『みんな、生き返るかもしれない』
そんな、意味深なクリリンの言葉を胸に、悟空はベジータを伴って戦う場所を変えた――――――散っていった仲間たちの体を、これ以上傷つけないために。
二人の消えていった方向をじっと見つめるクリリン、悟飯、そして。
声もなくその背を見送って、重苦しい空気が漂うこと約数分。
「…………よし! んじゃ、クリリンさん、悟飯と一緒にカメハウスに帰ってね」
突然、意気揚々とした声が響き、反射的にそちらに顔を向ければ、そこには、ニコッと可愛らしく笑うがいて。
思わず、状況を忘れてその笑顔にドキリとときめくクリリン……じゃなくて。
――――――今、なんと?
「……………………は?」
すっとぼけた声を漏らすクリリンと、びっくり顔の悟飯を見渡してから、は自分の頭に手を置いてテヘヘ、と苦笑した。
「やっぱ、ダメ。このまま帰れない。わたし、悟空の加勢に行くよ」
「な………なに言い出すんだよちゃん! 悟空にすべてを賭けるって決めたんだろ!? 今悟空のところに行ったって、アイツを困らせるだけだってわかってるよね!?」
「わかってるけど、でも! じっとしてられないよ。ごめん、クリリンさん。わかってても、このままわたし、帰れない。わたしは、行く」
きゅ、っと拳を握りしめ、はしっかりと顔を上げる。
それから悟飯に視線を移し。
「ごめんね、悟飯ちゃん。おかあさんは、おとうさんを助けに行く。悟飯は、クリリンさんと一緒にカメハウスに帰って」
「でも………おかあさん…………………」
「ふたりとも生きて帰るために、行くんだよ? 絶対勝ってみせるから、必ず二人で帰るから。だからお願い。待ってて」
まっすぐに悟飯の目を見つめて伝えると、悟飯はやがてこっくりと頷いた。
「じゃ、行ってきます」
スク、っと立ち上がって、空を見つめるその横顔には、決意と覚悟の色が滲み出ていて。
クリリンも悟飯も、その強い瞳に気圧されて、彼女を止めることができなかった。
第十九章:自分らしく
一方、悟空とベジータは、人も動物もいなさそうな荒野に降り立ち、対峙していた。
「なるほど…。ここをきさまの墓場に選んだわけか………」
唇の端を吊り上げて、ベジータがバカにしたように悟空を見る。
きさまのような下級戦士(=悟空)が超エリート(=ベジータ)に遊んでもらえるんだから喜べだとか、生まれてすぐ戦士の素質を検査したときに数値の低いクズ野郎がきさまのようにたいした敵のいない星に送り込まれるのだとかと、とうとうと説教をたれ、自分を見下して哂うサイヤ人最強の男は、嫌なヤツそのもの、悪役そのものだけれども。
事実、その戦闘能力の高さはさすがに威張るだけのことはあるし、多くの戦歴を積んでいることだって想像に難くない。
「要するに、きさまは落ちこぼれだ」
そう静かに言い放つベジータの瞳を、悟空は真っ向から見返した。
「そのおかげで、オラは地球に来れたんだ。感謝しなきゃな。それによ………」
口元に不敵な笑みを浮かべ、悟空はベジータに挑戦的な視線を送る。
「落ちこぼれだって必死で努力すりゃ、エリートを越えることがあるかもよ」
「落ちこぼれなんかじゃないよっ! なんでそう穏やかかな悟空! ちょっとは怒れ!!!」
「「―――――――――???」」
男ふたりの会話に、突然割って入った高く澄んだ、怒声。
いるはずのないその人物の名を声に乗せたのは、今にも衝突しようとしている相手とほぼ同時。
「なんで、おめえがココに………」
「そんなことより!」
何故カメハウスに帰ったはずのがこの場にいるのかと問いかける悟空に返ってくるのは、どうやらいたくご立腹らしい彼女の凛と響く声で。
「言うに事欠いて、悟空が落ちこぼれ? 信じらんない何この人! あああもう腹立たしいっ!!! ちょっとなんとかしてよこのイヤな気分っ!」
自分が言われたワケでもないのに、激昂して腹立てまくるの様子を呆然と見やってしまっていた悟空は、次の瞬間ハッと我に返った。
「! なにやってんだよおめえ! 早くカメハウスに帰れ!!!」
「やだ!!!」
「な………っ!?」
普段は素直でいい娘なのに、時たま顔を出す超絶的に頑固な。
本日の「やだ!!!」宣言は、まさにその困ったワガママ頑固ちゃんに変貌した彼女だ。
キリ、と自分をねめつけてくるその瞳には、強い光と意思が宿り、こういうときの彼女はゼッタイに引かないということを幾度となく思い知らされている悟空は、こんなときに、と顔をしかめた。
「だっておめえ………さっきオラに全部賭けるって言ったじゃねえか! なあ、ベジータも聞いたよな?」
「あ、ああ」
