「悟空、悟空ーーー! 悟飯ちゃんがいないよどうしよーーー!!!」
今日も今日とて、孫家の朝は賑やかだ。
賑やか、というか…いつも騒ぎ出すのは奥様の孫・21歳。
本日は息子の孫悟飯・4歳が行方不明(?)になったらしく、おろおろうろたえ夫を捕まえて大騒ぎ。
「まあ落ち着けよ。そんなに遠くへは行けねぇだろ? オラちょっと探してくる」
よくもまあ毎朝毎朝騒ぎのネタが尽きないもんだ、なんて思いながら、どうどう、との肩をポンポン叩くのは彼女の夫で孫家の主である孫悟空・23歳。
「そ、そうだよねっ! いないいないと騒いでたって仕方ないよねっ! よし! わたしあっち探すから、悟空はそっち探してきてねっ!」
「ちょ、ちょっと待てよっ! おめぇ一人で行ったら迷子に………あ〜あ、行っちゃった」
極度の方向音痴を誇る(?)は、思いついたら即実行!!! と、息子を探すべく走り去ってしまって。
これじゃ結局、悟飯もも探す羽目になるな、と軽く失笑する悟空。
そんなわけで、三人三様入っていった森の中では、朝露を載せた木々の葉が朝日を反射してキラキラ光り、朝の空気は今日もいつもと同じく澄んでいる。
そんな爽やかで気持ちのよい朝の森のなかで、それぞれの場所でそれぞれに声を上げる親子三人。
――――――この事態を招いた張本人の悟飯は、森の中でお約束どおり迷子になっていて、べそをかきながらトボトボと歩を進め。
「おとうさ〜ん! おかあさ〜ん!」
――――――そしてそれを探すべく後先かえりみずダッシュを決め込んだ少し…いや、かなりあわてモノのが、ようやく自分の所業がかえって余計な面倒を起こしてしまうことに気づき、こっちはこっちで半泣きだ。
「どうしよう……迷っちゃった。悟飯ちゃ〜ん! 悟空さ〜ん!! どこ〜〜〜!?!?!?」
――――――さらに、可愛い息子ひとり探せばよかったものを、パニックを起こして走り去った可愛い嫁まで探す羽目になった悟空が筋斗雲を駆使して上空から。
「お〜い、悟飯〜! 〜、どこだ〜〜〜!?!?」
とまぁ、いつものごとく珍騒動が始まった。
第一章:お出かけ前の一騒動
ハタチを越えたのに、しかも一児の母なのに、どうしてわたしはこんなにもアタマが成長しないのか。
成長しないというか……人間なのに、学習能力が充分に働いていないんだろうか?
むしろ――――――人間ではないんだろうか??
未だに先を見通すことのできない落ち着きのない自分が思いっきりアホに思えて、はドドンとへこんでしまっていたが、そこはそれ。前向きな彼女のことだ。
「わたしがアホなのは、今に始まったことじゃないっ! それに、迷ったって別に問題ないじゃん。悟飯さえ探し出せばいいわけだし!」
がっつりと拳を握り締め、力強く宣言してうんうん頷くその言葉は、前向き、というよりは開き直りに近い。
母は強し(?)だ!
