考えるよりも先に、体が動いた。
まさに、ベジータがフリーザによって殺される寸前。

その間合いに飛び込んで、ベジータを背にフリーザの目を見据えた
すぐにでもあの神速のような光線が飛んでくる、と思い、グッと歯を食いしばったが、意外にもフリーザは攻撃の手を止めた。


「本当、弱いくせに鬱陶しいね……。君は最後にしようと思ってるのに」


聞こえてきた溜息交じりの言葉に、覚悟していたはずの衝撃に閉じていた目を開けると、やれやれとでもいうように小さく肩を竦めるフリーザの姿が見える。



こちとら必死こいて、それこそ命がけで闘ってるというのに、倒そうとしている相手のその悠長さ。
改めて、なんていやなヤロウだと、そう思いながら、は人を小ばかにしたようなその顔をキリ、と睨み。



「ずいぶん余裕だね……最後とかなんとか言ってるけどそんな隙だらけな態度とってたら、そのうち足元掬われるよ――――――てか、掬ってやる」


強気に言い返し、傲然と笑みを浮かべるを、フリーザはしげしげと面白そうに眺める。


何故か、反射的に攻撃するのをやめた。
種族も、姿かたちも、最強の自分とはあまりにも似つかわしくはなかった。
それなのに何故か一瞬、ためらわれた――――――――――壊すのが、もったいなくて。
殺すにしても、五体満足の綺麗なままで保存しておきたいと、そんなふうに思ってしまうほど。
目の前で依然、反抗的な態度で自分に対峙している人物はとても、美しく綺麗なものに見えた。




第39章:支配者





殺られる、と思った瞬間、突然目の前に現れたひどく華奢な背中。
一瞬何が起こったのかわからず唖然としている間に、自分を殺そうとしていた人物と自分の盾となっている人物が会話をしていて。

その小さな背中がである、と遅ればせながら理解したベジータは、はじかれたように顔をあげ、痛みなど忘れてすぐさま立ち上がった。



「バカ!!!出てくるな!」

「あのねぇ……出てくるなってんなら、出てくるような状況作らないでよベジさん」



くるり、と振り返ったの、その苦笑交じりの発言。

この状況下において苦笑とはいえ笑顔を見せるその精神的な強さに、思わず気圧されてしまったベジータに、追い打ちをかけるように。



「そうだぞベジータ、は考えるよりも先に身体が動いちまうやつなんだ。出したくないなら出てくる前に潔く殺られちゃえよ」



こっちはこっちでやっぱりうっすらと笑みを浮かべてベジータを見る悟空。
同じ笑顔でも、テメエ人の嫁を盾にしやがって何かあったらどうすんだ責任とれんのかコラ、みたいな黒い、黒すぎる微笑だったりして。

「いやいやいや悟空さん、その発言はどうかと……」

「カカロット、貴様……」



思わず突っ込みを入れたと、立ち上がりざまに悟空をにらみつけるベジータの声が重なった。



「ったく。を邪魔扱いしてたくせに、あいつの足引っ張ってんのはおめえじゃねえかよ」

「う、うるさい! 少し油断しただけだ!」



こんな時に喧嘩勃発なんてせっかく身を挺してかばおうとした意味がなくなるじゃないかと若干不安が頭をもたげているの心情などお構いなしで、悟空とベジータの口喧嘩はエスカレートしていく。


喧嘩の相手を完全に間違えているだろう的展開にが口を挟もうとした矢先、本当の敵が二人のほうに殺気立った矛先を向けた。




「油断なんかしてられる相手じゃねえだろ! ほら、来るぞ!!!」

「わかっている! 貴様はそっちから行け! オレが向こうから仕掛ける!!!」




ギャーギャーと言い合ってるかと思えば、いつの間にやらちゃんとコンビを組んで戦闘モードに戻っている二人を見て、はちょっと微妙な表情をした。





まったく、仲がいいんだか悪いんだか。

先刻の大嫌いだ気に食わんなどという言い合いといい、今の殺られちゃえよ発言といい、ベジータに対する悟空の言葉は思いっきり遠慮というものがない。……いや、悟空はもともとどんな失礼なことでも気にせず思ったことをハッキリ言っちゃう人なん
だけれども。
しかして、基本的に人を嫌うことのない悟空が「大嫌い」と言うのはベジータに対してだけであり、さらには『殺』などという物騒極まりない単語を使うのもベジータに対してだけで。



