そりゃ、ね?
仲間を殺してあまつさえ息子まで殺そうとした、ヒゲ面のでかい図体のものっすごくむかっ腹の立つ男に「オレの女」だとか「好み」だとか散々言われて、はっきり言ってウザい以外のなんでもなかったんだけれど。
わたしにだって時間さえあればきっと倒せたであろうその人が、悟空に指一本触れられずに一方的にやられてキレてるのを見て、正直胸がスッとして、「ホラみたことか、わたしの悟空が世界一なんだ!」とか罵声も浴びせちゃったけれど。
そんなナッパさんだったけれど、助けを求めた唯一の仲間に瞬殺されてしまったら。
―――――――――やっぱり、やるせない。
あんまりだ、と、胸が痛くなってしまうわたしは、『甘い』のかな………。
第十八章:お人好しって、悪いこと?
『動けないサイヤ人など、必要ない』
ベジータのその非情な一言と高らかな嘲笑。
ものすごい破壊力の気光波に飲まれ跡形もなく消えてしまった、その巨体。
それが、ナッパの最期。
大爆発の一歩手前で悟飯とクリリンを伴ってジャンプした悟空、そしては、その波に飲まれずに難を逃れたが、一瞬――――――そう、本当にあっという間に、ナッパの気配はかき消されてしまった。
悟空を倒せなくて、ベジータに「情けないヤツ」だと言われて逆上し、何をトチ狂ったかその悔しさのはけ口に悟飯とクリリンを攻撃しようとして、悟空が界王拳を駆使してそれを止めた。
その攻撃で脊椎に大ダメージを食らったのは、まったくもって自業自得………だったけど。
動けるはず、なかったのに。
助けてくれって、言ってたのに。
「な……なんてヤツだ。自分の仲間まで、殺しちまいやがった……………」
呟くようにもれる、クリリンの声と。
なにが起こったのか把握できていない、悟飯の呆然とした顔と。
そして、その気光波の破壊力に、即座にベジータの力量の凄さを感じた悟空の、驚愕した表情。
それが、今の正しいリアクションだって、わかってるけど。
それ以上に、モヤモヤ沸々と頭をもたげるこの感情に、胸が痛くて、無性に哀しくて、やるせない気分に襲われる。
「……、クリリンと悟飯連れて、今すぐ亀ハウスに帰ってくれ」
守りながらの戦いは到底無理だと悟った悟空が、ベジータから視線を外さずに呼びかけたが、当のからの反応が返ってこない。きっと彼女も信じられない力の差を感じて驚愕しているのだろうと思い、隣に浮かんでいるはずのその腕を取ろうとした刹那。
突然、自分の隣からの気配が消えたと思ったら。
次の瞬間には、ベジータの前に立つ彼女の姿が悟空の視界に入ったもんだから。
「っ!」
「げ! ちゃん!」
「え?……て、おかあさん!?」
パンッ!!!!!
