『ちゃんと向き合わなきゃダメよ』
ブルマのその言葉が胸の中にたゆたっている『想い』の泉に水滴のようにポツリと落ち、波紋を広げていた。
頭ではわかってる。わかってはいるのだが。
「やっぱり……怖いよ」
どこに行っても大勢の人が集まっているこの敷地内で、唯一見つけた人気のない場所。
それは、天下一武道会の武舞台裏の選手の控え室。
の呟きは、その広い部屋に小さく響いた。
あんなに大好きだった悟空の瞳に見つめられるのが、今はこんなにも恐ろしく感じる。まっすぐなその瞳に、自分はどんな顔を向ければいいのだろう。
苦し紛れの笑顔? それとも、心そのままの泣き顔?
――――――わからない。わからないよ。





第十七章:伝えたいキモチ






気持ちを整理しようと思って、ひとりで整理しようと思って、この場所を見つけて。
でも、今にも失いかけているその存在は思ってたよりもずっとずっと大きかったことに否が応にも気づいてしまう。


―――――どこから整理すればいいのかわからない。
―――――どう整理すればいいのかもわからない。



こんなにも好きになってしまっていたなんて。
今、悟空に面と向かってさよならを言われたら、すべてが崩れてしまいそうで。


心配してくれて、慰めてくれたブルマには申し訳ないけど……やっぱりこのままここから姿を消してしまおうか。

そんなダメダメな思考が脳裏をかすめ、そんな自分がたまらなく情けなくて。
それを振り払うように頭を強く振る。
ぎゅっと拳を握りしめ、自己嫌悪に陥りそうな自分に「しっかりしろ!」と檄を飛ばし。



逃げ出したいという気持ちに必死で抗っていたは、ふと、誰かの気配を感じて顔を上げた。


誰だろう……。でも、知ってる気。



気持ちもぐちゃぐちゃだが、そのまま比例して顔もぐっちゃぐちゃな自分に今更ながら気づいた。こんな姿を誰かに見られるのはものすごくみっともない。

そう思いあわてて物陰に隠れると同時に、その気の持ち主が控え室に入ってきた。


窺い見るの視線の先には、ひとりの美しい少女の姿。

(チチ……さん――――――?)

そう、紛れもなく、悟空と一緒にいるものかとばかり思っていたチチその人だった。


チチは張りつめた様子で部屋の中を見回している。
気配を消したが隠れていることなど気づくはずもなく、誰もいないことを確かめると、いからせていた肩を落とし、部屋の隅に置いてあった椅子におもむろに腰掛けた。

天窓から入ってくる陽光をぼんやりと見上げているその横顔は、ひどく愁いを帯びていて。


(もしかして、悟空、思い出してあげられなかった?)

その哀しそうな様子に、思わず心配になってしまう


ってゆうか、こんなところで覗き見なんて、ちょっと拙くないか…?

自分が今やっていることが、どんな意味合いにしろ『覗き』行為だということにはたと思い当たり、気づかれないようにこの場から離れようと、そうっと音を立てないように動いたの肩に。



つぅ〜、と降りてきて、ぽとん、と。



「ん?」

一匹の、黒い大きな蜘蛛。





ソレと目が合ったとたん、の身体と思考は一時停止





「――――――――――――ぅっっっぎゃあぁぁあぁああ!!!!!」




次の瞬間、大悲鳴を上げて飛び上がった。




「ヤダヤダヤダヤダヤダーーー!!! キライ!!!あんた大っ嫌い!!!! いやだ離れろ誰か取ってぇーーーーーー!!!!!」



驚いたのは、チチである。

誰もいないと思っていたこの場所で感傷に浸ろうと思った矢先、いきなり上がった大絶叫。
飛び出してきたその声の持ち主は、なんだかワケのわからないことを叫びながら走り回っている。





「おめぇ……確か………」





必死な面持ちで半泣きで走り回っている人物がであることを認識し、チチが呼びかけたが、今のはそんなことにかまっているどころではない。

だって!!! ヤツが!!!!
この世の中でいっちばんキライなヤツが!!!!!
ポトって、あろうことか自分の肩に!!! 落っこってきたのみならずこれだけ暴れてるのにいまだにくっ付いているのだ!!!!!!!


