悟空に腕をつかまれて、はよろけながら引っ張られるままに歩いた。
呆然と見送るクリリンたちを振り返ってから、前を行く悟空の背中に視線を戻す。
―――――――――悟空、怒ってる?
腕をつかんでずんずん歩いていくその背中から苛立ちを感じ取り、の瞳が不安と戸惑いに揺れた。




第二十五章:約束





人気のない裏庭で、悟空はやっとを開放し、振り返った。

悟空から感じるオーラは、臨戦状態に近いくらい威圧的で激しくて。
いつもの穏やかな悟空ではないその様子に、ははっきり言って怯えていた。



わたし!?
わたしですか!?!? 
あの穏やかほのぼの悟空さんをここまでお怒りモードにしてしまったのは、わたしなんですか!?!?!?





パニくるアタマで必死になって考えてみても、いったい自分のどこがそんなに悟空のお怒りスイッチをポチッと押してしまったのか皆目見当もつかず。射抜くような悟空の瞳をとてもじゃないが見返すこともできない。







「―――――――――



びびくんっ!!!!!





低く呼ばれたその声に、思わず文字通り飛び上がり、恐る恐る……というようにそうっと見上げたの視線の先で、悟空はやっぱりいたくご立腹な様子で。
そんな悟空の瞳に耐え切れず、はつついと目を逸らす。










「おめぇ、オラがピッコロに負けると思ってんのか?」


続いて悟空の口から出てきた不愉快そうな口調に、「は?」というような表情を悟空に向けた。





悟空からしてみれば、に心配をかけずにピッコロを倒したい、と。
もし自分が負けそうになってしまったら、彼女がめちゃくちゃな戦い方を始めてしまうのが目に見えているため、ゼッタイに負けられない、と。


『世界を救うため』なんて、はっきり言ってどうでもよかった。(←ひどい)
それより、『を戦わせないため』、そして『武道会で優勝するため』。ピッコロとの試合を目前にして、それが今の悟空の目標だと意気込んでいたその矢先。




悟空のために戦うと言った、の切羽詰ったあの瞳。
明らかに無理をしている、その申し出。





――――――ショックだった。
神がピッコロに負けて、仲間たちからは少なからず「神様でさえ勝てなかった相手を、悟空が倒せるんだろうか」という懸念が窺えた。それでも自分を『最後の望み』としてみてくれた。

でも、は。
だけは、神が負けようが、ピッコロ大魔王が強かろうが、無条件に自分を信頼してくれていると。絶対に守らせてくれると、そう思っていたのに。






「なんで、が『戦う』なんて言うんだ? 神様だっておめぇのめちゃくちゃな力を出させねぇように戦ったんだぞ? 神様は、おめぇが『力』を使ったらものすごく傷つくことがわかって、わざわざ人間に乗り移ってまでおめぇを守るために下界に来たんだぞ? なのになんで、オラのためにその『力』を使うんだ? そんなにオラは頼りにならねぇか!?」

「ち、が……」

「いいか? おめぇはな、『哀しい』とか『怖い』とか、そういう感情が爆発しちまうと、スゲェ力が出て来るんだ。さっきだって、神様が吸い込まれた小瓶をピッコロが飲んだとき、すげぇ怒ったろ? あんとき、オラが腕つかまなかったらどうなったと思う? 間違いなく、ピッコロは死んでたぞ。そして………神様もだ」




神様が……死ぬ?
わたしが、ピッコロを殺して、そして連動して神様も殺してた………?




は苦々しげに話す悟空の言葉を、呆然と聞き入っていた。
確かにあの時。
小瓶を大魔王が飲み下したとき。
―――――――――愕然として、それから怒りでプッツンして……気づいたら、悟空に腕をつかまれていた。






は背筋が寒くなり、自分の身を強く抱いて深くうつむいた。
そんな力が自分にあるなんて、信じられない。けれど。
もし、悟空が言っていることが真実なら………自分は、自分でもわからないうちに人を殺めることになりかねない。そんなの、イヤだ。
悟空も神様も、こんな爆弾を抱えてる自分を心配して、戦ってくれているのか……。







うなだれたの様子に、悟空は一つ息を吐き、表情を緩める。




「わかっただろ? オラは、が傷つくのを見たくねぇんだ。ピッコロは、オラが倒す。あいつも強ぇから、ぶっちぎりってワケにはいかねぇけど…。けど、約束する。どんな怪我したって、ぜってぇ優勝してみせるから。だから、、おめぇも約束してくれ。………ぜってぇその力、使わねぇって」






