「あれ? おめえ、こないだの……」
「あ、おまえは、命の水を探して………」
「ああ、そうだ。はは、なんかおめえ、前よりちっとでかくなったか?」
「ちっとじゃねえよ! 倍んなってるだろうがよ!!!………どうやら呪いが解けたようでさ」
「うん、解いてきたぞ、呪い。も助けたし、命の水ももらってきたぞ」
「…………………王女さまは、無事、なんだな………」
「ああ、本当にいい王女さまだなぁ。可愛くて優しくて、でも強くてさ。オラ惚れっちまったよ」
「そうか………って、ああ!?」
命の水 act.6
を想いながらホクホクと家路に着いた悟空は、その帰り道で道案内をしてくれた小人に出会った。
ピッコロの呪いが解けたので、小人も小人ではなくなっていたのだが……世間一般よりはやっぱり小さかったその人は、悟空の「王女に惚れた」宣言を聞いてちょっとばかり固まってしまった。
まあ、でも。
自分が仕えている王女は老若男女を問わず人を惹きつける不思議な魅力を無自覚ながらに持っているので、惚れるのも無理はないだろう、と妙に納得してしまう。
けれども、異国の、どこの馬の骨ともわからない男に、自分たちの憧れの王女に「惚れた」なんて堂々と言われると、それはそれで釈然としないものがあるわけで。
たとえそれが、大魔王を退けて呪いを解いた人物で、どこから見ても穏やかな空気を纏ったお人よしで、しかも端正なお顔をしていたとしても、だ。
そんなふうに少しばかり面白くなさそうな顔をする目の前の小人だった人物の様子に、当の悟空は小首を傾げて。
「それはそうと…。あのさぁ、こないだおめえ、オラの前にここを通ったヤツがいるって言ってたよな?」
「――――――こないだ?……ああ、あの高慢ちきでオレをチビだとバカにした嫌なヤローたちのことだな。それがどうした」
あの、人を見下したような厭味な笑いと傲慢な態度を思い出し、元小人がさらに不機嫌顔になりながら忌々しげにそう答えれば。
「うん。たぶんそいつら、オラの兄ちゃんたちだと思うんだよ。オラが二人の代わりに謝るからさ、どこに行ったか教えてもらえねえかな」
苦笑交じりのその声と、向かってくる柔らかい視線に、なんだか毒気を抜かれてしまった。
負の感情を流してしまう、悟空の心地よい不思議な気配に、小人もつられたようにその顔に笑みを浮かべた。
「教えるもなにも。オレが呪いをかけて谷間に閉じ込めたんだよ」
呪いをかけられたことによって芽生えた、人を呪う力。
そんな力を植えつけられて、その力を使うたびに歪んでいった自分の心。
しかし、呪いから解き放たれた今、自分がかけた呪いも効力を失っているだろう。
「……まあ、オレの呪いが解けた時点で、そういう力もオレにはなくなっちまったから、あいつらにかけた呪いも解けたと思うぜ」
人を呪えば、自分も歪む。
それを身をもって体験した小人が、そんな力はもう二度と要らないと思いながら答えたそのとき。
悟空的にやけに見慣れた懐かしい男二人の姿が疾風のごとく走ってきたかと思ったら。
「このクソチビ!!!あんなところにこのオレ様を閉じ込めやがってっ!!!」
「覚悟はできてるんだろうなっ!!!」
「ぐええぇええ〜〜〜」
絞め殺す勢いで小人を締め上げているのは、まごうことなき悟空の兄貴たち。
「ベジータ! ラディッツ!」
「あ? カカロット……?」
「きさま、なんでこんなところに……」
「おめえたちと命の水を探しに来たんだ。無事でよかったぁ」
「つうか、オレが無事じゃねぇ!!! さっさと放せ死ぬ〜〜〜っ!!!」
「「「あ、忘れてた」」」
――――――二度と要らないと思っていた、人を呪う力。こいつらにだけはやっぱり使ってもいいかもしれない。
「悪ぃ悪ぃ」とやんわり笑って謝罪する悟空は別として、「こいつが死んだって別に問題ない」と言いながらも悟空に宥められて自分を解放した男二人にそんな不穏な念を送ってしまう小人が、自分に手を振って家路につこうとしていた悟空を呼び止めた。
「あいつらは悪い心の持ち主だ。気をつけたほうがいいぞ」
「??? ベジータとラディッツか? う〜ん……ま、いっか。わかった」
