が次元を超えてしまってから、はや3ヶ月ほど。
此方に来てから始めた武道は、なかなか順調に進んでいた。
初めのうちは半死半生の状態で、こりゃあ失敗したかな…なんて薦めた悟空は思ったりもしたが、は驚異的な勢いで成長し、今や日々の修行を完璧といってもいいほどにしっかりこなしていた。
一途で真面目で一生懸命。
真剣なそのまなざしも、ふわっとした柔らかい春の日差しのようなその笑顔も、時折見せるどこか遠くを見つめているような淋し気なその表情も、なにもかも。
の存在自体が自分の中でどうしようもなく大きくなっていることに、悟空は戸惑いながらも気づいていた。
第五章:彼の戸惑いと彼女の不安
朝。
がいつものように顔を洗い、髪を束ねて神殿の庭に出て行くと、悟空はもう基礎トレに励んでいた。
「おはよ、悟空」
今日は負けちゃったなぁ、と思いながら悟空に声をかけると、彼はふり返ってにっこりと笑った。
「オッス。へへ〜、今日はオラのほうが早かったな」
「あ〜あ、連勝阻止されちゃった」
三日連続でのほうが起きるのが早く、勝ち誇っていたのだが、悟空に勝ち続けることはそうそう容易いことではないらしい……。(というか、勝ち負けの問題ではない)
「さて。じゃ、わたしも始めよっと」
始めないと終わんないし、と苦笑しながらため息まじりに呟いて軽くストレッチと準備運動をしてから、はランニングを始めた。
朝の陽射しを浴びて、の表情が心なし引き締まる。
風を切って流れる茶色掛かった黒髪が、光をはじいて明るくきらめく。
悟空は腹筋をしながら、ちら、との様子を窺い見ていた。
オラの予想以上だな……
最初のうちは、基礎だけでもタイヘンそうだったし、やっとそれが出来るようになったら今度はミスター・ポポとの組み手のせいで傷だらけの痣だらけ。悟空からみてもあまりにボロボロで、自分で「やってみろ」と言ったにもかかわらずこれは止めさせたほうがいいんじゃないか、と少しは(少しかい!)思った。
それがいまや。
息も乱さず軽い足取りで、しかもすこぶる速さでランニングを終え、休憩もせずにチャッチャとすでに腕立てをはじめている。
その軽快さ。スピードと体力だけなら相当なものだろう。
こないだ妙なバケモノ倒したのだって、きっとマグレじゃねぇんだな、と一人うなずく悟空である。
を見てると、強い相手に対するわくわくする高揚感と、そして、なにか、くすぐったい感覚に襲われる。
「なぁ、は今どんな修行してんだ?」
悟空が背筋にとりかかりながらに聞く。
対するは、腹筋中。
……なんちゅー色気のないシチュエーション(涙)
でもいつものことなので、慣れっこになっちゃってるあたり…なんだかなぁ……(哀)
「ん? どしたの、いまさら」
「ん〜、おめぇ、すっげぇ成長早いからさ、どんな修行してるか気なっちゃったんだ」
休むことなく背筋を続けながらの悟空の言葉に、は照れたように頬を染めてへらりと笑みを零した。もちろん、腹筋も忘れることなく。
「そう? そう? わたし強くなってるのかな〜。えへへ/// 内容はね〜、三ヶ月前から変わってないよ。朝ランニングと基礎やって、お昼前に座禅組んで、午後ポポさんと組み手やって、夜に基礎でおしまい。自分でもさ、かなり驚きなんだよね。少し前までゼッタイ生きてらんないと思ってたのにね、最近フツーにやってるし、ポポさんにだって前みたいにアオタン作られるようなこともなくなったでしょ?」
「ああ、そうだな」
もう喜色満面に、嬉しい気持ちを少しも隠さずに素直にさらすに、悟空もつられて笑ってしまう。
ああ、まただ。
最近を見てると押し寄せてくるこの気持ち。
やんわりと、胸を締められているような。
優しく心をくすぐられるような。
……ヘンな気分。
「………くう? 悟空? おーい、戻ってこーい」
はっ、と我に返る。
いつの間にか修行の手を休め、ボーっとしてしまっていた。
目の前に心配そうなの顔。自分の目の前でひらひらと手を振っている。
「あ、悪ぃ。なんでもねぇ」
「?」
腑に落ちないような、不思議そうな顔をするに、悟空は慌てて作り笑いをしながらもう一度「なんでもない」と繰り返す。
(………オラ、病気なんか?)
