蛇の道から落っこちて地獄の鬼たちと戯れたり。
やっと道に戻ってきてみたら、今度は蛇姫とかいう女に接待された挙句に喰われそうになったり。
そんなこんなで大幅に遅れをとってしまった悟空。

まさかたどり着くまでに半年もかかるとは予測してなくて(100万キロという距離感がなかった)、こんなに長い間と離れ離れになってたんじゃこっちに連れてきた意味がないと、競争を持ちかけたことをものっすごく後悔した。
加えてあの淋しがりやで泣き虫の彼女をひとりにしてしまったことに、いまさらながら心配でたまらなくなり、たぶん自分が寄り道している間に先に行ったであろうに追いつくべく、全力疾走してきたのだが。

やっとたどり着いた蛇の道の終点で、上空に浮かぶ星らしきものを発見し、飛び上がってみれば。
――――――目に入るのは、可愛い自分の奥さんが、あろうことか何処ぞの誰兵衛ともわからないヤツに馬乗りになっているその光景。

一瞬目の前がブラックアウト。
その後、一気に頭に血がのぼる。

衝撃と憤怒が怒涛のごとくあふれ出し、引っ剥がすべくそこをめがけて着地しようとしたのだが、急に地面に吸いつけられるようなすごい力を感じて、ガクン、と体制を崩した。

「なんだなんだーーー!?!?」

突然のことに、怒りよりも焦りが上回って、つぎの瞬間にはその力に引っ張られるまま、悟空はの上に急速落下を決めこんだ。







第十章:愛、故です






「わ、わりぃ! 大丈夫か!?」
「大、丈夫。なんとかね……。けどなんなのこの身体の重さ。ゾウさんでも背負ってる気分だよ」



やっとのことで自分の身を起こし、思いっきり下敷きにしてしまったの身体を引っ張り起こした。
なんだかまた妙なたとえをしながら頭を振る彼女だが、確かに。確かに、でっかいゾウが自分の上に乗っかってるような、そんなものすごい重圧を感じる。正直、こうやって踏ん張って立っているのがやっとの状況だ。



「ね、ねえ、こんなときになんだけどさ」

「な、なんだ?」



顔を上げるのも一苦労するほど重いが、はがんばって悟空を見上げ、引きつった笑いを浮かべる。
同じく、顔を動かすのにもかなりの力を要する悟空がのほうを向いた。



「競争。わたしの、勝ちっ! どこで追い抜いたかわかんなかったけど、わたしのほうが早く着いたもんね♪」
「あ、ああ、そうだな。オラいろいろ寄り道しちゃってさ。悔しいけど、今回はオラの負けだ」
「へへへ、やった」



のろのろと腕を上げ、Vサインを作って笑うを見て、本当に負けず嫌いだな、と思いながら悟空もつられて苦笑する。
死ぬほど重い身体ではあるけれど、久々の再会が嬉しくてクスクス笑っていたのだけれど。







――――――――――――釈然としないものを感じたが、ハッと気づいたように顔を上げ。

「あ! そうだヤバイ忘れてた!!! 」







自分の下敷きになっていた哀れな存在。
十倍になった自分の体重で勢いをつけて押しつぶしちゃった上に、プラス悟空の体重までもその身で受けなければならなくなった自分の下で倒れこんでいた人物は、のんきに笑っている自分たちのすぐそばで、いまだにぶっ倒れていて。







思い出したら最後。








「ご、ごめんなさい大丈夫ですか潰れてませんか生きてますかーーー!?!?」






さっきのほにゃらら笑顔はどこへやら。
死んでたらどうしようと動揺し、パニック最高潮に瞬時にのぼりつめた彼女は、その倒れている方の胸倉を掴み、ふんぬーーーっ!と女失格の鼻息とともにこれぞ火事場のクソ力的な勢いでその重たい身体を引っ張り起こし、それから。
胸倉を掴んだまま、その方をグワングワンと揺すり始めた。


切羽詰っているがゆえに手加減の程など一切見られず。
力いっぱい超高速で揺さぶっているその行為にあわせ、その人物の頭も不安定にガクガク揺れる。



その様子を、悟空はあっけにとられて傍観してしまった。
まあ、、、いつものことだけれど、はいっぱいいっぱいでぶっ飛ぶと、なにをしでかすかわかったもんじゃない。もちろん今起こしている行動だって、彼女なりに必死にその人物の安否を気遣っていることはわかるのだが。。。
アレはキツそうだ……、と胸の中で手を合わせてしまったり。

