ナッパの猛威に、まずクリリンが倒れ。
ピッコロと悟飯も大ピンチ。
ピッコロが死ぬイコール神様も死ぬ、すなわち、ドラゴンボールが消える。
それを理解している悟飯がピッコロに向かって「逃げろ」と進言し、当然のごとくピッコロはそれを否定したが。
年端も行かぬ子供に「食い止める」なんて言われてしまったナッパはそれが気に入らず、標的を悟飯に移した。
勢いつけて向かってくるナッパを、悟飯は通常の数倍の威力を持って蹴り飛ばし、吹っ飛ばされたナッパはそのまま大きな岩に激突した。
ガラガラと音を立てて崩れ去るその岩山から飛び出してきたナッパは、完全にぶちキレていて。

「このガキィ………これまでだーーー!!!」

悟飯に向かう、今までとは比べ物にならないエネルギーの塊。

そんなバカな………っ!
アイツは痛いのが好きvなくせに…Mのはずなのにっ!!!(←まだ言ってる)

――――――なんて思ってる場合じゃない!悟飯を、大事な息子を、助けなきゃ!!!







第十六章:ごめんなさい







どうやって圧倒的に力が上なベジータの腕を振りほどいたのか。
何故、彼女にあんな爆発的な力が出たのか。




とにかく、は夢中だった。
力と打たれ強さだけなら、ナッパは自分より上であることは身をもってわかっていた。
そんな彼のマジギレ攻撃をまともに受けたら、自分だって死ぬかもしれないその気弾がまっすぐ悟飯に向かっているのを目の当たりにして、がじっとしていられるはずもなく。
そのスピードに跳ね返す余裕もないことを悟り、悟飯を胸に抱きしめて気弾に背を向け、次に来るはずの衝撃に身体に力が入りぎゅっと目を瞑る。





カッ、と眩しい光とドオン、という爆発音が響き。
………けれど、どんなに身構えていても、痛みも衝撃も襲ってこなかった。





それを不思議に思いながらも、まず自分の腕の中にいる存在の無事を確認するため、視線を下げる。



「お…かあ、さん…………?」

「悟飯…………よかった……………」



驚いたように見上げてくる漆黒の瞳も、抱きしめたその身体の温もりも、健全で。見た限り、致命的な傷もない。
心底安堵の息を吐きながら腕を緩め、それからなにが起こったのかを見極めるために背後を振り返ったは、視界に入ってきたあり得ない景色に目を瞠った。



そこには、ナッパと自分たちとの間合いのちょうど中間点に入り込み、自分たちをかばうように両手を広げて仁王立ちをしているピッコロの後姿、があって。





――――――だから、衝撃も痛みも、感じなかったんだ。
――――――すべて、彼が受けてくれたから。





でも。





「…………なん、で…………」



小さく零れたの呟きが聞こえたのか、そうではないのか。
ピッコロは背を向けたまま。



「逃……………げ、ろ…………………」



と、掠れた声で一言、告げた後。
――――――――――――その場に、倒れた。






ドサ、と。
やけに大きく胸に響くその音に、緩んだの腕から顔を覗かせた悟飯の身体が、倒れている師匠の姿を目にして一瞬にして強張るのを感じる。



「ピ……ピッコロさんっ!!!」



悟飯が自分の腕を抜けてピッコロの元へ走っていくのを、止めることなく目におさめる
ピッコロの気は乱れ、だんだん小さくなっていく。彼はもう………。
止めるべきなのかもしれない、大切な人の『死』に、幼い悟飯がどんな反応をするかは、自分が一番良くわかってる。
でも……止めなかった。止められなかった。
――――――これが『最期』だと、わかってしまったから。





悟飯は必死に、「死なないで!」とピッコロに訴えている。
ピッコロは悟飯に、「きさまといた一年、悪くなかった」と、最初で最後の本音を、死の間際で、心からの笑顔で、伝えている。
悟飯がピッコロを心から尊敬していることはわかっていたけれど。
ピッコロにとっても、悟飯は命を賭しても助けてやりたい、そんな大きな存在になってたんだ。





………どうしよう。
わたし、自分の子の大事な人を、自分の子を大切に思ってくれている人を…………







「ごめん、なさい……」






うつむいたから、小さな呟きとともに、涙が零れた。






謝罪の相手は、悟飯と、ピッコロ。

悟飯の大切な人を守ってあげられなくて、ごめんなさい。
悟飯をちゃんと守れなかったために、命を懸けさせてしまってごめんなさい。






こんな場面を見たくないから、がんばったのに。
なんて…………情けないんだろう。










はらはらと、の瞳から溢れてくる涙を見て、ピッコロは小さく笑う。
恐怖と憎悪の視線しか知らなかった自分に、柔らかい感情を向けてもらえる心地よさを教えてくれたのは、ほかでもない悟飯で。
いつの間にか自分のなかで、悟飯はかけがえのない大事な存在になっていた。
そして今………その悟飯をこの世に誕生させてくれた女が、自分のために泣いてくれている。

