真っ白な世界。
この世界、なんだか見覚えがある。
そうだ、今朝の夢。こんな真っ白な世界だった。

違うのは、此処には大好きなあの人が居ないこと。
一人ぼっちで、不安を抱えながら佇んでいるわたし。




第二章:異なる世界





唐突に、目が覚めた。

なんだか長い間夢を見ていた気がする。それはものすごくリアルで、そしてものすごく都合がよくて、だけどまったくもってあり得ない夢で。

ベッドに横になったまま何度かゆっくり瞬いて、それからの顔からは自嘲的な軽い笑みが漏れた。

「夢…か……」

ポツリとこぼれたその言葉。彼女は先ほどの夢を思い浮かべる。


それにしても、最高の夢だった。なんせ最愛の悟空に出逢えてしまったんだから。しかもどさくさにまぎれて抱きついちゃったような気もするし。最後のほうはよく覚えていないものの、今まで歩んできた15年と7ヶ月の中で超ド級、一番シアワセなひとときだったことは間違いない。


じきに、現実を思い知らされて、の表情が曇る。


……こんなこと、一生ありえないだろうな。わたしってばどぉして架空の人物なんか好きになっちゃったんだろ。てゆうか、架空の人物を本気で好きになるあたり、わたしのアタマはどうなんだろう…?
ああでも、この苦しくて切ない感情は本物で。

は滲んできそうになる涙をぐっとこらえて思考を切り替えた。

ええい、悩んだって今すぐどうこうできる問題じゃない!! 前向きに生きるんだっ!!

そう自分に言い聞かせ、気合を入れてガバッと勢いよく身体を起こした瞬間。

「ぃ、っっ痛!!!」

体中に激痛が走った。
精神的ダメージをなんとかなだめてムリヤリ引っ込ませた涙が、肉体的な痛みで再びジンワリと湧いてくるのを感じる。


「痛って・・・マジ痛いッッ!!!信じらんない、いったいどんな寝方してたワケわたしってば。……って」

全身寝違えか、とか思いながら自分に文句を言いつつ身体をさすり、潤んだ瞳を上げたは、その視界に入ってきた光景を見て絶句した。


「…ぇ、此処、どこ………?」


てっきり自分の部屋の自分のベッドで目を覚ましたものだと思い込んでいたのだが、そこは彼女の部屋ではなかったのだ。

薄暗くてよく見えないが、ただっ広いシンプルな部屋に自分が寝ているベッドがポツネンと置いてあって。彼女の部屋のごたごたした本棚や、枕元に常備している目覚まし時計、それに壁に掛けておいた制服、あるべきはずのそれらすべてが彼女の目には映らなかった。



「…ッハ!! もしかしてわたし、まだ寝ぼけてたりする!?」


声に出して言ってみる。どう考えても起きているようにしか感じないけど、さっきだって妙にリアルな夢見てたワケだし。もしかしたらあの夢の続きかもしれない。だけど、ズキンズキンと痛みを訴えてくるこの身体。夢の中では痛みを感じないってよく聞くけど、アレはデマだったのか。

さらに自分を見下ろしてみたら、あろうことか高校の制服姿。まだ新しい制服は、哀しくもシワシワになってしまっていた。


再び混乱しかける頭に疲れてきて、は大きくため息をついた。

なんでもいいから、とりあえずこの状況から逃避したい・・・!!!

考えることも億劫で、さっさと目覚めてくれ、と切実に願っていた、そのとき。


がちゃり。


からはまったく見えなかったが、じつは扉があったらしい。
その扉が音を立てて開き、薄暗かったその部屋に光が射し込んだ。



「しょうがねぇだろ、あのままほっとけねぇよ」

山吹色の道着に黒い帯の人物が誰かと話をしながら入ってくる。

「それはそうだが、仮にも此処は神殿であるぞ」

もう一人の人物が答える。


二人が自分のほうに近づいてくるのを、ボーっと見つめる。もはや夢現の状態で。


身体を起こしているに気づいた道着を着ているほうの人物が、明るく声を掛けてきた。


「お、気がついたか。大丈夫か?」



その声にが反応した。ピクッと肩を震わせ、定まっていなかった焦点をその人物にあてる。


その、優しげな顔には見覚えがある。引き締まった口元や、暖かい光を宿した穏やかな瞳は、彼女が長い間想い焦がれてきた人そのもので。



…やっぱり、夢なんだろうか。



「あ……」


何か言おうと思い口を開いたが、うまく言葉が出てこない。あんなに話したいと思っていた人なのに、いざ声を掛けられてみたら何を言っていいのかわからなくなった。
明らかに現実とは思えないこの状況。考えがまとまらないまま口をついて出てきたセリフは。



「……これは、夢なんでしょーか…」

なんて、ボケボケ極まりない声。それを聞いた彼がちょっと考えるような風情を見せて。

「…いや、起きてると思うぞ?」

と、至極マジメに答えてくれた。


わたし、起きてるのか…? じゃ、これって、本当に現実ってこと!?!?!?

