復活した悟空の気を感じて、一瞬。本当に、瞬きするほどの後。
目の前に現れた彼の気配の強大さに、思わず息を呑んだ。
強くなっている。
そりゃもう、格段に。
「―――――――――超、サイヤ人………?」
つぶやいたベジータの声に、フリーザがピクリ、と反応したのを、は落ち着かない気分で見ていた。
第三十八章:不透明な恐怖
「お願い、悟空」
ニコリ、と可愛らしく笑ったのその『お願い』。
彼女の『お願い』だったら、何だって聞いてやるつもりだけれど、その中身が中身なだけに、悟空は微妙な表情だ。
だって、自分は強くなった。自分でも信じられないくらいに。
きっと一人だって、目の前の思ったよりずっとガキっぽい姿の最強かつ最凶であるその存在に、勝てる気がするのだ。
まだ手合わせはしてないけれど、こんだけパワーアップしてなお勝てないなんて、そんなはずは。
「――――――――勝てないよ」
ぽそ、と小さな呟きに、悟空はを見れば、その顔からはもう、先ほどの笑顔は消えていて。
「ごめんね、悟空。今回ばっかりは、引けないの。…………いや、今回に限らず、わたしってば引いたことなんかあんまりないんだけど」
そう言ったの顔には苦い笑顔が張り付いていたが、必死に笑顔を作っているのが明らかすぎて。
悟空は確かに強くなった。それは認める。
ついさっきまでの、ギニューと戦っていたときの悟空とは、比べ物にならないくらいの強靭な気を感じるのは紛れもない事実。
まるで、別人のよう―――――――――………別、人?
「お……おとうさん………?」
「ほ……ほんとに、悟空か………?今までのおまえの気とは、感じがちがう…………」
自分の頭に浮かんだ『別人』という一言と、遠慮がちに声をかける悟飯とクリリンの言葉に、元からいやな音を奏でていた心臓がさらにひとつ、ドクンと胸を打つ。
怖いのは、目の前に最凶の人物が立っているからだと、それがすべての恐怖心の根源だと、思っていたのに。
それよりさらに、何かが。
なんでだかはわからない、でも。
すごく、すごく、スゴク、スゴク――――――――――
「―――――――――いやな、予感が、するの。なんなんだろう、この気持ち。自分でも、よくわかんないけど………今までにないくらい、ものすごく………」
不安、なの。
キュッと拳を握りしめ、うつむくの、その表情。
言葉にしなくても、彼女が絶対的な不安感に襲われているのがわかる。
悟空は、のこの顔を以前見たことがあった。
そう、あの時………悟空の兄だと名乗るあの男、ラディッツが地球に降り立つ、少し前。
どうしたんだ、と聞いても、『なぜだかはわからない、何がそんなに不安なのかもわからない、でも、落ち着かない』と、そう答えたときのは、やっぱり、こんな顔をしていたんだ。
「悟空がひとりで戦ってみたい気持ちもわかる。武道家としての意地やプライドもわかる。でも……今回だけは、お願い。ベジさんと手を組んで。…………お願いします」
じゃないと、悟空が悟空じゃなくなってしまう―――――――――そんな、気がして。
顔を上げたの瞳は、極度の不安に潤み、揺れていた。
なにかに怯えているような、そんなの様をじっと見つめる。
勝てるとか勝てないとかを抜きにしても、ここまで強くなっている自分を自覚している今、自他共に認める『最強』の相手と戦ってみたい、と。そう自分が思っていることを、彼女は理解している。
理解していてもなお、どうしても手を組んでほしい、お願いしますと、必死に訴えてくるその、震える声。
悟空は腕を伸ばして、そんな彼女を抱きしめた。
「―――――――なんかが、怖えんだな?なにが怖ぇのかも、わかんねえんだな?」
悟空の言葉に、息を呑む。まさに、そのとおり。
不透明な不安感を言い当てられ、すがるように細い腕を悟空の背中に回し、小さくうなずく。
フリーザの強さ以上に、彼女はなにかに怯えている。だてに彼女と何年も一緒にいたわけじゃない、そのくらい悟空にだってわかる。
「しょうがねえなぁ。オラは、そんなに頼りになんねえか?」