こうなってしまったと言い合っていても先は見えないこともこれまでの経験からよぉくわかっている悟空が思わず敵であるベジータに同意を求めれば、突然のの登場で呆気に取られていたところに唐突に話を振られたベジータはこちらも思わず頷いた。
そんなふたりについっと視線を走らせてから、はでこっくりと首を縦に振って。
「うん、確かに言ったね、力じゃ分が悪いから悟空にわたしのすべてを賭けるって」
「じゃあ―――――――――」
「で・も。わたしの全部は悟空に賭けるけど、わたしが手を出さないなんて一言も言ってないしー」
可愛らしく小首をかしげ、そんなことをのたまってくるに、悟空はもう、唖然とするしかない。
「コイツの相手はオラがする、とも言ったよな・・・・・・・・・?」
ベジータを指差して呟くように漏れた悟空の声に対しても、はまったく動じず。
「悟空がするって言ったけど、悟空だけがする、とは言ってない」
ふふふん、と鼻で笑いながらさらりと言葉を返す。
どうやらマジで、この場所から動く気はまったくもってないらしいその様子に、悟空は頭を抱えた。
彼女がいては、危険なのだ。
そらもー、いろんな意味で危険なのだ。
なにせこれから闘う相手は、自分をはるかに超えた実力の持ち主で、無理をしなくてはゼッタイ勝てないことが目に見えている。当然、闘いながら彼女を守りきる自信なんて、ない。
それに加え、その自分よりもはるかに強い相手は、自分の命よりも大切な目の前の彼女を自分のものにしようとしているのが見え見えな態度なのだ。
それなのに、ああ、それなのに――――――反抗的なの態度。
が自分のすべてをオラに賭けるっつったから、死んでも負けらんねえって思ったのに。
………いや、どっちにしたって、と悟飯を守るためには、死んでも負けらんねえんだけど。
とにかく、どうあっても、がたとえ納得しなくたって、ココから遠ざけなくちゃならねえのは確かなんだ。そうしねえと、ホントにヤベえんだ!
胸の内で悟空が葛藤している最中、ベジータがを見て可笑しそうに笑い出した。
「はっはっは! まったく面白い女だ。ますます気に入った。よ、おまえはオレ様がいただく」
「…………は? 何考えてんのバカじゃないの? わたしは夫も子供もいる身なんですけど」
ナッパに引き続き何を言い出すんだろう、といぶかしげに目を細めながらが言い返せば、ベジータはその冷たい瞳に不穏な光を宿し。
「ふん、おまえの目の前でカカロットのやつを殺してやる。その後は、おまえの息子だ。そうすれば、未練も残らんだろうし気も変わるだろう」
その言葉と冷笑に、は一瞬身じろぎ。
それから、にっこりと、それはもうにっこりと、目だけはゼンゼン笑っていない笑顔を披露した。
「――――――ブッ飛ばすよ? そんなこと、絶対させない」
強い瞳、強い意思。
どう転んだって彼女が自分をブッ飛ばすなんて不可能なはずなのに、その不穏な笑顔に何故か背筋が寒くなるのを感じる。
けれども、何故この女の瞳は、自分を気圧すほどの眼光をたたえているにもかかわらず、憎しみに染まらないのだろうか。
実際に殺してみせれば、彼女の負の感情を見れるだろうか。
「おまえは、非常に興味深い。必ずオレ様のものにしてやる」
クク、とのどで笑いながらそんな彼女を見返してみれば、意味不明理解不能と顔に書いてあるような彼女の視線とぶつかった。
「え〜と、ですね? まずそういう事は起こりません」
「何故だ? カカロットが負けたら、煮るなり焼くなり好きにしていいんだろう?」
「悟空が負けないように、わたしは今ここにいるんです。それに、コブ付きのわたしなんかより、この地球にはステキで可愛い女の子がたくさんいますよ〜? 壊しちゃったらもったいなくないですか?」
ちらり、と上目遣いにベジータを見上げ、含み笑いを漏らす。
女なら誰でもいい、と思われたことに憤りを覚えるベジータ。
ただ可愛いだけの女なら、こんなに気になりはしない。
負けん気の強いその態度と、強い意思を宿した瞳にまず目を引かれ、カカロットの女だからということもあって興味を持った。
悪戯にそんな彼女を屈服させてやりたいと、最初はそれだけだったのに。
投げかけられた彼女のいたわりと優しさの入り混じった視線は、認めたくはないが、胸に心地よく。
しかして、そんなふうに感じてしまった自分が許せない。
だからこそ―――――――――負の感情に染まったの瞳を見て、いつもの快感に浸ることで、ざわついた自分の気持ちを落ち着かせたい。
「………地球の女なんぞに興味はない。オレ様はただ、の絶望や憎悪に満ちた瞳が見てみたいだけだ」
薄い笑みを貼り付けた冷笑に、ゾクリと背筋があわ立った。
怖いとか、そういうんじゃなくて。
(ナッパさんはMだったけど………ベジータさんは絶対間違いなくドSに違いない………っ!)
