思い返してみれば。
悟飯のシッポを見て、亀仙人さんたちが異常に反応した。
悟空のお兄さんが「月が真円を描くときが本領を発揮するときだ」って言ってた。
―――――――――こういうこと、だったんだ。
月を作り出したベジータが、目の赤いバカデカい猿に変身する。
悟空もも、唖然とそれを見上げるしかなく。
最初は信じられなくて、ただ驚くばかりだったけれど、目の前で起こっていることは、紛れもなく現実で。
その受け入れがたい現実を目の当たりにして。
確かなことは、二つ。
サイヤ人は、月を見て変身する、ということ……シッポさえあれば。
そして――――――二人とも生きて帰れる可能性が、とても低くなってしまった、ということ。
第二十一章:生きる覚悟
大猿になったサイヤ人は戦闘力が10倍にもなる、と高らかに宣言して、勝ち誇るベジータ。
居丈高でツンとしているがとりあえず顔だけ見たらさすが王子だといったところか、いい男の部類に入っていただろう彼の、今の姿はまさに……化け物。
いや、姿だけでなく、感じる気も、間違いなくバケモノ級で。
絶望的に見上げた悟空の脳裏に、懐かしい声が響いた。
『悟空よ、満月の夜は大猿の化け物が出よる。決して外には出てはいかん。寝ておりゃ安全じゃ…』
それは、赤ん坊の自分を拾い、育ててくれた祖父の声。
彼は、大猿の化け物に踏み潰されて死んだ………。
そして。
『そのシッポは、私が永久に生えないようにしてやろう……。なにかと邪魔であろう』
そう言ったのは、他でもない神だ。
つまり、それの意味するところは。
「なんてこった……。じいちゃん踏み潰して殺したのも、武道会場に現れて会場をぶっ壊したバケモノってのも………この、オラだったのか…………」
気づいてしまった真実に、やるせない気分に襲われる。
胸の内で祖父に謝罪しながら、悟空は目の前に立つそのバケモノを倒すには、自分の気をすべて使い果たさなければ勝ち目はない、と判断した。
それとともに、信じがたい事実にその巨体を呆然と見上げている隣りに立つ彼女だけは、悟飯のために、そして自分自身のために、命と引き換えにしてでも守らなければならないと、自分の死を覚悟した。
そんな真面目にシリアス入った悟空のとなりで、ぽかんと口を開けて変身したベジータを唖然と見上げるその片割れはといえば。
「バケ、モノ………なのに、しゃべってる…………。そ、そうだよね、アレはもともと、ベジータさんだもんね」
あまりの現実離れした事態にパニくったのか、それとも本来のズレた思考回路ゆえか、そんなどうでもいいこと(バケモノがしゃべる云々)に感心とも呆れとも取れる呟きをもらす。
けれども、行き着く結末は、悟空と一緒なわけで。
すなわち―――――――死なせるわけにはいかない存在のために、ここはひとつ、命を張らなきゃならない。
表情を引きしめ、背筋を伸ばして力強く顔を上げ、は導き出した答えに瞳を猛らせた。
そのとき。
「……おめえは逃げろ」
「―――――――――は?」
可能性は低いにしてもいまだに生きて帰ることを前提にすることに変わりはないが、予期せぬ事態にとても保身なんか考えていられなくなり、死ぬ気でやるしかないとがっつり覚悟を決めたに降ってきた、悟空の言葉。
思わずベジータから視線を外してとなりを見上げれば、身の丈10mは軽くあるだろうバケモノをにらみ上げる悟空の、硬く厳しい横顔がそこにあった。
「こいつはオラが、命がけで倒すから。おめえだけでも……悟飯のところに生きて帰ぇれ」
「なに、言い出すかな悟空。そんなことできるわけ………」
「頼むから、黙って言うとおりにしてくれ。オラはおめえと結婚してから、悟飯が産まれてから、オラの命に代えてもおめえたちを守るって決めてたんだ。だから逃げろ……!」
決意に染まる、その瞳。
自分と悟飯を守るために己の身を捨てようとしているのが見て取れる、その表情。
そんな顔、見せられて。
そんな言葉、言われてしまったら。
バチンッ!!!
