじゃねえかと思ってよ」
「悟空…………」
あの時、確かに懐かしいと思った。
元の世界のこと、ちょっと思い出して胸が少し痛んだ。
でも―――――――――それを悟空に気づかれてるなんて思ってもみなかった。
そうか、悟空はわたしのために大食いコンテストに出てくれたんだ。わたしの淋しさを、紛らわそうとして。
胸がいっぱいになってしまって、は思わず悟空に抱きついた。
「?」
「ありがとう悟空。だいすき」
溢れる気持ちのまま、は言葉を声に乗せる。
「大丈夫。淋しくなんかないよ。わたしには悟空がいるから」
あの時だって、こっちに来た当事ほどズキズキしなくて、正直ちょっと驚いたのだ。
時の流れと悟空の存在―――――――――そのおかげで、気持ちに整理が付けられたんだと思っていた矢先に、こんな、嬉しいことをしてくれちゃって言ってくれちゃうなんて、反則だ。
「ね、悟空」
「ん?」
「もう、ほんとにだいすき。だいすきなんて言葉じゃ足りないくらい、すご〜く愛してる」
止まらない想いに後押しされて、いつもは照れくさくて言えない言葉が次から次へと口をついて出てきてしまう。
背中に回った悟空の腕が、ぎゅうっとそんなを抱きしめた。
「はわかんねぇかもしんねえけど」
「なにが?」
「オラはよりももっともっと、おめぇを愛してんだぞ」
悟空の言葉に、胸が熱くなる。
まずい、止まらない。
このままじゃ、理性が崩れるなんて時間の問題――――――――――って。
「うわっ!な、なに悟空!?」
突然感じた浮遊感に、崩れそうだった理性がすとんと戻った。でも。
現在の状況=悟空に抱き上げられ、家の中に連れ込まれています………。
「だ、ダメですよ悟空さん!まだ夜じゃないんです!ご飯のしたくも途中だしっ!」
「あんだけオラを煽っといて、いまさら何言ってんだよ」
「あおっ!?!?あ、ああ煽ってなんかないっ!!いいからおろしてっ!おろせおろせおろしなさい〜!!!」
バタバタと真っ赤になって暴れるを綺麗に無視して、悟空は西日の射す寝室に入るとをベッドにおろした。
すぐさま起き上がって逃げようとする華奢な身体を押さえつけ、そのまま深く口付ける。
「――――――っ、……んふぅ」
の甘い吐息に、悟空は唇を離した。
それからその潤んだ瞳を覗き込み、フッと悪戯っぽく笑う。
「どうする? やめるか? それとも………つづけるか?」
「………なんか、最近意地悪だよね、悟空」
「はは、オラまだガキだからさ。好きな子はいじめたくなっちゃうんだ」
「前はそんなことしませんでした!」
なけなしの理性を総動員させて、は起き上がりベッドから立ち上がる。
「お、おい! 悪かったよ!」
「しりません」
なんだか怒らせてしまったその様子に、悟空が慌てて謝罪するが、は悟空に背を向けて部屋を出ようとする。
困りきって動けない悟空の気配を感じて、は部屋のドアに手をかけてくるりと振り返った。
「――――――なんてね。今日は本当に感動したよ。だからつづきは、ご飯食べてから、ね///」
意地悪な悟空も好きだよ、と。
耳まで真っ赤に染め上げながら逃げるように出て行くの姿に、完全にやられてしまった悟空だったという。
その後夕飯を食べているときに、悟空がふと思い出したように。
「やっぱり、の作った飯が一番うめぇよ」
そんな一言を的に悩殺素敵笑顔で言うもんだから、はで悟空にやられてしまっていた。
余談。
「ところで悟空さん?」
「なんだ?」
「免許、持ってるの?」
「めんきょ? めんきょってなんだ??」
―――――――――このときもらったエアカーが活躍するのは、まだまだ先になりそうだ。
ハイ、またしても趣旨のずれたリク夢になってしまいました(涙)
未央様ごめんなさいっ!さんざん待たせた挙句こんなので…
やっぱり私は、妄想のかたまりでございます(汗)
お付き合いくださった様、ありがとうございました!

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