ベジータはベジータで、いちいち悟空の発言に食いついている。最初に会った時なんか、悟空が何話したって鼻で笑って相手にもしなかったくせに、今ではムキになって言い返したりして。
常に感情で動いている自分ならいざ知らず、会話なんか成立する前に戦闘態勢入っちゃうベジータがどうでもいい相手とこんなに感情を混ぜて口喧嘩などしないだろう。





表面上、一見仲が悪そうにも見えるが、躊躇なく本人を前にして言い合えちゃうあたり実はけっこう仲がいいんではなかろうか。





そんなふうに思っているの目前では、あの恐ろしいフリーザの圧倒的パワーにも怯むことなく立ち向かい、抗戦している二人の様。
に不安そうな顔をさせている存在が目の前のその敵で、それを滅するのにためらいなど感じていられない悟空の気迫。ついさっきまでその最悪最凶な気配に気圧されていたベジータも、悟空の気迫に後押しされて今はまったく恐れずに攻撃を繰り出している。


それは本当に『足掻く』なんてものではなく、『戦闘』というものに相応しいほどに対等といっていい―――――2対1とはいえ。



現に、今まで余裕綽々と言ったフリーザの表情や、悠長に遊んでいるような態度が、目に見えて変わってきていた。明らかに動揺し、苛つき憤怒しているのが見て取れる。

そりゃそうだろう、サルだなんだと馬鹿にしていたサイヤ人の気迫に飲まれ、ダメージを受けるほどの攻撃をその身に受け続けているのだから。






悟空とベジータが組めば勝てるかもしれないと、そう信じたいと思っていたが、二人の戦いっぷりを見てそれが確信に変わった。





「すご…い。二人とも、ホントにすごい! 二人とも、カッコいいよっ!!! 頑張れっ! あなたたちなら絶対負けない、勝てる!!!」





二人の攻撃の合間、フリーザの動きを止めるための光弾をとばしながらが檄を飛ばせば、彼女が作ったその隙を逃さず重い攻撃を叩き込んだ悟空とベジータが、屈辱と怒りを瞳に滲ませ歪んだ表情を見せ始めたその敵を見据えたまま。




「オラのほうがカッコいいだろっ!」



「何を言うか! 王子のオレのほうがカッコいいに決まっているっ!!!」 




と、今はどうでもいい感じのことで言い合っている。
二人のその余裕さに、攻撃をされた側はまさにキレていた。



「っこの!!!鬱陶しいハエどもがっ!!!」



身体から放った閃光を間一髪でかわし、距離を測ったサイヤ人どもに、フリーザは怒りに据わった視線を投げかけた。



徒党を組んだサイヤ人は確かに厄介な存在だった。だから、サイヤ人ごと惑星ベジータを破壊した。生き残ったサイヤ人はごくわずか。少数で手を組んだとて自分の敵ではないはずだった。それなのに。

手を組んでいるサイヤ人は、たった二人。

その二人の攻撃が、どうして最強である自分の身体にこんなに堪えているのだろう。効くはずのなかったその攻撃に、傷を負わされ血が流れている、信じがたいその事実。



ぎり、と屈辱に歯軋りをして、サイヤ人コンビを睨み据え、そして。







――――――――その二人に守られるように、その後方にいる地球人が必然的に視野に入ってきた。







二人の戦闘に合わせて、絶妙なタイミングで自分の動きを妨害してくる、さらに鬱陶しい存在。
反抗的で勝気で、けれども壊してしまうのが勿体ないと思わせるくらい美しくて綺麗な『物』





