審判のカウントダウンの始まる声。
悟空が勝ったと、誰もが肩の力を抜いてホッとし、笑いあう中。
――――――なんだろう。なんだか、ドキドキする。
嬉しくて?
………違う。
なにか、悪いことが起きるような…………そんな、いやな胸騒ぎ。にわずかに残るこの世界の記憶が、そうさせたのか。
『9』のカウントを審判の声に重ねて仲間たちが数え、悟空が振り返り親指を立てて破顔した。
――――――思いすごしだ。
そう自分に言い聞かせ、はひとつ頭を振って、その悟空に笑顔を返そうとしたまさにそのとき。
上半身を起こしたピッコロ大魔王が口から怪光線を放ち、悟空がそれに目を戻すよりも早く。
その怪光線が悟空の右胸を、貫いた。
――――――――――――悟空の勝利を信じて疑わなかった、その一瞬の隙。
その一瞬に、その場の空気が凍りついた。
第二十九章:勝敗
悟空の胸を貫いた、怪光線の眩しい光。
さっきまで笑顔を浮かべていた悟空の顔が、まず驚きに変わり。
武舞台に倒れる悟空の姿が、まるでスローモーションのようにゆっくりと、の目に映る。
―――――――――ウソ、だよね………?
倒れた悟空が身を起こし、ひとつ咳き込んで。
同時に血を吐いた。
とたんに貫かれた傷を押さえ、悟空の顔が苦痛にゆがんだ。
「うああああーーーーー!!!!!」
そのまま、またその場に倒れこむ悟空。
痛みにあがった悟空の叫びが、張り裂けそうな動悸を誘導する。
―――――――――ウソ、でしょ…………?
代わりに身体を起こしたのは、ピッコロ大魔王だった。
ピッコロ大魔王も身体のあちこちから血を流し、ボロボロで荒い息を吐いている。それでもゆっくりと起き上がり、倒れた悟空に向かい、歩き出す。
「あ……う……………………」
痛みに喘ぐ悟空を見下ろし、ピッコロ大魔王は残虐な笑みを浮かべた。
「し…しぶとい奴め……。まだ生きていやがる………。てこずらせたな…さすがだったぞ。だが、残念ながらここまでだ…………」
悟空を見るピッコロの、冷たい氷のような瞳とゆがんだ微笑に、仲間たちにも戦慄が走る。
「悟空―――――!!!!!」
「い、いかん……っ!!!!!」
クリリンの叫びと、亀仙人の声。
「ピッコロ大魔王のかたきは、ピッコロ大魔王が討つ!!!!!」
叫ぶや否や、大魔王が倒れた悟空を踏みつけた。その、多量に血を流す傷口を。
悟空の激痛に上がる悲鳴に、思わず飛び出す天津飯、ヤムチャ、クリリンだったが。
「ジャマだ!!!!! 先に死にたければいつでも殺してやるぞ!!!」
仲間たちの進路に気を放ち、行く手を遮るピッコロ大魔王。
その攻撃を目の当たりにし、未だに残していたピッコロの力を見せ付けられた仲間たちの士気が殺がれた。
そんな彼らを冷笑し悟空に視線を戻したピッコロが、小さく息を呑んだ。
「い………いつつつ………っ。ぐぅっ………………よかった。急所は外れてたみてぇだ………」
傷口を押さえ、ゆらりと立ち上がった悟空がそこにいて。
両者ボロボロで、それでも始まる攻防を、霞のかかったの瞳がなんとなく映していく。
どちらも深手を負っているけれど、どうみても悟空のほうが致命傷に近い傷。
現に、かなりの出血のせいで悟空の息は不規則に乱れ、目はかすんでいるのだろう、攻撃はピッコロをとらえることができない。
次第に白くなってくの頭に、悟空の苦痛の叫びが響く。
「ぐあああーーーーー!!!!!」
「あ、足が、折れた・・・・・・!!!」
見えない。その声は、クリリンさん?
足が折れた…?……………………誰の、足?
