午前0時を告げる鐘が、静まり返った城内の闇に鳴り響く。
その重く鈍い音色が終わると同時に、目を伏せていた王女が顔を上げた。
いまだ涙を湛えている瞳を、グッとこぶしで拭い、背筋を伸ばして振り返った王女の目に映るのは、長年見慣れた緑色。
ふわり、と音もなく床に降り立つその姿を見る王女の目には、強い意思の光が宿る。

「こんばんは、ピッコロさん」

毅然とその鋭い瞳を見返し、不敵な笑みを浮かべる王女と視線を交えること約数秒。

「…………珍しい。泣いていたのか?」

大魔王の聞きなれた声に、王女は一瞬目を泳がせ、それから観念したようにこっくりと頷いたのち。
なにを思い出したのか、視線を遠くに飛ばし、優しくて柔らかい笑みがその顔に広がり。
あまりに魅力的なその表情に目を奪われると同時に、焦りと不安が大魔王の胸を蝕んだ。







命の水 act.4







静かな城内の中庭で、小さく火花を散らしてぶつかり合う視線と視線。
鋭い眼光で射抜くように自分を見るピッコロ大魔王の瞳を、ひるむことなく睨み返す
まっすぐに真っ向から見返してくるその強い視線を受けて、ピッコロは薄く笑んだ。



「いつまでも意地を張るな。オレ様を受け入れれば、呪いはすぐに解いてやろう」

「ピッコロさんこそ、いい加減諦めてください。どんだけ待っててくれたって、わたしの意志は変わらない」

「………この国の民も、哀れだな。おまえのせいで、もう何百年も眠りついたままとは。おまえさえいなければ、こんなことにはならなかったのだ」





心を抉るその言葉に、は思わずうつむいた。
何度言われても、涙が零れそうになるけれど ―――――― 泣いてなんか、やるもんか。負けてなんか、いられない。
歯を食いしばってやるせない気持ちに耐え、は伏せていた顔を上げてまっすぐにピッコロの目を見返した。




「――――――そうだね。でも……そんな言葉で折れるほど、ヤワな精神してないよわたし。それに、一番悪いのは、貴方だ。呪いをかけたのは貴方なんだから」

「オレの心を奪った、おまえがすべての元凶だ。そうは思わないか?」

「もう何度も言ったけれど……奪った覚えなんかない。もし奪ってたのなら、今すぐ返します。だから、呪いを解いて」

「返してもらう必要はない、とオレも何度も言ったはずだ。おまえの答えひとつで、呪いは解いてやる」



長い間続いている、どっちも引かない堂々巡りの言い合い。
そして、いつも先に目を逸らすのは、力では絶対的に強いはずのピッコロ大魔王のほうだった。



今まで、自分の手に落ちなかった女などいなかった。どんなに強がったところで、結局最後は自分にすがってくるはずだった。それなのに、自分の視線を退かせるほどの強い覇気を見せる目の前の王女の瞳は、初めて会ったときから衰えることも無いどころか、さらに強い光を宿す。

最初はきっと、そんな彼女をいたずらにおとしてみせようと、そんな軽い気持ちだったのかもしれない。
けれどもいつしか、自分でも驚くほど彼女に心惹かれる自分に気づいた。



どんなに傷つけても決して屈しない彼女の意志は思いのほか屈強で、見た目の儚さとはまるっきり正反対で。
うまくコントロールできないほど、そんな彼女に心が乱される。
彼女を追い詰めるつもりが、募る思いに軋む胸の痛みに耐え切れなくなっているのは自分であることを、否が応でも気づかされる。





ここまで自分を虜にしておいてなお、一向に自分を受け入れない王女を、殺したいほど、憎い。そして、狂おしいほどに、愛しい。





そんな正反対の感情にもどかしさを感じる。
少し力を加えれば、簡単に壊れてしまうはずなのに。強引に奪おうとすれば、容易く手中に収めることができるのに。
なぜ、自分はそうしないのだろう。
――――――そこまで、彼女の心を奪うことに執着しているのか、オレは。







戸惑いを感じる胸を誤魔化すためにひとつ息を吐き、今夜も心を摘むことは不可能か、と半ば諦めのようなものを感じながら身を翻しその場を去ろうとしたピッコロ大魔王の、視線の、先。
中庭に敷き詰められた小石の床の上に、彼女以外の足跡が、目に入った。







