ながいなが〜い蛇の道。
その距離およそ100万キロとか。(ふざけるな?)
おまけにその細い道から落ちたら、その雲の下は地獄だという。
「なんなのよこの長い道はーーー!!!」
「蛇の道だってよ」
「………冷静な突っ込みありがとう悟空さん。でもっ!冗談でもなんでもなく、走ってるうちに一年経っちゃう気がするのは気のせいかしら……」
「気のせいだ。でぇじょうぶさ」
この期に及んで、いつもと変わらない楽観的な物言いをする悟空が、何かを思いついたようにポン、と手を打った。
「そうだ、」
「やだ」
「まだなんにも言ってねぇだろ?」
「悟空がそういう顔をするときは、いつも絶対よからぬことたくらんでるの、知ってるんだから」
疑わしそうに目を細めるに向ける悟空の顔は、ニカッと嬉しそうな笑顔。飾り気も何もないのに、なぜか妙に魅力のあるこの無邪気な笑顔に負けて、何度後悔したことか。
今度ばかりはそうは行くかっ!とぐぐっと心を決めるだったが。
「良くなくねえよ。、どっちが先に界王さまのとこに着くか、競争しようぜ!」
「はぁ???」
と、そんなワケで、結局はまたもや抵抗むなしく、悟空の的に超絶萌えな可愛い笑顔に勝てず。
蛇の道の終点にあるという界王さまの住居まで、競争することになったお二人。
武空術でひゅう〜、と先手をきって飛んでいく悟空に「反則だーーー!!!」と文句を言いながらも、走り出す。
地球存亡をかけた修行を受けに行くというのに、この二人、いつもと変わらず緊張感の欠片もありません。
第九章:界王のもとへ
そんな感じで、マラソン大会を始めた暢気なお惚け夫婦である。
道なんか無視してまっすぐすいすい飛んでいく旦那様の姿は、曲がりくねった道をバカ正直に駆ける奥様にはもうすでに見えなかったりして。
「悟空ってば、ひっどくない? 無理やりこっちにつれてきて、置いてきぼりっすか!? …いや、ついていきたいと思ったのは確かだけどさ。てか、やっぱ武空術習っときゃよかったな〜」
なんだかんだと独りでぶつぶつ文句を言いながら、タッタッタと走っているのスピードは、相変わらず素晴らしいものがある。昔から体力とスピードだけなら悟空にも引けをとらなかったし、武空術はかなり気を使うはずだから、多分追いつくのも時間の問題だろう、と思いながら自分のペース(イコール超人的スピードw)で走っていく。
そんな感じで走っていたのだが、とにかくかわりばえのしないこの景色。
自然、雑念が胸を覆う。つまりは、もうひとつの大事な宝物の心配。
今ごろ悟飯ちゃんはピッコロさんのもとでどんな躾(?)をされているんだろう、とポコンと浮かんだ疑問に、息子をほったらかしてこんなところに来てしまって本当によかったんだろうか、なんて、今更ながら自責の念で胸がチクンと痛む。
一瞬だけ、悟飯は悟空やピッコロよりも強かったと、そう悟空に聞いたけれど。
多分、どんな厳しい修行を受けても、その潜在能力が悟飯を助けてくれるだろうから、死ぬようなことはないんだろうけれども。
―――――――――悟飯は、優しい子。
本当なら、戦闘なんかに巻き込みたくなかった。自分が守ってあげられなかったために、好まざる境地に立たされることとなった悟飯が、本当に今更だけど、不憫でならない。
「………やっぱ、強くならなきゃ、だね」
今度こそ、ちゃんと守ってあげられるように。
そう心に決めて、キッと顔を上げる。
決意と同時に、増すスピード。
もう、さっさとこの道をクリアして、界王さまって人に会って強くしてもらうぞ!
