第一章:出逢い
空は快晴。
朝独特の澄んだ空気と緩やかなその流れ。
見渡すかぎりの緑は、田植えが終わったばかりののどかな田園風景。
つまり・・・どイナカ。
その田んぼのあぜ道を、1台の自転車が疾走していく。
乗っているのは、一人の少女。
名前は、。
受験戦争を制し、この春高校進学を果たした。
太陽の光を反射してきらめく長い髪は、ポニーテールにまとめられ、さらさらと風に流れる。
細く華奢な身体に、整った顔立ち。
・・・だが。
その顔は今、切羽詰っていっぱいいっぱいの表情を浮かべていた。
「あああ、拙い、拙すぎる・・・! まだ入学して1ヵ月しかたってないってのに、早くも遅刻!? 信じらんないっ!!!」
若葉の芽吹く五月某日・・・そう、本日、は寝坊した。
彼女の名誉のために補足しておこう。彼女はめったに寝坊をしないのだ。
それがなぜ、そのめったにしない朝寝坊をしたのかというと・・・
昨日の夜、なんだか不思議な胸騒ぎがしたのだ。
なんていったらいいのか、なんだか、何かが起こるような、そんな胸騒ぎ。
そんでもってやっと眠りについたと思ったら,今度はものすごぉくいい夢を見た。絶対にありえない、絶対に出逢うことのできないだろう大好きな人に逢える夢。
・・・ドラゴンボールの主人公・孫悟空に会える夢を。
ここで言っておきたいのは、が真剣に悟空LOVEだということ。
ファンとかそういうのではなく、ひとりの”男”として、好きになってしまったということ。
友達にはもったいないとか現実逃避だとか散々言われまくっているけど、こればっかりはどうにもこうにも、好きなものは好きなのだ。
で、そんないい夢を見てしまい、母に大音量のすごい声で怒鳴り起こされるまで、うっとりとその夢を堪能させてもらってたという、そんなワケで。
気がつけば、寝坊も寝坊、大寝坊。いつもより一時間近くも眠りこけてしまったのだ。
しっかし、昨日のあの胸騒ぎ、なんだったのかなぁ・・・。んー、なんかわたし、どっか悪いとこでもあるのかしら。まぁ、とりあえず今は、急がなきゃ!!!
考えるのは後にしよう、そう思いながら自転車を暴走させつつちらりと腕時計に目をやる。
よかった、このままのペースでかっ飛ばせば、なんとかいつもの電車に間に合いそうだ。
冒頭でもいったように、なんせ此処はド田舎で、ひとつ電車に乗り遅れると次がくるのが30分後。その電車では確実に遅刻決定だ。水は美味しいし空気は最高だけど、やっぱり不便な田舎町。
ようし、ガンバレわたし!! あと一息、もうすぐ駅だ!!!
そう気合を入れなおし、ペダルを力強く踏み込み改めて前を見た、そのとき。
自転車の向かうほんの数メートル先の場所。
突然、そう、ホントにいきなり、人影が現れたのだ!
それはもう力いっぱいこれでもかというほどこいでいた、かっ飛び爆走チャリ。ブレーキをかける間もハンドルを切る間もありはしない。すなわち、そのまま人影に突っ込むしかないわけで。
「っ・・・!!!」
ついでに悲鳴を上げる間もなかった。
一秒にも満たないその時間。
まさに衝突するであろうその一瞬が、コマ送りのようにゆっくりはっきり感じられる。
ダメだ、ぶつかる!!!
反射的にギュっ、と目を瞑った。
次いで来るはずの衝撃に身構える。
ガッシャーン!!!
派手に自転車の倒れる音が耳に飛び込んできて、思わずびくりと肩が震えた。恐怖で心臓をギュッと握られたような胸の痛み。そこはドクドクといやな悲鳴を上げている。
自分も相手も、もはや無傷なんて絶望的・・・って
「あ・・・あれ?」
自分でもなんとまあ間抜けなんだろうと思えるような声が出た。
それもそのはず。あんなに至近距離で遠慮も何もなく思い切り突っ込んだにもかかわらず、ぶつかる衝撃も転倒する痛みも感じない。それがあまりに予想外で。(別に痛い思いをしたいわけではないが)
おそるおそる開いた目が最初に映したのは、いまだ車輪がくるくる回っている横倒しになった我が自転車。まだ買って間もないってのに、ものの見事に田んぼのぬかるみにはまり込み、無惨な姿になっている(泣)。
その自転車の憐れな様に、胸が切なく痛んだけれど。
それより今考えるべきは、
・・・わたし、あれに乗ってたんじゃなかったっけ・・・?
自転車→転倒(しつこいようだが泥だらけ)
わたし→倒れてない(しかも無傷・・・らしい)
・・・おかしい。いったい何が起こったんだろう?