「「「っ!!!!!」」」
ついさっき、背筋の寒くなるような攻撃を放った相手に近づいたのみならず、景気よく飛んだ張り手一発。
その乾いた音に、悟空たちは揃って顔色を失った。
「なに考えてるんですか、アナタ。『助けて』って言ってたお仲間さんの声、きこえなかったんですか?」
まさか、そう来るとは思ってなかったベジータが、一瞬なにが起こったのだろうと目を泳がせてから、じぃん、と広がる頬の痛みに顔をしかめる。
「おめえこそなに考えてんだよっ! さっきのこいつの攻撃、見ただろ!?」
ベジータをひたと見据えるの瞳とその低い声に、唖然としている場合じゃない、と焦った悟空が慌てて地面に降り立って彼女の腕を掴んだが。
は、そんな悟空に視線を走らせてから、深くうつむいた。
「………うん、見たよ。見たけどさ……あんまりじゃない! 仲間に殺されちゃうなんてっ! そりゃ、ものっすごく嫌なヤツだったけどでもっ!!! …………酷いよ。可哀想だよ…………」
仲間殺して、悟飯を痛めつけて、本当にだいっ嫌いなやつだったのに。
どう……表現していいのかわからない………けど。
こんな気持ち、間違ってるって思っても―――――――――胸が痛いのは、紛れもない事実で。
「どうして、こんなマネができちゃうの? ずっと一緒に闘ってきた仲間だったんだよね? なのになんでっ!」
「………」
小刻みに震える細い身体と、苛立ちと混乱に染まる、潤んだ瞳。
吐き捨てるような口調に、悟空は労わるようにの腕を叩く。
力の差を感じて驚愕しているものかとばかり思っていたが、彼女の中ではそれよりも、仲間によって殺されてしまったナッパへの同情心と、それから殺したベジータに向けられる怒りのほうが大きかったのだろう。
そんなこと、少し考えればわかるはずだった。
情深い彼女が、ベジータのとった行動にショックを受けないはずがない。
善悪関係なく、黙っていられるはずないのが、彼女の彼女たる所以で。
そんな彼女だからこそ、余計に心配で………こんなに好きで。
「―――――――――……………仲間、だと?」
唇を噛みしめ、わけのわからない苦汁の感情に耐えているの耳に入ってきたのは、含み笑いとそんな呟き。
その声に顔を上げれば、予想してなかったの攻撃で切れた唇の端をこぶしで拭い、クックと肩を震わせて哂っているベジータの姿が瞳に映った。
「ナッパが仲間だと? あんな単細胞のバカが、オレ様の仲間だと? とんだ笑い種だ。使えなくなったから処理した。当然のことだろう」
高らかに哂いながらのその言に、の感情が暴れだす。
イヤ、暴れるというか…どうやら、ドカンと大噴火を起こしたらしい。
「すっっっっごい、嫌なヤツ!!! バカ! アホ! トンマ! あんたは痛くないのかーーー!!!」
「! 落ち着けって!!!」
「放して悟空!!! 一発くらいじゃ足らん!!!」
怒り心頭のわりに、ボキャブラリーの少ない罵詈雑言を吐き、ベジータに無謀にも飛び掛りそうなを、悟空が必死に押さえつける。
しかして彼女をここまで怒らせた当のベジータはといえば、そのお怒り顔を面白そうに眺めながら。
「痛い? ……ああ、おまえの張り手はなかなか効いたぞ」
「ちがーーーう!!! ホントにバカだねっ! ホッペじゃなくて胸が痛まないのかって聞いてんだ!!!」
「わかった! おめえの怒りはよぉくわかった! だからたのむ、落ち着いてくれ!!!」
かなりの興奮状態(?)に陥ったにはもう、相手がどんだけ恐ろしい力を持っているかなんて念頭にも浮かばないんだろうが、悟空的には、さっきの張り手一発が当たったことさえ奇跡的だと思ってしまうわけだ。それだけ、目の前のサイヤ人最強の男との力の差は歴然なのだ。
フシャーーー!と、まさに『毛の逆立った猫』状態の。
感情が爆発すると手がつけられないのを知っての上で、事が事なだけになんとか止めようとする悟空。
そんなふたりを口も挟めず唖然と空から見下ろすクリリンと悟飯。
そしてベジータは。
何故目の前のこの女が、こんなに怒っているのか理解できない。使えなくなれば捨てる、これは彼の日常では至極当たり前のこと。いま自分がやった行為だって、裏を返せば明日はわが身。