そんなふうに少し不安に思ってはみたものの、身体のほうは頬っぺたが熱いこと以外はいつもと少しも変わりはなく。
「休んでるうちに追い抜いちゃうよ〜」
いつの間にかすでに背筋にうつっているがいたずらっぽく笑う。
その笑顔にすら、どうしようもなくこみあがってくる不思議な気分に、悟空は心底戸惑っていた。
今朝の悟空、なんか、ヘンだった。
なんだかボーっとしてたし、あんまり集中できてないみたいだったし。
……どうしたのかな?
「あたっ!!!」
座禅を組んで今朝の悟空のことを考えていたので、いつもは目を閉じていても避けられるミスター・ポポの指弾を、は見事にこめかみで受け止めてしまった。
「、邪念が入っている。それでは駄目。何があっても、心を無にする」
「ぃ痛つつ…、ごめんなさい……」
素直にミスター・ポポに謝ったものの、目を閉じたはやっぱり悟空の態度が気になって仕方がない。
どんなに成長が早くても、それは身体的なものであり、内面はまだまだ15歳。
つまり、多感な乙女なワケなのだ。
大好きな悟空の様子がおかしければ、優先順位は否がおうにも悟空 > 修行 に決まってる。
「……。悟空のこと、考えてるか?」
ドキッ!!!
集中力散漫なを見て、ミスター・ポポが抑揚のない声で話しかける。
言い当てられたは、あせって目を開いた。
目の前にあったミスター・ポポの表情は、声と同じく窺い知れない。もともとあまり感情が表に出ないし、出ていたとしても表情が乏しいので良くわからない。
だけど。
ミスター・ポポの瞳には、なぜか内側まで見透かされるような、不思議な光が宿っていて。
ここはウソをついてもムダだと観念し、はおそるおそる彼の顔を上目遣いに見上げた。
「………わかります?」
お伺いをたてたに、彼は苦笑するように口元を緩ませた。
「おまえ、とてもわかりやすい。思ったこと、そのまま顔に出る」
「う・・・」
は言葉に詰まった。
(そうか・・・そんなにハッキリ出ちゃうのか。ハズカシ〜///)
両手で熱を持った頬を覆う彼女に、ミスター・ポポがさらに言葉を続けた。
「今のまま修行続けても、時間の無駄だ。何が気になる? ポポに、言ってみろ」
気遣ってくれてるんだ・・・。
そう思った。
ため込んでても仕方ないし、ポポさんは口がかたそうだし。
はひとつため息をついて、ちょっとうつむき加減に口を開いた。
「ポポさん、あのね…」
今朝、悟空の様子がおかしかったこと。
どうしたのか聞いたのに、はぐらかされてしまったこと。
そして…
―――――悟空の様子がおかしいのが、自分のせいのような気がすること……。
そう。それが一番気がかりだった。
恋する乙女はこんなとき、鋭い感性と直感が働くものだ。
相手がどんなに隠そうとしても、なぜか気づいてしまうのだ。
いつもは限りなく鈍いはずのも、事これに関しては例外ではないらしい。
言うまでもなく、は悟空が大好きなのだ。
その大好きな人が、なんだか自分のせいで元気がないような気がして。
笑顔を浮かべてはいたけれど、いつもはお日様の光のように心を暖めてくれるその笑顔が、今朝はなんだか曇っているように見えた。
自分の不安な気持ちを精一杯隠して、ムリしていたずらっぽく笑ってみたけど、それでも悟空はいつもみたいに笑ってくれなくて。
―――――――――不安。
そうだ、わたし、すごく、不安なんだ。
「わたし、なにか悟空にしちゃったのかな………」
深くうつむいて、がポツリと呟いた。
その顔は、今にも泣き出しそうな、この世の終わりのような表情で。
ミスター・ポポはまったく、とため息をついた。
悟空がを此方に連れてきてしまったときの慌て様を思い出した。
鍛えられていない柔っこい身体で次元を超えるのは、かなり無理があったのだろう。
悟空に抱きかかえられている少女はぐったりと気を失っていて、蒼白な顔色をしていた。
声をかけても反応しない少女に、彼は今までになく動揺し、プチパニック状態だった。
命に別状はない、大丈夫だと言っているにもかかわらず、彼女が収容された一室をしきりに行ったり来たりし、
修行にも身が入らない始末。神もミスター・ポポも、悟空にもこんな感情があったのかと驚くくらいだった。
が目を覚ましてからも必要以上に彼女を気にかけ、極めつけは下界での修行から戻ってきたときの第一声が、「腹減った!」から「は?」に移行したことだ。