なにせ今が掴んでいるその相手は、つい先ほど一トン以上の重圧を落とされて、その重さから開放されたと同時に今度は彼女による第二の総攻撃(?)を受けているのだ。当然、普通の人間がそんな攻撃に耐え得ることなどできるはずもない、重圧攻撃でたとえ生きていたとしたって、のそのパニック攻撃でトドメになりはしないか…と心配になった悟空だったのだが。



唐突に、さっきがコイツの上に乗っかっていたことを思い出した。
この星の重力に思考を奪われ、加えての笑顔に流されそうになったが、あの時受けた目の前が真っ暗になるほどの衝撃は………そう簡単には癒えるはずもなく。
しかして、別にソイツがどうなったってかまわないけれどを人殺しにするわけにはいかない、と結論を出した悟空が彼女を止めようとしたその矢先。





「こ、ここここらこらこらやめんか!!! 大丈夫じゃ潰れてなどおらん生きてるから放せ!!!」
「痛てっ!」



どうやらその人物は、普通の人間ではなかったらしい。普通死ぬだろうという攻撃を耐え抜き、胸倉を力のかぎり掴んでいたの頭にゴチン、と一発でっかいゲンコツをお見舞いした。

その痛みにぱっと手を放し、衝撃を受けた頭を両手で押さえるの涙目の視線の先、ゼイハアと喘いではいるものの、倒れたその身を起こしたその人の、無事な姿。







「――――――――――――よ、よかったぁ………」



とにかく、生きててよかった。頭は痛いけど、それより何より、本当に生きててくれてよかった。
あまりの安心感に、はその場に座り込み、力なく笑う。
だが。





「――――――――――――よくねえよ」

「え?」





ほっと安堵の息をついたの上から降ってきた、低い声。
座り込んだままの体制でその声の主を見上げれば。
…………珍しく、低気圧な表情をその端正なお顔に上らせている悟空。





「悟空……………………なに、怒ってんの?」



その不愉快そうな顔をキョトン、と見上げ、それからことりと首をかしげるを見てから、悟空はいまだに「死ぬかと思った…」なんて呟きながらゼイゼイしているその人物に視線を流す。

丸いグラサンに黒い帽子、そこから伸びる二本の触角のようなもの、そして、蒼い肌の色と変な服。



こんな変な奴が今、目の前での頭を殴って。
こんな変な奴がさっき、に押し倒されていて。





―――――――――許せねえ。





普段の精神状態なら、その人物がの頭をしばいたのだって当然のことだと理解できるのだが、ことに関してだけは感情でものを見てしまう上に、『馬乗り』の事実を目の当たりにしてテンパっていた悟空は、怒りもあらわにその人をビシリと指差した。




「おめえ、誰だ!? なんでオラのが、おめえの上に乗っかってたんだ!!!」

「「は?」」



悟空の荒い口調に返ってきたのは、二人分の不思議そうな声。
それから、とその人物は顔を見合わせた。





「おい、こいつ、なにか勘違いしとりゃせんか?」

「はあ、そうですねぇ…」



首を傾げあって、そんな会話をのんきにしている自分の大事な奥さんと、正直今すぐ瞬殺しちゃいたいほど憎ったらしい妙な奴。
目の前のその光景は、悟空の(はた迷惑な思い込みによる)お怒りに、火に油を注いでしまったようで。



「えぇと、悟空、さん? なんか、勘違いしてるよおう!?!?」
「うっ! お、重い……けど! おめえはこっちにいろ!」



悟空の瞳になんだか嫉妬のようなものが混じってるのを感じたが、いったいなにをどうしてどこを嫉妬してるのかワケがわからなかったが、彼が目の前で首を傾げている方に嫉妬してるとしたら明らかに勘違いだ、と思い、慌てて誤解を解こうとしたら。

ぃよいっしょー!と気合一発で抱き上げられて(体重十倍)、予期せぬ行動にの語尾が不自然に上がり、ドスン、と(体重十倍)。
悟空の背中に隠されてしまった………。





、あいつ誰なんだよ!?」

「誰……って、う〜ん、と…………さぁ?」


そういえば、自己紹介もまだだったな〜、なんて呟きながら肩をすくめるを振り返り、悟空は一瞬言葉をなくした。



誰だかもわからないような奴を押し倒したのか、おめえは……。
いや、がそんなことするはずねぇ。きっとコイツが、オラの妖術かなんかの術をかけたにちげえねぇ…っ!