「っ!そうじゃない!」
はじかれたように顔を上げ、苦笑交じりの悟空の言葉を強く否定するの、苛立ったようなその瞳を覗き込み、悟空は安心させるように笑ってみせて。
「ははは、うん。わかってる。………わかったよ。オラもずいぶんワガママ通してもらってっし、おめえの言うとおり、ベジータと手を組んでやるよ」
ぽんぽん、と不安そうな彼女の頭を優しくたたけば、は泣きそうな笑顔をうかべてから、俯く。
「ごめん、ごめんね悟空。ありがとう」
小さく謝罪するの頭をクシャ、と撫で、悟空は苦笑しながら「いいって」と答えると、幾分か落ち着いたように彼女の肩の力が抜けた。
それを確認し、悟空は思ったよりもずっとガキっぽい諸悪の根源の存在の姿を一瞥して、それからベジータに視線を移し、一言。
「オラはおめえが嫌いだ」
――――――――――――って、悟空さん。
思わず突っ込んだの心中などお構いなしで、悟空はベジータをちょっと睨む。
ベジータはといえば、悟空登場時よりあまりに強大になったその気配に呆然とその姿を眺めてしまっていたわけだが、最初にかけられた「嫌いだ」発言にハッと我に返り、自分を面白くなさそうに睨んでいるその目を見やり。
「奇遇だな、オレ様も貴様は気に食わん」
こちらはこちらで、負けじと言い返す。
こんなんで、本当に手を組んで戦えるんだろうか……。
一抹の不安が頭をよぎったのは、ピッコロ、クリリン、悟飯のみならず、言いだしっぺのもだ。
そんな微妙な感じで二人のやり取りをはらはらと見守っているほうの心情を知ってか知らずか、かるく睨み合っていた二人だったが、まず悟空が、フウ、とひとつ息を吐出した。
「けど、のことはでぇ好きだ。つうわけで、仕方ねえからおめえと組むことにする。ギニューのときみてえに裏切んなよ」
先刻、ギニューとの対戦の時分にベジータが戦闘を避けてドラゴンボール争奪のほうに走ったことを思い出し、悟空が指摘すれば、ベジータは一瞬目を伏せる。
「フ、心配せんでもそんなことはしない。貴様と同じ理由でな」
「同じ理由?」
手を組むことに肯定の意を示したベジータだが、その後続いた言葉に悟空が怪訝そうに見返し問えば、彼は例の皮肉げな笑みをその口元に浮かべた。
「を守ってやりたい、それだけだ」
――――――――――――――――――は?
ありえないベジータの答えに、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするに集まる、その場の面々の視線。
限りなく鈍いとはいえ、それだけストレートに言われればとてその意を漠然とながらも理解し得るわけで。集中する視線をおろおろと見返し、「わたし、なんかやった!? ベジさんの気を引くようなこと、やっちゃった!?!?」などとピッコロやクリリン、さらには子供の悟飯にさえも真剣に聞いていたりする彼女にチラリと視線を送り、小さく笑うベジータ。
「ベジータ、おめえ」
軽く身じろぎ、悟空もまたその発言に驚いた様子で聞き返すと、ベジータは笑みを浮かべたまま再度俯き。
「…………オレもやきが回ったもんだぜ」
まさか自分が、他人のために気に食わないやつと手を組んで戦うなんて、狂気の沙汰だと、そう判ってはいる。
けれど、の柔らかい気配、優しい視線、そして強くしなやかな芯に触れ、狂わされてしまった今、彼女は死なせたくない、守りたい、なんて―――――――――柄にもなく、そんなことを思ってしまっている自分を自覚した。
鋭く冷たい雰囲気しかなかったベジータから穏やかさを見出した悟空は、いったいはどうやって彼をここまで変えてしまったのだろうかと不思議に思い、仲間たちのほうを振り返ってみれば、わかってないのは一人で、その他三人は訳知り顔で頷いていたりする。
しかして彼女がなにをしたにせよ、ベジータの言葉は悟空にとっては不愉快極まりなく。
「―――――――――はオラんだからな」
短く言い切り、その不愉快さを前面に出してベジータを見やる。
その目を見返したベジータもまた、彼女のすべてが未だカカロットのものであることを当然面白く思っているはずもなく。