「――――――――――――誰か、ここに来たな?」



呟くように落とした声に、が顔を上げた。
今の今まで強い光を宿していたその瞳から険が抜け、代わりに甘やかな柔らかい光が射す。



「あ……はい。命の水を探して、男の人がいらっしゃいました」



さっと朱が奔る、滑らかな頬。
先ほど見せた柔らかい微笑を再度浮かべるに、ピッコロの胸がざわつく。










――――――――明らかに、恋を覚えた女の表情。










自分の手に入らないのであれば、このまま一生、ここに閉じ込めておく。
人質さえあれば、彼女はここから出られない。
出られなければ、誰の手にも渡らない――――――――彼女の心は、誰にも奪えまい。



そう意図してかけた、呪いだったのに。







ふわりと目元を和ませる、その心なし潤んだ瞳の先には、いったい誰がいるのか。
自分が数百年にわたって毎晩通ったにもかかわらず手に入れられなかったの心をいともたやすく手中に収めたのは、いったいどんな男なのか。















「ピッコロさん…………?」



ちろちろとその鋭い眼光に混じる嫉妬の炎を感じ取り、珍しくが不安げに瞳を揺らした。
冷たく突き刺さるような視線には慣れたものの、そんな激しく燃えるような視線を受けたのは初めてで、それが「嫉妬」というものだということもわかっていないは、ただただ戸惑う。





―――――――――おまえは、オレのものだ」

「あ、あの………ピッコロさ―――――うわっ」



低く呟くように漏れる低い声に、普段の冷静で冷徹な彼ではない雰囲気を感じてそろり、と後退去ったの腕をすばやく掴み、ピッコロはたじろぎ言葉を返そうとした彼女をそのまま押し倒した。



「ぅえ? えぇえ? ちょ、っとピッコロさん、やだ!」



突然のことにとにかくうろたえ、自分の上のピッコロの胸を叩いたり顔に張り手を飛ばしたりするの腕を両手で拘束し、泳いでいる彼女の目を激しい炎を宿した瞳で捉える。






「誰にも、渡すものか」

「っ!?」





欲望の入り混じる瞳の色に、久しく感じていなかったゾクリとした悪寒が背中に走る。
すごく、嫌な感じ。
産毛を逆撫でするような感覚に、直感的に「すぐに逃げなければ危険だ」と悟ったは、とにかくがむしゃらに暴れだす。





「やだってば!!! 放してっ!!! どいてよっ!!!」





けれども相手は男、しかも、『大魔王』の肩書付。
いかながジタバタともがこうが身を捩ろうが、そんなものはまったく通用しない。





「無駄だ。オレ様の気持ちを踏みにじりやがって……。もうおまえの心などいらん。だが………それでもおまえはオレ様のものだ」



屈辱に歪んだ大魔王の表情に、冷たい汗が背中を伝っていくのを感じる
嫌な予感に誘導されたひどい動悸に、冷や汗がどっと噴き出し、吐き気さえせりあがる。





どんなに暴れてもびくともしない腕。
もがいている自分を見据える瞳は、黒くて暗くて、冷たい炎を宿して燃え盛る。
その瞳に血の気が引いていき、身が竦む。



は初めて、目の前の『大魔王』に心底怯えた。
震えだす身体に、強く保っていた精神が萎えはじめる。





すごく、怖い。
今すぐ逃げ出したいのに、身体が動かない。自力では、逃げられない。





誰か………助けて。










「―――――――――たす……け…………………………誰か……………た……すけ…………て……………」










救いを求める、王女の掠れた声。
一度も弱みを見せなかった彼女がみせた、初めての心の隙間。



心をくれないのは、ずっと前からうすうす感づいていた。だったら。
ガラにもなく淡い期待など持たずに、もっと前に――――――彼女が誰かに心を惹かれてしまう前に、こうしてしまえばよかった――――――――――。










「助けなど、来るものか。おまえはもう、オレを受け入れるしかないのだ」



涙で潤む瞳を捉え、絶望を植えつける。
全身全霊で抵抗を示していた華奢な躰から、力が抜ける。
ゆっくりと閉じられた瞼で蓋をされ、見えなくなった強い瞳。同時に、目尻から涙が零れ落ちた。

彼女の心が崩れる瞬間を目の当たりにし、ピッコロの顔には勝利と歓喜と、そしてわずかばかりの哀しみの色の混じった歪んだ微笑が浮かんだ。



…………続ければは、完璧に自分に心を閉ざす。だが、ほかの男の手に渡ることもなくなる。



一瞬迷い、それからひとつ頭を振って、ピッコロは抵抗を感じなくなった細い腕を開放し、ゆっくりとに顔を近づけた。














「―――――――――――――――――――――悟、空………………」










唇が触れるまで、あと僅かだった。
きっと無意識だったのだろう、の口からそっと呟かれたその名。



…………それが王女の心を奪った男の名だと悟り、大魔王の胸にさらに嫉妬の炎が上がる。
だが、もう終わりだ。
どんなにその男を想っても、今宵これから、王女は自分のものになる………。



そう思い、大魔王がまだ見ぬその男に向けてニヤリと嘲笑ったとき。











「呼んだか?