「ごは〜ん! 悟飯ちゃ〜ん! お返事してくださ〜いっ!」
大声で呼びかけてから、耳を澄ます。
でも、返事どころか泣き声さえも聞こえない。
四歳の子供の足でそんなに遠くにいけるなんて考えられないのに、返ってこない返事には手にいやな汗が滲むのを感じた。
「悟飯ちゃん……返事、してよぉ………」
心配で心配で、思わず涙声になりながら周りを見渡したの目に、きらりと光るものが映った。
それは、悟空がちょっと前に見つけてきた宝株――――――ドラゴンボール。
星の四つ入ったその珠は、悟空の祖父・孫悟飯の形見の品だとは彼に聞いていた。
悟飯ちゃんの名前をもらったその方の四星球を、は息子の帽子に飾りとしてくっつけておいた。
その四星球が、茂みの中をゆっくり移動しているのを見て、今にも泣きそうだった不安げな顔を一転、パッと笑顔を花開かせて。
「悟飯ちゃん! よかったっ、無事だったんだねっ!!!」
「グアウッ!!!」
茂みに飛び込んでぎゅっと抱きしめたその感触と、その獣じみた悲鳴に、の目が点になる。
なんだか自分の息子は、ちょっと見ないうちにずいぶんと毛深くなったようだ……。これはこれで、ふかふかして気持ちいいけれど――――――――――――って。
「うっぎゃーーーーーー!!! サーベルタイガーさんっ!? な、なんでうちの子の帽子かぶってんの!?!?」
ギュウッと力いっぱい抱きしめたその物体の顔を覗き込めば、そこには鋭い二本の牙を光らせ、涎をたらしている獣が、の熱い抱擁によって窒息寸前で白目をむいていて。
人違い、というのかどうかはわからないが、とにかく勘違いだと認識してパッと手を離して開放したそのサーベルタイガーが、悟飯の被っていた帽子をなぜか自分のもののように身につけていることに疑問を抱き、次の瞬間、はさぁー、っと蒼褪めた。
「ま、まさか………まさかアンタ…………悟飯食べちゃったんじゃ、ない、でしょうね………………………」
最初こそ、自分を絞め殺そうとした(注:彼女にそんな気は毛頭ありませんでした)をにらみ上げ、グルルルルと低く唸っていたサーベルタイガーだったが。
低く呟くその声と、寒気がするようなその殺気に気圧されて、しり込みをして二、三歩下がったとき。
シャッ、とその殺気を放つ人物が視界から消えたと思ったら、次の瞬間ヘッドロックをかけられて、逃げるどころかまったく身動きの取れなくなったサーベルタイガーに。
「逃げるなっ!!!質問に答えなさいっ!!!!!その帽子、どこで手に入れたの!?!?悟飯はどこ!?!?答えないなら―――――――――サバいてやるからっ!!!!!」
相手は、獣。すなわち、言葉を話すなど不可能。ゆえに、の質問に答えるなどできるはずもない。
だが……そんな常識的なことなど、息子の命がかかっているいまのの念頭にも浮かばず、空恐ろしいことを口走る。
命の危機を夙に感じたサーベルタイガーはもう、これぞ死に物狂いだというような勢いで大暴れするが、我を忘れているのバカ力にただの獣がかなうはずもない。
「こらっ、暴れないでさっさと答える!!! 悟飯のこと、食べてないよねぇ!?!? ごはんはごはんでも、悟飯ちゃんはご飯じゃないんだからねっ!!!」
めちゃくちゃに暴れる獣を押さえつけ、またどこかずれたような物言いをするだが、言ってることはおかしくとも彼女は必死も必死、大真面目だ。
そんな不毛な質問攻めに合い、哀れサーベルタイガーは意識が遠のくのを感じていた………。
一方その頃。
上空から二人を探していた悟空はまず、川でおぼれかけていた悟飯を見つけて助け出した。
「うわ〜ん、おとうさ〜ん! 怖かったよぉお〜〜〜!」
泣きつく悟飯を抱きとめて、「無事でよかった」と安堵してからその頭を撫でて、ふと気づく。
「あれ、悟飯。おめぇ、帽子なくしちゃったんか?」
じっちゃんの形見の四星球を見つけて持ち帰ったら、が「悟飯ちゃんの御守りにしようね〜」と言って器用にくっつけてくれたその帽子を、悟飯はとても喜んでいつも被っていたのに、ついさっき助け出した悟飯の頭にその帽子がない。
不思議に思って悟空が聞けば、やっと泣き止んだ悟飯がまたクシャリ、と顔をゆがめた。
「さ、さっきね、おっきいサーベルタイガーさんがね、ばぁって出てきてね、ボク、ボク怖くて………死んだフリしたの!!!」
「死んだフリ???」
グッと拳を握って力強く言い放った息子の言葉に、悟空はことりと首をかしげた。
目の前に、多分悟飯にとってはものすごく恐ろしい獣が現れたら、普通死んだフリする前に逃げないか???