どこまでも暴走する悟空の思考回路。
それに伴い、怒りのボルテージもぐんぐん上昇していく。





「ねえちょっと悟空! 少し落ち着いてよ!」
は黙ってろ!」



なにがなんだかわからないけれど、どんどんエスカレートしていく悟空のお怒りを感じたが、とにかく止めなくては、と声をかければ、ビシリ、と返ってくる悟空の声。
その悟空の乱暴な態度に、ぴきん、との感情もスイッチ・オン。
もともと、感情的なことに関しては、は悟空よりも勝っているのだ。相手の感情的な態度に比例してキレるのは、はっきり言って大得意だ。(自慢できることではないが)




「――――――いいえ、黙りません!!!」




キッ、と悟空の瞳をにらみ上げたのその気迫と、ぴしゃり、とした言い方に、まさかそうくるとは思っていなかった悟空が一瞬たじろぐ。
対するは、自分が悪いんだったらまだしも、勝手な想像でそんな態度を取られて、それで負けてなんかいられない、と。悟空を見据え、きりっと眉を吊り上げて。



「まったくもう! 久しぶりに会ったってのに、なんでそんなに怒ってんの!? 人の上に落ちてきて、ごめんなさいもナシですか!? 悟空はね、わたしの下敷きになってたこの人のことも押しつぶしちゃってたんだよ!?」



ビシッ、とが指差した『この人』は、例のみょうちきりんな人物で。
彼女の迫力に気おされて、思わず悟空はその人に頭を下げる。



「あ、ああ……ごめんなさい」

「い、いや…まあ、わざとじゃないんじゃし、もういいわい」



素直に謝罪する悟空と、お許しの言葉をかけてくれるその方を視野におさめ、は自分を落ち着かせるようにひとつ息を吐き。



「それに、事実を知ろうともしないで勝手に突っ走んないでよ。いったいなにをそんなにヤキモチ妬いてるわけ? わかるように説明してよ」 



ふう、というのため息を聞いて。
だって突っ走るくせに…なんて思ってしまったが、今の彼女には逆らわないほうが無難だ、と判断した悟空は上目遣いに彼女を窺い見る。



「だってさ…、半年も一人で走ることになっちまって――――――」
「それは、悟空が競争なんか持ちかけたからでしょ?」
「そ、そうだけどよ。とにかく、半年ものこと一人にしちゃって、泣いてねえかなぁ、とか心配しながらここに来たらよ、なんかこんな変な奴のこと押し倒してっから」
「―――――――――は?」





押し倒した…………って。





「お、押し倒した!? わたしが、この人を!?」





ぅかあ!!! と、その言葉の意図するところを理解したの顔が、一気に赤くなる。



押し倒したって――――――はっきり言いまして、結婚して五年を経過しているにもかかわらず、夫でさえも押し倒したことなどない自分が、なぜにこんなオッサン(失礼な)を押し倒すなんて発想が出てくるんだろう。



「オラだってに乗っかってもらったことほとんどねえのに、おめえ、コイツの上に乗ってたじゃねえか」

「なっ!!! なに言ってんの悟空さん!!! それこそ大誤解だよっ!」



真っ赤になってぶんぶん頭を振り回すを見て、悟空はますますシュンとなる。
顔は赤いし、なんだか慌ててるみたいだし、やっぱり―――――――――



「って、悟空さん!? なんかまた勘違いしてないっ!?」
「いいんだ、。オラ、それでもおめえのコト愛してっからさ」
「それでもって、、、ちがーーーう!!! だから、悟空がわたしの上に落ちてきたのと同じで、この人の上に遠慮もなにもなく墜落しただけなんだってば!」
「……………は?」