とまた、そんな余裕こいたことを思っているであり。
そんなとベジータの会話をなんとなく口も挟めず聞いていた悟空は、ベジータの裏のある冷笑を見て黙っていられるはずもなく、の腕を強く引いて自分の背中の後ろに隠すように押し込めて。
いただくだのモノにするだのとほざいていたベジータを鋭く睨んでから、くるり、とを振り返った。
「いいから帰れ! おめえがいると闘いづれえんだよ!」
「やだ!!! ここにいたいの悟空がカラダ張らなきゃならないのわかってるのに見えないところで無事を祈るだけなんてできるワケないじゃん!!!」
「余計な心配すんな! オラはでぇじょうぶだ。だからおめえはこっから離れててくれ!」
「いやだったらいや!!! やだやだやだやだやだーーーー!!!」
駄々っ子登場。
自分の我を通すため、はぶんぶんと頭と手を振り回し、大反抗を試みる。
悟空を困らせていることは百も承知。
でも、譲れない。
ワガママな自分をもてあまして、どうしたもんか、と考えているような悟空の顔を見上げ、はひとつ息を吐いた。
「ね、悟空。わたしが悟空一人に全部任せておとなしく帰るなんて、本気で思ってた?」
ポツリ、と落とされた問いかけに、悟空は戸惑うように顔を上げる。
は優しくて可愛くて素直で、でも――――――自分をしっかり持っていて。
雰囲気や外見だけ見たら流されやすい感じで、事実、基本的には受身だけれども、自分の意志や想いは、決して曲げたりしない。
そこが厄介なところでもあるわけだけれど………そんな彼女だからこそ、ここまで自分を虜にしてしまっているわけで、そんな彼女だからこそ……ここでハイそうですかと帰ることなんて、あり得ない、と、今更ながら思ってしまう。
それでも。
「それでもオラは………おめえに帰ってもらいてぇ」
守りたい。
怪我させたくない。
傷つけるなんて、もってのほかだ。
「オラとあいつの力の差は開きすぎてる。だから、かなり無理しねぇと勝てねえと思うんだ。無理してるオラ見たときのおめえを思うとさ………帰ったほうがぜってぇいいんだ」
訴えかけてくる悟空の表情が、言葉より多くを語っている。
でも、それでも、悪いとは思っても、もここで引くわけにはいかなかった。
「わたしは、どんなに邪魔だって言われたって、どんなに危険だってわかってたって、悟空のそばにいたい。悟空が、命をかけて戦ってるってのに、このわたしが自分だけ安全な場所でじっと待ってられると思う? わたしはそのほうがずっと苦しいし辛いよ。だからわたしは、ここにいる。じゃないとわたし、一生後悔する」
見殺しになんて、できるわけない。
悟空は、自分よりも大切で、命に代えても守りたい人なんだから。
それに、ここで悟空が負けるようなことになったら、もう誰もこの世界を救えない。
そんなことになったら、同じく大事な悟飯の命だって……………
「信じてないわけじゃない。でも………ピッコロさんと闘ったときとは状況がぜんぜん違う! あのサイヤ人の人と悟空の力の差、わたしから見ても、すごく開いてるのわかる。わたしは、悟空と悟飯を守るために強くなりたかった。ここで悟空の肩にすべて乗っけちゃって一人で帰るなんて……そんなの、悟空に『死ね』って言ってるようなもんじゃない!もう二度と、失いたくないの。だからわたしは、悟空と一緒に闘うっ!」
グッと拳を握りしめ、胸の内のすべてをぶつけてくるの言葉。
まっすぐなその瞳は、高ぶった感情のせいで潤んでいて。
何のことはない。
結局は、どっちもどっち。
想いはまったく同じで、どっちも自分の伴侶と大事な息子を失いたくはなく、どっちも、傷は最小限にとどめたいのだ。
「………まったく。言い出したらきかねえんだから」
「うん。わたしらしいでしょ?」
ひとつ首を振って苦笑交じりに出た悟空の言葉に、間髪いれずにが答える。
すがすがしいまでのわがままっぷりは今も昔も変わらず、それは確かに彼女らしく。
どんなにどんなにどんなに言ったって絶対に我を通すだろうと半ば諦めのような感情に従い、悟空は確認するようにの瞳を覗き込んだ。
「しょうがねえ。オラ無理するぞ? わかってんだな?」
「おう、わかってるさ。悟空が無理するなら、わたしだって同じくらい無理してあげるよ」
まっすぐに悟空の目を見て、びっと親指を立ててやけにオトコらしく頷く。
「生きて帰るよ。悟飯のために。約束したんだから、二人で必ず帰るって」
「ああ、あたりめえだ。わかってるさ」
に、と二人して笑いあい。
それから、高みの見物を決め込み、自分たちを見下し口元に歪んだ笑みを貼り付けているベジータに、同時に視線を送る。
「覚悟はいいな?」
「OKっす」
バチリバチリと交わり衝突する視線と視線。
命は賭けても、絶対捨てられない。
悟飯のためにも―――――――――お互いのためにも。
目の前の最悪の強敵を前にして、高まる戦闘意欲のままに、気を開放した。
ワガママなヒロインにいつも負けっぱなしの悟空さ…

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