とりあえず……。
来てしまったものは仕方ない。大目玉覚悟で行くしかない、と怒る気力も失せてあの世の審判を受けるべく並ぶ魂たちの列に向かう神。そして、その後についていく意気揚々とした悟空と、おっかなびっくりな。
ふわふわと、肉体を失った魂たちが長蛇の列を作る中、生身の死人である悟空はかなり目立っているといえる。それ以上に目立っているのが、生きているのになぜかこの列に並んでいる、の存在で。
だが、そんなふうに注目を集めているお二方といえば、相も変わらず。
「やっぱ帰る! 神様怒ってるもん怒られちゃうもんっ! 放して悟空さんっ! か〜え〜し〜て〜〜〜!!!」
「こら暴れんなっ! いやだっつったろ? ぜってえ帰ぇさねえからな!」
さながら付き合い始めて最初のお泊りのようなセリフ――――――「ママに怒られちゃうから、やっぱり帰るわ」「いやだ、今夜は君を帰さないよ」――――――を喚きながら、ぎゃあぎゃあと賑やかな悟空との様子に、神は軽く額を押さえた。
「もう、よい。来てしまったものは仕方がない。閻魔大王さまがどのような審判を下すかはわからぬが、とりあえずもおとなしく並んでいなさい」
「ぅえ!? え、えええ閻魔大王さま!?!?」
「だれだ? それ」
第八章:天国?地獄??蛇の道???
そんなわけで神様、悟空、の三人はいま、あの世の最高裁判長である閻魔大王その人の前にいたりする。
その、普通の人間の十倍はあろうかという超巨体をポカ〜ン、と見上げる悟空と、びくびくと華奢な身体をさらに小さくしている。そして、よりも内心かなりビビりながらも、それを表に出さないように踏ん張り、何故に肉体を持ったままの死人をあの世に連れてきたのかを説明する神。
「………というわけで、修行をさせたく生身のまま伺ったわけです。どうか閻魔大王さま、こやつらが界王さまのもとへ伺うことをお許しくださいませ」
神の見上げる先、閻魔大王は片手で頬杖をついて、もう片方の手でノートのようなものをペラペラとめくっている。そのノートの表紙に『閻魔帳』と書かれているのを見て、は、ああ、あれがかの有名な生前の善行悪行を記録しておく『閻魔帳』なんだ、と怯えながらも感心していたりした。
「う〜む、なるほど………孫悟空か。確かにおまえの功績はすばらしいがな。天国に行けるものをわざわざ危険をおかしてまで蛇の道を通り、界王さまに会いに行くというのか?」
もったいない、とでもいうような閻魔様の言葉に、悟空の代わりに神がうなずく。
当の悟空はといえば、必要以上にでかい閻魔大王をあっけにとられたように眺めていたが、やっぱり悟空は天国行きだよねぇ、と思いながら小さく笑うの気配を感じ、ちょっと不思議そうな表情で彼女に視線を向け、それから首をかしげて神を見た。
「なあ、死んだらみんなここに来るのか?」
極度に緊張しているのがアホらしくなるくらいの、のほほ〜ん、とした悟空の声に、神は軽くため息をついて悟空に顔を向ける。
「そうだ」
「宇宙人も?」
「うむ。すべての死者がここで天国行きか地獄行きかの審判を下されるのだ」
ふ〜ん…、と納得したように呟いてから、悟空はついっと顔を上げ。
「なあ、オラのちょっと前に、ラディッツっていうやつが来た?」
なんの気負いもためらいもなく、いつもと同じ調子であの世の最高裁判長さまに話しかける悟空。
ある意味、すごい……と思わず感心するをよそに、神は大慌てだ。
「こ、こら!『来ましたか?』だろう!」
焦って訂正する神だが、閻魔大王その人はといえば、さして気にも留めずに閻魔帳をペラペラとめくる。
「……ああ、確かに来たぞ。おまえの兄弟だったな。アイツは地獄行きじゃ、当然な」
それを聞いて、は目を伏せる。
――――――そうだよね。散々悪いこと、してきたんだもんね…。当然かもしれないけれど、少し胸が痛くなる。
でも、まあ。
