『命の水』。
それは、どんな病も怪我もたちどころに治してしまうという、不思議な不思議な水。
その水の湧き出る泉のある国を治めるのは、見目麗しいお姫様。
「さま、命の水を分けていただきたいという者が謁見をお求めです」
「う〜ん…。謁見なんかしなくたって、勝手に持ってっちゃっていいと思うんだけど。『どうぞ』って言ってる間にも病気の人や怪我してる人は苦しんでるわけだし……」
「そうもいきませんよ。一応、国の決まりですから」
姫の物言いに苦笑する侍女。
この国の姫は、見た目こそ凛として気品漂ってはいるけれど、それでいて気取らず天真爛漫。
王族にしては珍しく自分にかなり正直で、その気さくさゆえにお城の侍女や召使たちはもちろん、その国に住む者たちからも慕われていて。纏う気配は穏やかで優しく、それだけであらゆる生きとし生けるものを魅了してしまう。
―――――――――良くも悪くも、不思議な魅力。
そんな姫の魅力に囚われた、一人の邪な者がおりました。
その名は、ピッコロ大魔王。
初め、彼の狙いはその不思議な『命の水』を自分だけのものにすることだったのに、ひと目王女の姿を見た瞬間から、彼女の虜になってしまいました。
彼女もろとも『命の水』を手に入れる。
高い山から城を見下ろす大魔王が怪しい笑みを浮かべてそう心に決めたことを、平和で穏やかに暮らしていた国の者たちは、誰も知りませんでした。
命の水 act.1
「ちょ、っと……さま! そんなところで何を!?」
「あ、ブルマさん」
城の中庭の中心。
命の水の湧き出る噴水のふちに腰掛けて、そこに行列をつくる人々の持つコップに一つ一つ水を汲んでいるその姫の姿に色めき立ったのは、一の侍女であるブルマ。
驚いたようなその声に、はフワン、と微笑んだ。
「何って……『命の水』配り〜」
「そんなことは見てわかります!なんで姫様ともあろうお方が、そんなところに腰を下ろして水を汲んでるんですか!!!」
「そんなに怒らなくても…。だって、この泉の脇を素通りしてわざわざお城の奥にあるわたしのところまで来て『命の水をください』って言ってから水を持って帰るのって、ちょっと手間隙かかっちゃうと思って。だったらわたしがここにいて、『どうぞ』って言ったほうが、早く水を持って帰れるでしょ?そしたら苦しんでる人が、ちょっとでも早く治るから」
いい考えだと思いません?とでも言うように、ニコッと可愛らしく笑うに一瞬目を奪われたものの、そこはググッと踏みとどまり、ブルマは軽く額を押さえた。
「そりゃそうですけど………。仮にも一国のお姫様なんですから、もう少し警戒心を持っていただかないと」
「え? なんで警戒しないといけないの?」
「―――――――――…………はぁ。もういいです」
本気でキョトン、と聞き返す天然なお姫様。
確かに、その他人をまったく疑おうとしないところも可愛いし、そんな純真な彼女を騙そうとする者なんて、この国にはいないとは思うものの。
上に立つものとして、あまりに人がよすぎるんじゃないか、と思い深くため息を落としたブルマは、どうやらここを動く気はさらさらないようだ、とあきらめて、「どうぞ」とか、「コップ一杯ですぐに治っちゃいますからね」とかふわふわ笑いながら分け隔てなく民に水を配るを手伝うべく、彼女の隣に腰を下ろした。
それからどれくらい時間がたったのか。
『命の水』を求める人々の行列もずいぶんと短くなり、もう少しで配り終えると思ったそのとき。
列を無視して割り込んだ人物が、泉のふちに腰掛けていたの前に立ち、彼女を見下ろした。
急に自分にかかった影を不審に思って見上げれば、そこにあったのは緑色の顔と、射抜くような鋭い眼光。
はことり、と首をかしげて、それから軽く咎めるようにその人物の視線を真っ向から受け止めて。
「割り込みはダメですよ。ちゃんと列に………ふぇ!?」
並んでください、と言うより早く、その緑色の人物は、いきなりの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。
「さま!!! 無礼者! その手を今すぐ放しなさいっ!!!」
「姫さまに何てことをするんだ!!!」
「この無法者が!!! 警備兵を呼ぶぞ!!!」