「ちょっと……落ち着くだよ」
「いやムリだめムリぜったいムリ離れてよバカ取って取って取ってーーーーー!!!!!」


あまりの取り乱しように、チチは自分が落ち込んでいることも忘れてに話しかけたが、大パニックを起こしているはこの状態で落ち着くなんてとてもムリだとさらに大暴走だ。



「なんだかよくわかんねケド、取ってやるから止まるだよ!」


「うぅ〜〜〜ハイィーーー!!!」


取ってくれるというその言葉に、逃げようとしている身体をどうにかなだめてやっとストップしたに、チチはとりあえず一息ついて。


「どれを取るだ?」
「コレ!!!!!」
「――――――ただの蜘蛛でねぇだか」
「早く!!! ハヤク取ってくださいぃい〜〜〜!!!」


恐怖ゆえかテンぱるアタマゆえか、瞳に涙をためていっぱいいっぱい切羽詰ったの様子。




「ほれ、取れたぞ」


チチはひょい、とその蜘蛛をつまむと、外に投げ捨てた。


「はあぁ… あ、ありがとうございました……」


眉根を下げてホッとしたようなその表情に、笑いがこみ上げてくる。



「ははははは! おめぇ―――、っつったか? すっげぇ強ぇくせに、蜘蛛なんかにあんなに取り乱して、情けねぇヤツだなや」

「うっ……だって! キ○チョールかけたら落ちてきたんだもん!!!」

「はぁ???」


笑われたで、不服そうによくわからない言いわけを力説し。


「だから! 昔お母さんにたのまれて弟と蜘蛛退治しようとして、蜘蛛の巣にいたやつに殺虫剤かけたらもがき苦しんで堕ちてきたんですよ、ガサゴソ足動かしながら! うぅ〜〜〜キモい!! ダッシュで逃げましたよダッシュで!!!」


は田舎の生まれで、一歩家の外に出れば蜘蛛のみならず虫や爬虫類(ヘビとかカエルとか)が数多く生息していた。ゆえにたいていのそういった類の生物はゼンゼンへっちゃらなのだが。


蜘蛛だけは!!!
キン○ョールの思い出がある蜘蛛だけは!!! 
どうしてもダメ!!!!! 生理的嫌悪感を感じる。むしろ、この世から消えてもらいたい存在なのだ。


そんなことを大真面目の真剣な顔で語るので、思わず真剣に聞いてしまったチチ。
けれど、どう反応するべきかわからず、口をついて出た言葉は。


「……おらも、田舎の生まれだべ」

「ああ、ハイ、わかりますよ、そのナマリで――――――ハッ!!! ご、ごごごゴメンナサイ!!!!!」

チチの発言にさりげなく思いっきり失礼な口を滑らせてしまって、焦って頭を下げると、「気にしねぇでけろ」と笑うチチの視線が、次の瞬間ぶつかって。




「だけんど、おめぇ、こったらトコで何してるだ? 悟空さはどうしただ?」

「チチさんこそ。悟空と一緒じゃなかったの?」


二人して首を傾げあい、お互いに微妙な気分を味わった。






――――――すごく、変な感じ。この人のせいですっごい悩んでたのに、なんだかこの人になら悟空を譲ってもいいか〜、なんて思ってる。確かに哀しいし寂しいけど、チチさんはキレイなだけじゃなくてすごく気さくでいいヒトで。この人に思われている悟空は、幸せ者じゃないかって、わたし、今思ってる。


そして、チチはチチで。


――――――嫉妬が先立ってろくに話もしなかったけんど、やっぱりコイツはいいヤツだ。めんこいヤツってのは性格悪いのが多いけんど、はゼンゼン気取らない。悟空さが惚れちまうのもわかるべ。さっき悟空さに言ったこと、後悔してたケドも…のことはやっぱり憎めねぇだ。





同じ想いに苦しんで、同じく胸を痛めた二人。
二人とも、気持ちの整理をつけるために、同じ場所を選んだ。


苦しくて哀しくて、どうすれば救われるのか答えが出ずに落ち込んでいたが、目の前にいるその人が、悟空の相手でよかったと。

いまだに胸は痛むけれど、すとんと落ち着くその答え。







「――――――おら、玉砕しただよ」

小さく笑いながら、チチが沈黙を破った。

が驚いたように目を丸くする。
その顔がおかしかったのか、チチはクスクスと笑い。

「思いっきり、フラれただ。悟空さには好きなヤツがいる、だから約束は守れないんだと」

「好きな人が、いる!?!?」

なにそれ!? バカ正直な悟空が、約束を破るほどに好きな人がいると!?!?