自転車から視線をはずし、ショックでボケッとする頭をひとつ振って、何気なしに反対側を見ると、鮮やかな山吹色が目に飛び込んできた。続いてその山吹色の向こうから感じるのは、何か温かい、まるで人の温もりのような・・・
「!?!?!?」
そういえば、さっきから感じる奇妙な浮遊感。
誰かに抱きかかえられてる、わたし!?
何がどうなってそうなるのか。頭はもう一気にパニック最高潮。
忙しなく瞬きをして次にどう行動したらいいのかパニくる頭で必死に考えるのうえから、柔らかい男の声が降ってきた。
「・・・ふぅ、びっくりしたぁ。おい、おめぇ、大丈夫か?」
その声を聞いたとたん、の動きがピタッ、と止まった。
身体の動きとは反対に、恐怖のために早くなっていた心臓が今度は緊張で早鐘を打つ。
聞き覚えのある、その声。
そんな、まさか。
信じられない気持ちのままそっと顔を上げると、そこにあったのは・・・
「・・・・・・・・・・・・・・うっそ・・・・・・・、ご・・・・悟、空・・・?」
「あれ? なんでオラの名前を?」
不思議そうに自分に突っ込んできたを地面に下ろしながら問いかける声。そして、まっすぐに彼女を見つめる穏やかな澄んだ瞳・・・。
なにも、答えられなかった。驚きと、感激と、戸惑いと・・・。いくつものそんな感情がごちゃ混ぜになって、声を上げることができなかった。だって、そこに立っていたのは、紛れもなくの想い人。そして、あるはずのない現実。
悟空だ。悟空が目の前にいる。わたしを見てる。
胸がいっぱいになって、目頭がじんわり熱くなってきた。やばい、ちょっと、泣いちゃいそう・・・。
「どうした? どっか、怪我でもしたか?」
ウルウル涙目になった彼女を見て、悟空が心配そうに彼女の肩に手を置く。
その手の温もり。悟空が自分に触れているというその現実。
それを実感したとたん、ブワッ、と、我慢していた涙が一気にあふれ出した。
「うわ、なんだなんだ?」
焦ったような悟空の声。
思わず、はその胸にしがみついてしまった。
「悟空だ。ホントにホントに、悟空だぁ・・・」
思ったとおり、広い胸。
ワンワン泣き出した彼女を、悟空はしばらく居心地悪そうにしていたけど、じきにその小さな背中に腕を回した。
「・・・なんだかよくわからねぇけど、まっ、いいか」
頭の上からそんな悟空の声が降ってきた、そのとき。
『悟空、悟空よ。聞こえるか・・・?』
どこからか別の声が響いた。耳から入ってくる音というより、なんだか、頭にじかに響いてくるような、そんな声音。
その声に、悟空が答える。
「ああ、神様か。聞こえてるぞ」
『そこは私が用意した場所ではない。すぐに移動させる』
「わかった」
悟空が答えると同時に、ピリッ、と身体に静電気のようなものが走るのを感じる。
「な、なに・・・?」
突然走った刺激に我に返り、が顔を上げると、慌てたような悟空の顔が視界に入った。
「や、やべっ! おめぇがくっついてたの忘れてた」
「は・・・? どういう」
こと? と尋ねようとした彼女の声が、途中で途絶えた。
先刻身体に感じた静電気のようなもの、それが、電流を流しているように強くなったのだ。
「ダメだ、間にあわねぇ! 絶対オラから離れんじゃねえぞ!!!」
悟空の強い声。次いで背中に回された悟空の腕に力が入り、わけがわからないままは悟空にしがみついた。
とたん、しびれるような電流の感覚と、ばらばらになりそうな強い痛覚が身体を支配する。
咄嗟に“感電死”っていう言葉がの頭をよぎった。
―――――わたし、このまま死んじゃうんだろうか・・・。
なんてことだ、まだ高校入ったばっかりなのに。
まだ15歳のうら若き清き乙女なのに。
―――――こんなことになるんなら、遅刻なんか気にしないでお母さんが作ってくれた朝ごはん、ちゃんと食べてくりゃよかったなぁ。すきっ腹で死ぬなんて、超不本意…!!(怒)
そんな頓珍漢なことが脳裏をよぎる。
てゆうか、わたしってヤツは、これが最期かもって時に、頭に浮かぶのはゴハンのことだけなのか!?
もう少しまともな思考回路がないのだろうか。お間抜けにもほどがあるだろう自分のアタマに自ら突っ込みを入れてみたものの、意識が遠のいていくのは紛れもない事実で。
・・・ああ、もう考えてる余裕ないや・・・。とりあえず、最期に悟空に逢えて良かったな。もうちょっと、会話したかったけど・・・まあ、逢えたってこと自体が超絶に奇跡的だし、もうけもんだよねぇ・・・・・・
それを最後に、の意識は白く染まった。
あああ、ヒロインいきなり死にそうです・・・。すみません!!!
 
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