『笑えないくらい、楽しいと思わせないくらい、足掻いてみせるから』





唐突に、彼女の声が脳裏によみがえった。



それは、サイヤ人コンビが手を組む前、その片割れがここにまだ到着する前に強い意志を前面に出して言い放った彼女の言葉。そんなことは起こらない、絶望させてやろうと、軽い気持ちでその口車に自ら進んで乗って、その結果が―――――このありさまとは。





そして、気づく。





絶望的なまでの力の差を感じ戦意を喪失し涙まで見せたベジータが何故、闘う気を再燃させたのか。
一人で闘う気だったもう一人のサイヤ人が、どうして意地を捨ててまで「大嫌いだ」と言い放ったベジータと組む気になったのか。
力の差は歴然なのに、優位に立っているはずの自分は精神的に追い詰められてゆとりがなくなり、反比例してサイヤ人たちに余裕が生まれるのは何故なのか。







――――――――――――彼女、だ。







あの地球人の言葉が、あの地球人に対する想いが、サイヤ人どもに強く作用している。
力的には絶対的に弱い立場、サイヤ人のほうが断然強いはずなのに、なぜか彼女は彼らを思いのままに操作している。それこそ、命を懸けてでも彼らは彼女を守るだろう。



フリーザは今、前線で闘っているサイヤ人の後方にいるその地球人に対し、初めて危機感を覚えた。
強さとは関係ない力で、人を動かすことのできる者。
そんな力が存在することなど今まで考えたこともなかったし、それ故に理解ができなかったから。





「――――――――――キミが、二人を支配してるんだね」



まっすぐ向かってきたフリーザの射抜くような視線を受け止めたが、小さく首をかしげる。



「は?支配???」



その、きょとんとする表情から察するに、本人は無自覚なのだろう。
けれど、彼女が中心であることは明らかすぎて。





支配者。

サイヤ人たちは、恐怖や畏怖で支配されているのではない。自分とはまったく別のやり方で、自分以上に他人を動かせる能力を以て、彼女はサイヤ人たちを支配しているのだ。







――――――――――邪魔だ。ひどく、邪魔な存在。







『綺麗な物』だから、そのまま保存しておきたかったけど。






「支配者は、二人もいらない。ボクが、支配者なんだ。キミは、いらない!」



言葉と同時に放たれる、矢のような光線の雨。
まっすぐをめがけて嵐のように走るその光線を紙一重でよけ、彼女はなおも理解不能といった様子で。



「わっ!ちょ、ちょっとなになになに―――!?!?支配って何!?」



必死に攻撃をかわしながら、とにかくワケが解らず疑問を投げかける。



「そのまんまの意味だよ。キミが!ベジータと!そこのサイヤ人を!支配してるんだろ!?」



攻撃の手を休めることなくフリーザがはっきり言い切ったその言葉が、は本気で理解できない。支配なんてした覚えはない。大体、自分があの二人を支配できるなんて、不可能極まりない。



「ナニそれ意味わかんない!わたしはベジさんと悟空にお願いしただけです!!!」

「方法なんかどうでもいいよ。キミが支配してるのは事実なんだ! ……ああもうちょこまか動かないでよ心臓一発撃ちぬけば綺麗なままで保存できるのに!!!このままじゃハチの巣になっちゃうだろ!!!」

「保存って何!?さらに意味わかんない!!!逃げないわけにいきますか、死んじゃうもん!!!てか何!?なんで集中攻撃ーーー!?!?!?」

「キミが邪魔なんだ!支配者はひとりでいい!!!