そうは思ったものの、聞き返した自分の言葉に必死にコクコク頷いている悟飯を見て、悟空はとりあえず先を促した。
「そんで?」
「それでね、ばたって倒れて目をつぶってたらね、そのタイガーさんが、ボクの帽子取っちゃったの〜〜〜!!!」
うわぁんっ! と泣き出す息子の頭をポンポンとたたくと、悟飯はしゃくりあげながら悟空を見上げて。
「でね、でね! ボク、頑張って走って追いかけたんだけど………やっと追いついたと思ったら崖から落っこっちゃってね、帽子取り返せなかったの!!!」
ひっくひっくと途切れながらも状況を説明する悟飯に、悟空は軽く苦笑した。
悟飯は臆病で甘えん坊だけれども、いざって時にはさすがに悟空との子供だと思わせるような力を発揮する。
普段はに似たのか戦いを好まず、悟空が鍛えようとしてもやりたがらなくて、家の中で図鑑を見て目を輝かせてたりする悟飯。
そんな感じでろくに修行もしていないのに、4歳の子供の足でサーベルタイガーに追いつくとは。
絶対、鍛えたらすげぇ武道家になるのに、と、バトルマニアの父親は少し残念に思いながら、「よしよし」と悟飯を撫でた。
「頑張ったな、悟飯。でぇじょうぶ、父ちゃんが取り返ぇしてやっから」
にっと笑いかければ、パッと笑顔になるわが子。
可愛い。
自分にそっくり、というかむしろ、小型悟空のような顔の悟飯だが、こんな雰囲気はどことなくを思わせる。
――――――――――って。
「あああーーーーー!!!! そうだ忘れてた!!!」
「ど、どうしたのおとうさん!?」
いきなり大声を上げた悟空に、悟飯はびくんと肩を震わせてその顔を見上げる。
そこにあったのは、普段あまり見たことのない焦った父親の姿。
「が、母ちゃんがな、おめぇを探すっつって森ん中に入っちゃったんだ」
「おかあさんが?」
「ああ。多分おめぇと同じ迷子になってっから、さっさと探してやらねえと!」
「たいへんだ〜、おかあさん、泣いてないかなぁ…」
心配そうに眉を下げる悟飯を見下ろし、悟空は苦笑した。
「母ちゃんは泣き虫だったけど、最近はずいぶん強くなったからなぁ。でぇじょうぶだろ」
泣きそうな悟飯に心配かけまいとそうは言ったが、実際問題悟空だってもしかしたらが泣いてるんじゃないかと気が気ではなかったりして。
確かには悟飯を産んで、「もっとしっかりしなきゃ、もっと強くならなきゃ」と自分に言い聞かせているような節もあり頑張ってはいるけれど、はっきり言って内面はあまり変わっていないように思える。
それに加え。
なんだか最近、夜になるとなにかに怯えたような、不安そうな顔をすることが多くて。
どうしたと聞けば、わからない、なんでもない、と言う。
それはなにかを隠しているとか、そんなふうではなくて、本当になにがそんなに不安なのか自分でもわかってない様子。
「おとうさん! 早くおかあさん見つけにいこうよ!」
グイッと悟飯に腕を引っぱられて、悟空ははっと我に返る。
「あ、ああそうだな! 行くぞ!」
「はい!」
考えるのは後だ。
ともかくいまはを探さなければ、と、悟空は押し寄せる思考の波を遮り、筋斗雲を上昇させた。
で、こっちは夫と息子に多大な心配をかけているである。
締め上げても一向に答えを返さないサーベルタイガーから悟飯の帽子をとりあえず取り上げ、自分の目の前に正座させ。
「だからね、アンタも子供を持てばわかるだろうけど…、母親って子供のこととなると人が変わるもんなのよ。わたしだってね、普段はたとえ食べるためだって殺生するのはものすごく勇気がいるんだよ。ここだけの話、ごめんねごめんねってひたすら謝りながらいまだに泣いちゃうときだってあるし。だから、できれば殺したくないわけよ」
「ガウ…………」
とうとうと説教をたれるに、相槌を打つようにタイミングよく頷く獣。
「でも、アンタがそうやっていつまでも悟飯の行方を教えてくれないなら、わたしマジで殺るよ? だからさっさと教えなさい」
ギラリ、と鋭い眼光を放つの瞳に、サーベルタイガーがごくり、と息を呑む。
彼(=サーベルタイガー)の脳みそでは、目の前の人間が怒ったり喚いたり説教したりしているのはわかるが、それがなにに対してなのか、そして、何故に自分を殺そうとしているのか、当たり前だが理解できないわけであり。
逃げようとしてもすぐつかまるのは先ほど実証済み、逆に襲い掛かっても返り討ちになることは必須だと理解している彼は、途方にくれたようにその人間の瞳をおそるおそる見返せば、鋭く光っていたその目が、今度は哀しそうに揺れている。
