悟空が風邪をひきました。
まったくもって信じられないけれど、事実は事実です。
看病奮闘記
いつも早く起きる悟空が今朝はなかなか起きてこないので、なんか変だな、とは思ったものの、悟空だってたまには朝寝坊もするだろうとさほど気にもとめていなかったのだが。
朝ご飯を作り終わってもまだ姿を現さないのにはさすがに少し心配になって、は寝室に悟空の様子を見に行った。
「悟空、まだ寝てるの? 朝ごはんできたけど…」
「う〜〜〜、。なんかオラ…ボ〜、としてフラフラしてさ、身体起こせねぇんだ」
もぞもぞとふとんが持ち上げられて自分のほうに向けられた悟空の、その顔。
一言で言えば、『茹蛸』だった。
真っ赤っかな顔をして、その言葉のとおり、潤んだ瞳はボ〜、と虚ろで。
触らなくたってわかった。
コレはもう、絶対―――――――――熱がある!
それでも確かめずにはいられなくて、横になっている悟空の額におそるおそる手を当ててみると、思った以上に高い熱がそこから伝わってきた。
「……おめぇの手、冷たくって気持ちいいなぁ」
「うん、今まで水使ってたからね………って、ちがーう! すごい熱だよ悟空!!! 冷やさなきゃ!!!」
はあわてて部屋を出て行き、水を張ったバケツ(急いでいたので手近なものを使用した)と濡れたタオルをもってすぐに戻ってくると、そのタオルを悟空の額に乗せた。
気持ちよさそうに目を細める悟空にいくらか安堵する。
まあ、、、いつかは風邪ひくとは思っていた。
確かに悟空は丈夫で、見てくれだってがっしりと強そうで、とても風邪の菌を寄せ付けるようには見えないけれど。
毎晩毎晩、寝るときはトランクス一枚。
それだけならまだしも、悟空の寝相は悪いなんて言葉じゃ言い表せないくらい最悪も最悪。さすがに攻撃まではしてこないが(というか、無意識にかわしている)、が気づいて何度ふとんをかけなおしても、朝起きれば蹴っ飛ばして腹出して寝てるし。
「もう、明日からは絶対パジャマ着て寝ようね悟空」
「そうだな〜」
タオルを裏返しながらため息交じりにが言えば、聞こえてるんだかいないんだか定かではないが、上の空な声で素直な返事が返ってくる。
「うん。じゃ、今日はおとなしく寝てようね」
「でもオラ、修行しねえと………」
こんなときにも修行の心配をする悟空に、思わず脱力の。
強くなることが大好きなのは重々承知だが、こんなときまで暴れられたのでは心配で気が気じゃない。今にも起きだそうとする悟空を軽く手で押し戻せば、わずかの抵抗もなくポスン、とベッドに後戻り。
「今日はダメ!休んでください。……言っとくけど、わたしの目を盗んでやろうなんてしたら、実力行使でやめさせるよ」
見つからないように腕立てとかならできるかな、と思っているのがバレバレな顔を見て、「フラフラ悟空さんなら押さえつけるのなんて簡単だし」とにっこり笑うに、彼女の実力を充分把握している悟空が諦めたように苦笑した。
「わかった。今日は寝てる」
「よし、お利口さんね。何か欲しいものある? 水とか、お粥とか」
「」
「――――――――――――はい?」
「だから、がほしい。ちゅーしてくれ」
真っ赤な顔で、ウルウルと潤んだ瞳を甘くきらめかせる悟空。
当然熱が高いためにそんな顔をしているんだし、頭だってきっと熱のせいで沸いてるからそんなことを言ったんだろうとは思ったけれど、妙に色気のあるその表情に、の鼓動が早くなる。
悟空に負けないくらいに頬を染め上げながら、葛藤すること約数秒。
「そ、それじゃ、失礼、します……///」
妙に丁寧に悟空に向かって一礼し、そっと顔を近づけた、まさにそのとき。
「――――――――――――ぐぅっ」
ごちんっ!!!