――――――悪くない、最期だ。



「泣くな……。なんだかわからんが……おまえの涙は、堪える………」



グッと唇をかむと、それからボロボロと涙を流して自分を見つめてくる悟飯を見やる。
溢れてくるこの暖かい想いは、なんなのか。
今にも事切れそうなほどの苦痛のなかで、それでも心地よく感じるこの気持ちは、いったいなんだろう。



溢れ出す気持ちとともに、じんわりと熱くなる目頭………オレは、泣いているのか。





「「ピッコロさん………」」



自分の名を呼ぶ二人の声が、重なって。
それに微笑み返してから。



「死ぬなよ………悟飯……。そして、……おまえも、な…………」



人をかばって死ぬなんて最低だと思っていたけれど、こんな穏やかな気持ちで死を迎えるのは本当に悪くない。

そう思い、ピッコロは静かに目を閉じた。










――――――――――――気配が、途絶えた。







初めて、目の前で人の命の灯火が消えるのを、見た。
かつては自分の夫を死のふちに至らしめた大嫌いな人だったけれど。可愛い息子を、どんな形であれ、愛情をかけて育ててくれた。

虚脱感に襲われた後、深い悲しみがやってきて。それから、自分の非力さに対する怒りがふつふつと湧き出す。そして





「はっはっは!!! 見たか!!! オレ様の強さを!!!」





バカみたいに叫んでいる男への、激しい嫌悪感が、頭を擡げた。
目の前で笑っているこの男が、だいっ嫌いだ。





嫌悪感を全面に現した瞳でナッパを睨めば、彼はその覇気に二、三歩後退く。
それに一歩踏み出したとき。







「うわああぁあああーーーーー!!!!!」







悟飯が、突然叫んだ。
振り返ったの目に入った息子の姿は、血が出るんじゃないかと思うほど強く、強く拳を握りしめ、暗い炎を宿した瞳で目の前の大男をひたと見据えていて。



その瞳の色に、は息を呑んだ。
それは、怒りなんて甘いものじゃない………これは、「憎い」という黒い感情だ。





膨れ上がる感情が、精神を支配していくのがわかる。
比例して増していく、気の力。
渦巻く気の中心に立つ、そのすごいエネルギーとはあまりにアンバランスな、小さな身体。





反射的に、手が伸びた。
このままじゃ、いけない気がした。
直感的に、止めなきゃならないと思った。





「悟飯!」



今すぐ抱きしめて、憎悪に歪んだ心の闇を拭い去ってあげたかったのに。






手が届く一歩寸前。
ベジータが再度を捕獲する。
ハッと、我に返ったように自分を見る潤んだ瞳を一瞥してから、掴んだ腕を今度はすぐにほどけないよう、後ろに回して引き寄せる。少しでも動けば腕が折れるよう掴みあげ、その苦痛にゆがむ整った顔を見て、ベジータはにやりと笑う。



「なに笑ってんの!? 今忙しいんですとっととその手を放せこのチビ!」

「ふ、まあ見ていろ。面白いじゃないか、おまえの息子。戦闘力の数値が異常に上がっているぞ。ナッパくらいなら倒せるんじゃないか?」

「――――――そういう問題じゃない。こんなの、悟飯じゃないっ! てか、顔が近すぎ気持ち悪い放せ!!!」

「逃げたければ自分でなんとかしてみろ」



ふん、と勝ち誇ったように唇の端を引きあげるベジータと、ぎゃんぎゃん噛み付く



そんな会話をしている間にも、悟飯の憎悪の気は膨らんでいて。
その上、母親が捕まったことなど、感情に支配された悟飯は気づかない。







そのまま激しい感情を爆発させた。
両手に自分の限界をはるかに超えた気を集中させ、憎しみの黒い炎を宿した瞳でナッパを射抜く。





「魔閃光!!!」





叫ぶと同時に放たれる、ものすごい威力のエネルギー波。
すべての力を凝縮したその波が、まっすぐナッパに向かっていく。






憎しみの感情で、ここまで力を引き出せるなんて……。
苦痛のなかで息子の小さな身体と鋭い横顔を見つめるの胸に広がるのは、焦燥感と、やるせない思い。

優しい悟飯に、こんな風になってもらいたくなかった。
こんな感情、味合わせたくなかった。
―――――――――ごめんね、悟飯。










しかし。
悟飯のすべての想いが詰まった『魔閃光』をナッパは殴りつけ、軌道を外して弾いてしまった。



「チビのクセにすげえことやってくれるじゃねえか…。腕がちょいとしびれちまったぜ……」



へっへっへ、と笑いながら弾いた腕を押さえるナッパを、呆然と見る悟飯。
悟飯の気持ちを察し、張り裂けるほどの痛みを感じる胸にぐっと拳を握るの耳に、ベジータの装着したスカウターの機械音が入ってくる。