その乱暴な所業に大抗議をするブルマを筆頭とした列に並んでいた国の者たちをついっと一瞥し、その人物はニヤリと皮肉げな笑みを浮かべた。
「………ふん、ゴミどもが。貴様らなんぞに用はない、死にたくなかったら消えろ」
冷酷な微笑に動けなくなる人々からへと視線を戻せば、当の彼女はいったいなにが起こったのか把握できていない様子で、困惑したようにただただ自分を掴んでいる人物を見上げていて。
「え、と。あなた、は?」
「オレ様は、ピッコロ大魔王だ」
「ピッコロ………?」
ピッコロは怪訝そうに首をかしげるを射抜く。
自分の名を呼んだその声は、高く澄んでいて。
掴んだ手首はもちろん、肩も躰の線も細く華奢で。
戸惑うように揺れている鳶色の瞳、整った知的な柳眉、ふっくらとした唇。
滑らかで白い額に、桜色の頬。
「…………、おまえは美しい」
「っ!」
その鋭い眼光にチロリとよぎった欲望の色に、の背筋に悪寒が走った。
今までそんな目で見られたことは一度もなく、それがなにを意味するのかもわからなかったが、の「女の直感」が、危険信号を察知した。
「やだっ!!! 放してっ!!!」
とにかく無我夢中でめちゃくちゃに身を捩って掴まれた腕を振りほどき、そばにいたブルマに抱きついたとき、騒ぎを聞きつけた警備兵が駆けつけてきて。
「姫さま! ご無事ですか!?!?」
「ええ、姫は大丈夫よ。それより、そこの無法者を捕らえなさい!!!」
ブルマが警備兵に凛とした声を発してから、抱きとめたの小さく震える背中を安心させるように撫でる。
「………さま、もう大丈夫ですよ。早く城に戻りましょう」
「ブルマさん……」
竦んだ足を叱咤して、ブルマに引きずられるように城に走りこんだは、そのまま自分の部屋に連れて行かれてドアに鍵をかけられた。
「――――――だから言ったんですよ。『命の水』を汲みにくるものは、この国の者だけとは限らないんです。中にはあんな、無礼で邪な考えをもつ者もいるんです」
「………はい、ごめんなさい。ありがとうブルマさん」
素直に謝罪する姫に、ブルマも肩の力を抜いた。
「でも……怖かった。あの人の、あの目。すごく、嫌な感じがしたの」
深くうつむいていたが顔を上げ、ブルマを見て戸惑ったように瞳を揺るがせた。
まるで、品定めでもされるような、頭のてっぺんからつま先まで、舐めるようなあの視線。その後に浮かんだ、口の端を引き上げたニヤリとしたその歪んだ笑顔を思い出し、は小さく身震いをする。
「さまをあんな欲望に染まった目で見るなんて…っ! 汚らわしいっ!」
「欲望、、、って、どんな欲望?」
「あれは姫さまを手に入れようとしている者の目です。あいつは、卑しくもさまを欲していたのですよ」
手に入れる…って。
王宮でゆったりと成長した世間知らずのにはその言葉の真意がわからなかったが、はき捨てるようなブルマの口調に、それはとってもいけないことなんだ、と一人納得したそのとき。
「そのとおりだ」
鍵のかかった密室に響いた、低い声。
ゾクリ、と背中が凍るような嫌な気配を感じる先は、しっかり鍵のかかったドアではなくて、窓の外。
恐る恐るというように背後の窓を振り返ったとブルマは、次の瞬間、何よりもまず驚きで目を見開いた。
の部屋は、お城の最上階。すなわち、その部屋の窓からの侵入は限りなく不可能のはずなのに。
信じがたい事実に固まった二人を唇の端を引き上げた皮肉げな笑みを浮かべて、先ほどの緑色の人物が、窓の外で腕組みをして部屋の中に視線を送っていた。
「浮いて、る………?」
呆然と呟くを、射抜くように見つめるピッコロ。
その瞳は、冷徹で、冷酷で。けれども――――――内に秘めた情熱的な色が見え隠れしていて。
バリン、と耳に痛い音を残して窓ガラスが砕け、部屋に降り立ったピッコロ大魔王の視線を遮るように、ブルマがをかばって自分の背の後ろにその姿を隠した。
「…………邪魔だ。おとなしくそこをどくんだな。死にたくはなかろう」
「そうはいかないのよ。……まったく、衛兵たちは何やってんのよ…っ」
自分との間に入ってきたブルマに凍りつくような視線を投げかけて忌々しそうに呟くピッコロと、その冷たい視線を真っ向から受け止めて目の前の無法者を捕らえることのできなかった警備兵への不満を漏らすブルマ。
バチバチと音を立てる火花が見えるような気がして、はオロオロと二人を見比べた。
