『神鏡草』とは、神の念のこもった神聖な花。
その花は、邪悪なものたちを封印する力を持っていた。
『神鏡草』を摘む――――――それはすなわち、森に封じられていた悪魔たちの封印を解いてしまうということで。
神の見立てでは、森に封印した者たちよりもは数段強いはずだった。まずは彼女よりも力の劣る者たちと戦わせ、に自信をつけさせようとしたのだが。
全知全能の神も、見落としてしまっていたのだ。
彼女が、他に類を見ない方向音痴だということを。





第八章:迷子の迷子の強い猫






陽はとっくに暮れてしまい、すっかり闇色に染まる森の中。唯一の明かりは、半月のお月様。
東西南北はもちろんのこと、文字通りすでに右も左もわからない。
走り疲れて泣きべそをかきながら、それでもなんとかここから出ようとトボトボと歩を進めるけれど、もはやどっちに行けば森を抜けられるのか見当もつかない。


ふぅ、とため息をつき、は少し休もうと、大きな木の根元に腰を下ろした。
そのとき。


感じてしまったのだ。
かなり近い位置に、あまりよくない気配。しかも、多数。


反射的に、は自分の気を消した。緊張で神鏡草を握る手に汗がにじむ。道に迷ったことでいっぱいいっぱいで、周りに気を配ってる余裕なんてなかった。
ここから出られないだけだってもう泣きそうなのに、その上この事態。
なんてシビアな現実。



気づいてみれば、ぐるりと囲まれているのがわかる。見えなくてもわかっちゃうあたり、やっぱり便利だけど、わかっただけじゃ逃げられないし。気を消したところで見つかるのは時間の問題・・・、
てゆうか、すでに目が合っちゃったりして(泣)。



「こんばんは、お嬢さん」

目が合ったその人(?)が、声をかけてきた。深くて低い、男の人の声。

「こ、こんばんは」

急いで立ち上がり、は反射的に挨拶を返した。



ぱっと見、普通の人間に見えた。
月明かりに照らされたその姿は、とさほど歳もかわらないような、少年。すらっとしていて、群青色の髪に、白い顔。


さらにその人がに近づくと、切れ長の目が彼女の持つ神鏡草にとまり、次いでその視線が彼女の顔に向く。



周りにいるその他多数のよくない気配は、ちょうど月影になっていてよく見えないし、自分の目の前にいるその男の子だって感じる気はトテモじゃないけど良いとは言えないけど。

これは道を聞くチャンスだろう、とは判断。



「あ、あの!!! ちょっとお聞きしたいのですが・・・」

「なに?」

「あの、あのですね、わたし、この森から出たいんですが、迷ってしまって。どう行ったら抜けられるのか、教えてもらえませんか?」


必死も必死、はすがるように少年を見上げ、勇気を出して聞いてみたが。


返ってきたのは、含み笑い。



「君は、ここから出さないよ」

「は?」

「その花、摘んでくれたんだね。それ、俺たちにとってすごく邪魔だった。ありがとう」



え? どういうこと??? ってゆうか、
出さないって、なに!?



それからその少年は、状況を把握できていないの顔をじっと見つめ、満足そうに笑う。


「――――――うん。君、とっても可愛いね。一千年ぶりに目覚めさせてくれたのが、君みたいな子でよかった。本当は、すぐ食べようと思ってたんだけど……」



不穏な空気を感じ取り、後ずさりをしたの腕をすばやくつかみ、少年は自分のほうにその腕を強く引っ張った。バランスを崩して倒れこむの身体を支え、その耳元に口を近づけて。



「気が変わった。俺が飽きるまで、一緒に遊んでもらおうかな」


バシィ!!!



次の瞬間、の平手が少年の頬に飛んだ。つかまれた腕を振りほどき、距離をとって少年をにらむ。



キモイ!!! なんなんだ、コイツ!!!!




