そもそも、神でありながらこの二人に特別な感情を持ったのが間違いだったのか。
悟空が言い出したことは、ハッキリ言って絶対にやってはいけないことだった。

「なんでだよ神様。いまは強ぇヤツが一人でも多いほうがいいじゃねえか」

唇を尖らせて不服そうに述べる悟空に、神は軽く額を押さえる。

「確かにそのとおりだ」
「そうだろ? じゃあ問題ねえよな?」
「大アリだ! 考えてみろ孫、はまだ生きておるのだぞ!」

どこまでも楽観的に構える悟空の物言いに、軽くめまいを覚えながらキリリと鋭い眼光でそののほほんとした顔をにらんだが、にらまれた当人は一向にひるむこともなく。

代わりにおろおろとうろたえてくれたのは、先ほどまでは大いにパニクっていたけれども今は落ち着きを取り戻しただった。







第七章:一緒にいたい♪







「あ、あの神様。ごめんなさいほんっとにごめんなさい。そうなんですよね、わたし生きてるんですよね。確かに悟空と一緒にいたいけど…。神様こまっちゃいますもんね」



いろいろと、そりゃもうドジを踏んだり反抗したり心配させたりもしたが、いつもたしなめるように注意を促してくれていた神が、「わがままも大概にしろ」と怒ったのを見て、基本的に争いを好まないは、かなりショックを受けていたりする。


悟空と一緒にいたいけれど、冷静に考えてみれば……いや、考えるまでもなく、自分は生きている。
確かにここは、の知り得る世界の常識なんてまったくといっていいほど通用しないストレンジ&デンジャラスワールドではあるが、『生』と『死』の境を無視するということは、自然の摂理に反することで。





そんな大それたことを、ただの『わがまま』でやってしまっていいのだろうか???





悟空は死んじゃったけど確実に生き返ることがわかったし、ピッコロは悟飯を強くするために連れて行ったわけで、殺そうとしているわけじゃない。
同じ境遇(イコール最愛の夫の死・可愛い息子拉致)の方々がどれくらい広い世界に存在するかはわからないけれど、その人たちから見てこの待遇は、かなり破格なサービスだろう。



淋しいし哀しいけれど、一時我慢すればまた、今までと同じ生活を取り戻せるはず。
沸騰していた頭が冷めた今、はそんな結論を出したのだが。




「なんだよ、オラと一緒に行こうぜ? そうすりゃ強くなれっし、ずっと一緒にいられるんだぞ?」


ぐらりと心を揺らつかせる笑顔で、甘いお誘いをかけてくれる悟空。
死んでたって生きてたって、この人の笑顔には大変弱いなのである。


「あ、あのでも…ね。やっぱり生死を無視しちゃまずいと思うわけよ。修行だったら一人でもできるし、ちょっと待ってれば悟空は生き返る。そしたら悟飯も奪還して、今までどおり生活できるじゃん」



素敵笑顔で悩殺寸前、しかして神の突き刺さる視線が痛い。
そんな状況で、は何とかかんとかググッと踏みとどまり、自分の出した答えを悟空に伝える。



「そうであるぞ、。おぬしは懸命だ。つらいだろうが、今は幸せな未来のため、少々我慢の時期と考えて……」
「やだよ神様。オラ、ぜってぇも一緒に連れてっちゃうもんね」


の答えを聞いて、ほっとしたように神が表情を和ませたのもつかの間。
悟空がまたまたそんなわがままを言い出したもんだから、再びこめかみに青筋を立てる神様だ。





『連れてっちゃうもんね』ではない! 生きてる人間があの世に行くには、それ相応の理由が必要なのだ!ただ単に一緒にいたいからなどという理由で神である私がをあの世へ連れて行けるわけがなかろう!」

「神様は偉いんだろ? 理由なんて、地球を守るためとかってテキトーに言えばいいじゃねえか」

「テキトー…って。バカかおまえは!!! よいか孫、この門の先におられるお方は閻魔大王様といって、わたしよりもずぅっと偉いお方なのだ! 嘘などすぐに見抜かれ、舌を抜かれてしまうのだぞ!!!」