「今はまだ、な。だが、これからは本気で奪いにかかる」
バチバチと火花を散らせて睨み合う二人の諍いが、なぜか自分にあることをなんとなく感じつつ、はでどうしてこんなことになっちゃったんだろう、とひたすら疑問に思うのみだ。
でもまあ、いろいろと思うところはあるが、なんにせよ。
二人が組んでくれたということは、フリーザとの戦闘に際しての勝算が、多少なりともあがったのは確実だ。
「二人とも、がんばって。わたしも、加勢するから!」
「「ダメだ!!!」」
ぐっと拳をにぎってが言うや否や、仲良く声をそろえて即否定する悟空とベジータ。
「え?」というように二人を交互に見るに対し、二人ともガッツリとコンビを組んで。
「後はオラたちなんとかする。だからおめえは出てくんな」
「そうだ。それに、その左肩、それほど軽傷でもないだろう。そんな身体で出てこられては邪魔だ。さがっていろ」
二人してそう言い放ち、「邪魔だって言われた……」とがっくりうなだれているを視界の端におさめ、最強で最凶の敵に目を向ける。
気配も凶器になり得るということを証明するような、最悪の感覚。
こんなヤツに対峙して、負傷者が一人()、犠牲者が一人(デンデ)だけだったなんて、ほとんど奇跡だ。
「邪魔とか言うなよベジータ。、可哀想じゃねえか」
「だまれ。そうでも言わんとコイツのことだ、是が非でも出て来かねんだろう」
「………わかってねえなぁ………」
フリーザを前にして、そんな会話を悠長にしていた悟空とベジータだったが、次の瞬間、うなだれていたがぐっと身体を起こし、胸を張ってフリーザをビシッと指差し。
「お待たせしました! さあ、このサイヤ人コンビの力、思い知りなさいっ!!!無駄な足掻きなんて、絶対に言わせないんだからっ!!!」
指差されたフリーザは、『サイヤ人コンビ』という言葉にピクリ、と反応し、それからゆっくりと悟空に視線を移した。
「ふーん、キミもサイヤ人か………。サイヤ人は、一匹たりとも生かしてはおかないよ」
もとより冷徹な気をさらに底冷えさせながら酷薄に哂い言うフリーザを、はまっすぐに見返し。
「生かして、おかない?この二人と戦ってみた後に、そんなセリフは出てきません。………それに」
そこで言葉を切り、一瞬うつむいた後、悟空とベジータのほうにちょっと怒ったような視線を流してから再度フリーザに目を戻したの顔に、挑戦的な笑みが浮かんだ。
「どうやらわたしは、味方にとって邪魔だと思われてるみたいだけど………あなたにとっても鬱陶しいと思わせるくらい邪魔になってやるから」
覚悟の色が見て取れる、炎の灯った強い瞳で言い切るに対して。
「たいした度胸だね。………気に入ったよ」
と、薄く笑うフリーザと。
「な?あいつを本気で止めてえときは、おめえの言い方じゃダメなんだよ」
「………じゃ何か、貴様ならあの天邪鬼を止められるとでも言うのか?」
ため息混じりに苦く笑う悟空と、自分の望んだ行為とはまったく正反対な答えを出したに忌々しそうな視線を送るベジータ。
「う〜ん……。ああいう顔になっちゃったら、無理かもしんねえなあ………」
ベジータの視線をたどり、フリーザと対峙するの顔を見た悟空は、困ったように肩をすくめた。
精神的に弱っていたさっきまでのであれば、優しい言葉と自分の笑顔で何とかなるとだろうが、あんなふうに決意してしまうと、彼女は梃子でも動かない。
「――――――まったく。厄介な女だぜ」
小さく苦笑し、ベジータは首を振る。
こう、と決めたら絶対引かない。
そういえば、自分と戦ったときも、カカロットに散々「帰れ」と言われていたにもかかわらず頑としてその場から離れようとはしなかった。
「そうだろ?本当に、言い出したらきかねえんだから」
悟空もハァ、とため息をつきながらを見る。
怪我させたくない。死なせたくない。
そういった想いが胸の内で交錯する。でも。
彼女にそれを伝えたらきっと、そのままそっくり、彼女は笑って返してくれちゃうのだ。
かといって、力の差は歴然。
