顔を近づけただけで「気持ち悪い」と言われたベジータ。
口説き文句に「キモい」と言われたナッパ。
なのに。
自分たちに超絶全面拒絶反応を起こした彼女が今、最下級戦士のカカロットの胸になんの抵抗もなく顔を埋めている。
―――――――――許しがたい光景、あるまじき由々しき事態。
専ら、そんなどうでもいいところに「「何故だ!!!」」と怒りを覚えているサイヤ人たちのことなど、当のはすっかりアウト・オブ・眼中どころか、今や頭の端っこにすらすでにない。
泣くべきなんかじゃない。泣いてる場合でもない。
今この場で一番心に傷を負っているのは、悟飯だってわかってる。ここは息子を支えなきゃならない立場なんだから、強がりでも何でもいいから涙なんか見せちゃいけないって。
自分の失態を後悔して泣いてる自分なんか、見せちゃいけないって、わかっているのに。
こんなときでさえ、いとも簡単に自分の虚勢を崩してしまう、温かい腕。
待ち望んでいた人の、柔らかくて優しい鼓動。
その居心地のいい胸に額を押し付けて、は必死に声を殺して泣いた。
第十七章:FAMILY
肩を震わせるの背中に腕を回し、それから目の前に広がる現実の世界に視野を広げ、悟空の表情が険しくなる。
ところどころに倒れている仲間たちからは、すでに気配を感じられない。
なんとか生きているクリリンも身体を動かせるような状態ではなく、ぎりぎりセーフで助けた悟飯も余力は殆ど残っておらず、挙句、本人が望もうが望むまいが自分としては命がけの戦いの場になんか絶対出したくなかったは腕を折られ、今、自分の胸で泣いていて。
これじゃ、いかな温厚な悟空でも、お怒りにならないはずもなく。
むしろ―――――――――ハラワタが煮えくり返る思いだったりするわけで。
「守れなくて……ごめんなさい」
押さえきれない怒りに強く、強く拳を握った悟空の様子を感じ取り、謝罪の言葉を消え入るような声に乗せる。
みんなが死んだのも、悟空が怒っているのも、すべて自分のせいだとでも思っているのだろう。謝罪の言葉をくり返すは、今世紀最大級の自己嫌悪に陥っている様子で。
悪いのはではなく、遅れた自分と、そして何より目の前のサイヤ人のはずなのに、すべての責任をその細い肩に乗っけてしまっているその姿に、悟空はこみあがってくる怒りを静めるために一息ついて、苦笑した。
「が悪いんじゃねえよ。悪いのは、あいつらと」
鋭く睨む悟空の視線の先には、「あいつら」ことサイヤ人二人の姿が。
「それから、遅れっちまったオラ。あと………遅らせる原因作った界王さまだな」
「――――――――――――は?」
ぎゅっと抱きしめてくれたと思ったら、耳元で囁かれた悟空のその言葉に、一瞬目が点になる。
たぶん、自分を責めているに対する慰めの言葉なんだろうけれども。
キッパリハッキリ言い切った最後の「界王さま」という固有名詞に思わず顔を上げれば、そこにあったのはいわゆる「いいことを思いついた」という感じの悟空の明るい表情で。
「……そうだよな。オラとが遅れたのは、元はといえば界王さまのせいなんだ。オラが間に合ってれば、みんなもピッコロも、そして神さまも、死ぬことなかったんだ。な? だからおめえは悪くねえ」
…………確かに。
確かに、蛇の道を通って帰るのには多大な時間がかかることを見落としていた界王さまのせいで遅れたのかもしれないけれど、あれは気づかなかった自分たちにも多少なりとも責任があるわけで。
それに、たとえそうだったとしても、ここまで強くしてもらえたのに、それ以上を望むのもどうかと………。
むぅ、と考え込み、気がそがれたせいで止まったの涙を確認した悟空が、その潤んだ瞳を覗き込み、いたずらっぽく笑った。
「そういうことに、しておこうぜ?」
ウインクつきの、優しい笑顔。
思わずつられて、笑ってしまう。
「…………はい」
こくり、と笑顔で頷いたの頭をひとつ撫で、悟空は彼女を放して、心の中で『悪ぃな、界王さま』と呟いた。
悟空の手、悟空の胸、悟空の温もり。
悟空の存在があるだけで、不思議と負の感情が流れていく。
――――――――――――って。
「はっ!ご、悟飯!!!悟飯は無事!?!?」
悟空の登場と優しい言葉に思いっきり持っていかれてしまった思考が、現実世界に引っ張り戻された。
戻ってしまえば、ずきずきと痛みを訴える腕と、それ以上に痛む胸。
大事な人を目の前で殺された悟飯は、無事なんだろうか………肉体的にも、そして――――――精神的にも。
開放したとたん、悟飯の元へと駆け寄っていこうとするをすばやく捕まえて、悟空は軽々と抱き上げる。
一瞬のことになにが起きたのかわからず、せわしなく瞬きをするの瞳を捕らえ。
「怪我してんだろ? 悟飯のとこまでつれてってやるよ」
「――――――――――あ、で、でも! 怪我してるのは腕で、足はなんとも………」
「いいから。オラが、久しぶりにおめえを抱っこしてえ気分なんだ」
カアァ、と真っ赤になり、慌てて降りようとするの抵抗をあっさりと流して、クスリと笑う悟空の顔に、ますます赤くなる。
こんなときなのに、こんなときなのに、こんなときなのに!!!