ハッキリ言いまして、には異性に対する免疫がまるでナイ。生まれてきてからこの年まで、まあ、ハシカみたいな初恋
(小学一年生のときv)はあったものの、その後は悟空一筋で、生身の男には見向きもしなかったのだ。


それがいきなり、抱きとめられ、耳元で低い声で囁かれて。



ゾクリ、と背中があわ立ち、不覚にも顔が熱くなる。


「わ、わたしはここから帰りたいの!!! あんたなんかと遊んでるヒマない!!!」



叫ぶやいなや、は走り出そうとした。が。


「君に選択権なんかないんだよ」

少年の笑い含みの声と同時に、今まで目に映らなかった邪悪な気を感じさせる多数の影が、月明かりに照らされて姿を現した。



「………げ!」


その方々は、揃いも揃って、ボロボロの服、土気色の肌、ボサボサの髪――――――まるで
映画に出てくるゾンビさんそのもので。


目の前の信じられないその現実に凍りつき、恐怖のあまり
『ついにわたしは、ホラー映画のヒロインになってしまいました……』などと、すっとぼけた思考を走らせる


「その娘は食べちゃダメだよ。捕まえて。―――俺の大事な
≪おもちゃ≫なんだから」



どうやら、その少年はこのゾンビさんたちの親玉のようだ。から目を離さず、その綺麗な顔に酷薄な笑みを貼り付けて、ゾンビたちに命令を下す。

それを合図に一斉にに襲い掛かってくるゾンビたち。




こんなのあり得ない。
あんなキモいヤツらに
触られたくない!!


ていうか、こんなヤツらの親玉の≪おもちゃ≫にされてたまるか!!!




の瞳に、炎がともった。















その頃、神殿では。

「神様!!! いったいをどこに送ったんだ!?!?!?」


つい数時間前に自分の恋心を自覚し
(ポポさんグッジョブ!)、気づいてみればもう真夜中。
なぜか(アナタのせいです、悟空さん)疲れてぐったりしているミスター・ポポとは正反対に、持て余していた自分の気持ちをすっきりさせた悟空は、当初の心配事を思い出し、猛ダッシュで神の元へと馳せ参じ、
感情のままに大怒鳴り。



色ボケ全快の悟空は、自分が神に教えを請うている身であることなどすっかり抜け落ち、頭の中はもはやのことでいっぱいだ。普段のマイペースで穏やかな姿はどこへやら。イライラとその辺を歩き回り、こぶしを強く強く握りしめて。


普段、のほほんとしていてめったに怒るようなことはないだけに、神は興味深そうに悟空を見た。


なるほど、恋とは人をここまで変えることができるのか。
あなどれんな・・・などとのんきに考え、それから落ち着いた口調で言葉をつづる。



「心配せんでも、は無事だ。・・・ただ、ここに戻すには森の外に出でもらわなければならないのだが、なかなか姿を見せんのだ」


巨大スクリーンに目を戻し、神はそこに映る森の映像を見上げる。
感じるの気は健全で、しかも徐々に強くなってきていることから戦闘が始まっているのは明らか。対する彼女の周りに群がる邪悪な気が反比例して小さくなってきていることから、彼女の無事は確定している。ただ気になるのは、帰ってくるはずの彼女の気が森の奥へ奥へと向かっているのはなぜなのか。




これはたぶん、いや、
確実に迷っている……!



それに気づいた神は、イライラと自分を睨んでいる悟空を見、これ以上ヤキモキさせるのはさすがに可哀想か、とひとつ息を吐く。
こんな孫を見るのは初めてで、もう少し眺めていたい気もするが。



