チュンチュンピッピと小鳥の歌う声。
カーテンから差し込む朝の日差しに、はほわっと目を開けた。
すぐ隣りにいまだに夢の住人の最愛の人。
しばし幸せな気分でその無防備な寝顔を眺め、それからハフ、と小さなあくびをして、身体を起こす。
「ん〜〜〜!!!」
伸びをしてベッドから出て、カーテンを勢いよく開けると、いつものまぶしいくらいの陽光と緑の木々。
いつもと変わらないその風景の中に。
突如、ホワンとした光が二つ、浮かび上がった。
なんだろう、と目を凝らしているうちに、徐々にしっかりしていく光の輪郭。
「う、ウソーーーーー!!!!!」
パジャマのまま固まったから、次の瞬間ものすごい悲鳴が上がり部屋にこだまして。
「なっ、なんだなんだなんだ!?!?!?」
平和に眠っていた悟空があわてて飛び起きた。
夢枕
「え!? なんで!?!? えぇえええ〜〜〜!?!?!?」
窓の外を眺めて、驚いたなんて言葉じゃ表せないくらいこぼれんばかりに目を見開く。
そんな彼女を、たたき起こされたような衝撃を受けながら、やっぱり驚いたように見る悟空。
「。ど、どうしたん―――――」
「悟空!!! 緊急事態だよ!!!!!」
切羽詰ったその様子に、遠慮がちに声をかけた悟空の言葉をさえぎり、はブワッと風が起きるんじゃないかと思うほどの勢いで彼を振り返る。
叫びとともに、今まで固まっていた身体が解凍したらしい。
なにやら意味不明な言葉を呟きながら、風の如く部屋を飛び出していくを見て。
「いつものことだけど……へんなやつだな〜」
の出て行った扉を呆然と眺めながら、悟空は苦笑した。
が奇怪な行動に出るのは今に始まったことではない。そりゃもう、サーベルタイガーが出れば「すごい! ねぇお友達になろうよ〜」とか言ってその背中にいきなり跨って振り落とされるし、「やっぱりお山は栄養がいいんだねっ!虫がすっごいおっきいよ〜」なんて言いながらでっかいムカデを木の枝で突っついてると思ったら、その木の枝についていた大ムカデに比べたらやたら小さい蜘蛛に気づいて「ぎゃーーー!!!」と大悲鳴を上げて駆けずり回ってるし。
とまぁ、の行動にいちいち驚いていたのではキリがないため、悟空はさほど心配することもなく。
「なにが見えたんだろうなぁ」などと、のんきに窓の外に目をやった。
そこに見えたのは、二人の男女。
年のころは30代後半から40代前半くらいだろうか。
あっけに取られたようにぽかんとしている様子のその二人のもとに、あわてたように走っていくの姿が視野に入ってくる。
に気づいた二人は、一瞬目を見張り、直後、二人してに飛びついた。
頬を撫でたり、髪を撫でたり、背中を撫でたりしたあと、男のほうがゴチン、と大きなゲンコツをの頭に落とし、女のほうがバシンと背中を叩いた。―――――――――泣きながら。
「!!! なんだあいつら!!!!!」
自分の大事な嫁さんに暴力を振るわれた悟空が、ベッドを飛び降りの元へと走る。目にもとまらぬ早業とはまさにこのことだ。
悟空は瞬間移動したかのように一秒もしないうちに現場に到着するやいなや。
「おい!!! おっちゃん、おばちゃん!!! オラのに何すんだよ!!!!!」
「ふえ? あ、悟空〜〜〜〜〜!!!」
!!!!!
突然割って入ってきた悟空の大声に振り返ったは、泣いていた。
ひとの女に飛びついて抱きしめて暴力を振るって泣かせたのか!?!?!?(←もはやどこにムカついているのかすら見えない悟空さん…)
「…………『オラの、』、だと?」
男泣きしてにゲンコツを食らわせた男が、明らかに怒気をはらんだ声で悟空をにらみあげ、それからカチコーン、と固まった。
そんな男の様子に「どうしたの?」と声をかけながら彼の視線を追い、同じく凍結する女。
「「ご………悟空ーーーーー!!!!!」」
「はぁ!?!?!?」
声をそろえて会ったこともない人物から大音量で名前を呼ばれ、マジギレ寸前の悟空の気が逸れた。
二人の男女は、信じられないといったように悟空をまじまじと凝視し、それからに視線を戻し。
「ど、どういうことだ、?」
「な、なんで悟空が………」
大いに戸惑う二人に、はちょっと困ったような笑みを浮かべて。
「うん、こっちは悟空の世界。なんで二人がこっちに来ちゃってんのかはわからないけど……とにかく、ここは異世界だよ」
ぽか〜ん、と。
やっぱり受け入れられない、というか、受け入れたくないのか、と悟空を交互に見ながら混乱気味の二人を見やり、悟空はに視線を移す。
「、知り合いなのか?」
状況が飲み込めず、今日のの「緊急事態」はどうやら本当のようだ、なんて思いながら、涙をぬぐっている彼女に問うた。
「……知り合いもなにも………この人たちは、わたしのお父さんと、お母さん、デス」
「―――――――――――――――――――――ぇ? え!?」
父ちゃんと、母ちゃん!?!?!?