「これで、動くのは左腕だけだ。だが、前の戦いでは腕を一本残しておいて父は破れた」
そう呟いて、ピッコロが悟空の左腕に気を放ち、焼かれるような痛みに悟空がまた短く悲鳴を上げる。
「これで貴様はまったく身動きができん…。最後の一撃をくらうがいい。この瞬間をオレは待ち焦がれていた……」
ピッコロの歓喜に震える声が脳裏に響く。
「殺される!!! 悟空、死んじゃうぞ!!!!!」
クリリンの悲痛な叫び。
「……………悟………空……………………………」
ポツリとその場に落ちるその声に、ハッとしたように神がその声の主を見る。
そこには、がっくりと膝をつき、地面を見つめるの姿。
「死なないよ。悟空は、死なない………。だって、約束した。絶対勝つって、約束した!!!」
顔を上げたの目から、堰を切ったように涙が溢れ出し、瞳にかかった霞をその涙が流し、見えなかった目の前の光景を映し出す。
そこでが見たものは。
はるか上空に武空術で舞い上がったピッコロ大魔王が、地面に向かって両手を構え、気功波を打つ準備をしている姿。
――――――そして、大魔王が狙いを定めている血走った視線の先。
両足はありえない方向に曲がり、腕は焼け爛れ、右胸を貫かれ、血に染まる、悟空の姿。
――――――――― 一瞬で、目の前が真っ暗になった。
ごめんね、悟空。
わたし、約束守れない。
悟空がこんな目にあわされて、それでも我慢するなんて、そんなこと、わたしにはできない。
悟空にこんなひどいことをした人を、殺してやりたい………っ!!!
「! しっかりするのだ、!!!」
はたはたと涙の零れ落ちる瞳が、みるみるうちに怒りと悲しみに染まっていくのを見た神が、に強く語りかける。
けれど彼女にはもう、その声が届くことはなく。
いつもの穏やかな気配を完全に消し去り、徐々に膨れ上がるその気力が、彼女の髪をふわりと浮かせた。
うつむきゆらりと立ち上がる緩慢な動き。
それからすっと顔を上げたの瞳は、鋭い光が宿り完全に据わっていて。
その艶やかな唇が浮かべるのは、妖艶な微笑。
「絶対に、許さない」
そのセリフとは正反対の、高く澄んだ静かな声に、その場にいた全員がを振り返り、その変貌ぶりに目を瞠り息を呑む。
素人の審判でさえも背筋の寒くなるような、その威圧。
鋭い眼光が映すのは、空に浮かぶピッコロ大魔王。
とっさに神がの腕をつかもうとしたが、バチッと強い電流が流れているかのように弾かれてしまった。
――――――――――――このままではまずい。
弾かれた腕を押さえ神は一瞬目を閉じ、それから天津飯に視線を流した。
「おい、天津飯とやら。この私を殺してくれ。そうすれば、奴も死ぬ」
「え!?」
に目を奪われていた天津飯が神の発言に驚きの声を上げた。
と悟空に視線を向けてから、神は戸惑うような天津飯を見据え。
「はやくせいっ! 間に合わなくなるぞ!!! 神に自殺はできんっ!!! それ以外に孫を救う方法はないぞ!!!」
――――――――――――そして、を。
「し、しかし……」
「仮に死ぬだけだ!!! あとで神龍に頼んで復活させてくれればよいのだ!!!!!」
神の必死な様子に、天津飯が腑に落ちないながらも頷いたとき。
「や…やめろ……!! そ…そんなことするな………!!!」
すっかり舗装のはがれた落ちた武舞台から、瀕死の悟空が必死に声を張り上げた。
まったく動かない身体から、首だけを神たちの方向に持ち上げて。
「オ、オラが……勝って……みせる…から………っ!!!」
悟空の言葉に、クリリンが驚愕の表情を彼に向ける。
「かっ、勝ってみせる…って。バカ言えっ!!! そ、そんなんじゃムリだ!!!」
「そのとおりだ!!! 勝算はもう、ない!!!」
神が同意し、を示す。
「孫、このままではが暴走するぞ!!! こやつにはもう周りの声は届かん!!!」
悟空がを見る。
そこにいるのは、確かに感情に支配された彼女の姿で。
思わず、その姿に見惚れた。
鋭い眼光が向かうのは、空中で自分を狙っているピッコロ大魔王。
ゾクリとするような威圧的な気。
その渦巻く気の中心に立つ吏紗の横顔は、ほんわりと柔らかいいつもの彼女からは想像もできないくらい鋭利な刃物のようで。
ひたと見上げるその瞳と薄く浮かべる微笑が、ひどく、酷く儚げで、そして。
―――――――――美しかった。
神の言うとおり、確かに暴走する一歩手前。
避けなくては。それだけは!
「……っ!」
ぴくり。
神の強い呼びかけにも反応しなかったが、悟空の声に反応し。
ゆっくりとピッコロから視線を外し、自分を呼んだその姿を見る。
「悟…空………? 悟空…。わ、たし……もう、我慢、できない…よ………」
悟空の瞳と視線がぶつかった瞬間、妖艶な微笑が強張り、静かだった声が乱れる。
真っ白だった頭に、響いてくる悟空の声。
我を忘れていたの意識が悟空の呼びかけに引き戻され、澄んだ瞳からは再び涙が溢れ出す。
「す……すまねえ…。けど……オラ、ぜってぇ勝つから。し……信じて…くれ……っ!!」
必死な瞳で、悟空はまっすぐ自分を見ている。
信じてくれって、ものすごくつらいはずなのに、痛いはずなのに、笑いかけてくれる、最愛の人。
信じたい。信じていたい。でも。
助けなきゃ。このままじゃ悟空が死んじゃう……そんなのイヤだ!!!