「衛兵? あれは兵なのか? あんなゴミどもが集まったところでこのオレ様にかなうわけなかろう」
ニヤリ、と馬鹿にしたように笑うピッコロの表情に、血の気が引いていく。
差し向けた衛兵たちはきっと、もう―――――――――。
蒼白な顔でピッコロの薄ら笑いを睨みつけるブルマの背後で、ゆらり、と気配が動いた。
「――――――――――――殺したの? あの人たちを、殺したの………?」
静かな声。
その、あまりに静か過ぎる声に、思わずブルマが振り返れば。
細い肩を小さく震わせているが、深くうつむいていた顔をすっと上げたところで。
表情豊かだが、いつも穏やかなその瞳の色が、怒りに染まっているのを見て取ったブルマは、その様子に軽く息を呑んだ。
吏紗は喜怒哀楽ははっきりしていて、怒ることもしばしばあったが、ここまで怒りをあらわにした姫を見たのは、常にそばに仕えているブルマも初めてだった。
「ふん。殺しはせん。今は、まだな…。ゴミでも使う価値はある」
ついさっきまで自分と目の前の侍女が睨み合っただけでうろたえていたが、物怖じせず真っ直ぐに激しい怒りの視線を自分に向けたことに、意を得たり、とピッコロは満足そうに笑う。
衛兵たちが死んでいないことと、大魔王の言葉の意味がわからなかったことに、微妙な表情を浮かべつつ自分を見上げてくるに、ピッコロは酷薄な笑みを浮かべた。
「あのゴミどもの命、そして、そこの女の命が惜しくば―――――――――」
「この………痴れ者!!!」
最後まで言わせず、ブルマが叫ぶ。
卑劣極まりない選択を持ち出した目の前の男に吐き気がするほどの嫌悪感を覚え、痛烈な視線をピッコロに向けた。
それからの肩を強く掴み、その痛みに軽く顔をしかめたの瞳をしっかり捕らえ。
「いいですかさま。あたくしたちはどうなってもかまいません。あたくしたちの命が助かったとしても、さまがこの国の姫でなくなってしまったのでは意味がないのです。わかりますね?」
「ブルマさん……?」
「あなたの存在と命の水は、この国に必要不可欠。そのことを忘れてはなりません。よろしいですね?」
ブルマの強い瞳に戸惑いつつ、こくりと頷くの肩を放し、ブルマがピッコロ大魔王を振り返ったとき。
「………余計なことをいいおって」
その言葉とともにピッコロの指先から放たれた光線が、ブルマの胸を貫いた。
「っ!」
ブルマの身体が傾いて、床に倒れる様が、まるでコマ送りでもしているかのようにゆっくりはっきり、の目に映る。
すぐさま横たわるブルマに駆け寄ってその身を抱き上げれば、かすかに目を開けたブルマが小さく笑っていて。
「、さま……」
「ブルマさんっ! いや!!! しっかりしてくださいっ!!!」
「………よい…ですか。あんなやつの、言うこと、など………聞いてはなりませんよ………悪はいつか……滅びます…………。滅ぼしてくれる方が、いつかきっと―――――――――」
ボロボロと、知らずに流れ出す涙を優しく拭ったブルマの手が、力なく床に落ちた。
「―――――――――ひどい」
顔を覆って泣きじゃくるを一瞥し、ピッコロ大魔王が笑う。
「心配せんでも、さっきの兵とは名ばかりのゴミどもも、その女も、死んではおらん。眠らせただけだ」
その言葉に、涙にぬれた顔を上げた後、がブルマを窺う。
すると、かすかに感じる鼓動と、小さな寝息。
「生きてる………」
心底安堵したように、ため息とともに吐き出したの呟きに、しかしピッコロは唇の端を引き上げて。
「しかし、そいつらはこのオレ様が呪いを解くまでは目を覚ますことはない。そいつらを助けたければ、オレ様の言うことを聞くんだな」
放心したように見上げてくるの瞳。
その瞳に自分が映っていることに軽く高揚を覚え、ピッコロはにやりと笑う。
「―――――――――このオレ様と、結婚しろ」
「………なんで?」
「おまえこそ、このピッコロ大魔王様にふさわしいからだ」
あまりに隔たりのある言葉に、目を見開いて理由を尋ねるに、自信に満ちた微笑を浮かべるピッコロ大魔王。
一瞬、自分が結婚することで皆が助かるならば、と激しく揺れた心に、ついさっきブルマに言われた言葉が蘇る。
『あたくしたちの命が助かったとしても、さまがこの国の姫でなくなってしまっては意味がないのです』
『悪はいつか………滅びます…………』