なんで!?!?!?
とまあ、立ち話もなんだから、というわけで。
の父様と母様を伴って、悟空との家にとりあえず入ったはいいが。
「まったくもうっ! 一年前に自転車だけ残して突然消えちゃって!! お父さんとお母さんがどれだけ心配したかわかってんの!? も、もう、生きてないかもしれないって、死ぬほど心配で……」
「うん、うん。わかってる。ほんとにゴメンナサイッ! ごめんねお母さ〜ん!!!」
抱き合ってワンワン泣き出す母子を前に、どうしていいかわからない悟空。
加えていくらか落ち着きを取り戻した父ちゃんからの突き刺さるような視線が、痛い。
「でも! わたしだって、わたしだってね!! 突然こっちに来ちゃって、どうしていいかわからなくって、心配かけてるのわかってるのに連絡もできなくって!!! 淋しかったんだよぉ〜……」
「あ〜、オラたちにわかんねぇようによく泣いてたもんな」
ポツリと零した悟空に、と母が視線を向ける。
「いやいやいや〜。でもまさか、ナマ悟空に会えるとは思ってなかったね〜」
「ね〜。信じらんないよね〜。でも、悟空がいなかったらわたし、ほんとに路頭に迷ってたと思うよ」
ふんわりふわふわ。
流石は親子。
は母親によく似ている。顔も、雰囲気も。立ち直りの早さも。
「―――――――――ところで」
笑いあう二人をほのぼのした気分で眺めていた悟空に、むっつりと黙っていた父が低く話しかけた。
「悟空、とはどういう関係なんだ?」
射るような視線にひるむ悟空。
この目は……が怒ったときそのものだ! だからこそひるんでしまったのだが。
しかし、そこは楽観的な悟空。すぐに気を取り直し、にかっと笑って。
「ああ、オラ、と結婚したんだ! な、」
「うん、半年前に。ね〜悟空w」
一緒に住んでいるような雰囲気といい、『オラの』発言といい、まあ、そうなんだろうとは思ってはいたが。
まさかこんなに直球ストレートでこようとは思っていなかった父は、言葉を失う。
「………ほんとなの?」
代わりに聞いてきたのは、母の声。
少し震えるその声に、は不安げに母親の顔を見ながらうなずいた。
「、あんたまだ16歳なのよ。学校だってあるし、まだ早すぎるんじゃない? それに、結婚したってことは、もう自分の世界には戻ってくる気はないってことなの?」
先ほどのフンワリ笑顔はどこへやら。母親の真剣な顔に、はたじろく。
「そんなこと、ないけど…。ってゆうか、帰る方法、知ってるの?」
「―――――――――そうね。お母さんとお父さんは多分帰れると思うけど…。はムリね…」
目を伏せる母に、疑問符を抱く。
わたしは、ムリ………? いったいどういうこと??