悟空を殺した事実は、はっきりいって許せないし、悟飯がつらい目に遭う原因を作ったのだって元はといえばお兄さんのせいだったんだから、地獄でしっかり反省してください。
そんな風に思考を切り替えるのとなりで、慌てる神のことなどなんのその、やっぱり普段どおりに閻魔大王に接する悟空だ。
「暴れなかったか?」
態度を改めない悟空をキリリ、と睨む神だが、こちらも先ほどと変わらず別に気にせずに不敵な笑みを浮かべる閻魔大王。
「暴れた暴れた。暴れおったが、このわしが取り押さえてやったわい」
へぇ〜、と感嘆の声が、悟空とから同時にあがった。
「つええんだなぁ、おめえ。あんなすげぇやつを……」
「ホント、やっぱ閻魔大王ってだけあるよねぇ……」
羨望のまなざしを向けられて、閻魔大王もまんざらでもないらしい。ふふふ、と得意そうに笑っている。
それから悟空は何かを思いついたようにパッと明るい笑顔で、怒ってるんだか焦ってるんだか悩んでるんだか微妙な表情をした神を振り返った。
「オラ、このオッチャンに修行してもらおうかなっ!」
「しーーーっ!!! 声が大きいぞ! おぬし、閻魔大王さまに向かってそのような口を………っ」
慌てて悟空を黙らせようとする神は、今度は悟空の耳元でささやくように。
「黙っておれ。界王さまはもっと強いんだ」
とにかくこれ以上悟空に口を開かせまいとしたその発言は、近くにいたがゆえに聞こえてしまった第三者のからしても閻魔大王に対してちょっと失礼じゃないかな〜、と思ってしまうような言葉だった。
まあ、当の閻魔大王に聞かれなければすむことだし、悟空もそれで黙ってくれれば神にとってはホッと安堵の一息だし。
だが。
「――――――聞こえたぞ、地球の神」
びっくーん!!!
と肩を跳ねさせ、しばらく硬直してから、恐る恐ると神が視線を向けた先の閻魔大王は、片腕で頬杖をつき、黒い笑みを浮かべながら怯える神に流し目を送り。
「おまえが死んだら、地獄行きにしちゃおうかな〜」
半分冗談のようだが、しかしてその権力は絶対的なものだ。
大慌てであたふたとしはじめる神を、ぽかんと傍観する悟空と。
神はいままでも、まあ、けっこう焦ることもあったけれど、ここまで取り乱すところを見たのは初めてだった。
「お、お許しくださいっ!!! ま、まさかお耳に届くとは・・・・・・・・・っ!」
で、取り乱した挙句。
「さ、、、さすが地獄耳!!! なんちゃって……ハハ」
し〜ん。
もう、なんていうか……なにも言えずに呆気に取られるその場に、閻魔大王がぽつんと一言。
「…………おまえ、ギャグのセンスないのう……」
頭に手を当てて、とにかく笑うしかない神に、その背をぽんぽんとたたきながら「(確かにかなり寒かったけど)けっこう面白かったですよぉ」とワケのわからないフォローを入れているに、閻魔大王が目を移した。
「それに、そっちはまだ生きているではないか。生者をここに連れてくるとは………。地球の神よ、おまえ、自然の摂理を破りおって」
悟空の普段どおりの態度と、普段見せない神の態度によって緊張感のなくなっていたところに、突然話を振られたは、そういや自分がここにいるのはものっすごく場違いなんだ、ということを思い出し。
再びうつむき小さくなったから視線をはずし、閻魔大王が神を見据える。
「そ、そそそそれはそのっ! 実はこのも、孫悟空と対等の腕前でしてっ! 地球の命運をかけた決戦を一年後に控え、地球を救うために界王さまのもとで修行を………」
たじたじと、先ほどよりもいっそううろたえて、必死に答える神をじぃっと見つめる閻魔大王。何もかも見透かすようなその瞳に、神の声がどんどん小さくなっていく。
それを見て、は焦った。
閻魔大王の前で嘘をつくと、舌を抜かれてしまうのだ。
自分たちのせいで、神の舌がなくなってしまうなんて――――――シャレにならない。怒られることを怖がってる場合じゃないっ! もう子供じゃないんだ、自分がやったことの後始末くらい、自分でやらなきゃ!!!