がーん、と頭をハンマーで殴られたようなショックを受け、せっかく浮上したのにまた撃沈させられるに、チチはどうしょうもねぇなぁ、とは思うものの。


は? 気持ち、伝えただか?」

「ぅえ!? な、何でわたしが悟空のこと好きだって知ってるの!?!?」

「わからないわけねぇべ? 恋する女の感は鋭いだ。同じ男が好きなら、なおさらだべ。おめぇだって、おらが悟空さのこと好きなことに気づいたでねぇべか」

「ああ、確かに………」

納得したようには頷く。
それからチチに視線を戻し。

「わたしは、まだ言ってない。どうも勇気が足りなくて/// でも、このままじゃ身動き取れないから、やっぱり伝えるべきだよね。……うん! わたしも玉砕覚悟で言ってみる!!!」

大きく頷くを見て、チチの胸がまたチクリと痛んだ。



――――――これでいい。これで。



チチは、そう自分に言い聞かせ。
でも、やっぱり胸は痛いから。

―――――――――悟空さが好きなのがだということは、教えてやらねぇだよ。




















そして二人が想いを寄せるその人物はというと――――――。


「ちょっと孫くん! ストーップ!!」

を探して走り回り、挙句の果てにブルマにつかまっていた。


「なんだよブルマ! オラ今急いでんだ!」
「わかってるわよ。ちゃんなら大丈夫だから、ちょ〜っとあたしと、お話しない?」
、ここにいたのか!?」
「ええ、ついさっきまでね。……でも、孫くんに会いたくないからって逃げちゃったわよ?」


ブルマの黒い笑みに、悟空は撃沈。

「――――――ホントか? それ」


ガックリと肩を落とし、見るからに意気消沈な悟空の様子に、ブルマは軽く噴出した。

「アハハハハ、ウソよウソ! あ〜、おっかし〜v まぁ、逃げようとしてたのはホントだけど」


ほんと、一つ一つの反応が素直すぎて、面白くて仕方ない。
楽しそうに笑うブルマを、悟空はちょっと不機嫌な顔で見返して。

「オラちっともおかしくなんかねえぞ。もう行っていいだろ?」


そう言った悟空に、ブルマは一転、真剣な顔を返した。やはりここで、釘を刺しておくのがベストだろう。

「ねぇ孫くん、ちょっと確認なんだけど、いいかしら?」

「なんだよ?」

「あんた、ちゃんのこと好きなんでしょ?」


恋愛初心者の悟空にはストレートが一番だと考え、ブルマが率直に投げかけたその質問に、身じろきして一気に顔が赤くなる悟空。本当に素直ないい反応だこと。
ブルマが笑いをこらえていることに、いっぱいいっぱいな悟空は気づかない。しばし視線をさまよわせ、決心したようにブルマに視線を戻し。


「ああ、好きだ」


その答えにブルマは満足げに笑い。


「だったら、彼女のことちゃんと捕まえときなさいよ。あの子、泣いてたわ」

「なんで!?!?」

「なんで……って――――――はぁ。まったく、あんたたちってホント、似たものカップルだわ」


本気でが泣いていた意味を理解していない悟空のその問いに、深いため息が出てしまう。

「まったく鈍いわねぇ。孫くんと話してると疲れるわ」

「………呼び止めたのはブルマじゃねぇか」

「ああ、そうだったわね。ウフフv もういいわ。言いたいことは言わせてもらったし、時間もいくらかは稼げたことだし」


腕時計を見ながらブルマはそう言い、悟空の顔を見返して。

「孫くん、いい? これ以上、あの子を泣かせるんじゃないわよ。今度泣かせたら、容赦しないからね」


言葉の暴力で悟空をへこませることなんて、たやすいことだ。特に恋愛面に関しては、ブルマはスペシャリスト。
黒い黒いブルマの笑みに、悟空は背筋が寒くなった。
言ってる意味はよくわからないし、最初から悟空はを泣かせる気なんてないのだが。


「あ、ああ、わかった」

「ほんとにわかってるの?? ……まぁいいわ。じゃ、幸運を祈るわ」


手を振るブルマにワケがわからないまま頷き、悟空はの気を探し、見つけ出す。










武道会が終わるまでなんて思ってたけど、もう、限界だ。
すべて、打ち明けよう。
ずっとずっと押し込めてきたへの想い。
混乱させてしまうかもしれないし、困らせてしまうかもしれないけど、溢れる想いはもう止まらない。


柔らかで暖かなその愛しい気配を感じ、悟空は猛ダッシュでその気のもとへと急ぎながら、告白の決意を固めていた。





















ハイ、またひっぱってしまいましたm(__)m
いつになったらまとまるのかしら、この二人……てゆうか、ホントにまとまるのかしら。
や、す、すいません!!! すべてアホな管理人のせいです(ノ≧д≦)ノ