それに。
「ねぇ、お父さん、お母さん。どうやってこっちの世界に、来たの??」
「今はそんなこと問題じゃない。問題は、おまえと悟空が結婚したってところだ!」
今まで黙って、というか、衝撃で撃沈させられていたの父が、怒気も露わに声を荒げた。
いや、にとっては大問題だったのだが、可愛い娘をいつの間にか他の男――――-―しかも、自分たちの世界では想像上の架空の人物に奪われてしまった父親にとっては、そっちのほうが問題だった。
「わかってるのか? おまえがこっちで結婚してるってことは、自分の世界には帰ってこないってことだろう! しかもまだ16歳なんだぞ、は。親の承諾も得ないで勝手に結婚なんて! お父さんは認めないからな!!!」
そういい残し、ずかずかと家を出て行く父の背中を「ちょっとお父さん!」といいながら追いかける母。
二人の出て行ったドアを呆然と見つめるの瞳は、戸惑いと不安で揺れていた。
「お父さん、わかってるんでしょ? 私たちは精神だけがこっちに来てるような状態だから、目覚めれば元の世界に戻れるけど…は肉体ごとこっちに来ちゃってるのね。どんなに私たちが望んでも、多分はもう戻ってこられないって」
森の入り口のところで佇んでいる父に、母はそっと話しかける。
ぐっと拳を握りしめて、顔をしかめて空を仰いでいた父が、一つ息を吐いた。
「頭じゃわかってる。だけど、やっぱり娘をとられたような気がしてな………」
警察も、探偵も、結局を見つけられなくて。
半ば諦めていたときに見つけた、怪しげな店。
「この珠に強く念じて枕の下に入れて眠れば、その想い人に夢で会える」と。
半信半疑で、でももうそんな不可思議なところにしか頼れなくて、その「夢見玉」というものを使ってみた。
たとえ夢でも娘に会いたいと、すがるような思いで眠りにつき。
そして。
気がついたら、が元気に自分たちのほうに走ってきた。
「は、私とお父さんの娘よ。さっきはわたしもショックで、反対みたいなこと言っちゃったけど……。結婚のことだって、伝える手段さえあれば必ず伝えてくれたし、帰る方法があれば絶対帰ってきてくれたって、信じてるんでしょ?」
「………もちろん、信じてる。それに、こっちの世界じゃの知り合いなんて一人もいなかっただろうし。人見知りのあの子にとっては大変だっただろう。はなりに、頑張ったんだろうな」
異常な事態に陥って、甘ちゃんな自分たちの娘がどんなに不安だったか、どんなに戸惑い混乱したかを考えると、やっぱり胸が痛くなるのが親というもので。
「―――でもね、悟空がいてくれたから。わたしが淋しくないようにずっとそばにいてくれるって、約束してくれたから。だから、わたし、頑張れたよ」
背後から響いてきた高く澄んだ声に、二人は振り返る。
そこには、と悟空が立っていた。
悟空との仲を反対されて気落ちしていただったが、大好きな両親にはやっぱり許してもらいたい。
さんざん心配させて、これ以上ないくらいの親不孝をしてしまった罪悪感が重く胸に圧し掛かってくるけれど、悟空と結婚することを選択した自分が、間違っているとは思わない。
ちゃんと話して、わかってもらいたくて、二人を追って外に出たを支えるように、悟空は一緒についてきてくれた。
「お父さんお母さん、ごめんなさい。心配かけてるのわかってたのに、何にもできなかった。それと、今もし帰れる方法があったとしても、わたし、二人と一緒には行けない。勝手ばかりで、本当にごめんなさい」
深く頭を下げた後、顔を上げたの瞳には、決心したような強い光が宿っていた。
のこんな瞳を見たのは、初めてだった。二人の娘はいつも、気はけっこう強いくせに争うことは大嫌いで、自分が我慢して済むことならそのほうがいい、と、あまり自分を出さなかった。
「わたしね、ずっと元の世界が恋しかった。人目忍んで泣いちゃったりもしたよ。今だって、胸がチクッて痛くなるときもあるけど。……でも、こっちの世界で悟空と歩いていこうって決めたの。悟空がいなかったらわたし、立ち直ることもできなかったから」
必死な表情で、まっすぐに見つめてくる娘のその強い視線。以前は向き合うことすら恐れていたのに。
――――――この一年間で、なんて強く成長したのだろう。
『親離れ』。
そう、いつも何かにつけて親を頼ってきたが今、しっかりと自分の意志を持ち、それを貫く勇気を感じさせる。それが嬉しくもあり、同時にひどく淋しくもあった。
しかし。
娘が『親離れ』をするのであれば、父母も『子離れ』をする勇気を持たなくては。
「は今――――――――――幸せか?」
のまっすぐな瞳を見返し、父親がそう問いかけた。
その問いに、ふんわり柔らかく微笑む。まるで、春の陽射しのように優しいその笑顔。
「はい。すごく、幸せだよ」
言葉にしなくてもその表情を見れば、真偽のほどは明らかで。
あまりにも早い、とか、親の承諾云々とか。それは、結局は自分がを手放したくない勝手なわがままだ。は今、目の前で、幸せだと笑っている。それで、いいじゃないか。
