激しく衝突する、悟空と

予想以上のの動きに、悟空はついつい熱くなってしまっていた。

後ろをとられて焦り、思わずカメハメ波をぶっ放したが、彼女の素晴らしい反射神経は難なくそれを避け。あっさりとかわされてぽかんとする悟空の隙を逃さずは攻撃を仕掛け、背負い投げ一本で場外に投げ飛ばしたが、今度は武空術が反射的に作動してしまった。
約束を破った悟空をは不服そうな瞳で見ていたが、悟空は悟空で目の前の想像以上に強くなったとの試合にどうにもこうにも高揚する胸を押さえきれず。

――――――気づいたらもう、歯止めが利かなくなってしまっていた。

多分、というか間違いなく、観客たちの目には二人の戦う姿は殆ど見えていなかっただろう。審判は解説など忘れて呆気にとられてぽかんと口をあけ、ざわめきと歓声で騒がしかった会場は、固唾を呑んだように静まり返る。

唯一、まともに二人の姿を捉えるのは、ピッコロ大魔王その人だ。
宿敵である悟空の腕前を確認するつもりで見学していた大魔王だったが、その宿敵の試合相手の動きにも戦慄を覚えていた。最初に目にした時からなんとなく気になってはいたが、まさかこれほどとは。

まさに、互角。スピードはが上。しかしパワーは悟空が断然強く。そして体力は同等で。

勝敗を決めたのは、経験だった。

戦いなれた悟空は巧みにを翻弄し、確実にの体力を減らしていった。必死で応戦するはとにかく手ごわくて、悟空自身もかなりスタミナが落ちはしたのだが、結局最終的には、が降参することとなる。

準決勝第一試合、勝者・悟空。





第二十三章:準決勝その2






「カメハメ波、使わないって、言ったじゃん……」
「わりぃ、つい…熱くなっちまって……」
「空も飛ばないって、約束だったよね…?」
「………めんぼくねぇ」


ハァハァと荒い呼吸をしながら軽く悟空をにらむの瞳には、基本的に負けず嫌い故に悔しさが窺えたりしている。けれど同時に、力を出し切った満足感も見て取れた。


一方、やはり息が上がっている悟空はといえば、あまりの楽しさに我を忘れ、が出した『条件』の一つも守っていなかった自分の所業にはたと気づき、ハハハ、と苦しい笑いで謝罪し誤魔化して。



でも、は強かった。本当に、信じられないくらいに成長していた。

目の前で恨めしげに自分を見ているの顔は、戦いの余韻からかいつもよりもきりっとしている。戦闘モードの彼女は、ふんわり可愛いいつもの彼女ではなくて、何か、そう、とても―――――とても綺麗で。

その強い光を宿す瞳も、一文字に引き結んだ口も、滑らかな額から流れる汗も。
―――――――――そして、その華奢な身体が秘めている計り知れない強さも。




「やべぇ///」
「え?」
「オラ、やべぇくらいおめぇが大好きだ」



溢れる気持ちに押されるまま、思わず口をついて出た言葉に、はきょとんとして。
それから例の如く茹蛸みたいにまっかっかになって―――――――――ってゆうか。



悟空さん……ここは、武舞台の上なんですけど………。




『大好き』の言葉に素直に狂喜する自分の脳裏に、冷静な突込みが入ったときには、もう時既に遅し。










うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!









ものすごい歓声と好奇の視線とそしてピーピー響く指笛。
本日一番の大騒ぎが、天下一武道会場を埋め尽くした。















「ねぇ、悟空?」
「ん?」
「わたしもね、悟空のこと大好きだから、すきって言ってもらえるのすごく嬉しいんだけどさ……」
「オラも嬉しいぞ」
「…/// あ、でも、その…。もうちょっとね、その、状況ってものを考えたほうがイイと思うわけよ」
「? ふ〜ん……。わかった」


飛びまくる野次の声と、審判の興味本位の質問が投げかけられ(すなわち、『二人は付き合ってるのか』といった類の質問)、恥ずかしさでいっぱいになって逃げるように選手控え室に引っ込んだは、追いかけるようについてきた悟空に困ったように笑いながら自分の意見を口にしてみたわけだが。