「まったく嘘ってわけでもねぇだろ? 多分キレっとはオラより強ぇしよ。地球をすくう戦力にはぜってぇなると思うぞ」





怒れる神と、のほほん悟空の会話をはらはらと見ていただったが、悟空の「キレるとオラより強い」発言に微妙に引っかかってしまい。





「でも………お兄様にはぶっ飛ばされちゃったけどね………」





思わず口を挟んだら。
今まで言い合っていた神と悟空、そして傍観していたミスター・ポポがそろってを振り返った。

をぶっ飛ばすなんて、ぜってぇ許せねえ! 今度会ったらただじゃおかねぇぞ、アイツ!」

ただじゃおかないって。
死んじゃってますけど、お兄様、なんて冷静な突込みを入れるの脳裏なんか皆様完全無視で。

「まったくだ。があのまま怒りに任せて暴れておれば、ぶっ飛ばされてたのはあのサイヤ人のほうだったやも知れぬのに。天誅物であるぞ!!!

「あんな悪党の、心の奥底を汲んで、同情する優しい、ぶっ飛ばしたアイツ、ポポも、許せない」

「なんだって!? じゃ、おめえオラの兄貴っちゅうヤツにぶっ飛ばされたとき、キレてなかったんか!?」

「あ、うん。やっぱ兄弟で戦うなんて間違ってると思ってね〜。説得しようと思ったんだけど、、、ダメだった」





たはは、と頭をかきながら苦笑するに、言葉を失う悟空。
確かに。確かには暴力沙汰は苦手だし、それは実に彼女らしいっちゃあ彼女らしいけれど。
自分の命が危ないあの緊張感の中で、自分を殺そうとしている相手を目の前にして、話し合いに持っていこうとするその発想に、思わず力が抜ける。





………おめえ」

「いやでもね!? けっこうグラッと来てたと思うんだよね、あの人。一瞬だけど、殺気立った気配がゆるんだし!」



軽くとがめるような声を出した悟空に、たじたじとしながら答えたが。


「けど……。あのときのお兄様は、やっぱり悟空のお兄様だなって思ったんだよね。殺気の抜けた視線は、悟空と少し…似てたよ」





戸惑うように乱れていた、あのときの気配。
崩れそうだった、彼の虚勢。
死ぬほど恐ろしかったあの人が見せた、もうひとつの顔。

剣の抜けた瞳が自分を映したとき、確かに思った。
―――――――――ああ、似てるな……って。






ちょっと淋しそうに笑うを見て、悟空は焦りと不安を覚える。
は本当に優しくて、周りをそのふんわりした空気で包んでしまう。
老若男女どころか、あらゆる生命体を問わずに惹きつけてしまう、その不思議な魅力。
多分兄貴と名乗ったあの男も、の雰囲気に囚われて。

だから。




「だからアイツ…………を殺せなかったんだ……………」
「は?」



悟空のつぶやきに、きょとんとしたようにが聞き返したが、それには答えず。



変だと思ったんだ。
人質は、生きているからこそ価値があるって、ラディッツは言っていたけれど。
が死んだって、まだ悟飯がいたんだ。
それなのになんで、手に余るほどの反抗を見せたであろうを、殺さなかったんだろうって。――――――いや、が殺されなくて本当によかったし、生きていてくれたのはものすごく喜ばしいことだけれど。



あんなおっかないほどの威圧と殺気を持った男でさえ、取り込んでしまうやわらかい気配。
さらには、いま自分を不思議そうに見上げているその気配の持ち主は、そんなことにはまったくもって無自覚で。
そんな無防備な彼女を一人残していってしまったら。







「やっぱ、ダメだ……」
「な、なにが………?」



ポツリ、と思わず漏れた言葉は、自分でもわかるほどいつもより低くて。
不穏な空気を感じ取り、緊張したように次の言葉を促すの声に、悟空はまっすぐ彼女の瞳を捕らえた。



「おめえ、自覚無さすぎっぞ!!! 一人で残してくなんて、ダメだ!!! 心配で心配でオラ、修行どころじゃなくなっちまう!!! 神様ダメだ!!! やっぱオラ、ぜってぇ連れてくぞ!!!!!」


を自分の目の届かないところに置いていったりしたら、どんな男が彼女に色目を使ってくるかわかったもんじゃない。そして鈍いは、十中八九、色目を使われていることに気づかない。
危険だ!!! ひっじょーに、危険だ!!!!!