とてもじゃないが、彼女は暴れてどうこうできる相手ではないのも明らかで。
「仕方ねえ。引っ込んでてくれればまだしも、出てきっちまうを守りながらってのは相当きついけど、二人がかりなら何とかなるかも知れねえし」
「そうするしかなさそうだな。あいつはここを離れる気などないらしい」
「いいえ、守ってくれなくて結構です」
相当に困らせている二人に向かって、はきっぱりした口調でそう告げた。
肩を怪我してなくたって、自分が勝てないことはわかってる。
足元にも及ばないことも、わかってる。
だからといって、痛いからなんて言ってられない、何もしないで隠れてるなんてできない。
「そちらは、わたしにかまわず二人で組んで戦って。わたしはわたしで勝手に暴れるから。大丈夫、自分の身くらい、自分で守る。そのくらい、できるもん」
キッと顔を上げ、口端を上げて笑うフリーザに向かう彼女の瞳にはもう、恐怖も躊躇いの欠片も見えない。
………そう、さっきまで目をあわすことさえ怖かった目の前の相手が、不思議と今は怖くない。それはきっと、それ以上に怖いことが起こるような、そんな予感がするからで。
だから、そんな悪いことを起こすであろうこの目の前の冷徹な存在そのものを消さなければいけない。この押しつぶされそうな不安は、この存在がいる限り、消えない、と。
そう思って、そんな思いに従って戦うのは、自分勝手なワガママなのだから。
「だから、守りながらなんて言わないで。わたしの力なんて二人に比べたら大人と子供だろうし、あの狂人(=フリーザ)にいたってはアリンコくらいかもしれないけど………でも!わたしだって戦える。――――――戦いたいの。大人だって子供に蹴られれば痛いし、アリンコに噛み付かれればチクッとするくらいには痛いでしょ?そのくらいの隙なら、わたしにでも作ってあげられる」
そう言ってから、悟空とベジータに流されたの視線。
炎が灯ったその瞳に覚悟と決意の色を宿し、薄く笑みを形作るつややかな唇。
その表情に、ゾクリ、としたものが背中を走る。
「なんて顔してやがるんだ………」
「あれがだ。おめえと戦った時だって、ああいう顔してたんだぜ」
強い意思を全面に出し、覇気を発するその華奢な躰。ひどく綺麗で色気のあるその表情。
彼女の精神が極限に達したときにしか見ることのできないその姿に、呆然と魅入るベジータをよそに、の目をしっかりと見返した悟空が幾分表情を引きしめて頷いた。
「わかったよ、。おめえはおめえでやれ。オラたちはオラたちで頑張ってみっから。な、ベジータ」
「―――――――――――――――――……………………」
話を振ったにもかかわらず、未だににとらわれて呆然として答えないベジータの様子に、悟空はひとつため息をこぼしてから、その背中をバシッと叩いた。
「ほら、しっかりしろ、ベジータ!」
「―――――はっ! な、なんだカカロット!」
「なんだじゃねえよ。気持ちはわかっけど、いつまでもボウッとしてんな、やるぞ!」
「う、うるさい!わかっている!!!」
二人の意識がフリーザに戻り、かまえたのを見て取ったが、再びフリーザに視線を戻す。
たぶん、守るなって言ったって、自分がピンチになればベジータはともかく悟空は絶対に助けに入ってしまうだろう。そんなことになったら、それこそ邪魔になってしまう。そんな事態にならないようにしなければならない。
だから今回は、後先考えずに動いてはだめだ。あまり得意ではないけれど、冷静でいなければ。
は一つ大きく息を吸い、ゆっくり吐き出して、気持ちを落ち着かせた。
最大級に足掻いてみせる。
その嘲笑を消すほどに。その絶対的な自信を覆すほどに。そして。
―――――――――その存在を、消し去るために。
「それじゃ、いきますっ!!!」
の高く澄んだ声を合図に、三人は一気に気を解き放った。

ベジの壊れっぷりが、加速度ついてまいりました……
ひゃっほ〜い♪
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