そして、すべて終わったら………いっぱいいっぱい甘やかしてあげるから。
だから、それまで―――――――――ごめんね。そして、ガンバレ、悟飯。
一方、競争を持ちかけて武空術を駆使してスタートダッシュを決め込んだ悟空はといえば。
「しまった〜。体力の使いすぎで、飛べなくなっちまった……」
の予想通り、蛇の道に降り立つことになっていた。
ちょっと休もうか、とも考えたのだが、あの負けず嫌いののこと。
自分に追いつくまでは絶対に休もうとしないだろう、と考え直した悟空は、こちらも超人的スピードで疲れを無視して走り出す。
しっかし、悟飯があんなに強いやつだったなんて。
走りながら思うのは、あの時の悟飯の姿。自分がやられそうになって、やられてる自分を見て、ものっすごく怒ってプッツンしたときの悟飯の様を思い出す。
しゃくりあげながら、兄貴を見据えた悟飯の瞳は、怒りに染まったの鋭く据わった目と、否が応でも重なってしまう。
やっぱり、親子だよな…。
顔は自分に瓜二つだけれども、中身はとよく似てる。
二人とも普段は穏やかで優しくて、むやみに争ったり戦ったりするのを好まないくせに、キレると下手に手がつけられないほどの力を発揮する。
悟空は、目の当たりにした悟飯のパワーを嬉しく思う反面、ちょっと心配だった。
は前に比べて少しは感情を抑える術を身につけた(ような気がするだけかもしれない)し、彼女のブレーキなら掛けられる自信はあるが、悟飯は。
親の欲目を抜きにしても、ほかに比べれば賢くてずいぶんできた子供ではあるけれど、子供は子供。
爆発する感情は、の比ではないだろう。
ピッコロに連れて行かれて、これから修行をつけられるだろう悟飯。
どんだけ強くなるかすごく楽しみだし、悟空としては息子は強くたくましく育ってもらいたいが、やっぱり争いを好まない悟飯を戦いの場に引っ張り出すのは少しだけ気が咎める。
そして、この蛇の道を目的を同じくして走っている。
強い意志を宿したその瞳でまっすぐに閻魔大王の視線を見返して、「強くなりたい」といった彼女。基本的に平和主義なが強くなりたい、と自分から望んだのは初めてで。
大切な二人をそんな境地に追い込んだ自分の非力さが、いまさらながら、すごく、悔しい。
「やっぱ、うんと強くならねえと!」
へこみそうになる思考を切り替え、悟空は顔を上げて自分に強く言い聞かせる。
自分自身の力で悟飯を守れるように。
そして、をもう二度と、あんなふうに泣かせないために。
界王ってやつがどんな修行をしてくれるかはわからないけれど、二人が安心して自分の戦いを見ていられるくらい、誰よりも強くなる。
今度こそ、二人とも傷つくことのないように頑張るからな。
それぞれに強くならなくては、と決意をこめながら走っていく悟空と。
とりあえず、悟空に追いつき追いこせエイエイオー!的なは、タッタカタッタカと地道に蛇の道を走り抜け、悟空は急いでいるにもかかわらずいろいろと道草(地獄に落ちたり、蛇姫様におもてなしを受けたり)を強いられながら、終点を目指してひた走る。
で、その間どれくらい月日が流れたのだろうか。
「これ………本当に終点なんか、あるのかな………」
走っても走っても、くねくねと曲がった道が続くばかり。昼も夜もなければ、当然のごとく時計なんかもありはしない。何日も何日も走ってきて、さすがのも体力的にそろそろ限界を感じていた。その上、実際のところ自分がどれだけの間走り続けていて、あとどれだけ走らなければいけないのか見当もつかないのは、精神的にも苦痛を伴うものだ。
さらには、今の今まで変わり映えのしない景色に、同じところをずっと走らされてるような錯覚に陥ったは、不安に襲われ始めていた。
だってこの感じは………今まで幾度となく味わってきた道に迷ったときの焦燥感に酷似してて。
いくら抜けてるっていったって、いっくら方向音痴だからって、まさか分岐もなんにもない一本道で迷うほどおバカじゃないよねぇ、わたし……。
まさか、とは思うのだが、こんだけ走っても、悟空の背中どころか気配も感じられないし。
やっぱり自分はこんな一本道でさえも迷うようなマヌケにもほどがあるやつで、その間に悟空はもう蛇の道の終点に着いちゃったんじゃないか、と、なんだか泣きたいような気分になってくる。
「悟空のバカ。悟空がマラソン大会なんて持ちかけるから、迷っちゃったじゃないか! 一緒に走ってくれたら、迷わなかったのにっ! このままこの道で生涯を閉じることになったらどうしてくれるんだ!!!」
くっそー!!!と、道に迷ったという思い込み&悟空への八つ当たりの愚痴をこぼしながら、それでも歯を食いしばって走っていくこと約一時間。
前方に、蛇のしっぽが見えた。
つまり、蛇の道の、終着点。
「………あった! あったあった道の終点!! なんだわたし、迷ってないじゃん! そりゃそうだよね、一本道だもんねっ!迷うようなバカいないよねー!!! やったーーー!!!」
先ほどまでの泣きっ面はどこへやら。
パパッと笑顔を花開かせ、はしっぽを目指して、滑り台のように急な下り坂になっている道を駆け下り、「とうちゃ〜く!」と蛇の道の終着点で足を止めた。
そこから周りを見渡すと、どこまでも続く金色の雲の海。
まったく変わり映えのしない景色――――――――――――って、ちょっとまて。
やり遂げた達成感に浸って肝心なことを忘れていたが、自分は界王の修行を受けるべく、この道の終点を目指していたのではなかったか。
最優先かつ最重要課題を思い出し、はきょろきょろと辺りを見回したが、やっぱり目に入るのは、金色の雲ばかり。
「―――――――――うそでしょ」
何もないはずがない、と焦ってもう一度探してみるが、やっぱり何もない。
「ちょ、え!? な、なんで!?!?」
うろたえまくってせわしなく瞬きをして、とにかく顔を上げたとき、視界の端っこに空高く浮いている星のようなものが映った。
見上げてみると、そこから気配が感じられ。
「もしかして、、、あそこ? うわぁ……高い。高いよ」
手をかざして呟く。
高所恐怖症ゆえに、ここまで頑張って走ってきたものの、行きたくない、なんて素で切実に思ってしまったのだが。
グッと拳を握りしめてはるか上空の星を見据える。
「――――――頑張れわたし!!! 強くなって、悟空と悟飯と幸せな生活を取り戻すんだ!」
強く自分に言い聞かせ。
武空術はできないけど、悟空とかお仲間さんとかって、あのくらいなら普通に飛び上がれてたし、自分だって全力でジャンプすれば届くんではないか、と胸のうちで結論を出し。
それから意を決して、思いっきりジャンプした。
はっきり言って、勢いつけて飛び上がったのは、こっちの世界に来てから初めてだったりする。ゆえに、自分がどこまで跳べるかわかっていなかったは、自分の跳躍力にまず驚き、それから感激し。
その星なんか軽々越えてしまい、上空からその星の地面を見て、あまりの高さにカチン、と固まった。
飛びすぎだよ飛び過ぎ!!! ぎええええ、高いっ!!!