ホントにわかったのかどうかは、甚だ疑問である……。




つい先ほどまで火花を散らして想像を絶する試合を繰り広げていた二人とは思えないその仄々したやりとりに、クリリンたちは思わずため息をもらした。




「しっかし、すごかったよな、二人とも」

気を取り直したように口を開いたヤムチャに、天津飯が同意する。

「俺が勝てないわけだ…。三つの目をもってしても、二人の動きすら捉えられなかった……」

「フツーじゃねぇよな。やっぱ神様の修行ってヤツは想像できねぇや…」



はぁ、と軽く息を吐くクリリンの視線の先には、完全にいつもの調子に戻った悟空とがいて。
恋人同士であっても本気の真剣勝負に出た二人に、感服したというかなんと言うか。







一方、次の試合でピッコロ大魔王との戦闘を控えた神はといえば。
二人の試合を見て、驚きを隠せないでいた。


神の役割もなにかと忙しく、殆どミスター・ポポに任せていた二人の修行だったが、それでも暇を見つけてはできるだけその様子を窺っていたつもりだった。だが。


本気で試合をしていた二人のその身のこなし、戦い方。
戦闘モードピーク時の二人の動きは、神の目にさえ映らなかったのだ。


経験の豊富さ故に軍敗は悟空に上がったが、もう少し時間があれば、も決して悟空に引けをとらなかったであろうその事実に、神は微妙に表情を曇らせる。


まだまだ未熟だったときでさえ、負の感情に支配されたはとんでもない力を発揮した。
もし今、彼女のその力が暴走したら確実にピッコロをしとめるだろう。






だが。いや、だからこそ。


次の試合は。ピッコロ大魔王との決着は、自分でつけなければならない。





「さて…と。いよいよか……」


呟き立ち上がる神に目をとめたのは、普段はどうしようもなく鈍いくせに、切迫した緊張感だけは敏感に感じ取るだった。

心配そうな顔で自分のもとへ近づいてくると、同じく自分を気遣う悟空を見やり、神は軽く笑った。



「神様、ピッコロ大魔王を倒しにきたんですか…?」


単刀直入。何の言い回しもないその質問が、実にらしい。


「ああ、ちょいと人間のカラダを貸してもらってな」


ずり落ちてくるめがねを押し戻しながら、神が答える。
腑に落ちない表情のの肩に悟空が手を置き、神をまっすぐ見返した。



「何でわざわざ神様が……」
「おまえにはピッコロは倒せんからだ」


悟空の問いかけに即座にきっぱりと神が切り捨てる。
驚いたように目を見張る悟空と、とっさに顔を上げたを交互に見やり、それから神は視線を遠くに飛ばした。



「そう…孫、おまえにはピッコロを倒すことができん……」

何か言いかけた悟空に視線を戻し、目で黙らせて、神は続ける。

「孫悟空、そして。おまえたち、ミスター・ポポからわたしとピッコロとの関係を聞いたのではないか? わたしとピッコロは一身同体。もともと一人の人間であったということを」

神の言葉に、悟空とは同時にうつむく。
確かに、聞いた。


「――――――そして、ピッコロを殺せばこのわたしまで死んでしまうということまで聞かされてしまったのだろう…。ミスター・ポポめ…余計なことをしゃべりおって……」

「ポポさんは…ポポさんは、神様のことが心配なんですよ……」


うつむきながら、ポツリとこぼれるの声。それに悟空も頷き、神を見る。神は自分を見返すその悟空の目をしっかり捕らえて続けた。


「それを知ってしまったおまえにはピッコロを倒すことはできんだろう。そういう割り切った考え方ができるとは思えんからな……」


ふと、が悟空を見上げた。
神様の言うとおりだ。悟空は優しい。神が死んでしまうことを理解しているうえでピッコロ大魔王を殺すなんて、到底できない相談だ。


神の強い瞳と、の心配そうな顔に、悟空は拳をぐっと握りしめ。

「こ、殺さずになんとかするさ!」
「なんとかなるような甘い相手ではないことも、よく知っているはずだ。それに……」


間髪いれずに切り返した神が、悟空からへと視線を移す。


「孫がなんとかできなくなったときに発動する、の力が心配だ……」

「わ、たし……?」


オブザーバーとして話を聞いていた自分にいきなり矛先を向けられて、はきょとんと神を見返す。
本当にわかっていない彼女の瞳の色に、神は苦笑した。



悟空ピンチ → 爆発 → ピッコロ大魔王撲滅。
それが、神の描いた『悟空にもしものことがあったら』の図式だったのだが。


ミスター・ポポの零した、「そうなってほしくない」の意味。
は基本的に争いを好まない。
どうにも悟空には弱いらしく、というか、惚れた弱みによって、強引な彼に引きずられるようにその好まざる境地へと足を踏み入れることは多々あるが、これほどの実力を持ち合わせているにもかかわらず、決しておごらず常に控えめ。自分が傷つく以上に、人を傷つけることに戸惑いを感じるような娘なのだ。