「痛てっ!!!」
………状況を説明すれば、顔を近づけたとたんに悟空が口元を押さえて勢いよく起き上がり、まさかそんな攻撃(?)に出ようとは夢にも思わなかったのおでこに悟空の頭突きが見事に炸裂した。
「いっててて……って、悟空??」
額を押さえて顔をしかめるに謝罪する余裕さえなく、そばにあったバケツを素早く拾い上げ。
「うえぇええ〜〜〜」
リバース。
それを見たが、一気に固まって。
―――――――――――――――それから、大パニックを起こした。
悟空が……吐いてる。
食べるのが専門で、どんなにどんなにどんなに食べてもすぐに消化を促す素晴らしい胃袋を持っているらしく、およそ「食べ過ぎ」という言葉を知らず、胃もたれなんかしたことがない悟空が。
気持ち悪いなんて、吐きそうだなんて言葉がいっっちばん似合いそうもない悟空が。
一度口に入れた食べ物を、それがどんなに焦げてようがまずかろうが、絶対に戻さない悟空が。
――――――――――――――――――吐くなんて。
「ちょ、やっ! やだ悟空っ!!! 死んじゃやだよ〜〜〜!!!」
信じがたい事実におろおろとうろたえだし、悟空の背中をさすりながら涙声を出す。でも、いつもフォローに入る悟空は今、ゲロリンでそれどころではなく。
「はっ! お医者さん!!! 悟空、わたしお医者さん見つけてくるからっ!!!」
熱や鼻水や咳くしゃみくらいなら寝ていてば治ると思っているけれど、「吐く」という行為に大いにテンパッたは、ぶっ飛んだ思考の迷路の中からようやく『医者』の二文字を導き出し、猛ダッシュで家の外へ飛び出した。
どうにかして止めようとした悟空だが、熱と吐き気のダブルパンチが相当効いているらしく。
「〜、待てよ〜……」
と、なんともヘロヘロな声を出してその場に倒れこんだ。
それからどれくらい時間が経ったのだろうか。
「ちょっと悟空!なんで床で寝てんの!?ま、まさか…死んでないよねっ!?ねぇ悟空!!!起きて起きて〜〜〜!!!」
「し、死んでねぇから、落ち着けって…」
そもそも床に転がしっぱなしでが出て行ってしまい、ベッドに戻る気力もなかった悟空がそのまま床で眠ってしまったのだが、帰ってきたはいまだにパニック覚めやらず、倒れてる悟空をグワングワン揺すって起こした。
「よ、よかったぁ…」
目をあけた悟空を見て、心の底から安堵したように呟いてから、は悟空を抱えてベッドに戻す。
それから背後を振り返った。
「先生、この人が患者さんです。診てください」
の視線を追って彼女の後ろに立っている人物に視線を走らせれば、白衣を着た恰幅のいい初老の男の人が立っていた。
極度に悟空を心配したの執念によって見つけ出されたそのお医者様は、きっと彼女に引きずられるようにつれてこられたのだろう。髪は乱れ、白衣は肩からずり落ち、肩で息をしているその姿は、ちょっとボロボロだ。
わりぃことをしたな、、、と少し哀れみをこめた視線をその人物に送れば、それに気づいたお医者様がにこりと笑った。
「いや、元気のいい奥さんだね。…元気がよすぎるというか……」
「ははは、すまねぇな、おっちゃん。こいつ、パニック起こすとなにやらかすかわかんなくてさ」
持っていたカバンから聴診器を取り出しながら苦笑交じりに話しかけてきた医者に、悟空がに代わって謝罪する。
涙目で必死な様子のに同情し、行ってやろうと言ったときの彼女の笑顔に一瞬魅了され、次の瞬間には景色が飛んでいた。――――――正確には、信じられない速さで引きずられていた…。
「道具だけは持ってくる時間はくれたから、まあ大丈夫だがね。さて、奥さんの話だと『死にそうな人がいる』ということだったが……その死にそうなのは、おまえさんかね?」