心は叫んでいるが、恐怖に固まった身体は動かない。で、そのまま重力に従い、その星に墜落。
「ふぎゃ!?!?」
日ごろから(悟空により強制的に)鍛えているせいか、特に痛みは感じなかった。
てゆうか。
さっきのカエルが潰れたような悲鳴は、わたしのものではないんですが………。
そんなこと思いながら、身体を起こそうとしたのだが。
なんだか知らないが、身体が動かない。もう高くないんだから、固まってなくていいんだよ、なんて自分に語りかけてみてから、もう一度起き上がろうとしたのだが、やっぱり動かない。
もしやこれが、俗にいう『金縛り』なるものか。
だとしたら………この近くに幽霊がいたりするんだろうか。
まあ、ここはいわゆる『あの世』だし、自分の夫も今は幽霊みたいなもんだから、特に怖いとも思わないけれど。
「すごい、ほんとに動かないや〜」
金縛り初体験で、ちょっと感動気味にのほほ〜ん、とした声を出したの倒れている地面が、もぞっと動いた。
今度は地震か!?とぶっ倒れたままで身構えた彼女の下から、くぐもった声がもれた。
「重い〜〜〜! なにをしておるっ! はやく退かんかっ!」
「え?え?」
まさか自分の下から声が出てくるとは思ってなかったが、驚いて視線を落としてみれば。
そこには、人が、いて。
これはもしや。
重力に従って墜落した際、この人の上に落っこちて、下敷きにしたがゆえに、クッション効果で自分は全然痛くなかったのではないでしょうか。。。
「はやくせいっ! 押しつぶす気か!?!?」
「ぅわぅ!! ご、ごごごごめんなさいすいませんすぐ退きます!!!」
下敷きになった人物に怒鳴られて、すぐさま起き上がろうとしたのだが、やっぱり動いてくれない身体。
「あの……、あ、あのですね………………」
「なんじゃ! はやくせんか!!!」
「退きたいのはやまやまなんですけど、金縛りにあってるらしくて身体が動かないんですよ〜〜〜!!!」
自分の体重で人一人押しつぶしちゃったらどうしよう!という焦りから、思わず涙声で叫んでしまったら、下敷きになっている方が一瞬息を呑んだ。
「おまえ、どこから来た!? 地球か!?」
「は、はいそうですが………」
「やはりな。おまえの身体が動かないのは金縛りのせいじゃない! この星の重力のせいだ!!!」
「重力???」
「早い話が、お前の体重はこの星では十倍に増えとるってコトじゃ! 腹の底に力を入れて踏ん張れば動く!!!だからさっさと退くんじゃ!!!」
「は、はいいっ!!!」
言われたとおり、気合一発で腕を突っ張ってみたら、身体が浮いた。
浮いたは浮いたが、、、なんていう重さ。
「ううう〜〜〜、重い〜〜〜!!!」
「がんばれっ!わしが下から脱出するまで頑張るんじゃ!!!」
「はいぃいいい〜〜〜」
自分の体重を支える腕が、ぶるぶると震えている。
なるほど、体重が十倍に増えると、こんなにも身体に負担がかかるんだ、なんて、必死に腕を突っ張りながら何とか身体を起こそうとしたとき。
「なんだなんだーーー!?!?!?」
上空からそんなうろたえた声とともに、人が降ってきて。
「ふぎっ!!!」「わぶっ!!!」「ぎゃふ!!!」
下敷きになっていた人物がさらに沈み、起こしかけていたの身体は上からの衝撃でまた倒れこみ、さらに空から降ってきた人物、悟空が、の上に倒れこんだ。
「つ、潰れる〜〜〜」
「ご、悟空、重い〜〜〜! はやくどいて〜〜〜っ!!!」
「そ、そんなこと言ったって、、、身体がナマリみてえに重くって………」
かくして、その小さな星に着いてすぐ、うんうんとうなりながら重い身体をなんとか動かそうと四苦八苦する悟空と。
下敷きになっている人物、界王は、果たして無事に生還できるのかどうか……。
とにもかくにも、界王星に着きましたー!
界王様、生きててくださいね。(死なないよ;)

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