「チョコレートの、作り方?」
「は、はい。えと、修行の合間にちょこっとだけ、教えていただきたいんですが………ダメ、ですか…………?」

もじもじと、上目遣いでお伺いを立てる
修行の合間っていったって、そもそも合間といえるような合間はほとんどないのだが。

「なんで、そんなもの、作る?」

感情のうかがい知れない声での問いかけに、は恥ずかしそうに頬を赤らめて。

「もうすぐ、その………バレンタインだから」
「ばれんたいん?」

首を傾げて聞き返されて、こっくりと頷いたの様子は、恋する乙女そのもので。
またなにか色恋沙汰に巻き込まれそうな予感に、ミスター・ポポはひそかにため息を落とした。






Chocolate Taste







バレンタインデー。
曰く、それはすなわち、「女の子が好きな男の子にチョコを渡して想いを伝える日」だそうだ。
2月14日にはそういったイベントが元の世界であったらしく、天界人に熱くその「バレンタイン」について語るに、ミスター・ポポはとりあえず理解した、といったように頷いた。



「わかった。、チョコ渡して、悟空に気持ち、伝えるのか?」
「え!? つ、つつつ伝える!?!?」



ぼんっ、と噴火して素っ頓狂な声を上げるの様子に、逆にミスター・ポポのほうが驚いてしまった。

ついさっき、自分で「女の子が男の子に想いを伝える」と言っていたから、てっきりその決心ができた=これで万事丸く収まる、と思っていたのに、明らかにうろたえているその真っ赤な顔。



「ちがうのか?」



思わず聞き返すと、は真っ赤な顔をうつむかせ、もじもじと指ワスラなんぞをし始めながら。



「あ、あの………伝えるとか、そういうんじゃなくって………いいいいえっ!あの伝えたくないわけじゃないんですよ!?でもちょっとその、まだそこまでの勇気がないっていうかっ! ただ、チョコレートくらい渡してもいいかな、なんて………。ダメ、ですかね…………?」



要するに、そういうイベントがあるから、とりあえずも恋する女の子として、好きな男にチョコくらい渡したい、と。
でも告白するなんて滅相もない、と。
なんだかよくわからない理論だが――――――――――手作りチョコを渡すだけでも彼女なりの精一杯の勇気なのだと、そのいっぱいいっぱいの表情が物語っていたりする。





「……………わかった。教えてやる」

「ホントですか!?」



タメ息交じりに了承の意を吐き出したポポに向かってくる、パッと明るい笑顔。
しぶしぶだったはずなのに、その笑顔を見ると、思わずつられて笑ってしまう。



「ただし、修行は、ちゃんとやる。わかったか?」
「もちろんです! ありがとうございます!」










そんなこんなで、のチョコレート作りが始まった。















そんなこととは露知らず。
それどころか、バレンタインデーという日があることも、それが本日であることも知るはずもない悟空は、今日も下界修行から戻るとすぐ、の気配の元へと無意識に向かっていた。
日々花開いていく彼女の素質と、それから自分を見たときのホンワカと暖かい笑顔を思い描き、悟空の表情が自然柔らかくなる。



今日はどれくらい強くなっているだろう?
今日もきっと、は自分を見て、「お帰り」って笑ってくれる。
彼女を見てると、修行の疲れなんか吹っ飛んでしまうから不思議なもんだ。
彼女のことを考えるだけでほっぺたが緩んでしまうのは、彼女に心を奪われてしまっているから、らしい。(ポポ説)








だ・が。








、たでぇま!」



いつものごとく、満開の笑顔で声をかけたの肩が、恐ろしいほどにビクッ!と跳ね上がった。
別に気配を殺していたわけでもなく、いつもなら敏感に自分の気配を察知して先に「お帰り〜」って言ってくれることもあるし、気づかなくてもすぐに振り向いてニコって可愛く笑ってくれるのに。

なのに今日のは、過剰に驚いたようなそぶりを見せた後、かっちーん、と音が聞こえるほどに固まり、それから、恐る恐る、という言葉が妙にふさわしいほどに、そっと、そうっと自分を振り返った。