所詮、強いものが弱いものを利用するのが世の常だ。そんな当たり前の行為に対して、どう痛みを感じろというのか。
けれども、あの驚異的破壊力を誇る自分の攻撃を見てなお、怯むことなく向かってくるの強い視線と、怒りで高潮した頬に、なぜか胸が高揚するのを覚えていた。
他人事、しかも…敵である相手に同情し、ここまで怒りをあらわにできる彼女は、それこそ『甘い』以外のなんでもなく、くだらないそんな感情に左右されるなんてあまりに馬鹿げてると思うのに、なぜこんなに、興味をそそられるのだろう。
「………ナッパはおまえの仲間とやらを殺し、息子を殺そうとしたヤツだぞ? それを殺してやったんだ。感謝されこそすれ、罵倒される謂れはない」
どうにも弄ってみたくなり、薄く笑いながらそう述べれば、はググッと拳を握りしめてベジータを睨みあげる。
「確かにわたし、あの人嫌いだった。悟空があの人ブッ飛ばしたとき、正直胸がスッとした。だけどね! あの人はあなたが助けてくれるって信じてた! その気持ち踏みにじって裏切って、それで平然としてるあなたって……いったいどんな育ちかたを―――――――――って……………………………………………そっか」
激昂していたが、突然、ストン、と落ち着いた。
そうか、そうなんだ。
この人は、悟空のお兄様と、一緒なんだ。
一緒どころか、そんな星の王子様なんだ。
親も、兄弟も、愛情を注いでくれない星に生まれて、その星なりの英才教育を受けてきて。
きっと、道具同然に扱われて、辛いとか哀しいとか痛いとか、そういう感情を慰めてくれる人もいなくて、だから。
―――――――――こんなに、歪んじゃったんだ。
「…………あなたは、間違った生き方、してる」
両親の愛にくるまれて、悟空の愛にくるまれて、家族にも友達にも恵まれてたことを、思い知る。
そんなわたしには、仲間を仲間とも思えないような生活がどんなものなのかなんて、ただ辛いだろうくらいで想像の域を出ないし、今目の前にいる人の考え方だって、きっと理解できないけれど。
これだけは、譲れない―――――――――この人は、間違ってる。
ポツリ、と呟かれたその一言に、ベジータの眉が上がった。
「このオレ様が、間違ってる?」
バカにしたような物言いに、はしっかりと背筋を伸ばし、そのゆがんだ笑みを浮かべる男の双眸を見つめた。
「そう。あなたがこれまで歩んできた人生そのものが、間違ってるんだ。大体、殺戮を『楽しい』と思い込まされた時点でもう間違ってる。あなたのこれまでは、わたしの中では全部、×点だ」
真摯な瞳、まっすぐに向けられる、その視線。
ベジータはその光の色に、不覚にもたじろいだ。
自分をこんな目で見つめてくれた人間が、いまだかつて存在しただろうか。
「仲間と笑いあったりじゃれあったりする楽しさや、愛したり愛されたりする嬉しさ、知らないでしょ? そういうことが人を殺すことよりも何倍も、何十倍も楽しいって事、知らないでしょ? それは、あなたのせいじゃない。あなたの周りにいた人が、間違ってる人ばかりだったから。でも………そういう楽しさを味わえば、きっとわかる。あなたが間違ってるって」
「くだらん。苦痛に歪んだ顔や、死の直前の虫けらの表情こそが、オレ様の悦びだ。ナッパもいい表情をしていたぜ。それ以外、オレ様を楽しませるものなんて何もない。おまえがどんなきれいごとを並べても、所詮それはただの『甘さ』だ。甘さは人を弱くする。それに、間違ってるのはおまえのほうじゃないのか? オレはおまえの敵だ。お人好しもそこまで行くとただのバカだ」
恐怖、畏怖、憎悪、絶望………そんな目で見つめられることには慣れすぎた。
その目を見るたびに、背中があわ立ち、ぞくぞくするものが体中を駆け巡る。
それが、自分の『悦び』だ。
それ以外のことなど、くだらない。
それが間違いだなんて、思わない……………のに。
目の前の女の瞳は、そんな負の感情など宿っていなくて。
ただただ必死に自分に訴えかけているそこから感じるのは、いたわりと、優しさ。
そんな視線にさらされたのは、生まれて初めてだといっても過言ではなく、どうしていいかわからない。
虚勢を張って言い返してみても、その戸惑いは隠せない。