凛と響く、柔らかい、声。



突然割って入った第三者の声に、はっとして顔を上げるピッコロ大魔王。
聞こえるはずのないその穏やかな声を耳にしたが、目を見開いて顔を向けたその視線の先。





太い柱に背を預け、腕組みをした悟空が、に、っと笑った。







「悟、空……? なんで? 帰ったんじゃ…………」

「いやぁ、がここ出らんねえなら、仕方ねえから呪いをかけたやつぶっ倒してやろうと思って入口んとこで待ち伏せしてたんだけどよ、鐘が鳴り終わってもなかなか来ねえから、様子見に戻ってきたんだ」



いたずらっぽく笑ってから、悟空はを組み敷いている大魔王に視線を走らせる。



「おめえが、『大魔王』か……。城に入るときは玄関からじゃねえとダメなんだぞ。オラそれでいつも父ちゃんに『行儀が悪い』って怒鳴られんだ」

「――――――このオレがどこから入ってこようが、きさまには関係のないことだ。それより邪魔だ、失せろ」



薄く笑って見せ付けるようにの頬を撫でるピッコロ。
その行為にビクリとさらに身を竦ませるを見て、悟空の目にギラリ、と鋭い光が宿った。





「どいてやれよ。、嫌がってんだろ?」

「……………………なんだと?」





に向けた優しい視線とはまったく正反対の厳しい視線と凄まじい覇気を受け、ピッコロがゆらりと立ち上がった。
黒い炎を燃え上がらせた瞳が悟空を捉えたのを感じ、は今まで竦んでいた身体を無理に起動させて声を張り上げる。



「だめ! 悟空逃げて!!! わたしのことはいいから!」





のほうに視線を戻した悟空は、その必死な瞳を見つめた。
萎えた心を立て直し、再びその瞳に宿る強い意志。「王女は自分より他人を優先する」と、どこかで聞いた台詞が脳裏をかすめる。守るべき『誰か』の存在が、彼女を強くするのだろう。それを裏付けるその瞳。
けれど、その滑らかな頬に残る涙は、たった今自分を見据えている男に対してかなりの恐怖を感じたゆえに流れ出したものだと、先ほどの怯えたようなを見て悟空はわかっていた。


泣いたって仕方ないって、意地でも負けたくないって、その細い肩をいからせていた。
助けてほしいなんて、思っていたって絶対口にしない強い心根を感じていた。
それゆえに、彼女の感じた恐怖が並々でなかったことが簡単に想像できてしまい、彼女にそんな涙を流させた目の前の大魔王に、ふつふつと怒りが込みあがってくる。





がよくても、オラはよくねえよ。おめえを泣かせるヤツは、オラが許さねえ」
「だったらもう泣かない!泣かないから早くここから出て!悟空が殺されたらわたし、生きてる意味さえわからなくなる!!!」



身は起こしたものの、いまだ腰の立たないが座り込んだままでこぶしを握りしめながら叫んだ声に、悟空は胸が熱くなるのを感じ、ゆっくりとのほうに歩き出す。

傍らに立つピッコロ大魔王は、そんな二人のやり取りに激しい嫉妬を感じながら、自分の隣を素通りしようとした悟空に向かって怒りあらわに黒い炎を宿した視線を投げつけた。



「きさまなんぞに、オレのを渡すものかっ!」



殴りかかってくる大魔王の攻撃をさらりとかわし、身体が入れ替わると同時に悟空が逆に手刀を繰り出した。
地面に倒れこんだピッコロがすぐさま立ち上がり、口元をぬぐいながら信じられないような表情で自分を見ている視線を背中に感じながら、悟空は背を向けたままピッコロを一瞥し。



「おめえのじゃねえだろ!?」



一言、激しい口調で吐き捨てると、同じく驚いたように目を見張って自分を見ているに視線を合わせるようにその傍にしゃがみこんだ。



そっと、その陶器のように滑らかな頬に触れると、ビクン、と怯えたように身を竦ませる。
まだ乾かない涙をためた瞳を優しく覗き込めば、戸惑ったように視線を彷徨わす。
潤んだ瞳がいっそう透き通って見えて、近くで見てもやっぱり綺麗だと思いながら、悟空は自然溢れてくるままに穏やかに微笑んだ。