基本、人を疑うことを知らない悟空は、小人の忠告に怪訝そうな顔をしたが、とりあえず頷いた。
そして帰りの道中で、悟空は二人の兄たちにこれまでのことを話した。
命の水を持ち帰ってきたこと、その水をくれた王女を大魔王の手から救ったこと、そして、一年後にその王女と結婚すること。
「オラ、あんな綺麗な人間見たの、初めてだ」
うっすら染まる悟空の頬。
それを見た二人の兄は、驚きを隠せない。
なにせこの末の王子は、女に興味を示したことなど今まで一度としてなかったのだ。なかったどころか、『美』と『醜』の区別もつかなかったのだ。
その王子が、『綺麗な人間』などとのたまうとは。
が、しかし。
その美しい王女を見てみたいと思う反面、『美』と『醜』の区別のつかない第三王子。そんな王子の言う『綺麗な人間』なんてものは高が知れているかもしれない。
というわけで、目下、ベジータとラディッツを焦らせるのは、『カカロットが命の水を手に入れた』という事実だったりする。
「カカロットのやつ、本当に見つけやがった。………親父、あいつのことを王にしちまうんじゃねえか? なあベジータ」
「そんなことは許さん!あの国は第一王子であるオレ様が継ぐのが当然だろう。………だが、このままでは……」
悟空的には、ただ父王に命の水を届けるために帰るんであって、次王になるつもりなんか毛頭ナイどころか、病気が治ったらさっさと可愛い王女の待つ国に戻ってきてしまおうと思っているのだが、兄たちからしてみれば、自分たちが見つけられなかったその神秘の水をカカロットが持ち帰ったとなれば、自分たちの立場が危うくなる、というわけで。
つまるところ――――――ベジータとラディッツは、自分が一番可愛いのだ。
意気揚々と前を歩く悟空から数歩下がったところで、二人の兄は顔を見合わせ。
「なんとかして、あの水を奪わねば……」
「そして、カカロットを王位の座から遠ざけねば……」
兄たちがそんなふうに悟空の隙を狙っていることなど知る由もなく、悟空その人は(早くんとこに帰ってやらなくちゃな〜)と色惚け全開で頬っぺたを緩ませながら旅路を急いだ。
その旅の途中で、長い戦争で苦しんでいる国にやってきた三人。
戦いが長引き、食べるものも底をついていたその国の有様に、「関係ない」と素通りしようとした兄たちに対し、人の良い悟空はちょっと考える風情を見せた。
「おいカカロット、さっさと行くぞ」
「面倒なことに巻き込まれるのはごめんだぜ」
「でもよ〜」
先を促すベジータとラディッツに、しかし悟空はぱっと思いついたように顔をあげ。
「そうだ! からもらったこのパン、食ってもなくならないって言ってたな。それと、剣! どんな大軍も討ちまかすっつってたし。オラちょっと貸してくる!」
タタタタ、とその国の城に駆けていく悟空の後姿を見て、兄たちは深くため息をついた。
弟を置いていっちまおうとも思ったのだが、命の水は人が良すぎるその彼が持っているし、まったく仕方ないと思いながらその後を追った。
『国の秘宝』とは言ったが、確かに。
食べても食べてもなくならないパンでその国の人々は飢えをしのぎ、王に貸し与えた剣は一振りで敵の軍勢を打ち負かす。
もとより戦闘好きのベジータ・ラディッツ・悟空もちょこっと参戦し、その国は静かになった。
涙ながらにお礼を言われ、パンと剣を返してもらってから、三人はその国を後にしたが。
その後、同じように飢えと戦争に苦しんでいる国をふたつも通る羽目になり、そのたびに剣とパンを貸す悟空のお人良し加減にゲンナリ気味のベジータとラディッツ。
でもまあとりあえず。
合計三つの国を救い終え、自国へと向かう船に無事乗り込んだ三兄弟。
船が港に到着すれば自分の国にたどり着く事実に安心する悟空は、その夜、旅の疲れもあってぐっすりと寝込んだ。
そして、そろそろ事を起こさないとヤバイと焦り、眠れずにいたベジータとラディッツは、悟空が死んだように眠っていることを確認し、命の水を奪い、代わりにそこに苦い海の水を入れて。
顔を見合わせて、ニヤリ、と笑った。
「おーい親父、生きてるか!?」
「今帰ったぜ!」
「父ちゃんたでぇま!」
どばーん!!!