「お、おおおおおお帰りんさい悟空さん! きょ、今日はまたずいぶんと早かったんですね!」



どもり上ずるその声と、そわそわと挙動不審に彷徨わすその視線。
明らかに作り笑いとわかるその硬い表情に、なんだか口さえも回っていないような変な言葉遣い。




いったいどうしたというのだろう。




「いや、帰ってくんのはいつもこんくらいだぞ? それよりおめえ、どうしたんだ?」

「いいいいいえっ!!! あのその別になんでもないのっ!!!」



思わず心配になりその顔をのぞきこむと、何故だか焦ったようにドヒュン!と音を立てて距離をとる彼女の行動に、悟空は軽く傷ついた。





「なんで逃げんだ………よっと!」

「ギャーーーー!!! ぅわ、ははははなして悟空さ〜〜〜ん!」



とられた距離の分を瞬時につめてその腕をすばやく捕まえれば、今度はじたばたと暴れだす。
掴んだ手首は軽く指がまわってしまうほど細くて、躰だってそれに見合うほどに華奢な彼女がどんなにもがいたところで、悟空の力には到底及ぶはずもない。

しかして悟空の胸の内は、なんでこんなに大抵抗するかなぁ…、と。さらに傷つくわけであり。
小さくため息を吐いて、ブンブンと振り回している腕を放そうとしたとき。

その振り回しているの手に、何かが握られているのが目に留まり、何の気なしに問うてみた。





、なに持ってんだ?」

「ぅえっ!?!?」



その疑問符に、過剰反応した
その様から察するに、自分を見て逃げ出そうとしたのも、ここまで拒否反応を示して抵抗するのも、すべてはその手に持っている『何か』が原因らしい。
――――――本当に、わかりやすい。





「あ、あぇと、ええとこれはその………っ!」





なんだか知らないが、真っ赤になってうろうろとさらに視線を彷徨わせ、なんとかごまかそうとしていたが、意を決したようにその手のものを悟空にズバッと差し出した。





「これねっ、チョコレート、なんですがっ!」

「チョコレート?」

「う、うん、チョコレート。これを悟空に、あげますっ!」

「オラに?」





何をそんなに力いっぱいなんだろうと疑問に思いながらもとりあえず、「サンキューな」とお礼を言って受け取り、その袋を開けてみれば、中にはちょっと形の崩れた丸い物体が数個、甘い香りを漂わせていた。





「あ、あのねっ? ポポさんに教えてもらったんだけどねっ? その、初めて作ったもんだから、形は変、だけど! 味は大丈夫だから………」



袋からひとつ出したそれをしげしげと眺めている悟空を見て不安になったのか、がその小さな手でかわいく拳を作って「味見はしたから!」と力説する。

ポポに教わって、初めて作った?
―――――――――って。





「これ、おめえが作ったんか?」



チョコから視線を外してを見れば、それはもう、夕陽のせいじゃないとわかるくらい鮮やかに頬を染め上げて、小さく頷く。



「う、うん………」



つつい、と恥ずかしそうに視線を逸らしたそのしぐさが、なんだか妙に可愛くて。
自分が今手に持っているそれは、が初めて自分のために作ってくれたものだということが、ものすごく嬉しくて。





ひょい、と。
それをためらいなく口の中に放り込んだ。





とたんに広がる、甘い香り。
同時に感じる、チョコレート独特の、甘さの中に潜む苦味。







「…………おいしい、ですか?」



じぃっと、悟空が食べるさまを凝視して、不安そうに上目遣いでお伺いを立ててきたに、にっこりと笑いかけた。



「うん、うめえよ」



そう答えて、ひとつ、またひとつとチョコを口に運んでいく悟空を見て、の顔に安堵といつもの笑顔が広がっていく。
よかったぁ、と胸に手を当てたに、悟空はちょっと悪戯っぽい笑みを向ける。



「うめえけどさ、ちょっと、にげぇな」





完食してからそう言った悟空に返ってきたのは、なぜか意を得たり、といったようなの笑顔。



「うん、それでいいの。ちょっと苦めにしたの。本当は、ほろ苦いののほかに甘酸っぱいのも作りたかったんだけど、修行の合間のちょっとした時間に作ってたから間に合わなくて、ね」



