SAKURA





が次元を超えてから早十ヶ月。
若葉の芽吹く頃から始まって、海やプールが恋しい日々も通り過ぎ、少し物悲しい秋から朝ベッドから出たくない寒〜い季節を経て、そして今。


ぽやんと気持ちのいい陽気。
あったかくて、柔らかくて。

地上からはるか上空の天界にも四季はあるんだな、と思いながら、はふわふわとした春の空気を吸い込んだ。



ちょっと前から始まった、悟空との組稽古。
多少は手加減してくれているのだろうけれど、バトルマニアの彼のこと。
はっきり言って、ミスター・ポポが相手をしてくれていたときのほうが、にとってはまだマシだった…。

最初のうちは甘い攻撃も、エキサイトして熱くなってくると、そりゃもう重いことこの上ない。
真面目に筋トレに取り組んでるのにちっとも身にならないこんな細っこい身体じゃ、それを受け止めるだけだってかなりの負担がかかるのだ。まぁ、基本的にはスピードの勝るは殆ど逃げ回っていて、受け止めるのは数回程度だが。それに――――――本音を言えば、マッチョマンにならないのは喜ばしい。


悟空の役に立てるのは嬉しいけれど、ある意味思いっきりカラダはってるよな〜、なんて苦笑しながら、は神殿の庭に出る。
お昼休憩ももうすぐ終わり。まもなく悟空も神殿から出てきて、組手再開だろう。
頑張るぞ!と気合を入れなおし、がぐぐっと拳を握りしめたとき。



〜」



自分の名を呼ぶ、柔らかい声。
名前を呼ばれただけで緩んでしまう頬。
ヘラリと笑いながら声のしたほうを振り向けば、神殿の入り口で手招きをしている悟空の姿が目に入った。



これから修行再スタートのはずなのに、なにしてるんだろう?
そう疑問に思いながらも、反射的に手招きする悟空のところに向かう足。




「どしたの?」



そう聞けば、立てた人差し指を自分の唇に当てて、「しー!」というしぐさをする。
きょとんとそれを真似してことりと首をかしげるに、悟空はにっと笑いかけた。



、気、消してくれっか?」
「??? なんで?」
「いいから、はやく」



悟空の小声につられて、もひそひそ声になる。
状況はよくわからないものの、悟空に言われるままには気配を消した。



「そのままオラについて来んだぞ?ミスター・ポポに見つからないようにな」



囁くような声でそう言った悟空に、はこっくりと頷いた。

キラキラといたずらっ子のようにきらめく悟空の瞳と、何か悪いことをしているような罪悪感に、ドキドキと胸が騒ぎ出す。





昼食のときに使った食器をかちゃかちゃ洗っているミスター・ポポに気づかれないよう、気配と足音を消してその部屋を通り過ぎ、成功したことにホッと息をつく。



ポポさんに気づかれないなんて、奇跡的かも………っ!



そんな満足感を味わっているをよそに、悟空は神殿の中をずんずんと進み、ひとつの部屋のドアを押し開けた。





「ねぇ悟空、勝手に部屋入っちゃまずいんじゃないの?」
「だから、気、消したんだ。いいからちょっと来てみろよ」



今更ながら部屋の前で戸惑うの小さな声に、悟空はちょっと笑って、自分の目の前の壁にかかっている一枚の大きな絵を示す。
おっかなびっくりこそっと部屋に入り、悟空のとなりに立って示された絵をそうっと見上げた瞬間。



の顔がパァ、と笑顔になった。



その絵は、の世界でいうところの桜並木が描かれていて。
満開の淡いピンク色の花びらが、風に乗ってはらはらと舞っていた。
信じられないけれど―――――――――絵画のはずなのに、まるで等身大の桜並木がそこに存在しているかのように、リアルに映し出される映像。