「だめ? 教えてもらえない??」
「ガウ……………」
今にも泣き出しそうなその人間の瞳を眺めていたら、なんだか自分まで哀しくなってしまって。
正座で向かい合った状態で、一人と一匹、共にうなだれていたそのとき。
「お〜い、!」
「おかあさ〜ん!」
遠くから響いてきた声に、思わず二人(?)して空を振り仰ぐ。
「あ、悟空! 悟飯ちゃん! ここ! ここだよーーー!!!」
先ほどまで哀しそうだった表情はどこへやら。
ホワリと綻ぶ笑顔で立ち上がり、近づいてくる金色の雲に向かってブンブン手を振り回すを、サーベルタイガーさんはきょとんと見上げる。
下降してくる雲から飛び降りたのは、まず悟飯。
「おかあさん! 大丈夫? 泣いてない??」
ボスン、と胸に飛び込んできた息子が、自分を見上げて心配そうな顔をするのを見て、こんなに小さい悟飯にそんな顔をさせているのが自分だということに、少し恥ずかしくなってしまった。
「泣いてるわけないでしょ! それより悟飯、悟飯こそ大丈夫? どこも怪我とかしてない?」
息子の前で泣けるか、とグッと気合を入れて答える。
さっきまで心配で心配でたまらなかった悟飯が無事に自分の元に戻ってきたことに心底安堵して悟飯の髪を撫でると、悟飯はにこりと笑顔で頷きかけたと思ったら。
「あああああ!!!!! さっきのサーベルタイガーさんだ!!!」
ぽかんと自分たちを見上げているサーベルタイガーの存在に気づいた悟飯が、それを指差して大声を上げた。
指差されたほうの獣は、びくうっ! と飛び上がる。
「ふぅん。おめぇ、オラの息子の帽子、取っちまったんだってな。気にいってんのはわかるけどよ、返ぇしてやってくんねえか?」
筋斗雲から降り、ビクビクと挙動不審に怯えている獣に視線を合わせるようにしゃがみこみ、にっこり笑う悟空の穏やかな声と雰囲気。そっと伸ばされ、優しく頭を撫でてくれるその手に、獣はようやく安心したように膝を折り、気持ちよさそうに目を閉じた。
「え……っと。悟飯ちゃんの帽子は、わたしがその子から奪い取っちゃいました……」
バツが悪そうにテヘへと笑いながら、が四星球のついた帽子を悟飯の頭に乗せる。
悟飯は無邪気にそんな母親に満面の笑顔で「ありがとう、おかあさん」と嬉しそうに言っているが。
――――――パニクっていっぱいいっぱいになったがこのサーベルタイガーに対してどんな態度で対峙したのかを、幾度となく切羽詰った彼女を見てきた悟空は簡単に想像できてしまい。
「………てぇへんだったな、おめぇ。でもよ、に悪気はねえんだ。許してやってくれな」
思わず哀れみをこめた目で、そのサーベルタイガーを見る悟空。
すとんと我に返っていたはといえば、自分がその獣に吐いた暴言(殺す、殺る、さばくetc…)を思い出し、悟空のとなりに座ってぺこぺこ頭を下げだした。
「ご、ごめんねごめんねほんっとうにごめんねっ! でも本当、悪気はこれっぽっちもないのっ! そうだよね、考えてみたら、この子が喋れるわけないんだから、答えられるはずもなかったんだよね。本当にごめんなさいっ!」
……いや、考えなくたって喋れるわけも答えられるはずもないことは常識的だろう。
そんな突っ込みどころ満載な言い訳をしながらひたすら謝罪するに、悟空や悟飯はおろか、当のサーベルタイガーまでもが失笑した。
そんなこんなでようやく揃った親子三人は、早々に家に引き返し。
汚れた服を取り替えて、身支度を整えた後。
「よし、行くぞ!」
「しゅっぱ〜つ!」
「ハァ…。やっぱ筋斗雲、だよねぇ」
この前もらった亀仙人こと武天老師からの連絡どおり、その日、みんなで集まるべくカメハウスに向かう運びとなる。
悟空が悟飯を抱っこして筋斗雲に飛び乗れば、悟飯は嬉しそうにはしゃぎ。
ずいぶんと慣れてはきたが、やはりまだ高所恐怖症の残っているが軽くため息をつきながら金色の雲によじ登った。
この後、それぞれの人生がまったく変わってしまうことを、このときの三人は知らなかった。
――――――いや、だけは得体の知れない不安を感じていたが、「気のせいだ」と自分に言い聞かせ、気づかないフリをしていた。
駄文登場。
暗くしたくない一心だったのですが、見事撃沈です。。。
次、頑張りますっ!

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