ぽかん、と顔を上げた悟空の先には、やっぱり真っ赤なの顔。
墜落って―――――――――じゃあ、は。



「だいたい………押し倒すなんて。そんな恥ずかしいこと、わたしにできるわけないじゃんっ。ここの重力がすごくって、なかなか身体が浮かなくって、頑張って腕つっぱってたんですよ!」

「………………………そっか。そっかそっか、そうだよなぁ」



いっぱいいっぱいになって、必死に言葉をつづるを見て、悟空が納得したようにうなずいた。
熱くなってた頭が冷めれば、なるほど、極度に恥ずかしがりやなが、そんなことするはずがないのは当たり前だ。
極度に彼女を心配するあまり、思考が変な方向に行ってたんだなあ、とやっと自覚した悟空の顔から、険が抜けたのだが。





反対に、はといえば、再度深いため息を落とし。





「なんでそんなふうに勘違いしちゃうかなぁ。………わたし、浮気してるとでも思われてた?」

「い、いや、そうじゃなくてさ。その……」

「じゃ、なによ?」



そういえば、あの世に来る時だって、悟空は「一人で残しておくのが心配だ」って言ってた。
そりゃ、自分は確かに悟空から見て危なっかしいんだろうけど、自分の身よりもはるかに大切な悟空を傷つけるようなことなんて、絶対するわけないのに。むしろ、悟空以外の男なんか、『男』として認識さえしていないというのに。


なんで、そんなに信用してもらえないんだろう。


ヤキモチならまだしも、どうやら浮気を疑われたようだと気づき、怒りを通り越してなんだか哀しくなってしまって、うつむきポツネンと零れたの言葉とへこんだ様子に、悟空は今度は焦り気味。





愛しすぎるくらい愛してるから。
だから、が自分を愛してくれてるってわかっていても、心配で心配でたまらなくなる。
優しくてあったかいが大好きなのに、優しくてあったかいからこそ心配になる。
にその気がなくたって、まわりがそんな彼女に惹かれてしまうことを、イヤってほど思い知らされているから。



「えぇと………ごめんな。が自分からそんなことするわけねえってわかってんだ。頭ではちゃんとわかってんだけどよ、気持ちが抑えらんなくって。ほんとに、すまねえ。オラが悪かった」


ぺこり、と頭を下げてから、そっと上目遣いにを伺い見る悟空。
その顔は、眉が情けなく下がっていて、漆黒の瞳もやや潤み気味で。
地球最強の男とは程遠い、その表情。
悟空がこんな顔を見せるのはたぶん、自分にだけだろう、なんて、誰にともなく優越感を感じてしまう自分は、けっこうしたたかなんだろうか。





「わかればよろしい」




はくすり、と笑って、ちょっと背伸びをして悟空の頭を撫でる。

まあ、ちょっと行き過ぎにしろ、悟空は自分を愛してくれてるがゆえに、そんな心配をしてくれてるわけだし。
正直、そんな可愛い顔で謝られたら、どんなことでも許せちゃうんじゃないかって思う。



普段のにこふわ笑顔に戻ったに、悟空もほっと胸をなでおろす。
キレてるは、やっぱり自分よりはるかに強いんじゃないか、なんて思いながら。















「―――――――――ところでおまえ等、いったいなにをしにここに来たんじゃ?」



ほんわかお惚け夫婦に戻った二人に、声をかけてきたのは。
忘却のかなたに忘れ去られていた、この星の先住人。



「「なにしに………って」」



キョトン、と二人して声のしたほうを振り返り、同時にここに来た当初の目的を思い出して。





「そ、そうだよっ! わたしたち、界王さまに会いに来たんだよっ! なんでこんな重要なことを忘れてんだろわたし」

「あ、ああそうだそうだ! オラたち、界王って奴に会いに来たんだ!」



どこにいてもすぐにどっかに行ってしまう自分たちの思考回路に失笑しているふたりを見て、奇妙な男が呆れたように頭を振った。

「わしが、界王じゃ」










その言葉に、悟空とは、二人して仲良く。










カチン、と、凍りついた。





















はいは〜い、全っ然進んでないですねっ!(爆)
喧嘩しちゃうのも脱線しちゃうのも、すべては『愛』故、ですw
さてそれでは…準備をしなくては。脱走の;