序章:始まりの日
真っ白な世界。
その中に二人きり。
優しく笑いかけてくれている大好きなヒト。
その穏やかで澄んだ瞳には、幸せそうな自分が映ってる。
うん、わたし、今まで生きてきた中で、今この時がいちばん幸せ。
このままずっと、あなたと二人きりで此処に居たい。
―――ふと、自分たちではない第三者の声が聞こえた。
その声は、わたしの名前を呼んでいる。
やだ、わたし、まだ此処に居たい。
「・・・・・・・・・!」
わたしの意思を無視して、呼び声は徐々に大きくなってくる。
そして、その声に比例するかのようにあなたの笑顔が遠ざかっていく。
いや。行かないで。
行かないで! 行かないで!! 行かないで!!!
「行かないでぇーーー!!!」
「! いつまで寝てるの!! さっさと起きなさい!!!」
・・・瞬間、幸せな夢が一転し、厳しい現実がやってきた(泣)。
「っもー! なんでもうちょっと早く起こしてくんなかったのさ!?」
「あんたよくもそんなことが言えたわね。お母さんが何回あんたを呼んだか分かってて言ってんの!?!?」
急いでハンガーに掛かっていた制服に着替えて顔を洗って、ダダダダダ、と階段を駆けおりて、下で腕組みしていた母親に悪態をつくと、さも心外だという顔で言い返された。
起きてすぐ、自分の胃袋が空腹を訴えているけど、もう朝食を食べてる余裕さえない。
『朝ご飯はしっかり食べる』をモットーとしているにとって、朝寝坊は重大な過失なのだ。
「あーもーおなか空いてるのに!」
空腹に苛々しながら慌しく長い髪を高く結わえて靴を履いた娘を見て、母親は飴玉を二つ投げてよこした。
「朝寝坊した自分が悪いんでしょ、これで我慢しなさい」
「ありがと。んじゃ、行ってきまーす!」
こんなんじゃ腹の足しにもなんないや、という言葉を飲み込んでお礼を言う。ここで喧嘩なんかしてたらマジで遅刻だし、そもそも母親の言うとおり寝すぎた自分が悪いのは明らかだ。
飴玉をリュックにしまいこんで勢いよく玄関を飛び出し、は自転車に飛び乗ると、急発進全速力でペダルを踏み出した。
「気をつけて行きなさいよー!」
母の声が急ぐの背中を追いかけてきた。
――――――その日の寝坊が、すべての始まり。
 
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