悟空の胸に聴診器を当てながら、お医者さんが笑いを含んで悟空を見れば、今度は悟空が苦笑する番だ。
「そうみてぇだな。でもさっき一眠りしたら、ずいぶん身体が軽くなったみてぇだ」
「少し熱が高いようだが、脈も正常だし。……ただの風邪だろう。一日安静にしてればよくなるよ」
「ただの風邪?」
それを聞いて、今まで指を組んで心配そうにその様子を見守っていた元気すぎる奥様が口を開いた。
「だって先生! 悟空が、この悟空が吐いたんですよ!? 一度口に入れたものはたとえそれがげろマズだって絶対吐き出さない悟空がですよ!?!? そんな、ただの風邪なんて信じられないっ! 命が危ないとしか思えないっ!!!」
グッと拳を握りしめ、ボロボロ涙を流しながら切羽詰ったようにお医者様を見つめる瞳は必死も必死。……なんだか根本的なところでズレている物言いではあるが、とにかく彼女は必死だった。
「い、いやほら……今年の風邪は胃腸にくるんだよ。注射の一本でも打っとけばすぐよくなるから。だから、そんなになかなくても大丈夫だよ」
「そうだぞ。その注射ってヤツでもやっとけば明日には元気になるからさ。そんなに泣くなよ」
ぶっ飛んだ思い込みで泣きじゃくるはたから見たらなんとも迷惑なに、死ぬような大病ではない大丈夫だと宥める男二人。それをいまだ涙を溜めた瞳で見上げながら。
「……………ホント、ですか?」
そのお伺いに、熱が更に上がる悟空。
具合が悪いことなど一瞬忘れ、その可愛らしいしぐさに頬っぺたが勝手に緩んでしまう。が。
そのあとお医者さんが用意したブツを見て、その顔が一気に引きつった。
「なあ、おっちゃん………それ、なんだ……?」
「何……って、注射だよ。まぁ、しなくても大丈夫だとは思うが、やっといたほうが奥さんは安心だろう?」
コクコク頷くの姿は今、悟空の視野の端っこで。
悟空の瞳が釘付けになっているのは、その「注射」なる物体。
筒状の容器に液体が入っていて、あまつさえ、その先には鋭利な針。医者がピストンをおすと、その鋭くとがった針の先から液体がピュピュッと飛び出したのをみて、悟空の顔色が変わった。
ま、まさか………まさか!!!
「それ…まさかオラに刺そうなんて、思ってねえよな………?」
自分でも、なんとも不安げな声が出たもんだと思ったが、実際問題非常に不安なんだから仕方がない。
そんなふうに聞いてきた悟空をぽかんと見返したお医者様が、悟空の落ち着かない様子を見てにっと笑った。
「なんだ、怖いのかい?」
「え? 悟空が注射なんか怖いわけないですよ先生」
ナイフも鉄砲も怖くない人が、どうしてこんなちっぽけな注射針なんかでびびるハズがあるだろう、と言い返しただったが。
「――――――――――――――――――………いやだ」
「は?」
ポツリと零した悟空の言葉に、きょとんと振り返ったは、次の瞬間驚きで目を瞠る。
彼女が見たのは、注射に視線を奪われ、硬い表情をする悟空の顔で。
「な、、オラあんなのしなくたって今日一日ちゃんと寝てれば明日には治るからさ!だからやんなくたっていいよなっ!?」
「え? でも、注射しといたほうが安心だよ。ほら、腕出して」
「いやだ!」
強い口調で否定の言葉を言放ち、腕を取ったの手を、悟空はバッと振りほどき。
振りほどかれたほうのはで、死ぬほど心配して、こっちの世界の地理なんかまったくわからないにもかかわらず奇跡的に捕まえたお医者さんが注射をしてくれるといっているのに、どうしてここまで拒否るのかわけがわからず。
「どうして!?」
「怖いからに決まってんだろ!?」
悟空につられて口調を荒げて聞いた問いに、まったくもって予想もし得なかった答えが返ってきて、面食らってしまった。
怖い?………って、ハイ!?!?