そんな彼女がキレてしまったら、どうなるか。
これは推測だが、キレているは興奮状態に陥りおそらく通常の頭は働かなくなる。よって、手加減も何もなく、命を奪うことさえも厭わなくなる可能性大だ。



そんなめちゃくちゃな戦いのあと、我に返ったがどれほど苦しむことになるか……それが、神の最も心配する根源だった。


よ、私はおまえの秘めたる力に頼ろうとしていた。孫になにかあったときに作動するであろうその力を……。元はといえば、私がまいた種であるというのに……」

「秘めたる、力……?」


ことりと首を傾け、自分を見返してくるその瞳は、まっすぐで、柔らかで。
――――――ピッコロ大魔王を倒すことを最重要と考えてしまい、この澄んだ瞳を悲しみと怒りに変えようとしていた自分の浅はかな考え。ピッコロと戦うことを強く望む悟空は別として、にそんな無理をさせるわけにはいかない。


ミスター・ポポは勿論のこと、神にとっても、悟空とは大切な存在になっていた。できることなら、傷は最小限にとどめてやりたい。そのために、ここに来たのだ。本来かかわることのない、直接かかわってはいけない下界に。



「神様?」

思考の渦に飲まれた神にが遠慮がちに声をかけ、心配そうに自分を見つめる二人に、神は軽く笑みを浮かべた。


「自分のことは、自分で解決したいのだ。……心配せんでいい。ピッコロに勝てるよい方法を、人間が教えてくれたからな……」

神の言葉に首をかしげ、顔を見合わせる悟空と



『え…と……、どうしたのでしょうか………。シェン選手! シェン選手、登場してください! 試合が始まります!!!』


武舞台から、ざわめきと審判の声が響いてくる。




「さぁて。……自分と戦いにいくか………」


口調は柔らかだが、意を決したように顔を上げ、武舞台へと歩いていく神の後姿。それを見送って、それから武舞台の入り口で見学を決め込んでいるクリリン、ヤムチャ、天津飯のもとへと歩いていく。




『あ! シェン選手、やっとの登場です!! おそらく精神統一でもしていたのでありましょう!!』


会場に響き渡る審判の声に、観客席からわっと歓声が上がった。

悟空とがその入り口にたどり着くと、クリリンがいち早く悟空に話しかけた。

「なぁ悟空、なに話してたんだ?」
「ああ……、武道会が無事終わったら話すよ」


クリリンに笑顔で答える悟空を見上げ、がふと思いついたように口を開いた。


「悟空」
「なんだ?」
「私の『秘めたる力』って、なんなのかなぁ」

ひたすら首をひねる。そんなのないと思うけど…なんて不思議そうな顔をする彼女に、悟空は微妙な笑みを浮かべる。

「ん〜…、そのうちわかるさ」
「? ふ〜ん、そっか」

腑に落ちないながらも、それ以上追求しない
『そのうち』が今大会に訪れないことを望むのは、悟空も同じだった。


悟空がそんなことを思っているなど知る由もないは、武舞台上の二人を見ながら、いやな鼓動を打つ自分の胸を押さえる。すごく…すごくいやな感じがする。

の不安を感じ取り、悟空が彼女の肩に手を乗せた。
顔を上げたの目に映ったものは、安心させるような悟空の温かな瞳。加えて肩に触れたその手のぬくもりに少しは安らいだが、どうしようもない不安は胸を去ってくれない。





『さあ!! では準決勝の試合です! 始めてください!!!』



武舞台上で目の前の相手をにらみ上げるシェンと、薄ら笑いを浮かべるマジュニア。















神と大魔王との人間界を超越した戦いの火蓋が、今、切って落とされた。





















ガンバレ神様!!!……でも戦闘は例の如くスルーです。
管理人のドアホ〜!!!」