「っっってーーーーー!!!なにすんだよ!」
一応、界王拳でボロボロになってる身体を考慮し、それでも勢いよく悟空の背中を叩いたに涙目で視線をやり、悟空が抗議の声を上げたが。
次の瞬間、そこにある彼女の目を見て、かちり、と固まった。
感激と悲しみが入り混じり、それからなによりも激しくお怒りな様子で自分を見上げる、その瞳。
小刻みに肩が震え、強く強く拳を握りしめるその姿に、悟空は一瞬、なにをそんなに怒っているのだろうと気が逸れる。
硬直して自分を凝視する悟空をひたと見据え、は声が震えないようにひとつ大きく深呼吸をした。
「なにを、今更」
自分でも、よくもまあ、こんなに低い声が出たもんだ、と思うが、とにかく嬉しい以上に腹立たしいんだから仕方ない。ワガママ言い張って自分の主張を通して、今この場に立っているのは何のためか、悟空は全然わかってない。
逃げるなんて、冗談じゃない。だったら最初っからこんなところに来ていない。
悟空と悟飯を守りたいからここにいるのに、命を捨ててまで守ってもらうなんて、真っ平だ。
二度と、あんな喪失感、味わいたくない。―――――――――残される身にもなってみろ。
「悟空さん、わたしを守りたいんでしょ!?だったら命に代えるなんて言わないで。死なば諸共なんだから!」
怒り心頭でガツンと食いつくの声に、悟空はハタ、と我に返る。
「バカ言うな!そんなことしたら………悟飯が」
「悟飯はもちろん大事だよ。でも、同じくらい悟空のことも大事なの。悟空が死んだらたとえわたしの命が助かっても結局生きる屍よ! それでもわたしを守ったって言える!?」
「でも………」
「でももへちまもありません!今わたしのすべきことは、なにがなんでも悟空を死なせないこと!そしてわたしも死なないこと!それが今の、最優先超重要事項なの!生きて帰るために死ぬ気で頑張るの!命は賭けても、絶対捨てらないって言ったでしょ!悟空は、わたしと悟飯のために、そしてわたしは、悟空と悟飯のために!」
確かに、最初はそう思ってた。
でも、今の状況、とてもじゃないがそんなこと言ってられないのは彼女とてわかってるはずだと思ってた。
それに、悟空的に、どっちも死んだらおしまいじゃないか、と思うし、事実、そっちの可能性のほうが高いからまで死ぬことはないと思って、彼女だけでも生きて返そうと思ったのに。
「どんなにかっこ悪くたって、どんなに往生際悪くたって、死ぬわけにはいかないんだよ? 命を捨てるなんて、そんなのはただの諦めだし、残されたほうをただ苦しめるだけ。それがわからない? …………それに」
言葉もなく自分をまじまじと見つめる悟空の様子に、は自分を落ち着かせるためにひとつ息を吐く。
「ちょっと叩いただけでそこまで悲鳴をあげるそんな身体で、本当に勝てるの? 100パーセント勝てるって見込みあるなら自己犠牲もありかもしれないけど、はっきり言っちゃって、今の悟空ひとりの命であのバケモノを倒すのなんて、無理に決まってる。その際、地球は滅亡&わたしはあの人に煮るなり焼くなり好きにされちゃうわけ。そんなの、死んでもイヤ」
「――――――――――――オラも……………………………イヤだ、けど」
の言ってることはもう、とにかくメチャクチャで。
命賭けて負けたら捨てると同じなのに、目の前の大猿が思いっきり自分たちを殺すつもりでかかってくれば、死ぬわけにはいかなくたって強制的に死ぬことになるのに。
いちいちツッコミどころ満載な、超絶前向き思考。
けれど、言ってることはメチャクチャだけれど、その言葉は胸にずしんと重い。