そりゃ、も注射は大嫌いだし、正直やらずにすむならそのほうがありがたいが、それだってやらなきゃならないときは我慢できるのだ。それなのに、目の前にいる、世界最強の男が、「注射が怖い」と恥ずかしげもなく口にする事実に、思わず眩暈を覚えてしまう。
いや、そんな正直な悟空も実のところとっても可愛く感じてしまうではあるけれど、今現在、悟空は吐くほど体調が悪いのだ。ここは我慢して受けてもらわなければ!!!
「怖い!?!? こんなもん、目ぇ瞑ってればあっという間に終わっちゃうじゃん!! 自分を殺そうとしてる相手とは平気で戦えるのに、何が怖いっての!?!?」
「怖いもんは怖いんだ!! オラぜぇってえやらねえぞ!!! いくらの頼みだって、それだけは絶対いやだ!!!」
「嫌でも絶対受けてもらいますっ!!」
普段なら考えられない我の張り合い。
しかもそれは、たかが注射一本。
医者の立場からすれば、こんだけ元気がよければ注射の必要もないとは思うのだが。
ベッドから飛び出して逃げようとする悟空を捕まえて、羽交い絞めにする。
普段なら力で劣るが悟空を押さえつけられるわけはないのだが、悟空の体調が悪いことと興奮状態のが普段以上の力を発揮していることが重なって。
「ほら! いつもだったら悟空がわたしに押さえつけられるわけないでしょ! おとなしく観念してください!」
「わー!放せっ!」
「先生っ!ボ〜、と見てないで今のうちにはやくっ!!うわっ、ちょ、悟空暴れるなっ!!!」
どったんばったんとレスリングでも始めたような大騒ぎを呆気に取られて傍観していたお医者様だったが、に一括されて我に返り、彼女に馬乗りにされて身動きできない悟空の腕に素早くチクリと針を刺し、薬を流し込んだ。
「うっぎゃーーー!!! 痛えぇぇええーーー!!!」
「先生、ナイスッ!」
「長年やっとるからな」
――――――その後。
注射をされた悟空をベッドに戻し、お医者様にお礼を言ってつれてきた場所まで送っていき、家に帰ってきてみれば。
いまだにふてくされる悟空。
「悟空さん、機嫌直してよ。痛いのだって一瞬だったでしょ?」
「一瞬だったけど、すげぇ痛かった!」
「だけど、一瞬我慢すれば明日にはまちがいなく治るんだから。それより……悟空が注射怖いなんてかなり笑えるんですけど」
暴行に及んだことを悪いとは思いつつ、注射針を見た悟空の硬い表情と刺されたときの大悲鳴を思い出すと、どうしても笑がこみ上げてきてしまう。
クスクスと笑い出したを、それまで背を向けて寝ていた悟空が振り返り。
「治ったら………覚えてろよ」
小さく呟いた言葉は、には届かなかったらしい。
こっちを向いた悟空にふわりと笑いかけ。
「早く悟空さんがよくなりますように」
そう言って、ふわっと。
かすめるように悟空の唇に自分の唇を重ねた。
その柔らかい感触と甘い香りに、思わず頬が緩んでしまったが。
体調が元に戻ったら、こんな軽いキスじゃゆるさねぇぞ、と。
無邪気に笑うに、にっと笑みを返す悟空でありました。
初めての夫婦喧嘩ふうに・・・
って、遅れてごめんなさいごめんなさい潤様っ!!!今回も妄想一直線〜;;
お付き合いくださった様、ありがとうございましたw

|