悟空のまっすぐなその瞳は、熱くて、真剣で。
自分を心底心配してくれているその言葉に、胸がいっぱいになって。





うつむいていた顔を上げ、逸らしていた視線を合わせるために悟空を見上げた。




「約束なんて、できないよ。そりゃ、わたしだって無意識のうちに殺人犯になるのなんか嫌だからキレないように我慢はするけど。知ってるよね、わたし、感情を抑えるの苦手なの。だから――――――――――」




は、悟空を上目遣いで見上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべて。






「絶対、勝って。わたしが怒ったり、哀しんだりするような試合、絶対しないでよね」



クスリと笑うそのしぐさに、悟空の胸がどきんと打った。


「ああ、わかった」


自然と浮かび上がる笑顔。
さっきまでものすごく嫌な気分だったのに、まるで霧が晴れたような気持ちにさせてくれるの言葉。


「よし、約束ね」とにっこり笑ったが。







可愛くて。





愛しくて。







衝動のまま抱きしめようと腕を伸ばしたそのとき。



「あ、そうだ! それとさ……」


ぽん、とが気づいたように手を打った。



その、あまりに場の空気を読んでくれないの行動に、悟空は軽く脱力したのだが、そんなことなんか気にしない、というか気づきもしないで、は再びその瞳に真剣な光をよみがえらせる。





「なんか悟空、勘違いしてるみたいだから言っとくけど。わたしは悟空がピッコロ大魔王に負けるなんて考えたこともないし、悟空が頼りにならないなんてこれっっっぽっちも思ったことない。………ただ」


はそこで言葉を切った。
悟空を見つめるの澄んだ瞳は、本当に必死で。
そして、熱に浮かされたように潤んでいて。



「悟空がこれから命を懸けて戦うってわかってるのに、黙って全部悟空に任せて自分だけ安全なところにいるなんて、そんなことできないって思ったの。自分の『力』を知った今だって、その気持ちは変わらないよ。みんなが悟空を頼ってる。それがわかって、だから、悟空の負担を少しでも軽くしたくて。わたしができることなら、なんだってやりたいって思っちゃうよ。だって――――――――――わたしにとって、悟空は一番大切な人だから」




うっすらと桜色に染まった滑らかな頬。
ふんわりと浮かぶ笑顔とその言葉に、悟空の顔にも朱が奔る。



「だからね。自分が傷つくより、悟空が傷つくほうがイヤ。わたしが死んで悟空が助かるなら、そのほうがいいって思えちゃう。わたしは、そのくらい、悟空がすき」



照れ隠しのつもりだろう、の顔に困ったような笑顔が浮かび。
「重いかもしれないけど」、なんて。
真っ赤になりながらそんなことを言って、頬っぺたをかくしぐさ。











完全に、やられちまってる――――――――。









自分がを想ってると同じくらい、彼女も自分を想ってくれている。それが、彼女のまっすぐで曇りのない瞳から伝わってくる
―――――――――つき動かされる。溢れる想いに。……止められない。










気づいたら、を抱き寄せていた。
きつく、抱きしめていた。






「ちょ……悟、空。――――――痛い、よ」

「うん、悪ぃ………。だけど、放したくねぇ」










悟空のかすれたような低い声。耳元に掛かる吐息は、熱くて。
こんなふうに強く強く抱きしめられて、すごく。そう、ほんとに涙が出るほどすご〜く嬉しい…のだが。






――――――世界、いや、この世で一番強い悟空に力いっぱい抱きしめられてしまったら。

マジ、苦しいっ

絞め殺される!!!!!






「ご、悟空! ちょっと待って、ギブ!!! わたしの負けでいいから、ちょ……ぐ〜る゛〜じ〜い゛〜!!!!!」






違う意味でも涙を流し、じたばたもがくの華奢な身体。
勝ち負けの問題でもないのに、降参だと宣言しながら「死ぬ〜」といっぱいいっぱいのその抵抗に、悟空はやっと腕の力を緩め。