「孫よ、を迎えに行くか?」


神の問いに、悟空は我に返ったように険の抜けた目で神を見た。その様子に、幾分か落ち着いたようだ、と神は思い。


「どうやらは、道に迷って森を抜け出せないようだ。孫、あやつを森の外に案内してくれるか?」

「ああ、もちろん行くさ! …すまねぇ、ムキんなっちまって」


ぱっと顔を輝かせてうなずいた後、悟空はバツが悪そうに神に謝罪する。

「よい。では行って参れ」

素直な悟空の様子に神は笑い、スクリーンに念を送った。















「もう…………
ヤダーーー!!!」


一斉に襲い掛かってくるゾンビたちを無我夢中で蹴散らし、突破口を作って脱兎のごとく逃げ出したが、何しろ数がいっぱいで。
すぐにまた新たなゾンビとご対面。


「ギャーーー!!! 来るな来るな来るな、触るな!!!!!」


追ってくるゾンビさんと必死に戦い、手や足をつかもうとするゾンビさんには無意識のうちに
鉄槌を下しながら、は悲鳴を上げたり叫んだりしながら賑やかに暗い森の中を疾走する。どこに向かっているかなんて、もう考えていられない。とにかく、こいつらの出てこないところはないものか。


が走り去った後には、ゾンビが折り重なって倒れこんでいたが、それさえ顧みる余裕もなく、彼女は知らずに森の奥へ奥へとさらに迷い込んでいった。
(救いようのない方向音痴・・・)



そして。

「あれ? ここって……」

気づけばは、神鏡草を摘んだ場所に、戻ってしまった。



「わたしって――――――――――――
すっっっごい、バカじゃん…!!


はぁはぁと肩で息をし、自分のまぬけさに思わずがっくりと膝をついてしまった。
確かここは森の最深部だったはず。


何やらかしてるんだ、わたしは!!!


「もう! 
もうもうもう!!! 誰かここから出してよーーー!!!!」


「だから、出さないっていたはずだよ、お嬢さん」




の自己嫌悪と他力本願の叫びに答えたのは、例のゾンビーズの親玉の少年だった。


「なかなかやるね。そんな可愛い顔してるのに、俺の使いゴマ、ことごとくやっつけちゃうなんて」


妖しく笑いながら少年はを射抜くようにじっと見つめ、ゆっくりと近づいてくる。




「や・・・だ!! 
それ以上近づくな!!!」


言いようのない恐怖に、はこぼれそうになる涙を必死にこらえて少年を睨む。
この人は、さっきのゾンビとは違う。姿形は奴らのようにボロボロじゃないし、むしろひどく美形だけれど。

だけど、この人の気はもっと強くて、不気味で、竦んでしまうようないやな感じがする。




「そんな怖がらなくても、すぐに食べたりしないよ。
君は俺の大切な≪おもちゃ≫なんだから」


なんとか逃げようとするものの、すくんだ身体は思うように動かず、ついた膝には力が入らなくて、立ち上がることすらままならない。


動けないに、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少年。その手が、に触れるその寸前。




――――――恐怖と緊張が極限に達したの中で、何かが弾けた。




「触るなって、言ったじゃん」

パシッ、と歯切れのよい音を立てて、は少年の手を払いのける。

人間、恐怖をとおり越してしまうと、以外に肝が据わるもんだ。
てゆうか、ゆらりと立ち上がり顔を上げたの目は、
完全にイっちゃっていた。

「悪いけどわたし、あんたに喰われる気も、ましてや≪おもちゃ≫になる気もサラサラないから」




つややかな唇が形作る妖艶な微笑。
の気が、一気に膨れあがる。



尋常じゃないその様子に、それまで余裕の笑みを浮かべていた少年の表情が硬くなる。


そんな少年を見据え、は静かに言葉を声にのせる。



「最後通告。ここから出して」


しかし、少年にだってゾンビ親玉のプライドってもんがあるらしく、ただの人間の女の言うことなんか聞けないのだろう。明らかに強がりだと思われる引きつった笑顔を浮かべた。



「イヤだ。教えない」




次の瞬間、の攻撃によって少年は大きく吹っ飛び、森の木々の中に消えていった・・・。










「――――――ハッ! あ、あれ、わたし…ヤダ!!! ぶっ飛ばしちゃったら、結局ここから出られないじゃんか!!!!」



つい先刻までの威圧されるような気と背筋の寒くなるような迫力はどこへやら。

感情のまま行動にうつしてしまった自分がすごくアホに思えて、はへこみの深みにはまりこみそうになり。
そんな自分を叱咤して、キッと前を見据える。


「落ち込んでる場合じゃない! 帰り道、探さなくちゃ!」


しっかりしろ、自分!!!