「オラ、おめえのこと好きんなっちまった。だから、大魔王やっつけて呪いが解けたら、オラと結婚してくれねえかな」



ちょっとはにかんだような、照れくさそうな悟空の顔。
温かい笑顔と、優しい声。
あんなに怖かった『男』の手が、自分の頬に触れている悟空の手が、どうしてだろう――――――心地よい。
触れられたところからじんわりと胸に広がる、熱いこの気持ちは何なのだろう。










――――――――――そうか。そうなんだ。
悟空がいなくなったと思ったときの喪失感があんなに大きかったのも、思わず涙が零れるほどに胸が痛かったのも、全部。
いつの間にかこの人を――――――――――――好きになっていたからだったんだ。










自分の気持ちにやっと気づいたは、恥ずかしそうに鮮やかに頬を染め上げて。

けれども、そんな自分たちに向かっている鋭くて冷たくて、それでいて激しい怒りの視線に気づいて小さく息を呑む。










「―――――――――おのれ、きさま。死ぬ覚悟はできてるだろうな?」



黒い黒い、ピッコロの嫉妬の炎。
その歪みよどんだ視線は、まっすぐに悟空を射抜く。



自分を見て頬を染めたのは一瞬。次の瞬間には心配そうに見上げてくるに笑顔を向けて「心配するな」とその頭をひとつ撫でた悟空は、射すようなピッコロの視線を真っ向から受け止めて睨み返し。



「わりいけどオラ、死ぬ気なんてねえよ。おめえぶっ倒して、この国の呪いを解く」





静まり返る城の中、バチバチとぶつかり合う激しい視線。
周りの空気が、徐々に緊迫感を増してくる。
口元だけでフッと笑みを交わした後。




「ここで戦ったらみんなを巻き込んじゃうな。場所を変えるぞ」

「そんなたいそうな戦いになるとは思えんが………いいだろう」





にらみ合いながらそう言い合って、二人は超高速で城を出て行った。
不安と焦燥感に揺れるを、その場に残して。




















そして、一夜が明けて。
東の空が明るんでくるのを見上げたの瞳に映ったものは。









太陽が昇るにつれて、緑に戻っていくガラス細工だった山々と、元の街並みに戻っていく砂漠と化していた城下町。
城内を振り返れば、窓から射し込む陽の光に、端々で眠りについていた人々が次々に目を覚ましはじめた。





静かだった城の中が、徐々にざわつき始める。
大きく伸びをしたり、あくびをしたりしながら目覚める家臣たちを信じられない思いで見つめる
衝撃とも感動ともつかない感覚に、動けず固まるの背後から、懐かしい優しい声がかかる。









さま」



はじかれたように振り返ったの目に入った、アイスブルーの優しい瞳。



「――――――――――――ブルマ、さん」

「よく、頑張りましたね」



動けない自分をきゅ、と柔らかく抱きしめてくれる、温かい腕。















何度、このときを夢見ただろう。
幾千の夜、幾万の朝を孤独に耐えてきただろう。
フラッシュバックするそれまでの出来事に胸がいっぱいになり、ハタハタホタホタと、涙が溢れ出す。









「ブルマさんの、言ったとおり、でした」



その胸にすがって小さく呟かれた言葉に軽く先を促せば、はそっと顔を上げ、涙を浮かべた瞳をふわりと和ませて。



「悪を滅ぼしてくれる人、現れました。とっても………とっても素敵な人でした」



零れ出る、笑顔。
長い間張りつめていた気が緩むと同時に、目の前が擦れ、意識が遠のく。







安堵感の浮かんだ表情のまま意識を手放したの細い身体を抱きしめて、ブルマもまた柔らかく笑い。





「そうですか……。よかったですね」





気を失った王女に、優しく話しかけた。


















長き呪いから解き放たれ動き出す時の流れが、今、再び歴史を刻み始める。





















to be continued...


「………ピッコロさんの顔、マジ近かった///」
ピコ「し、芝居だ芝居! 文句があったら管理人に言うんだな」
管理人「なに焦ってんのよピコさん。芝居とはいえ愛しのちゃん押し倒させ――――――」
ピコ「殺すぞきさま!!!」
悟空「……オラも納得できねえな、管理人。よりにもよって、大事なオラの奥さんを」
管理人「ご、ごめんごめんて! でもいいじゃん、結果的には王女様、悟空のこと好きだって気づいたんだからさ〜」
「てゆうか、原作から脱線しすぎ。大丈夫管理人さん?コレじゃいつまでたっても終わらないよ?」
ブルマ「まったく、アホなんだから」
管理人「………言わないで(遠い目)」
バダ・ベジ・ラディ「「「オレ達の出番、まだかよ!?!?」」」


そんな感じで、続きます。
年越すよきっとコレ………もう、謝罪の言葉も浮かんでこない;;;