「すごい………綺麗…………」




感動したかのように漏れるの声に、悟空は満足そうな笑顔を浮かべる。


「だろ?入ったことない部屋に勝手に入るとポポも神様もうるさいけどさ、さっき見つけてが好きそうだな〜、って思ったんだ」


悟空の言葉に、舞い上がりそうになる心。
もう、この人はどれだけわたしの心を奪えば気が済むんだろうか、なんて思いながら。


「ありがとう悟空」

緩んでしまう頬をそのままに、は悟空に笑顔でお礼を言って、心の中で「だいすき」と付け足した。



「うん。じゃあ、見つからないうちに戻るぞ」
「ラジャ!」



の笑顔に照れ笑いを浮かべ、悟空が部屋を出ようとし、がそれに従った、まさにその時だった。





ふわっと。
動く絵画の中の風が、の髪を揺らした。
その、気のせいだと思うにはあまりに現実的な感覚に、は思わず立ち止まり、背後の壁を振り返る。

突然立ち止まったを、悟空は怪訝そうな顔で振り返り。



「どうした?」
「ん…。気のせい、かなぁ。なんでも――――――――ぅえっ!?!?」
「うわっ!!!!」




なんでもない、と言いかけたが、突然その絵から生まれた吹きすさぶ風にのまれて動揺した声を上げ、その様を見た悟空が焦って咄嗟にの腕をつかんだが。



「っぎゃーーー!!!吸い込まれる吸い込まれる吸い込まれるイヤーーー!!!!!」
「うわわわわ!すげぇ力だやべぇ!!!」



かなり必死にもかかわらず、相も変わらずまぬけな悲鳴を上げながら風に引きずられて絵に吸い込まれそうになると、そんな彼女を助けようとこちらも必死に引っぱり戻そうとする悟空。






そんな大騒ぎを聞きつけたミスター・ポポが、珍しくあわててその部屋に走りこんできたときには、もう時既に遅し。
二人の姿は、どこにもなかった。















ハイ、こちらはその不思議な絵に吸い込まれてしまった悟空と



「どどどどどうしよう!!!」



蒼くなってうろたえるのは、当然である。
ここは下界なのだろうか?それとも異世界なのだろうか??
いったいどういった世界なのかもわからず、パニックを起こすアタマ。



だって、もうすぐ天下一武道会なのだ。
自分だけならまだしも、世界を左右する大事な戦闘を控えた悟空をあろうことか巻き込んで、一緒にこんなところに吸い込まれてしまって。
さっさと帰らないと、世界滅亡だ!!!



「わたしったらなんであの時悟空を放さなかったんだ!!!あぁあ、なんとかっ!なんとかして帰らなきゃ!!!でもどうしたら……っ。う〜〜〜、思いつかないよどうしよう!」



ひとりで頭を抱えてうんうん唸っているを見て、悟空は思わず笑ってしまう。
いや、不測の事態に驚いたのは悟空とて同じだし、はっきり言ってこの原因を招いたのは悟空であってではないのに、なにをどう思ったのか自分を責めているの様子。
これだけパニクってくれると、逆にこっちは落ち着くもんだな、と悟空は思いながら。



「ま、いっか」







――――――――――――――――――って。






「いいや良くないよ悟空さん!!!もうもうもう、なにをそんなに落ち着いてんの!?帰れなかったらずっと天界で修行してた意味なくなるじゃん!ピッコロ大魔王と闘うんでしょ!?!?」



もあんまり深く考えないほうではあるが、絵の中に吸い込まれているこの状況で、「ま、いっか」はないだろう。
自分も大概能天気なほうだが、悟空には絶対に勝てない!と思っているに追い討ちをかけるように。



「そりゃ闘うけどさ、べつに今日明日闘うわけじゃねぇし、焦ったってどうやって帰ればいいかわかんねぇしよ」



のほほ〜ん、と答える悟空に、は言葉を失って脱力だ。
確かに。確かに焦ったからって帰れるわけでもないのはわかるけど。
こんな非現実的なことが起こったらパニくるのが普通の人間ではないのか?
―――――――――――けれど。



「それにオラたち神殿で消えたんだから、そのうち神様が気づいて戻してくれるさ。だから、そんなに心配すんな」



ポン、と頭に手を乗せられて、優しい目で覗きこまれてしまったら。
ちがう意味で鼓動が早くなり、真っ青だった顔には一気に血がのぼってしまう。





悟空って、不思議な人だな…。
惚れた弱みもあるんだろうけれど、悟空が「心配するな」って言ってくれると、本当に心配ない気がしてしまう。
楽観的過ぎるし、何の根拠もない言葉なのに、なぜか、絶対的に信頼できる雰囲気を持っている。






「…………うん。そうだね」



さっきまでのオロオロとうろたえまくった様子はどこへやら。
ふわんと笑顔を浮かべたは、今まで切羽詰っていて見えてなかった周りの景色を視野に収めて目を輝かせた。





「きれ〜い!すごい、桜だね」





見渡す限り、数え切れないほどの桜の木。
どこまでも続く淡い桜色に、柔らかい空気。


吸い込まれたことにいっぱいいっぱいで、それがどんな絵だったかなんて忘れていた。
落ち着いてみれば、満開の桜の花の下、暖かい風に舞うその花びらに、心底感動してしまう。
単純だって笑われるかもしれないけれど、こんな最高な気分になれるなら単純だってかまわない。