「バカでいいよ。お人好しって言われるの、嫌いじゃないし、悟空なんか、わたしよかお人好しだし。それに、甘ちゃんだってわかってても、それでも人をいたわる気持ちは忘れたくない。だって、いままで歩んできた人生の集大成がいまのわたしだし、間違いだなんて思わない」
「だったら、オレ様だって間違いだとは…………」
「いいや、あなたは間違ってます。現に、かなり揺れてるじゃん。この状況、どう見たってあなたは悪者で、わたしはいい人だよね? 誰に聞いたってそう言うと思うよ。その時点で、多数決決定。わたしは正しい、アナタは間違い」
キッパリはっきり言い放つ、の言葉が実に腹立たしい。
手を腰に当て、胸を張って笑うその勝ち誇った態度が、本当に癇に障る。
だが一番気に入らないのは…………彼女が言っていることが「正しい」のかもしれない、と思ってしまう自分がいるという、その事実。
自分の生き方を全否定するの言葉が耳障りで、だったらそんなざわざわした気持ちにさせる根源を絶ってしまえばいいのに、彼女を攻撃できない。
―――――――――何故だ。の視線が、オレを狂わせる。
「―――――――――どんな御託を並べても、力が伴わなければ意味がない。おまえが正しいというのなら、力でオレをねじ伏せてみるんだな」
精一杯の強がりを見せれば、は「うっ」と高笑いをやめた。
我に返ってしまえば、口喧嘩ならまだいいが、カラダ張った喧嘩となったら自分がこの王子様にかなうはずもなく。
けれども、自分の言ったことを取り消す気もない。
自分の表情の変化に再び薄い笑みをその顔に貼り付けたベジータを見て、しばしの葛藤の後。
は自分とベジータの言い合いを今の今まで呆然と聞いていた悟空を振り返った。
「悟空さん、わたしとこの人、どっちが正しいと思う?」
いきなり話を振られた悟空は、自分に向けられたの笑顔をまじまじと見つめる。その顔は、もう答えなんかわかりきってる確信犯の笑顔だったが、それでも笑って言ってやる。
「が正しいさ。たとえ誰がなんと言ったって、オラはの言ってることが一番正しいって思うし、信じてっから」
ぽす、とその頭に手を乗せれば、フワンと広がる柔らかい笑み。
この笑顔が見られれば、なんだってしてやると思ってしまう自分自身に、悟空は軽く苦笑した。が。
「ありがと悟空。というわけで」
くるり、とベジータに向き直ったが、再度その顔に挑戦的な笑顔を浮かべた。
「力比べじゃ、わたしには分が悪いので、わたしを信じてくれている悟空が、あなたの相手をします。わたしのすべてを、悟空に賭けます。悟空が負けたら、わたしも負けってことで、煮るなり焼くなり好きにしろ〜」
「お、おい! なに考えてんだよ!?」
「え? そのまんま、言ったとおりだよ? だって悟空、負けないよね?」
小首をかしげて悟空を見上げるの瞳は、「わたし信じてます」オーラが宿っていて。
そんな彼女を見ていると、サイヤ人最強の男が相手で、さっきの攻撃からいっても自分もヤバイかもと思っていたのに、勝ってやらなきゃと、俄然ガッツが沸いてくる。
てゆうか、『わたしのすべてを賭ける』なんて言われてしまったら、意地でも負けられない!!!
グッとこぶしを握りしめてそう決意する悟空と、そんな彼に「がんばってね!」とねぎらうを見て、ベジータは小さく歪んだ笑みをその顔に貼り付けた。
「なるほど………いいだろう。おまえのすべてを全否定して、オレが勝つ」
そう言い放つベジータに、毅然と顔を上げたがその目をまっすぐ見据えて。
「ご冗談。あなたの生き方が間違いだってゼッタイ認めさせてやるから。ね、悟空?」
「あ、ああ、なんだかわかんねえけど………おめえが賭かってたんじゃぜってぇ負けらんねえからな」
悟空は悟空で、全否定だとか間違いだとかの言い合いはよくわからないが、はゼッタイ渡さないと、そこが問題でギラリとそのいつもは穏やかな瞳をぎらつかせ。
それぞれの意地がぶつかり合い、決戦は目前に迫っていた。
悟空VSベジータ!
このシーンのセリフは、全部言えます。
そのくらい何度も見ましたー!(オタク;)

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