そう気合を入れて、大いなる一歩(?)を踏み出し、そして――――――そのままは動きを止めた。




「………………………悟空?」



そう、目の前に、悟空が、立っていた。

きっと走ってきたのだろう、肩で荒い息をしている。




、はぁ〜、無事でよかった」


綺麗な髪には木の枝や葉っぱが絡んでいて。可愛い顔は土ぼこりで汚れてしまっている。でも。
疲れは見えるものの元気そうなの様子に心底安堵し、悟空はその場に座り込む。




一気に緊張の糸が切れた。
悟空の存在が、いままでのひどい気分を一掃してくれた。
もまたへなへなとその場に座り込み、あまりの安心感に泣き笑い。


「ご、ごめんね、ごめんね悟空、心配かけて」


涙声で謝るの頭を、悟空がくしゃくしゃ、と撫でた。

顔を上げたの前にあったのは、あったかく笑う悟空の笑顔で。



「さ、帰ぇるぞ」

立ち上がった悟空が、に手を差し出す。

「……うん!」

はドキドキしながらその手をとると、悟空はぐっと力を入れて立たせてくれた。





そのまま手をつなぎ、森を抜ける。


途中、ところどころにがめちゃくちゃ暴れてぶっ倒したゾンビさん方の山があり、さらにはひとつの山の頂上に例の少年がのびていた。



手加減なしか?」


死んではいないものの、かなり手ひどくやられているそいつらに視線を向けながら、悟空が呟く。


「手加減・・・って、そんな余裕なかったよ」


自分でやっておきながら、痛そう・・・と眉をひそめたを見て、悟空はニッと笑った。



ほんとに強くなってる。たとえ相手が弱かったとしても、これほどの数を倒すのはタイヘンだっただろう。こんな細い身体で、よく頑張ったもんだ。

それに……先ほど、少しの間ではあったが、の気が信じられないほど大きく強くなったのを感じた。




「……なぁ、

「ん?」


にっこり笑いながら悟空の次の言葉を促すは、それはもう可愛くて。
つないだ手のぬくもりが、とてもとても愛おしくて。



――――――なるほど。この感情が、『恋』なんだ。
甘酸っぱい、ほろ苦い、そんな気持ち。




「今度、オラと組み手しようなっ」

ビックリしたように自分を見るに、悟空は自然にあふれてしまう笑顔を向ける。

「えぇ? でも、わたしにできるかなぁ・・・」


向けられたその笑顔があまりにまぶしすぎて、熱くなったほっぺたを意識しながら、はそう呟いた。















その後。
無事に戻ってきたから神鏡草を受け取り、神はその花に念をこめる。
すると・・・摘まれたはずの花が元の姿に戻り、元あった場所へ戻っていく。

折り重なるようにして倒れていた邪悪なものたちは、神鏡草が戻ったと同時に地上から姿を消した。





神はふと思う。

負の感情が最高に高ぶったとき、はすばらしい力を発揮する。それを自在に操れれば、神としても大変心強いのだが。

またどこかに修行に出して、今回みたいに迷われたのではたまったもんじゃない。
悟空の集中力は崩壊するし、何より自分が彼女のことを心配でたまらない。




あやつの方向音痴にはこりごりだ・・・・・・。

は、もう下界には送るまい。


神殿で、ゆっくりその力を開花させよう、と神は心に決めた。


















夜ってコトで、背景かえてみたんですが・・・失敗しました(≧д≦;)
ウ〜ン、引っ張ったワリにしょぼい終わり方・・・・・・
申し訳ございませんっっっ!!! 精進いたします・・・ハイuu