どうすればいいのっ!? 誰か、教えて!!!!!
混乱するの思考がまとまるのを待っていてくれるほど、ピッコロ大魔王は人がいいわけがない。
悟空に向かい、気をためた威力のある気功波を、ついに放った。
「動かない手足ではもう防ぐこともできんぞーーーーー!!!!!」
!!!!!
今からじゃもう、間に合わない。
「悟空ーーーーー!!!!!」
のあげた悲痛な叫びとともに、ピッコロの気功波が武舞台に落ちた。
ドン、という爆音と、再び吹き荒れる爆風と。
爆弾投下のように上がる、ものすごいきのこ雲。
それがおさまり、顔を上げた先には、その気功波のせいで大きくえぐれた地面と、地上に降り立つピッコロ大魔王。
――――――悟空の姿は、なかった。
「こ……粉々になりおったぞ…!! いくら神龍といえど、これではもう復活はさせられまい!!」
喜び震えるピッコロ大魔王の声が、茫然自失の仲間たちの間に落ちる。
「勝ったぞーーー!!! 孫悟空は死んだーーーーー!!!!! 恐怖に満ちた魔の世界を復活できるのだ!!!!!」
………違う。
悟空の気配、消えてない。
――――――――――――どこ?
ひどい動悸とひどい不安で、いまだ止まらない涙をぬぐうこともせずにあたりを見回すをよそに、ピッコロ大魔王は見学していた面々に向き直り。
「泣かずともよい。ついでに貴様たちも始末してやる。あの世で孫悟空と対面するんだな……」
ピッコロの言葉に、戦慄をおぼえながらも一矢報いようと構える者たち。
そんな中、だけはいまだ悟空の気配を感じる方向をじっと見つめて、そして。
―――――――――見つけた。
ピッコロのはるか後方から、武空術で突っ込んでくる悟空の姿。
「悟空!!!!!」
声を上げたを信じられないように見てから、彼女の視線の方向に目を向ける仲間たちの表情が、明るく希望に満ちてくる。
「ほ、ほんとだ!!! 悟空だ!!!」
「なんと!!! 武空術だ!!!!!」
ぱっと笑顔になったクリリンが叫び、亀仙人が驚愕の声をあげ。
「なっ!?!?」
受け入れがたい事実に顔をゆがめたピッコロが背後を振り返ると同時に。
「おまえの!!! 負けだーーーーー!!!!!」
武空術で勢いをつけた悟空が、そのままピッコロに体当たりで突っ込んだ。
ズガ!!!!! とものすごい音を立てて、ピッコロ大魔王が弾き飛ばされる。
かなりのダメージだったのだろう、飛ばされたピッコロは完全に白目をむき、ぴくぴくと痙攣していて。
手足の動かない悟空も、着地というよりは墜落気味だったけれど。
「し…審判のおっちゃん……。あいつ、場外に…、お…落ちだだろ……?」
マイクなんかとうに吹っ飛ばされながらも、遠巻きに死闘の行方を逃げずに見ていた審判に、悟空はうつぶせに倒れた身体から首だけを上げて話しかける。
「え…!?」
「試合さ…。お…オラ……勝ったよな………」
会場は度重なる爆発ですでに原形をとどめていなくて、瓦礫と砂に埋もれてはいるけれど、悟空は確かに元あった武舞台だとわかるちょっと高い位置に倒れていて、対するピッコロは多分元は観客席だったであろう場外に吹っ飛ばされ、意識不明だ。
「そ、そういえば……。確かにここは、場外……!」
審判が、自分の後方に倒れているピッコロ大魔王を確認し、両手を天高く掲げ。
「孫選手の勝ちですっ!!! 孫悟空選手、天下一武道会優勝―――――!!!!!」
青空の下、張り上げた審判の声が響き渡る。
「や…やり……っ!!!」
文字通り血だらけで、けれど嬉しそうに破顔する悟空と。
「やったーーーーー!!!!!」
歓声を上げ飛び上がる仲間たちが、一斉に悟空に向かって走り出した。
第二十三回天下一武道会、天下を取ったのは、孫悟空。
はぁ。とりあえず…戦闘描写終了〜=3
読みづらくて申しわけありませんでしたm(__)m

|