興奮が緩やかに戻ってきた。
今、の目の前に居るのは、にわかには信じがたいが、紛れもなく孫悟空、その人らしい。


「えーと…、おめぇ、オラと一緒に神殿に移動しちゃったんだ。覚えてねぇか?」


いまだボーッ、としているらしいを心配そうに見ながら、悟空が言った。


「神殿……?」


問い返しながら悟空を見上げると、彼も自分を見ていて、思いっきり視線がぶつかった。

ボッ、と音か出るんじゃないかと思うくらい、一気に顔が熱くなる。あわてて視線を彷徨わせてみたものの、心臓はもうバクバクで、耳まで真っ赤になってるのが自分でもわかるくらいだ。


わーわーわー!!! 目がっ! 目が合っちゃいました・・・ッッッ!!!)

大興奮しながら目を泳がせる。ハタから見たら「コイツ大丈夫か?」的な勢いだ。
しかし、泳いでいた視線が次に捕らえたものは、必然的に悟空のそばに立っていた白いマントをまとっているもう一人の人物で。


「……!」


ウワットゥ!!! な、なにものじゃ、この人は!? てか、人なのか!?!?

驚いただけでなく、そんな失礼極まりない疑問が脳裏を走る。

それもそのはず。悟空の隣に立っていたのは、もうかなりの年なのであろう、木の杖をつき、深く刻まれた顔の皺。それだけなら別にどうってことはなかったのだが、その目つきは鋭く、杖を持つしわしわの手の指先には長いカギ爪、そして極めつけは、その肌の色。なんと、。そう、グリーンなのだ。

顔色が悪いとか、そんなレベルではないその人(?)を凝視して、絶句し固まるを見やり、悟空はその視線の先―――つまり自分の背後を振り返った。


「ああ、この人は神様だ。心配ねぇよ」



……………か・み・さ・ま…………って、、、



カミサマって、神様のこと!?!?


うっそーん、マジで!? 神様って、初めて見た………てか、神様って実在するのか!?


信じがたいその事実に、思考はさらにぶっ飛んだ。オドオドと目を泳がせ、ぶっ飛んだアタマで必死に考えに考え、そしてやっとひとつのギモンを導きだした。
すなわち。


どうやら此処は、本当に悟空の世界のようだ(いまだに信じられないけど)。ということは、自分はこの世界のことをすべて知り得ているはずなのだ。そのストーリーも、キャラクターだって。それはもう、漫画はもちろん、DVDだって揃ってて、そのセリフを暗記できるくらい何回も繰り返し見てたのだから。それなのに。



今思い出せることといったら―――――悟空の名前だけ。



え。なんで?



記憶まで飛んでしまったのだろうか。そんなことを思いながら顔を上げる。
よっぽど挙動不審だったのか、いまだ心配そうな顔で自分を見守っている悟空に、彼女はおそるおそる視線を合わせ(きゃ//)確認してみる。


「あのぅ・・・あなたは、孫悟空?」


いっぱいいっぱいで声がかすかに震えたが、悟空はその問いにうなずき、神様とやらを振り返った。

「な? コイツ、オラのこと知ってるみてぇだろ?」

「そうであるな……。いったいどういうことであろう」


思慮深く考え込んだ神にはおかまいなしで、悟空はに向き直る。

「で、おめぇは?」

「わ、わたし? わたしはっていいます」

「へぇ、、か……」


・・・・・・ヤバいっす///

悟空がわたしの名前を呼びました。ハッキリ言って・・・もう死んだってイイvv


マジでそう思いました。それはもう、脳は花畑状態。思わず鼻血ふきそうなほどのぼせ上がり、わたしの人生の中でこれほどまでに恍惚とした時間を与えてくれた運命に大感謝しました。


嬉しすぎて幸せすぎて、天にも昇ってしまうのではないかというほど舞い上がってしまう。
真っ赤な顔でボーッ、と惚けたようになっているを見て、神が軽く咳払いをした。


「ところで、そなたの居た世界と我々の世界は違うのだ」


神の発言に、はいきなり現実に引き戻された。
目の前に現れた悟空に萌えすぎてしまって、肝心なことを忘れていたことに気づく。

緩やかに戻ってくる記憶。
それは、先ほどの夢の最後に感じた痛み。


今この時が現実なら、あの自分の妄想から生まれたものだとばかり思っていた都合のいい夢も、実は夢じゃなくて現実だったのだろうか。
ズキズキと疼く身体の痛みも、寝違えたのだとばかり思っていたが、その夢の最後に感じた死ぬほど痛かったあの激痛の後遺症だったりするのか。
………考えてみたら、寝違えたときの痛みとは明らかに違う。スジが痛いんじゃなくて、皮膚が痛い。


わたし、異世界に迷い込んだのか?