なんでわたしの脳の半分は花畑になっちゃってんだろう………(一応母親なので、悟飯を気遣う脳みそも半分は残っている)。
時と場合も考えずのんきに照れてる自分がなんともアホっぽく思えるのだが、悟空の力にかなうはずもく、むしろすでに抵抗する気もない。
そんなわけで、そのまま悟空の腕に身体を預けたに笑顔を向ける。
今はもう、彼女が自分のその笑顔にぜったい逆らえないことを理解している上で笑う悟空に、「笑うなー!」なんて頬の染まった顔を背ける彼女は、やっぱり可愛い、なんて思ってしまうあたり、悟空も悟空だ。
それに、悟空は気づいていた。
を抱きしめていたときからずっと、自分に突き刺さる痛いほどの視線。
…………言わずと知れたサイヤ人たちのもの。
その視線の中に嫉妬が混じっているのを敏感に感じた悟空。普段は限りなく鈍いクセに、ことのことについてだけは鋭いほどの直感が働く。
仲間を殺して妻と息子と親友を傷つけたことだって充分怒髪天を突くほど怒りを覚えるのに、その上に気のある素振りを感じてさらに逆鱗を刺激されてしまった悟空は、自分の行動(彼女を抱き上げたこと)を見てさらに強まる視線のほうをちょっと振り返り。
に、っと、勝ち誇った感を前面に出した爽やかすぎる素敵笑顔を彼らに向けた。
「「あのやろう…………」」
その笑顔は、どう見たって「おめえらじゃ、こうはいかねえだろ?」&「はオラのもんだ」的な勝ち組気取りの笑顔で。
事実、気丈な強い瞳でしか自分たちを見ることのなかったが、抵抗なんか微塵も感じさせることなく他の男(夫だが)に抱き上げられて、殺しそびれたやつらの元へと向かっているその現状。
もし自分だったら、攻撃は軽いが殴る蹴るの暴行行為を受けた上に、あのすばやさで逃げられてしまい、嫌悪感たっぷりの視線を投げつけられること、必至。(←ナッパの想像)
もし自分だったら、力の弱いが抵抗したところでそんなものはまったく感じないが、あんな照れていっぱいいっぱいの可愛い表情は見せてくれないこと、必至。(←ベジータの想像)
………まあ、今までのを見ている段階で、彼女は人妻で、どこがそんなにいいのかは甚だ疑問ではあるが最下級戦士の情けないカカロットに惚れていて、目の前にいるガキを産んでいるっていうのはわかってるのだが。
―――――――――許せないものは許せない。
ゴゴゴゴゴゴ………、とこちらはこちらで怒りのボルテージを上昇させていくベジータとナッパ。
そんな不穏な空気を背中に感じ、相変わらず勝ち誇った笑みを浮かべる悟空。
自信たっぷりな悟空の背中を後ろから飛び蹴り食らわせてやりたい気分で見据える二人は。
「今更のこのこ現れたヤツに、を持ってかれてたまるかよ………」
「そういうことだな。あんな面白い女、なかなかいない」
「カカロットに惚れていようがいまいが関係ねえ。あれは絶対オレのものにするぜ」
「冗談じゃない。あれはオレさまのものだ」
「そりゃないぜベジータ! オレにくれるって言ったじゃねえか!」
「状況が変わったんだ。ナッパよ、あれはおまえよりも強い。力ずくでもおまえがモノにするのは無理だ。違うか?」
「…………くそ」
どうにも、自身が聞いたら大激怒で全否定するような突っ込みどころ万歳な言い合いをしているサイヤ人たちだが。
所詮、弱肉強食の世界に身におく彼らの中では、力の強いものに逆らうことなどできるはずもなく。
彼らの中でははベジータがもらう、ということになってしまったようだ。
しかして、そんな結果が出たなんて露ほども知らず、さらには悟空とサイヤ人たちの敵対意識の中心にいるのがよもや自分だなんてこともまったく気づかない当のはと言えば。
「悟飯、大丈夫?」
自分を抱きかかえ、筋斗雲を誘導しながら倒れているクリリンの元へと歩く悟空の腕から、ひょっこりと顔を出し、筋斗雲の上で放心しているようなわが子の無事を確認していた。