そんな胸のうちが思いっきり表情に出るの飾らない笑顔。
嬉しそうに花を見上げながら無意識に動く足。の歩調に合わせて、悟空もゆっくり歩き出す。





ふんわり笑って「どこまで続くのかな〜」なんて桜に見惚れながら歩くの横顔が本当に可愛くて、その穏やかな雰囲気に悟空の胸も騒ぎ出す。



ちょっと修行から離れてしまうと、すぐこれだ。
自覚した恋心は、日に日に大きく膨らみ募っていく。
の笑顔に、の真剣な瞳に、のすべてに、あふれ出しそうになるこの想い。


ふと視線を落とせば、自分のとなりで揺れているの小さな手。
繋ぎたいけど、急に握ったりしたらはどんな反応をするだろうと思うと、どうにも怖くて勇気が出ない。
今までどんなに強い敵が相手でも怖いなんて思ったことなんかなかったのに、こんな華奢な女の子の反応が怖いなんて、恋とはなんてやっかいな感情なんだろう。



そんなことを思いながらとなりを歩くをボ〜、と眺めてたので、彼女がなにを話していたのかもわからなかった。



「ねぇ悟空、怖い?」
「は!?な、なにが!?!?」




こ、怖いって、怖いって………まさか、オラの気持ちに気づいて……!?!?




真っ赤になって固まる悟空を見て、はやっぱり、と肩を落とす。




「……そうだよね、怖いよね。もうすぐだもんね、ピッコロ大魔王と闘うの。でもさ!悟空すごく頑張ってるじゃん!絶対勝てるよ!気休めでしかないかもしれないけどさ、わたし信じてるから」





――――――――――――ああ。そっちを心配してたのか。





ググッと拳を握りしめて、励ましの言葉をかけながら見上げてくるの真剣な瞳に、悪いとは思いつつも思いっきり脱力してしまう。
力なくハハハ、と笑いながら「サンキューな」ととりあえず礼を言えば、は赤く染まった頬っぺたをかきながら照れ笑いを浮かべた。



そんな小さなしぐさにも、グッときてしまうあたり、悟空も末期だ。





「しっかし、どこまで行っても出口なんかないよね〜。桜は大好きだから見ててぜんぜん飽きないけど…」
「なんだよ、まだ出口探してたんか?神様が見つけてくれるまで待ってようぜ」



ずいぶん歩いたけれど、どこまで行っても終わらない桜の並木道。
何時間も経ってるような気がするけれど、陽も傾かない不思議な世界。
さすがに少し疲れてきたので、悟空の言葉に頷いて二人して桜の木にもたれて座り込む。



見上げれば、花曇の空と、満開の薄紅色の花びら。
そのまま目を閉じると、春のぼんやりとした穏やかな空気と柔らかい風に、心が和む。


やっぱり春が、一番好きだな。
そんなことを思いながら、は目を閉じたまま頬を緩ませる。


毎日修行修行で、こんなのんびりした気分になったのなんて久しぶりだ。
サボってるみたいでちょっと罪悪感も感じるけれど、たまには心のケアも必要だと、は都合よく解釈した。





悟空は悟空で、やっぱり空を見上げながら。
の気配は春とよく似てるな、なんて思っていた。
フワンとしていて、優しいお日様のように心を和ませるその雰囲気が、どうにも『春』っぽい。

これから世紀の大決戦を控えている身で、やらなきゃならないことだっていっぱいあるのはわかってる。
こんなふうに幸せを感じている間にも、刻一刻と対決の日は近づいていることだってわかってはいる。
けれど、たまには、こんな日があってもいいよな、なんて笑みを浮かべていたのだが。





不意に、自分の肩に重みを感じて、悟空は穏やかな笑みを引きつらせた。
頬を撫でるの髪と、心地よい体温。
見なくたってわかる。どう考えてもこれは、が自分に寄りかかっている………っ!