「……そうか」
が幸せならば、とは思うものの、やっぱり胸が締め付けられるように淋しい。
唇を噛み、グッと拳を握りしめてその感情に堪えている父のその手に、母がそっと手を添えた。
父を見る母の目は、やはり淋しさに揺れていたが、それでも、ふわりと柔らかいその視線に、肩の力が抜けていく。
「悟空、を、頼んだぞ。この子はしっかりしてるようでまだまだ子供だ。親の代わりに、守ってやってくれ――――――――夫としてな」
「こんなんだけど、私たちにとっては大事な娘なの。大切にしてあげてね」
父と母の真剣な視線を受け、悟空が不適に笑って頷いた。
「もちろん、大切にするって約束するさ。オラにとってもは大事なんだ」
悟空の言葉にポポッと頬を染める。――――――ってゆうか。
「………お父さん。子供ってなに!? こんなに立派に成長したのに!!!」
「そうやってすぐムキになったり、自分で『成長した』とか言ってるところが子供だろう。はっはっは!」
「ひど!! それにお母さん。『こんなん』ってどうゆうことさっ。可愛い娘に対して、『こんなん』はないでしょ!?」
「やぁねぇ。そういうところが『こんなん』なのよ。ふふふふふ〜」
きぃ!!! と悔しがるを見て、笑ってしまう父と母。
そして、ふと思い出したように。
「そうだ、。これ、あんたがいつもしてたピアス」
お母さんがポケットから出したのは、小さな真珠のピアスだった。
が毎日身につけていたのだが、が消えたあの日、大寝坊した彼女がつけ忘れたものだった。
「形見になるかもって思ってずっと持ってたんだけど。生きて幸せなら返すよ」
ハイ、と渡されたそのピアスをは握りしめた。
「お母さん………ありがとう」
が笑ったそのとき。
父親と母親の身体が、ふんわりした光に包まれ始めた。
「どうやら、帰るみたいだな。悟空、くれぐれも頼んだぞ。不幸せにしたら、ぶっ飛ばす…のはムリだから、死んでくれ」
「もう、お父さんはっ。ごめんね悟空。それから……、元気でね。会えてよかった……」
「待って!!! もうちょっと、もうちょっとだけ、お願い!!!」
の願いとは裏腹に、光は徐々に強くなり――――――――――――
チュンチュンピッピと小鳥の歌う声。
カーテンから差し込む朝の日差しに、はほわっと目を開けた。
「あ…れぇ? 夢、だった………?」
そりゃそうだよね、お父さんとお母さんが、こっちに来るわけなんかないし。
なんか―――――――――思い出しちゃったなぁ、元の世界のこと。
ずきんと胸が痛んで、となりに寝ているはずの悟空にくっ付こうとしたら、そこに悟空の姿がない。
急速に不安になっただったが、コップを片手に部屋に戻ってきた悟空を見てひどく安心した。
「ん? 起きたんか?」
「うん、おはよ〜」
言いながら、「ん〜〜〜!」と伸びをしたは、拳に何かを握りしめていることに気づき。
なんだろう、と思いながらそっと開いた掌にあったものは――――――小さな真珠のピアス。
「え、え、えぇえええーーーーーー!!!!!」
あれは、夢だったんじゃあ……。
ピアスを凝視して素っ頓狂な声を上げるを面白そうに眺めてから、悟空がコップに入っていた水を飲み干し。
「うん、オラ、子供でも『こんなん』でも、そのままのを愛してっから」
「ぅえ!?!? 悟空も見たの!? あの夢!?!?!?」
ガバッと悟空を振り仰いだの瞳は、寝起きのためか驚きすぎたせいか、ウルウルと潤んでいて。
「夢だったんかなぁ、あれ。オラよくわからねえけど。でも、おめぇの父ちゃんと母ちゃんに約束したからな」
いまだに挙動不審なの目線に自分の視線を合わせ、悟空はの前髪をかきあげて、露わになったその白い額に軽く唇を寄せ、優しく抱きしめた。
「を、大切にします、ってさ」
「なんか……恥ずかしいなぁ///」
照れくさそうに頬を染める。
夢だったけど、夢じゃない。
きっとわたしたち、親公認?って思って、いいよね?
―――――――――お父さん。
―――――――――お母さん。
そのころ、の実家では……
母「うっわーーー!!! ちょっとお父さんっ!!! 寝坊よ寝坊!!! 早く起きてーーーーー!!!!!」
父「むにゃむにゃ…悟空、を……頼んだ、ぞぉ………」
母「もうっ!!! に会えたのはよかったけど、寝ぼけてないでさっさと起きる!!!!!」
父「ん〜、ハッ!!! ちょっと待て、今何時だ!?!?!?」
弟「七時半だよ。俺もう行くかんな〜。帰ってきたらねぇちゃんのこと聞かせてね」
祖母「珍しいねぇ、寝坊かい?」
とまぁ、こんな具合の正夢騒動。
いやはや、あまりにあっさり引き下がるお父様。すすすいませんっ!!!
二人とも、お幸せに〜♪ってことで……(こっそり逃げ出す管理人…)
リク頂いたKamuiサマww そして読んでくださったサマ、ありがとうございました☆

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