目立った傷はないものの、自分の限界以上の力を気力で引っ張り出した悟飯は、見てからにもう殆ど体力が残っていないし、ちょっと………いや、かなりボロボロだ。
けれど―――――――――生きてる。
生きていてくれたことにとりあえずホッとしたの顔を父親譲りの漆黒の澄んだ瞳に映した悟飯は、その後視界に入った母親の折れた腕に、そっと手を伸ばし。
「おかあさんこそ……腕、大丈夫?」
を見上げる悟飯は、心底心配そうな顔をしていて。
自分がこんなにボロボロなときに、人の腕なんか気にしている悟飯の優しさに、なんだかウルっときてしまう。
「ん、平気だよ。悟飯が無事なら、こんなのぜんぜん痛ッ ―――――――――― くないさ!」
心配かけまいと、が自分の腕をちょっと持ち上げてみれば、ほんの数センチ動かしただけなのに、とたんに走る激痛。
違う意味でかなり涙目になりながらもやせ我慢で引きつった笑顔をその顔に貼り付け、語尾を強めたその言葉に、悟飯と悟空は失笑だ。
「無理すんな、痛えんだろ?」
「痛くない」
「………おかあさん、無理しないほうが………」
「だいじょぶ!!! ホント全然まったく信じらんないほど痛くないって!」
は、痛ければ痛いほど、「大丈夫」が力強えんだよな………。
こうなるとおかあさん、意地でも「痛い」って言わないんですよね………。
かなり必死のムリヤリ笑顔のの様子に、身近で彼女を見てきた悟空と悟飯は顔を見合わせて心の中で呟き。
ハァ、と二人して同時にため息を吐き出した。
そんなこんなで、ぶっ倒れているクリリンの元にたどり着いた親子三人。
悟空がをおろし、クリリンのそばにしゃがみこんで「遅れてすまなかった」と謝罪すると、クリリンは瞳を潤ませて力なく笑ってくれた。
「仙豆だ。みんな食べてくれ。元気になるぞ」
「せんず?」
「ああ。一粒しかないから三人でわけっこになっちゃうけど」
言われて、悟空の差し出したそれをひとかじりして、半信半疑でそうっと腕を動かしてみて、は目を丸くした。
折れて熱を持っていたのに、すでに元通り。痛みもなければ、腫れも引いていて。
「…………嘘みたい。治ってる」
――――そういえば、一昔前に瀕死の重症を負った悟空を一瞬にして直した摩訶不思議な豆があったような……。それがこの『仙豆』なるものなのか、と。
信じられないように腕を曲げたり伸ばしているに笑ってから。
「ホラ、おめえらも」
悟飯とクリリンの口にもそれぞれ放り込めば、倒れていたクリリンはすぐに立ち上がり、悟飯は筋斗雲から飛び降りた。
「………あは。ホント、ミラクルな世界だけど………。悟飯もクリリンさんも、元気になってよかった。ありがと、悟空」
さっきまでボロボロだった二人が元気になったのを見届けて、が心底ほっとしたように顔を綻ばせる。
ほわっと広がる柔らかい笑顔に、悟飯はつられて笑顔を見せ、クリリンは思わず赤面してしまった。
「クリリン、ものすごく腕を上げたな。気でわかるぞ」
悟空に話しかけられ、クリリンは慌ててから視線をはずして彼を見上げ、そこにあった穏やかな瞳に「気づかれなかったか…」と胸をなでおろしてから(何しろ、のことになると悟空はおっかないので)、小さく自嘲的な笑みを浮かべた。
「そのつもりだったけど、ダメだ。あいつらにはてんで通用しない、強すぎるんだ。……みんなを、みすみす死なせちまった……」
グッと拳を握りしめるクリリンを見て、も再度うつむく。
そんな二人に労わるような瞳を向けてから、悟空は悟飯に視線を移す。
一回り大きくなり、暖かい気配はそのままに、強くたくましく成長している息子は、一年前の泣き虫で甘えん坊な子とは別人で。
「悟飯、おめえも見違えたぞ。よく、修行したな」