と勢いよく開け放たれた扉からかけられる声に、無事だったか、と安堵の息を吐き出したこの国の王は、次にはチッと舌打ちをして。
「ずいぶん遅かったじゃねえか。病気のオレを放り出して、どこで油売ってやがった」
相変わらず居丈高で、口の減らない王に、ベジータとラディッツはいきり立つ。
「誰のために危険な旅に出たと思ってやがる」
「まったくだ。病気のクセにちっともおとなしくなりやがらねえ」
「………てめえら、帰ってきて早々、オレに喧嘩売ってんのか?」
久しぶりに父子がすべてそろったと思いきや、いきなり険悪ムード。
しかして、日常がいつもこんな調子なので、なんだか懐かしさを覚えてしまってるあたり………不思議な親子である。
「ま、いいや。それより父ちゃん、命の水もらってきたぞ。これ飲んで早く元気になってくれよ」
言い合っているバーダック、ベジータ、ラディッツの空気なんか完全無視で、悟空が陽気に父王に話しかけ、にっこり笑顔つきで自分の持ってきた水をバーダックに差し出した。
「……まさか、これを持って帰ってくるのがカカロットとはな…。一番頼りにならんと思っていたんだが」
「ははは。なんだよ、信用ねえなあ」
憎まれ口にもまったく動じず、笑い声を上げる悟空に毒気を抜かれて苦笑しながら、ちらり、とベジータとラディッツに皮肉をこめた視線を送ると、二人はなにやら意味ありげに顔を見合わせている。
それを不審に思いながらも、悟空の「はやく飲め」という言葉に促され、その水を口に含み、飲み下した。
とたん。
「グッ! なんだこのクソまずい水は!苦くて潮辛くて飲めたもんじゃねえ!!!」
良薬口に苦し、というが、それにしても不味い、不味すぎる。不味すぎて、とても良薬とは思えない。
「はぁ? 味は普通のみずと変わんねえはずだぞ?」
ペッと舌を出すバーダックにきょとんとした顔を向け、悟空がその水をペロッと舐めてみれば。
なるほど、「苦くて潮辛くて飲めたもんじゃねえ」とは、伊達じゃない。
おかしいなあ、としきりに首をひねって、持ち帰ってくる途中で腐りでもしたのかと思いながら水を見つめる悟空の前で、バーダックはどうにも容態が悪化したらしく。
「なんか………その水飲んだら余計に気分が悪くなった気がするぜ………」
ガクリ、とベッドに沈み、力なくそう呟いたバーダックの様子に、上の二人の兄が動いた。
「それはきっと毒かなんかに違いないぞ!」
「本物の命の水は、オレたちが持ってるんだからな!」
「へ?」
突然訴え出た兄たちの矢継ぎ早な発言に、悟空は自分の持っていた自ら目を離し、なんだか自信たっぷりな兄たちに不思議そうな視線を送れば、彼らはそんな悟空に勝ち誇ったようなニヤリ笑いを返し、自分たちの持っていた水を王に差し出した。
いぶかしそうに目を細めてから、バーダックは兄たちからの水を口にすると。
今までのひどい気分が瞬く間にすっきりと晴れ渡り、長年起こしておくのも容易ではなかった重い身体が、たちまち軽くなった。
「……どうやら、ベジータとラディッツの持ってきたほうが、本物だったようだな」
久方ぶりに苦もなくベッドから出たバーダックは、いまだわけがわからず困惑したような悟空に厳しい目を向ける。
「それにしてもカカロット。きさまがこのオレを殺そうとするとは思わなかったぜ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。オラはそんな―――――――――」