「わからんヤツだ!!! ダメなものはダメだ!!! をあの世に連れて行くことは断じて許さんぞ!!!」



神として、こればっかりは引くわけにはいかない!
そう頑なに『連行』を否定する神をついっと見据え、次の瞬間、悟空は薄く笑んだ。





「じゃあオラ、あの世で修行すんのやめるぞ?」
「な、なに!?!?」



静かな声でそんなことを言い出した悟空に、神が怯んだ。



「な、なにを言うか孫! おまえがあの世で修行しなければ、一年後には地球は滅んでしまうのだぞ!!!」
「そうだよ悟空! なに言い出すかなもうっ!」



ブラックな悟空さん登場に、思わず神に加勢する。普通一般常識的に考えて、の行動は正しいはずだ。しかし。
今の悟空は、彼女が自分の側についてくれないことさえ、面白くなく感じてしまう。





は、オラと一緒にいたくねえのかよ?」
「は!? なに言ってんの? そんなわけないじゃん!!!」
「だったら一緒に行って、一緒に強くなろうぜ?」
「そ、そそそうしたいのは山々……だけど! 世の中には、自然の摂理というものがありまして………」
「そんなのオラわかんねぇよ。おめえが心配で目が離せねぇんだよオラ」
「うっ。で、デモね悟「いい加減にせぬかーーーーー!!!!!」ひぃ!!!」





エキサイトしまくる悟空と神のあいだに挟まれて、おろおろうろたえまくる
そんな三人をぽかんと眺めていたミスター・ポポが、ある異変に気がついた。



「あの、か、神様……」
「なんだミスター・ポポ!!! 私は今忙しいのだ、見てわからぬか!!!」
「わ、わかる、けど……。孫悟空の、身体、まずい」



神の怒視線に一瞬怯んだが、事が事なだけに必死に言葉を続けるミスター・ポポ。






悟空の身体がまずい?―――――――――って。






ミスター・ポポの発言に、と神が悟空の身体に視線を流し、悟空が自分の身体を見下ろし。






数秒間、時間が凍りついた後。







「うっぎゃーーー!!! ホントだヤバイよ悟空さん!!! ナマモノだよナマモノ!!! やばい、そういえば変な臭いもする!!! 腐ってきたーーー!!! 腐った死体ーーーーー!!!!!」
「な、ば!!!そ、孫っ!!! おまえがいつまでも引かぬからだぞ!!!!!」
「神様が引いてくれねえからじゃねえか!!! それより、どうすりゃいいんだ!?!? このままじゃ腐っちまうぞ!!!」
「みんな、お、落ち着いて」
「「「落ち着いてられるかーーー!!!」」」
「あ、あの世の門、くぐれば、元に戻る」
「そ、そうであった! もはや一刻の猶予もならんっ!!! 行くぞ孫っ!!!」
「わ、わかった!!!」
「うわっ! ちょ、、、悟空さん!?!?」










神が門に念を送ってすぐ。
ぎぎぃ〜。とあの世への入り口である門が開き。
神たちがその門をくぐった後。
ばたん。と閉じた。










神殿にぽつねんと残されたのは、ミスター・ポポ…………ただ一人。




















「ふう。どうやら間に合ったようであるな…」
「ああ、助かった〜」
「………ホントだ。悟空、わぁ! いつもの悟空に戻ってる!」





息切れしながらあの世の門をくぐり、がっくり膝をつく三人。………三人??

呼吸を整えた後、悟空が生前と同じ顔色を取り戻したのに安堵の息をつく神と、自分の腹に手を当てて「あ、塞がってるぞ」と感心したようにつぶやく悟空と、元に戻った悟空を心底嬉しそうに見つめる







って―――――――――!?!?







ーーーーー!?!?!? な、なななんでおぬしがここに!?!?」

「オラが引っ張ってきちゃったもんね」





の存在を確認し、大いに焦る神に、悟空がにっと得意そうに笑う。
そんな悟空に視線を戻した神の表情が、ゆっくりと、驚きからお怒りモードに変化していって。










「孫ーーーーー!!!!! おまえというヤツはーーーーー!!!!!」

「ひぇっ! ご、ごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいい〜〜〜っ!」

「へへへっ! オラの勝ち!!!」




















私は本日。

地球の神という地位にありながら、自然の摂理を破ってしまった……。

絶対にやってはいけないことを、した。





















一緒に行っちゃいました。
管理人は逝っちゃいました!(爆)