はグッと腹をくくり、けれど、力強く決心した割には小さく挙手をして、上目遣いに閻魔大王を見上げた。
「あのぅ…閻魔大王さま」
蚊の泣くような声での呼びかけだったけれど、『さすが地獄耳』の閻魔大王は、神からへと目を向ける。
怖くない怖くない、と自分に暗示をかけながら、は閻魔大王の目をまっすぐ見返した。
「さっきの神様の言葉を、ちょっと訂正します。……ええと、まず、わたしには悟空に匹敵するような力はない、と思います。それに、ここに付いてきてしまったのは、悟空と離れたくないというものすごく勝手なわがままでして、界王さまのもとで修行したいなんて、はっきり言って思ってませんでした」
「こ、これ! なにを言うか!!」
あまりに率直に本当のことを言うを止めようと、焦って口を挟む神に、彼女はことり、と首をかしげた。
「だって神様、閻魔大王さまの前で嘘言ったら、舌、抜かれちゃうんですよ? わたしたちのことを庇ってくれるのはすごく嬉しいけど、そのせいで神様の舌抜かれたらやだもん。仮にも地球の神が、閻魔大王さまに舌抜かれてお話できなくなりました、なんて、あまりにかっこ悪いじゃないですか」
の物言いに、神は開いた口が塞がらず、閻魔大王は面白そうに続きを促した。
「なるほどな。で?」
「それで、ですね」
再び閻魔大王に視線を合わせ、が続ける。
「神様は、地球を救うため、修行をさせるって言いましたが、わたしは自分がそんな大層なことできるとは思えないし、自信もありません。―――――――――ただ」
一瞬目を伏せ、それから隣にいる悟空を見上げてちょっと笑ってから、は閻魔大王に視線を戻す。
「守りたいものは、たくさんあります。たとえば、隣にいる悟空。それから、多分これから大変な思いをしなくちゃならない息子の悟飯。そのほかにも、大好きな仲間たち。………絶対に、失いたくない」
最初は、確かに悟空が死んだなんて信じたくなくて、悟空と離れるのがイヤで、そんなわがままがこの事態を招いてしまったけれど。
元を正せば、非力ゆえに守れなかった大切なもの。
命よりも大切なものを守ることができなかった自分の不甲斐なさに、悔しくて怒りさえ覚えた。
だから今、自分が一番やるべきことは。
「………こんなところで見栄張っても仕方ないので、正直に言いますね。わたしは悟空と悟飯と三人家族で、けんかもしたし大変だったことだってあったけれど、この生活がすごく幸せでした。このままずっとこの生活が続けば、何も要らないって思ってました。でも今、この生活を守るために、強くならなきゃいけない……」
争いは好きじゃない。
拳を交えて力でねじ伏せるのも、できることならしたくない。
だけど。
は困ったように笑ってから、閻魔大王の瞳をひたと捉える。
「究極のわがままだってわかってる。でもわたしは、その幸せな生活を続けるために、強くなりたいんです。地球の未来なんて、どうだっていい。わたしは、命よりも大切な人たちを守るため……要するに、自分が哀しい思いをしないために、サイヤ人たちに勝つ力がほしいんです」
かっこ悪いけど、虚勢も取り繕いも全部捨てちゃえば、結局自分の望みはそんなもの。
自分の命で悟空と悟飯を救えるなら、喜んで死ねるというのは本当のことだけれど。
こんな非力な自分の命では、大切な大切な宝物の代償にすら値しないことが、今回のことで痛いほどわかってしまった。
だから今、趣味とかお遊びとか、そんなんじゃなくて。
初めて思う―――――――――強く、なりたい。
「自然の摂理に反してることも、わたしの存在がここにあるべきじゃないことも、重々承知です。正直言って、そんな常識破りするのが怖くって、逃げ出したかったことも事実。でもやっぱり、できることなら界王、さま?っていう人のところに行って、強くなりたいって思ってます」
本音も本音。
の口から出てくる心は、飾りっ気もなければスマートでもないけれど、強くて、まっすぐで。
その瞳からは、一途な想いが伝わってくる。
精一杯の思いを閻魔大王にぶつけているの肩に、温かい手が乗った。