「言い訳など聞きたくない。きさまはこの国から追放する。出て行け!」
荒んだ心をやわらげてくれるような、そんな気配を感じていた。ひどく、自分をいやしてくれる存在だった。
それなのに。
イライラしたときや疲れているときに自分を和ませてくれた三男坊が、自分の命をよもや狙っていようとは。
裏切られたような気分にカッとなり、バーダックは感情のまま悟空を自国から追い立てた。
――――――それが、ベジータとラディッツの陰謀であることとも知らずに。
一方、国を追われてしまった悟空はといえば。
なにがなんだかわけがわからないままポイッと追い出され、ひたすら唖然としていた。
「おかしいなあ。あいつらもから命の水、もらってたんかな」
腕を組み、空を睨んで「う〜ん」と考える姿は、ものすごく悠長でとても国外追放されたものとは思えない。
とりあえず。
よくわからないが、もしかすると自分の水は腐ってしまったが兄たちの水は無事だったのかもしれないな、と結論を出した悟空。お人よしにもほどがある。
しかして悟空その人の胸のうちは。
誤解されたままなのはちょっと面白くないが、父王の病気は治ったようだし、どうせ命の水を届けたら、愛しい王女の待つ国へ戻ろうと思ってたんだし。
「ま、いっか」
と呟き、そのまま元来た道を戻り始めた。
王女にもらった『食べてもなくならないパン』をかじりながら。
その頃。
命の水の湧き出る都は、眠りにつく前と同じ活気を取り戻していた。
変わったところといえば、城の前にキラキラと輝く黄金でできた道が一本出来たこと。
「なんでこんなことするの?」
見目麗しきこの国の姫がそう問えば。
「王女さまの結婚相手の方がもうすぐお見えになるからです。富や名声などよりも、王女さまを大切に想ってくださる方以外は、たとえ王女さまがその方をお慕いなさっているとしても、城内には招きません」
侍女の答えに、ますます首をかしげる姫。
「で、どうして黄金の道??」
「つまり、この道の上を通ることをなさらない方は、王女さまに会うことよりも金が傷つくのを惜しむような欲深い者。そのような者とわが国の大切な王女さまとの結婚は、断じて認められません」
グッとこぶしを握りしめて力説する侍女の様子に、王女ははんなりをした笑顔を浮かべ。
「大丈夫。悟空はそんな人じゃないよ」
王女の甘やかな瞳と柔らかい微笑に、侍女は思わず見惚れた。
to be continued...
悟空「お、今回はずいぶん進んだな」
管理人「まあね…。強制的に進めたよ」
バダ「まったく。やっとオレ様の出番かよ」
ベジ「オレ様は確かに悪人だが、こんな姑息な手段は使わんぞ!」
ラディ「オレもだぜ!配役代えやがれ管理人!」
管理人「あーもー煩いなっ! なによラディ、原作で口八丁で命乞いしたへたれっぷり、よもや忘れたとは言わせないよ!!!」
ラディ「うっ」
管理人「それにバダ、こんな素直な悟空が毒盛るわけないでしょ!気付けよ実の父親なんだから」
バダ「芝居だろ!!!」
管理人「ベジ、確かにあんたには悪いと思ってる。でも悟空をメタメタにした恨み、一生忘れないよ私は!」
ベジ「私憤かよ!!!」
管理人「とにかく、あと一話で終わるからもうちょっと我慢しとけ!!!」
悟・バダ・ベジ・ラディ「「「「珍しく強気だな、管理人………」」」」
というわけで、あと一話!

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