「わたしは、悟空も悟飯も愛してる。愛してるから、二人を苦しめることは絶対にしたくない! だから………だから! わたしは死なない、死ねない! 悟空もそのくらいの覚悟、生き抜く覚悟、しようよ!!!」
わかる。わかってる。
もしが死んだら、自分は狂ってしまいそうで。
だから、死なせたくなくて何とか逃がしてやりたかったけれど。
裏を返せば彼女だって、自分が死んだらきっと狂ってしまうほどに苦しむことになるんだ。
肩をいからせて必死に自分を見上げてくる強い瞳。
そのまっすぐな視線からは、彼女なりの覚悟の色が見て取れて。
甘すぎる、と。二人とも死なずにこんな化け物を倒せるなんて、そんなのはただの甘い願望だって、彼女を否定する自分がいる。
そんな都合良くいくワケ、ない。二人とも生きて帰れるなんて不可能だ。ふたりとも死ぬってほうが確率的に非常に高い。
なのに、向ってくる張りつめた視線になぜか…………流される。
「………ふたりで死ぬ気でやれば、生きて帰ぇれる、かな」
「かな、じゃなくて、生きて帰れる。死ぬ気でやれば、なんとかなる。最初っから死ぬんだなんて思っちゃダメだよ」
ポツリ、と呟いた悟空の言葉に、間髪入れずに強く答える。
平和主義者で、受身で、人を殴るのも殴られるのも好まない優しい性質で。
だから、どんなときでも守ってやらなければと、命に代えても絶対守ってやらなくちゃいけないと、そう思ってたのに。
この期に及んでなお、諦めない精神力。
くじけることのない、直向な意思。
―――――――――完全に、負けている。
絶対的に自分よりも弱々しいと思っていたその華奢な存在は、母として、妻として、守らなければならないものを得て、なんて逞しく、強くなったんだろう。
これからもきっと、どんどん強くなる。
「――――――生きる覚悟、か。そうだな、死ぬ覚悟なんか、いつだってできるもんな」
「……まぁ、それはそれで勇気のある覚悟だとは思うけど、わたしはそんな覚悟、悟空にしてほしくない。わたしのために」
言い放つ、強い声。
ワガママでごめんね、なんて、こんなときなのに悪戯っぽく笑ってくれるその顔に溢れてくる、熱い感情。
そして、髣髴と湧き上がる、戦闘意欲。
「よし。じゃ、おめえの言うとおり、死ぬ気で生き残ってみっか!」
士気を煽られた悟空に艶やかな笑顔を向け、の気が上がる。
熱を帯び始める身体と、その体熱によって起こされる熱風に、彼女の長い髪がふわりと緩やかに靡く。
「、おめえ……」
「うん。わたし、時間稼ぐから。だから悟空、元気玉よろしく」
振り返った彼女の顔には、鋭利な笑みが浮かんでいて。
その鋭い瞳を見ていると、何故だか勇気が湧いてくる。
戦闘体勢のその微笑がひどく綺麗だと、今更ながらそんなことを思いながら軽く頷く。
「別れの語らいは終わったか?」
歪んだ笑みを浮かべ、バカにしたようなベジータの声に、眼光鋭くその姿を見上げる。
「別れ? そんな語らい誰がしたの? わたしたち、アナタを倒す算段してたんですー」
「ほう…。せっかく話す時間をやったのに、そんなくだらんことに使ってしまったのか」
「…………つくづく、いやなヤツ」
ハァ、とひとつ息をつき、は悟空に目配せをして、一気に気を立ち上らせた。
悟空の目に映るその背中は小さく華奢で、それなのにとても頼もしく。
もちろんベジータにもそうだが、にだって負けられないと感じた悟空は、適当な岩に飛び上がり、高々と空に向かって両手を上げ、速やかに元気玉の準備に入った。
やっぱり進まないゴメンナサイマセー!(逃走)

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