視線はまだ空に残したままだが、今、全神経が集中するのは左肩。
騒ぎ出す心臓と、硬直する身体。
落ち着け、落ち着くんだ、と何度も自分に言い聞かせ、深呼吸をした後。



意を決したように自分の肩にかかる心地よい重みに視線をやれば、緩やかな風に流れる茶色がかった黒髪。
表情豊かなその瞳は、今は閉じられた瞼の下。
長い睫毛が影を落とし、艶めいた唇が柔らかく緩んでいる。




――――――――――――眠ってる。




それにしても、なんて気持ちよさそうに眠ってるんだろう。
確かに春の緩やかな空気の流れは気持ちよくて、眠気を誘うのもわかるけれど。


…………あまりに無防備な寝顔に、やっと落ち着いた鼓動がまた早くなる。



そっと滑らかな頬に触れてみれば、ビックリするほど柔らかくて。
それから唇に触れてみれば、触れた指先から身体中に広がる、熱い想い。


好きで好きでだいすきで、大切で愛おしい存在がそばにいて、自分の肩に寄り添っているこの状況。
閉じた唇が小さく開き、フッと漏れるの呼気を、触れた指先に感じて。





これで何もしないでいられる男がいるなら、顔を見て見たいものだ。









自分のものとは思えないくらい甘い声でその名を呼んでみたが、眠っている彼女は無反応。
起きてくれたらまだ我慢もできたのだが、熱い想いに突き動かされている悟空は、もうギリギリで。





の顎を掬い上げ、上を向かせる。
風に乗る桜の花びらがの髪にはらはらと落ちてくる。
前髪にかかるその薄紅色を払い、柔らかい髪をひとつ撫でて。
の唇に自分の唇を重ねようとした、そのとき。





ぴりっ!
ピリピリピリ!!!


突如身体に走った電気のようなもの。
あまりに身に覚えのある、その感覚。



「――――――ハッ!うわっ!電気走る走ってる!!!」



ビリビリと強くなる電流に、が目を覚まして身体を起こし、「感電だ!!!」とまた雰囲気ぶち壊しでうろたえた声を上げた。



ジャマされた悟空は悟空で、「神様、そう来るか………」と心の中でうなだれた。















「まったくおぬしらは……。神殿には危険な部屋もあるのだ。今回はこんな絵でよかったものの、もし間違って私の力の及ばないところに連れて行かれでもしたら……。二度と許可なく見知らぬ部屋に入るでないぞ」



帰ってきた悟空とに、渋〜い顔を向ける神。



「ごめんなさい、もうしません………」
「悪かったって。助かったぞ」


シュンと小さく背中を丸めて謝ると、どうにもあまり反省の色が読み取れない悟空。





神様にお小言をもらってから神殿の庭に出れば。
いつもはめったに感情を表に出さないミスター・ポポが、完全に怒っていて。


「今日サボった分、今からやれ」


もう日が暮れようとしているのに、薄暗くなった神殿の庭にミスター・ポポの抑揚のない声が落ちる。



「今から…って、もう日が暮れちゃうよ」
「オラ、腹減ってんだよな〜」


戸惑い首をかしげると何気に夕飯の催促をする悟空に、ミスター・ポポはくるりと背を向けて。



「ミスター・ポポ、死ぬほど心配した。今日はおまえたち、夕飯抜き」
「「えええーーー!!!」」



すたすたと神殿の中に入っていくミスター・ポポの背中を、は呆然と見つめ、悟空にいたっては「悪かったよポポ!もう二度としねぇからさ!」と必死に謝りながら追いかけた。







神様とポポさん怒らせちゃったけど、今日は悟空と桜の並木道を歩けて嬉しかったな〜、なんて思いながら、はその場に座り込み、座禅を組む。


その後、なにを言ってもムダだと諦めた悟空が戻ってきて、ミスター・ポポがいいというまで、二人は組稽古をしていた。















季節は、春。
悟空との恋愛模様は、未だ春の一歩手前で足踏み状態。




















「ってなことも、あったよね。もしかして、実はあれが初デートだったのかな?」
悟空「そうだな〜。だけどあん時ほど、オラミスター・ポポに逆らっちゃダメだって思ったときはなかったぞ」
悟飯「いいなぁ。僕も桜見たいな」
「あ、そっか。悟飯は桜見たことないよね。じゃ、今からお弁当作って行こうよ!」
悟空「お、いいなそれ!天気いいしな!」
悟飯「わ〜い!お花見だ〜!」















季節は、巡る。




















ってな感じになってしまいました。
これって、並木道でデートしてないですね(汗)
駄文で申し訳ありませんっ!
優希様、土下座して謝りますごめんなさいませ!
読んでくださった様、お付き合いくださってありがとうございました!