もそうだが、悟空はそれに輪をかけてわかりやすい。
第三者からすれば、どう見ても悟空はに好意を寄せているようにしか見えないし、も悟空に恋をしているのは明らかで。
だが。
どうにもこうにも二人は鈍い。鈍すぎる。
は自分の恋心を自覚してはいるものの、不自然な悟空の態度に勘違いして落ち込んでいるし、悟空にいたっては自分の気持ちにさえ気づいていない様子。
面倒だ。
ミスター・ポポはその言葉を飲み込み、不安に瞳を潤ませているに目をやり軽く息をつく。
素直にマジメに真剣に自分の教えたことを信じられない速さで消化していく。
ミスター・ポポにとって、彼女は可愛い教え子なのだ。
そして、可愛い教え子といえばもちろん悟空もそうなわけで。
好いた惚れたは当人同士の問題だから、首を突っ込むべきではないのは判っているが、このままでは二人とも修行に身が入らないのが目に見えてわかる
ここはとりあえず、まずの不安の重石を軽くしてやるのが先決だろう、とミスター・ポポは結論づけた。
「、悟空がなぜ、神殿で修行してるか、知ってるか?」
「え?」
ミスター・ポポのいきなりな質問に、は思わず顔を上げた。
………悟空がここで修行してる理由って…
「………強くなりたいから?」
身体を鍛えたり技を磨いたりするのを実に楽しそうにやっている悟空を思い浮かべ、は首をかしげながら答え、ミスター・ポポはそれにうなずく。
「もちろん、それもある。でも、悟空がここで修行をして強くなってほしいと願ったのは、神様だ」
「神様?」
さらに疑問を浮かべるに、ミスター・ポポは悟空がなぜ神殿で修行しているのかを語りだした。
すなわち。
昔々。
神が神になるために自分から追い出した悪の心。
その心の化身が地上に降り立ち、人々を苦しめた。
そこに現れたひとりの武道の達人である老人が、『魔封波』という技でその悪を封じ込めた。
そして長い年月が流れ…
おろかな地球人によって悪の封印が解き放たれ、再び世界を恐怖に陥れようとしたとき。
その前に立ちはだかったのは、一人の少年。澱んだ悪とは正反対の、純粋で澄んだ心を持つ者。
少年は激しい死闘の末、見事に悪をしとめた。
だが、悪は死ぬ寸前、自分の分身をこの世に送り出した。
少年の名は、孫悟空。神の悪の心の化身は、ピッコロ大魔王。
「神様は、ピッコロの分身を倒しこの世を救うために、悟空が強くなることを望んだ」
神とピッコロ大魔王はもともと一人の人間で、どちらか一方が死ねば、もう一方も生きてはいられない。
故に、神はその悪と戦えない。
選ばれたのが、悟空なんだ。
「わかったか?」
「は?」
「悟空の様子が、時々おかしくなるのは、プレッシャーなんだ」
――――――ミスター・ポポ、最初で最後の大嘘。
彼なりに悟空という人物を間近で見てきたが、どう考えてもプレッシャーを感じるようなタマではない。むしろ相手が強ければ強いほど闘いを楽しめるし、悟空にとっては『世界を救う』よりも『ピッコロと戦う』ほうが比重が高いように思える。でも。
「だから、のせいとは、ちがう」
神の付き人である自分が、これでいいのか、と疑問を持ったが。
可愛い生徒を泣かせないため、彼はこの日初めてウソをついた。
はといえば、結構必死ではあるが表情にはあまり出ないミスター・ポポのウソには気づかない様子で。
「そうだったんだ…」
と、あっさり肯定し、ホッとした様子でふわりと笑い、その言葉を信じた。
ホント、素直で助かった、とポポが内心胸をなでおろしたのは余談である。
「そっか、そっか。わたしのせいじゃないんだ。あ〜よかったぁ/// ありがとう、ポポさん!!」
背後に背負っていた重い空気を吹き飛ばし、は安心したように無邪気に顔を綻ばせる。
悟空がおかしい本当の理由。
それは、自身がそれに気づくか、悟空が彼女に伝えるか。
いずれにしても、本人同士で解決したほうがいい。
そんなことを思いながら、色恋沙汰に巻き込まれるのはこんなにも疲れるものなのか、と遠い目をしていたミスター・ポポであった……
………なんか、なんかなんかなんか!!!
ゴメンナサイィい!!!ポポさんのキャラが違いマスよねっ(汗)
しかし、心理描写ってムズカシイ・・・!!駄文失礼しましたーーー!!!(逃)

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