クスクスと笑いながらの発言に、悟空はちょっと首をかしげる。



「ほろにげえのと、甘酸っぺえの?」



疑問符を浮かべる悟空の顔をのぞきこんだの頬が再度染まった。



「そう。それが今の、わたしの気持ちだから。甘いだけじゃ、ないんです」



照れたようなの笑顔は、どこまでも柔らかくて暖かくて、だけど。







甘いだけじゃないの気持ちって、いったい何のことなんだろう???







やっぱりわからないといったような悟空の様子。ホント、鈍いなぁ、と苦笑しながら、は上目遣いに悟空を見上げた。



「ね、悟空。今日は何の日だか知ってる?」

「は?」

「今日はね、バレンタインデーなんですよ」

「ばれんたいんでー? なんだそれ?」



思ったとおりの悟空の「なんだそれ?」発言に、今度はがいたずらっぽい笑顔を彼に向けて。



「教えなーい! ……今はまだ、ね。それよりほら、夕ご飯の時間に遅れるよー」










パタパタと、神殿に走っていくの背中。
釈然としないものの、彼女が作ってくれたチョコレートのいまだ残るほろ苦い味になぜか幸せを感じて、悟空はその華奢な背中を追った。










「やっぱり、伝えなかった………」



神殿の中から様子を窺っていたミスター・ポポが、タメ息交じりに小さく呟き、ひとつ頭を振った。
雰囲気に流されて一気に纏まってくれちゃえば苦労のひとつが解決するのに、なんて鈍い連中だ、と、このとき落胆していたのは、今でもポポひとりの胸の中にしまってある。



















一年後。







いつもの修行から帰ってきた悟空を包む、キッチンから香ってくる甘〜い香りとの鼻歌。



「たでえま、。なに作ってんだ?」

「あ、悟空、お帰り〜。あのね、チョコクッキー焼いてるの♪」



くるり、と振り返ったの、ニコッと花咲く笑顔。
今日もオラの奥さんは可愛い、なんて色惚けなことを思いながら、悟空はつられてその端整なお顔にふわりと笑みを浮かばせた。





「いいにおいだなー」

「ふふ、うん。今日はバレンタインデーだから、ね」

「ばれんたいんでー?」

「そー。簡単に言うと、女の子がね、好きな男の子にチョコレートをプレゼントする日、かな」





ひと段落ついたのか、は相変わらずニコニコ笑いながらキッチンのイスに座って頬杖をつき、上目遣いに悟空を見上げる。






「ね、悟空覚えてる? 去年のこの日」

「――――――――――――おめぇ、そういう意味で、あのチョコくれたんか?」

「うん/// 悟空はゼンゼン気づいてくれなかったけどね」






クスリ、と照れくさそうに笑う彼女は、あのときのままで。
そんな深い意味があったなんて知らなかったけれど、今でも覚えてる………あの、甘くほろ苦い、味。






「初恋は、ほろ苦くて甘酸っぱいもんだって、悟空が教えてくれたんだよ」

「………なるほど、なぁ。だから、ほろにげえのと、甘酸っぺえのだったんだ」



こっくり頷くが、焼きあがったクッキーを悟空に差し出した。



「食べてみる? これが今年の、わたしの気持ち」



それを受け取って、一口かじれば、とたんに広がる香ばしくて甘い味と、同時に感じる酸味。






「わかる?」

「すげぇ甘くて、ちょっと酸っぱい」

「うん。甘甘で、時々キュッと切なくなるの。――――――でも、幸せ」






食べている自分を覗き込んでくるその顔は、やっぱり柔らかくて暖かくて。
その笑顔につられるように、悟空の顔にも笑みが広がっていく。






「ありがとな、。オラも幸せだぞ」






自然こぼれ出たその言葉に、の顔に嬉しそうな笑顔の花が咲いた。





















1日遅れ……しかも、日付変わるまでもう数十分。。。
思いつきバレンタイン夢、でした!(逃走)