「戦闘力がガクンと減った。どうやら、今ので力を使い果たしてしまったらしいな……」



ベジータの哂いを含んだ言葉通り、悟飯は地面にガクリ、と膝をつく。
そこにゆっくりと向かう、ナッパの巨体。
それに気づいたが、再びその腕を振りほどこうと強い抵抗を始めた。





「悟飯……悟飯っ!!!」





逃げる力も、もう残っていないのだろう、悟飯は地面を見つめたまま、顔を上げない。
助けなきゃ、と振りほどこうとするが、身を捩るたびに激しい痛みを伴う、腕。
でも、もう、そんな痛みに構ってる場合じゃないっ!





「無駄だ、もう二度と放しはしない。よく見ておけおまえの息子の、最期だぞ」




抗う腕を強く掴み直し、苦痛に歪むに向かう、ベジータの嘲笑。
は燃え盛る炎のような瞳でその嘲り笑う顔を鋭く睨んだ。
その威圧的な覇気に、ベジータは一瞬たじろぐ。




「………殺らせるもんか。悟飯を守るためなら、腕の一本や二本、くれてやる!!!」





掴んでいたその細い腕が、グキ、と鈍い音を立て、自分の手を離れた。
手に残る、確かに彼女の腕が折れたという感触に、ベジータが自分の拘束から抜け出したに目をやれば。





「く……ぅ。痛く、ないっ!!!」





強い、声。
信じられない。他人のために、どうしてそこまでする必要がある?
しかし……そこまでできる彼女の精神に、正直感服している自分を感じてしまい、ベジータはひとつ頭を振った。



流されてはならない、と自分に言い聞かせているベジータのことなど露知らず、当のは今にも悟飯を踏み潰そうとしているナッパに、その燃えるような視線を走らせて。





「いい加減に、しろ!!!」
「な!?」





バキィ!!!
ナッパの後頭部を豪快に蹴り飛ばし、足を振り下ろす寸前に不意打ちを食らったナッパは勢いよく吹っ飛ばされた。

で、体制を整えて攻撃する余裕もなく、ましてや腕を一本折られたような状態で攻撃したため、勢い余って自分も地面に倒れこんだ。





脈打つような痛みを訴えてくる腕を押さえ、身体を起こしたの目に、数メートル先に転がっているナッパの姿がまず目に入り。それから、膝をついていた悟飯の生存確認をするべく振り返ったは、その光景に一瞬目を見開き。
そして………それから空を見上げて、泣き出す一歩手前のような笑顔をその顔に浮かべた。










悟飯は、筋斗雲の上に、いた。

自分がナッパに攻撃を仕掛けるのと同時に、筋斗雲が悟飯を乗せていたのだろう。






「き………筋斗雲………?」






悟飯が呆然と小さく呟き、それから、儚げな笑みを浮かべている母親の視線を追って空を見上げ、ゆるゆるとその顔に笑顔を上らせる。



それまで倒れていて身動きひとつ取れなかったクリリンも、気力を総動員して上空を見上げ。





「ご……ご……悟空……………っ!」





待ちわびていた人物の名前を、搾り出した。















スタ、っと静かに地上に降り立つ悟空は、広くまわりを見渡す。
生きているのは、悟飯と、、クリリン、そして、サイヤ人と思われる見慣れない二人。

目の前のサイヤ人に対して、そして、間に合わなかった自分自身に対して、湧き上がってくる怒りの感情。



「悟……悟空……っ! ま……待って、たぞ…………っ!」

「お、おとうさん………っ!」


クリリンと悟飯が、泣き出しそうな笑顔で自分を迎えてくれていて、でも。






「ごめん……なさい…………」






深くうつむき、涙を滲ませて呟く、
強く自分を責めているその様子に、悟空は彼女の頭にポン、と軽く手を乗せた。



「がんばったな、



はじかれたように顔を上げたの瞳から、見る見るうちに涙が溢れてくる。





「……がんばってなんかない。がんばれなかった! 目の前で、ピッコロさん殺されて……悟飯が憎しみに染まっていくのわかってるのに何もできなくて………わたし……わたし、なんのために…………っ!」

「もういい。もういいから、後はオラに任せとけ」





ぎゅっと抱きしめたその華奢な身体。
小刻みに震える肩と、あり得ない方向に曲がっている細い腕。










―――――――――許せねえ。



仲間たちを殺したことも、大切な彼女をこんなふうに泣かせたことも。















ふつふつと燃え滾ってくる怒りに、悟空は今、必死に耐えていた。





















ちょっとばかし、シリアス入りました。。。
原作沿いの難しさを痛感した、今章(−−;