その姿を嬉しく思い、頭を撫でれば、悟飯はちょっと照れたようにはにかむ。
「うん。ピッコロさんが、修行つけてくれたんだ。でも……ボク、何にもできなかった………」
自分たちを庇って逝ってしまったピッコロの姿を鮮明に思い出し、悟飯の瞳が再び潤む。
今にも泣き出しそうなその顔に、が悟飯をぎゅっとその胸に抱きしめた。
「おかあさん………?」
「何もできなかったなんてことない。悟飯は、すごく頑張ったよ。何もできなかったのは、お母さんのほう。……ごめんね」
ピッコロが死んで、神も死んでしまって。
神が死んでしまったがゆえに、ドラゴンボールも消えてしまっただろうから、殺された仲間たちを生き返らせることもできなくなってしまった。
もちろん、それもいたく重いけれども、悟飯の尊敬する人を見殺しにしてしまったことも、同じくらい重くて。
――――――いっそ、自分が代わりに死ねばよかったのに。
そんなふうに思いつめているの肩に、悟空の手が乗った。
悟飯を抱きしめていた腕を緩め、悟空を見上げると、優しい光を宿すその瞳と目が合って。
目元を和ませた悟空が、ポツリ、と。
「おめえが死んじまったら、オラがおかしくなっちゃうぞ。仲間たち殺されて、こんだけ怒りでおかしくなりそうなんだ。おめえと悟飯がいなくなったら、たぶん、オラは壊れちまうだろうなぁ。だから……おめえたちだけでも、無事でよかった」
悟空の漆黒の瞳の中に、安堵と怒りが交錯していて。
自分が何もできなかったことを取り消すことなんかできないし、罪の意識だって消えないけれど。
その言葉に、心の布石が軽くなったような気がした。
「………おかあさんだって、頑張ってた。ボク、ちゃんと見てました。だから、謝ることなんてない………」
「――――――――――悟飯、ちゃん」
なんて。
なんて優しいんだろう、悟空も、悟飯も。
ダメだ、なんか、ちょっともう。
「お、おい!?」
「おかあさん!?」
ブワッと、湧き出した涙を見て焦って声をかけてきた命よりも大切な二つの存在を視界にとどめ。
「ご、ごめん! ちょ、っと、溢れちゃって…。こんなときになんだけど……もう我慢できません! 二人とも、大好き! 愛してるよ〜〜〜!」
ボロボロと涙どころか鼻水までたらして泣きじゃくりながら、溢れ出す想いをそのまま声に乗せる。
胸を塞いでいる痛みはきっと残るけれど、今はもう、この二人の優しさに甘えてしまおう。
過ぎてしまったものは仕方ないなんて、そんな割り切った考え方なんかできないけれど――――――後悔と懺悔は、目の前の胸くそ悪いサイヤ人を倒してからだって、遅くないから。
「わ、わかったから泣くなよ。ったく、は泣き虫なんだから」
「だって………ふぇ〜〜〜ん!」
「うわ〜〜〜ん! おかあさ〜ん!!!」
焦る悟空、胸いっぱいで泣き止まない、母につられて泣き出す悟飯。
そんなお惚け全開を、この場でやってのけるほのぼの夫婦を前にして。
家族って……いいよな。オレも早く結婚してえ!!!
と、羨望の視線で見ているクリリン。
見せ付けやがって……。ぶっ壊してやるぜ!!!
と、ベジータにを横取りされて(とられてない)苛々マックスのナッパが怒りの矛先をお門違いの悟空に向け。(つまり八つ当たり)
を手に入れるには、カカロットとその息子の存在は、消したほうがよさそうだ………。
殺してしまえば未練も残るまい、と腕組みをして冷静(だろうか?)な判断をベジータが下していたりして。
それぞれの思いの渦巻く中、死闘の再開は目と鼻の先に迫ってきている。
悟空さんとさんが揃うと、どうしてもLOVEにしたくなってしまう私て。。。
変態妄想管理人。(自覚はあるんです、はい;)

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