「ごめんな、。でも………へへ。オラも、おめぇと同じだぞ」
「はぁ…。本気で死ぬかと思った……」




やっと開放されて、安堵の息をつき。
それから悟空の言ったことの意味がわからず、いまだ潤んだ瞳を上げては悟空を見上げる。





の澄んだ瞳に自分が映っているのが見える。
もう一度抱きしめようと腕を伸ばせば、ビクッと肩を揺らすに、軽く苦笑して。



「もう、力いっぺぇ抱きしめたりしねぇから」

「う〜〜〜。ホント??」


疑わしげに眉をしかめるに悟空は笑って頷き、今度はふんわりと、柔らかくを抱きしめた。






強張っていたの身体から、徐々に力が抜けていくのがわかる。
安心したように悟空に身体を預け、腕を自分の背中に回してくれるの、その温もりがひどく愛おしい。





「……ってゆうか。わたしと同じって、なにが??」


ふと、思い出したように、が小首を傾げて呟いた。



「うん。……オラもが大切だぞ。オラの命よりな。だから、おめぇを傷つけないためだったらなんだってしてやりてぇよ」




照れくさくて、ちょっと笑いながら言ったその言葉に、ギュウ、と。
悟空の背中に回した腕に力をこめる


「さっき、絞め殺そうとしたくせに……」
「悪かったって。けど、そんなことするわけねぇだろ? ただ、に言われたことがあんまり嬉しくてさ。胸がいっぺぇになっちまったんだよ」
「ふふ、うん。わかってる。………嬉しいよ」



悟空の腕の中で小さく笑い、幸せだなぁ、なんて思いながら悟空を見上げると。
悟空ものことを穏やかに見つめていて。





―――――――――大好きだ」





甘くきらめく悟空の瞳に、染まる頬と、高鳴る胸。


そっとの頬に触れる悟空の手が、熱くて、優しくて。


その悟空の大きな手に、は自分の手を重ねて悟空を見る。















交わり絡まる視線と視線。
どきんどきんと騒ぐ鼓動。
そして、甘く切なくきしむ心。










「こういう時って、目、瞑るんか?」
「ん〜、世間一般には、そうかも…って、わたしに聞かないでよ///」





クスクスと笑いあい、それからもう一度見つめあって。








そっと目を閉じたの唇に、悟空は自分の唇を重ねようとしたそのとき。










「こりゃ悟空ーーー!!! わしは許さん!!! 断じて許さんぞーーーーー!!!!!」
「わ〜!!! む、武天老師さま、お、落ち着いてくださいよ!!!!!」
「てゆーか……惜しかったなぁ。もうちょっとだったのに」
「…………///」





あんまり悟空が怒っていた上になかなか戻ってこない二人を心配して来てみれば、悟空がにキスをする寸前で。






させるか!!! と亀仙人が大絶叫し。
今にも飛びかかろうとしているそんな師匠をクリリンは焦って引っ込めようとして。
ヤムチャはもう少しってとこで見逃した生チューに残念そうな表情を浮かべ。
硬派を行く天津飯は真っ赤になってどう反応していいのかわからない様子。















てゆうか……またかよ!?!?

確かに、見られてしまって恥ずかしいことは恥ずかしいし、事実なんかは完全無視していた現実世界に引き戻されて今にもぶっ倒れそうな顔で悟空によろよろと寄りかかっているけれども。



大概勇気を出したのにもう少しってとこでジャマされて、悟空はがっくりと肩を落とす。





「なんだよじっちゃん……もうちょっとだったのに」

眉根を下げた情けない表情で、恨みがましく亀仙人を見る悟空。


「師匠のわしを差し置いて自分だけいい思いをしようったってそうは行かんぞ!!! それよりおぬしはさっさとピッコロ大魔王を倒すんじゃ!!!」

そんだけ余裕があれば簡単じゃろう!!! と鼻息荒くまくしたてる亀仙人。

「あ〜、ま、武天老師さまの仰ることも一理あるよな。…い、いや、にらむなよ悟空! いい思い云々じゃなくてさ、けっこう余裕そうだなってとこだよ!!」


一理ある発言をかましたクリリンに怒視線を走らせれば、そんな悟空にたじたじと言い訳をするクリリン。


「どうでもいいけどさ。とにかくピッコロ大魔王倒さないとこの世は終わりだぜ? まずやつを倒してからいちゃいちゃしようぜ、悟空」


ニヤニヤしながら悟空を見るヤムチャと、やっぱりどう反応していいかわからない天津飯。


「と、とにかく、任せたぞ、孫」




みんなの期待と羨望と好奇の視線を受けた悟空の袖を、がくいっと引っぱった。



「うん。悟空、優勝だよ。そうしないと、約束、破っちゃうことになるからね」


信じてるから、と。
にこっと笑ったを見て、悟空はなんというか、完全にそっちの雰囲気から脱出してしまった彼女の様子をちょっと残念に思いながらも、やっぱりそこを突かないと幸せは続かないか、と思い直し、力強く頷いた。



「ああ、なんとかするさ」















よし、やるか! と気合を入れた悟空を見て、以外のそれぞれが、「約束ってなんだろう?」と、首をひねり、ピンクな想像をしていた………。





















お怒り悟空・甘甘悟空・おとぼけ悟空襲来!!!
ダッシュで逃げる管理人!!!!!
こんなんでスイマセン〜〜〜〜〜