「確かに…わたしの世界に悟空はいないし……」


ポツリ、と言葉がこぼれる。
神はそれを聞いて、異世界を越えたことを理解したのだろうと考えたのか、ひとつ頷いた。

「なるほど。…ではなぜ、そなたは悟空のことを知っておったのだ?」

「…………………………」


それだ。さっきも不思議に思ったその疑問。

悟空のこと、テレビで見てた。悟空だけ、見つめてた。
悟空が死ぬほど好きで好きで仕方なかった。



なのに。


――――――どうしてわたし、悟空を知っていたの?
――――――どうしてわたし、悟空が好きだったの?



はうつむく。
その記憶だけ、向こうの世界に置き忘れてきてしまったのだろうか。



常に前向きで細かいことは気にしないも、今度ばかりはさすがにどぉん、と落ち込んだ。


いちばん大切な宝物を失くしてしまったような。そんな言いようの無い喪失感。


答えられないばかりかへこみに深くはまり込んだらしいの様子に、神はひとつ息をつく。

「…うむ。まあよい。問題はそのことではない」

「もんだい・・・?」

少し前の超ド級に幸せな気分は何処へやら。の心は不安に支配され、神の言った『問題』という言葉に過剰に反応する。
そんな彼女に労るような視線を向けて、神は話し始めた。


「問題は、そなたの世界と我々の世界が交わったのは何万…いや、何千万分の一くらいの可能性でしかない偶然だったということなのだ。おそらくは、再び交わることはないであろう。・・・つまり」

神はそこで言葉を切る。ひどく言いにくそうに、杖を握る神自身の手を見つめる。


「わたしは、戻れない、ということですか………?」


呆然としたまま、熱に浮かされたようにが神の言葉の続きを継いだ。


神は何も言わない。けれどそれが肯定を意味していることを否が応でも感じてしまって。


モ・ド・レ・ナ・イ



イコール



家族にも二度と会えない。友達も然り。力の入らない手に当たった硬いもの。無造作にポケットから取り出したそれは携帯電話。少し期待して開いては見たが、当然画面は『圏外』で。結局ガックリきただけだった。連絡も取れないということか。



確かには、悟空に逢いたかった。
実際逢えて、嬉しさの絶頂だった。



でも。



こちらの世界の記憶、それは『悟空がすき』以外はまったく失くしてしまって。
此処にはの知る人はほとんど居らず、当たり前だが彼女を知っている人も皆無だ。



――――――それが、たまらなく淋しくて。



いつもは煩いと思っていた少し過保護な両親の愛情。
喧嘩もしたけど仲の良かった弟。
なんでも話し合えた友達もいた。



彼らにはもう、会うことができないんだ。そう思うと、切実に。




………………もとの世界に、帰りたい………………



ポロッ


涙が、零れた。

「や…だ。わたし、なに泣いて………」

自分の目から涙が溢れ出したことに気づき驚いて、はあわてて目をこすった。


泣いたって仕方ないって解ってる。泣いたところで、何かが解決するワケでもない。
解ってる……のに。



拭っても拭ってもとどまるところを知らない涙。
こんな人前で、なに泣いてるんだ、わたし…。

止めようとすればするほど、さらに流れるそれをもてあまし、苦しくて仕方ない胸にぐっと手を押しあてて、強く唇をかむ。


不意に、頭に手を当てられた。

「っ!?」

驚いて顔を上げると、困ったような、バツが悪そうな、悟空の顔。


「…すまねぇ。あん時、オラがおめぇを放してればなぁ」

そっと、何度も優しく頭を撫でてくれる。

「…ち…ちが…っ!」

悟空の謝罪の言葉に、は思わず顔を上げる。



悟空は悪くないのだ。もとはと言えば,が勝手に悟空に抱きついて泣き出してしまって、悟空は突き放すことなく手を背中に回してくれた、ただそれだけのことなのだ。


そう言いたいのに、悪いのはわたしだって言いたいのに、涙でうまく言葉が出てこない。


こんなんじゃダメだ。しっかりしろ、自分……!


ゆっくり深呼吸をして、何とか自分を落ち着かせて。

「あやまら、ないで。…悪いの、わたし…だから」


しゃくりあげながらそう言って、必死で笑顔を作ったを見て、悟空は少し驚いた様子を見せてから、ふわりと暖かく笑ってくれた。


「帰れなくても、大丈夫だ。淋しくないようにオラがずっとそばにいてやる」




それはきっと、自分のせいで帰れなくなってしまったに対する申し訳ない気持ちからそう言ってくれているのだと、そうわかってはいたが、それでもその気持ちが嬉しくて。

他でもない、悟空が、そう言ってくれたのが嬉しくて。



苦しく締めつけられていた胸が、スッと解ける感じ。同時に涙も気持ちも落ち着いた。



…わたしって、単純ヤツだなぁ。なんて思いながら。


「……うん」


いまだ乾かない涙を瞳に留めながらコクリと頷き、は穏やかに微笑んだ。









すこ〜し、LOVEっぽい?? ・・・そんなことないかuu  誰かわたしに文才をください!!(切実)