きゅっと涙を拭い、はしっかり顔を上げて目の前で薄笑いを浮かべているピッコロを見返した。
の瞳に浮かぶ強い意志に一瞬ひるんだピッコロの目をしっかり捕らえて。
「い・や・で・す」
一文字一文字をゆっくりはっきり言い切った。
ここで「YES」と答えるのは簡単。
でもそれじゃ、自分を守ろうとしてくれた国の人たちを、裏切ることになってしまう。
力じゃきっとかなわないけど、心で負けちゃダメだ、しっかりしなくちゃ。いつか悪が滅びるまで、闘わなくちゃ。
はそう自分に強く言い聞かせ、自分に向かってくる視線を逸らすことなく睨み返した。
ただ穏やかなだけの、美しいだけの姫だと思っていた。
しかし考えてみれば、ピッコロ大魔王ともあろう自分が、ただそれだけの女にこれほどまでに心を乱されることはないはずだ。
内に秘めたる精神的な強さを目の当たりにして、ピッコロの胸に熱い想いが広がる。
力ずくで彼女を奪うのは簡単。
だが彼女の心ごと、どうしても手に入れたい。どんな手を使ってでも、必ず手に入れてみせる。
「おまえは一生、オレのものだ………誰にも渡さんぞ」
相変わらずの冷徹な瞳に、ぎらつく欲望を交じえさせたピッコロ大魔王は、その力でその国全体に呪いをかけた。
城の中のものはもちろん、を除く国中のすべての生物は眠りにつき、城下町はどこまでも続く砂漠に、緑の山々はガラス細工にと、一瞬のうちに姿を変える。
「この国からおまえが一歩でも外へ出れば、眠っているやつらはすべて死ぬ。………もう一度言うぞ。呪いを解いてもらいたければ、このオレ様を受け入れろ」
呆然と辺りを見回しているにそう述べれば、グッとこぶしを握りしめて深くうつむくその姿。
「イヤです」
顔を上げてもう一度はっきり言い切る凛とした声と、強く、強く輝きを放つその瞳。
その瞳に促される、どうしようもなく高揚する胸。
「………いいだろう。おまえがその気になるまで、この国はずっとこのままだ。孤独に耐えられなくなるまで、いつまでも待ってやる。どこまでも、追い詰めてやる………」
薄い笑みを浮かべ、強い意志を感じさせるの瞳を射抜きつつそう言い残すと、ピッコロ大魔王の姿は忽然とその場から消えた。
緊張で硬直していた身体から、一気に力が抜ける。
へなへなとその場に座り込んだは、すぐそばで倒れているブルマに視線を送った。
「これで、いいんだよね…………ブルマさん」
小さく笑んで呟いてから、目を伏せて。
は「はやく悪を滅ぼしてくれる人が現れますように」と祈りをこめた。
それから、月日は流れ………。
to be continued...
管理人「すっげー、ピコさん!超悪役なりきりっすねっ!こんな才能もあったんだ!」
ピコ「………ふん。なんでオレ様が悪役なんだ。しかも、孫の女が相手とは…」
「わ、わたしを睨まないでよ〜。管理人さんが考えたんだから、配役は!」
ピコ「別に、睨んでるわけではない…」
「はぁ?」
管理人「もう、ちゃんは察しが悪くってもー」
ピコ「それ以上言ってみろ。命が惜しくなければの話だがな」
管理人「おーコワ」
ブルマ「管理人さん、ちょ〜っと、いいかしら?」
管理人「ブ、ブルマさん……(ピコさんより怖いかも;;;)」
ブルマ「このあたしが、侍女ってどーゆーわけよっ!百歩譲って姫はちゃんでいいけど、そんならあたしは女王でしょうが!!!」
管理人「で、でもでも、ブルマさんノリノリで演じてたじゃないですかー」
ブルマ「仕方なくよ仕方なく!可愛いちゃんのためですもの」
「ありがとーブルマさん♪」
ブルマ「配役も気に入らないけどさ、なんなのこの前置きの長さ。本物の「命の水」のお話にはまったく関係ないじゃないの」
ピコ「なに?そうなのか?」
「そういえば……」
管理人「…………(そろりと逃げ出す準備)さらば!!!」
ピコ・ブルマ・「「「管理人(さん)ーーーーーー!!!」」」
そんなわけで、どうも申し訳ありません未央様!無駄に長くなる可能性大です。
管理人のどうしようもない妄想のせいで!!!
ああなんか、どうしてくれようこの自己満足作品って感じですが…
読んでくださった様、ありがとうございました☆
続く続く続きます〜!

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