ふと見れば、となりに立っている悟空が同じように閻魔大王に顔を向けている。
「をこっちに引っ張ってきちゃったのは、オラだ。オラもこいつと同じでさ、こいつと一緒にいたかったし、何よりオラの見てないところにこいつを置いてくるのが心配でさぁ」
ぽりぽり、と頬っぺたをかきながら、悟空が苦笑する。
「の話聞いてたらよ、ああ、オラも一緒だなぁ、って思ったんだ。オラ別に地球がやばくなくたって強くなりてえから、修行すんのは嬉しいけどよ、今一番守りたいもんは、地球じゃなくてと悟飯だ」
一年後、脅威のサイヤ人たちに絶対に負けたくない理由は、自分だってとまったく同じだ。
「だから、その界王ってヤツに会って、修行させてもらって、もっともっと強くならなくちゃ駄目なんだ」
クスリ、と笑いあう目の前のバカ正直カップルに、閻魔大王が豪快に笑い出した。
「あ、あの…閻魔大王、さま?」
突然笑い出した閻魔大王に声をかけるのは、神その人で。
スムーズに事を運ぼうと一生懸命取り繕ったのに、見事にぶち壊してくれたと、つられるように本音をさらけ出す悟空に「もう駄目だ」とがっくり肩を落としていたときに、突然わいた笑い声。
「地球の神よ、おまえの星の人間は面白いのう。わしは嘘を見抜くのは商売上得意だが、ここまで本音をぶつける人間は珍しいわい」
ひとしきり笑い、それから閻魔大王はきょとんとする神、悟空、そしてを見渡した。
「よかろう。そんなに行きたければ、界王さまのところにいくがよい。……生の在る者を天国か地獄に送るのはいくらわしでもできんがな、蛇の道なら問題ないからな」
「あ、ありがとうございます!!!」
「「蛇の道?」」
半ば……いや、四分の三は諦めていた承諾の返事に、感極まって感謝する神のとなりでは、悟空とが顔を見合わせて首をかしげる。
「案内人を呼んでやるから、あっちから出て待っておれ。ただし、蛇の道から落ちてもわしは知らんからな」
ますます不思議そうな顔をする悟空とをおいて、神はくるっときびすを返す。
振り返り、二人を見る顔は、さっきまでの大慌てしていたものとは別人みたいにシリアスだ。
「ではな…。頑張るのだぞ、この一年が勝負じゃからな」
そんな神の神妙な顔に返ってくるのは、明るい笑顔。
「ああ、何のことかよくわかんねえけど、とにかくその界王さまって人にあってくる」
「神様、ありがとうございます。ポポさんにも、よろしく伝えてくださいね」
閻魔大王の示した方向に、手を振りながら走っていく二人の姿を、神は複雑な気持ちで見送っていた。
「オラ、嬉しかった」
「え?」
案内の人が来るのを待っていたら、悟空がいきなり呟いて、それを聞き返す。
「へへ。オラと悟飯を守るために強くなりてぇって言ってくれたろ? すげぇ嬉しかった」
「あ、ああ、うん。だって、本音だし。悟空だって、いつもわたしたちのこと、守ってくれるじゃん」
嬉しそうな笑顔を向けられて、の顔が赤く染まる。
その表情も、さっきのまっすぐな瞳も、とにかく愛しくてたまらない。
だからこそ、悟空は思う。
素質のあるは、修行しだいでどんどん強くなるけれど、基本的に争いごとを好まない彼女。
試合とか手合わせならアリだけど、今度みたいな命のやり取では、傷つくことがあまりにも明らかで、絶対に闘わせたくない。
だから、どんなにが強くなっても、自分はその上を行かなくちゃならないんだ。
「悟空さ〜ん? 考え事なんて、らしくないですよ〜」
自分に強く言い聞かせている悟空を見て、クスクス笑いながら言う。
その笑顔、絶対に守ってやるからな。
そんなふうに悟空が強く決心しているころ。
「うるさいっ!!! 邪魔だ!!! 早く帰らんか!!!!!」
「す、すすすすいません、すいませんっ!!!」
地球の行く末と悟空との修行、さらにはピッコロに連れ去られた悟飯のことを案じて、ぶつくさぶつくさとその場にとどまり、思考の渦に飲まれていた神が、閻魔大王に怒られていました。
修行いっきま〜す!

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