「だから!わたしは支配者なんかじゃないってばっ!!!」





光の速度で飛んでくるフリーザの怪光線をそれこそ死に物狂いで必死にかわしざまに苦し紛れで繰り出したの気弾が、絶妙なタイミングでフリーザの頬を掠めた。






止まったフリーザの動きと攻撃。
それからに向けられたその視線は、それこそ凶器のごとく鋭く、殺気で満ちていて。





気弾が当たったことはもとより、その最速の攻撃をかわすことができたことさえ偶発的かつ奇跡的だと自覚しているは、その視線に一瞬怯み、『目で殺す』というのはこういう目を言うんだろうな……などと思いつつ、気持ちを立て直してその圧力を押し返すようにその目と真っ向から対峙した。





急に矛先をに変えたフリーザに対して、悟空とペジータは突然のことに反応が遅れてしまった。そのため不覚にも彼女の身が危険にさらされることになり、けれども奇跡的にも彼女がフリーザの動きを止めたことに驚嘆する。



「フリーザも凄えけど、もやるよな」

「オレたちも、負けてなどいられん」



動きの止まったフリーザととの視線の間に、を背にサイヤ人コンビが割り込んだ。
その様に、フリーザは不愉快そうに顔をゆがめる。





「そこを退きなよ。貴様たちはそこの地球人の後に始末してやることにしたから」



底冷えを感じさせる冷たい気迫さらに凍らせて言い放つフリーザを、二人は強い視線で射抜き、傲然とその顔に笑みを浮かべて。



「ふざけんな。これ以上に、指一本も触れさせねえよ」

を殺りたければ、オレたち二人を倒してからにするんだな」

「―――――――――なるほど、ね」





ここまで。
こんな、命を懸けさせるほどにまで、人の心の深淵までをも支配できるとは。
なんて恐ろしい力なのだろう。今は、彼女は無自覚。だからこそ、その力をうまく使いこなせない今のうちに消してしまわなければならない。





鬱陶しいハエどもを蹴散らし、あの地球人を一撃で仕留める。




そう心を決め、標的である彼女に視線を定めれば、何かを思案していたような彼女が顔をあげたところだった。







「悟空、ベジさん、ちょっと待って」



一瞬の隙も見せられない悟空とベジータは、フリーザに視線を置いたまま、の言葉の先を無言で促す。
それがわかったのだろう、もそのまま言葉を続ける。



「ちょっと思ったんだけど、あの人、何を勘違いしたんだかわたしを狙ってるじゃん?だからさ、このままわたしが囮になってれば、倒しやすくなると思わない?」

「「思わねえ」」

「――――――ちょっとは考えてよ」



すごくいいことを考え付いたと思ったのに、即座に却下されたはぷくんと頬を膨らませる。



「まったくおめえは。オラたちはもともとおめえが出てくるのは反対なんだからな。自分から一番危ねえことすんなよ」

「まったくだ。オレたちが何のために組みたくもない手を組んで闘ってるのか、もう忘れたというのか?」

「忘れてないけど、さ」



そう、忘れてなどいない。
彼らは自分を守るために、闘ってくれているのだ。それは分かっている。わかってはいるけれど。



「………わたしだって、二人を守りたい。二人とも、死なせたくない。あそこで見守ってくれている悟飯やクリリンさんやピコさんだって。みんなで生きて、地球に帰りたいよ。それに」



そこで言葉を切り、は今にも向かってきそうなフリーザに視線を戻す。
そして確信する。不安の根源であるその人物は今、悟空やベジータを差し置いて、自分の命を狙っていると。



「どっちにしても、あの人はわたしを狙ってくるよ。何でだかは知らないけど。だから、わたしが攻撃を食らう前に、あの人を倒して、ね?……一発でも当たったら、きっと致命傷だろうな〜。頑張らないと!」



苦笑交じりに語る、の声。
フリーザからは目を離せないから、振り返ることができないけれど。





きっと、声が震えないように気を張っている。きっと、無理して笑っている。





「やるぞ、ベジータ」

「ああ。は絶対殺させない」





小さく呟きあったその声がに届いたのか、彼女は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。自分に狙いを定めている敵に向かうの視線に、覚悟の色がにじむ。







「信じてるから、ね」







一言、小さく囁いた後。
フリーザの攻撃が再び始まった。

















めっちゃ久々の更新……
にもかかわらず殆ど進んでないってどういうことでしょう、あれ〜?
ゴゴゴゴゴメンナサイ!