「もう、おしまいか?」
「ま、だ……いけるさっ! 大体そのバケモノ姿、反則じゃん! さっさと元に戻って、正々堂々勝負しろ!!!」
「正々堂々? 反則? 殺し合いにそんなもの通用するとでも思うのか? ……だからおまえは甘いと言ったんだ」
「う……っるさいっ!」

限界なんか、とっくに超えているだろう。
カカロットへの攻撃をすべて塞ぎ、一歩たりとも自分をその側へと近づけない。
決して手を抜いているわけではない自分の攻撃を受け続けているその身体はもう、立っているのがやっとのはず。なのに。

グッと歯を食いしばり、向かってくる視線は強く鋭く。
歴然とした力の差をこれでもかというほど見せ付けているのになお、その瞳には迷いも不安もない。
その強靭な精神力に、天晴れというかなんというか。

殺すにはまったく惜しい素材。
でもこれ以上邪魔するようなら、もったいないが仕方ない。

「そこをどけ、。どかなければ………殺すぞ」
「どけと言われてどけますか。わたしが何のためあなたの邪魔をしまくってるか、わかるでしょ?」

ニッと口元に挑戦的な笑みを貼り付ける彼女の表情は、ドキリとしてしまうほど美しい。
――――――――――――まったくもって、もったいない。カカロットに惚れてさえなければ、長生きできたものを。

「……まあ、それもおまえの選んだ道か。では望みどおり―――――――――死ね!!!」
「っ!!!」

一瞬にして、頭が真っ白になった。
薄れる意識の中でが最後に目にしたのは、完成した元気玉を打とうとした悟空に襲い掛かる、ベジータの怪光線。







第二十二章:目覚める力







「…………生きて、る…………?」



自分の身体と同じくらい巨大な拳が振り下ろされて。
限界突破で酷使していた躰が、そのスピードについていけなくて。
さすがにアレをもろに受けたら死ぬかな、と思いながら、胸の内で悟空と悟飯に土下座して謝る自分を想像したところで痛みよりもまずものすごい衝撃が全身を駆け抜けて、そこで意識がパッタリなくなった。



次に目が覚めたときには、生きてる自分にちょっと驚いたけれど、同時にホッとした。

ああ良かった、わたし生きてたみたい。だって死ねないもん。


そんなことを心の中で呟きながら身を起こそうとしたが、やっぱりそのでっかいゲンコツとそれから界王拳で酷使したせいで大打撃を受けたらしく、どこがどう痛いのかもわからないけれどとにかく痛いその身体。



ちょっと痛みがひくまでじっとしていよう、なんて悠長なことを考えて目を閉じたそのとき。





「うああぁあああ!!!」





すさまじい悲鳴が鼓膜を揺るがす。
大して時間なんか経っていなかったんだろう、戦闘はまだ続いているんだ、ていうか、今は戦闘中だったんだ、ということを遅ればせながら思い出し。

それから、瞬時に気を失う前の光景が脳裏に甦り、急速に不安と焦燥に襲われる胸。



元気玉は完成してた。
地球上の生あるものすべての元気が詰まった元気玉は、本当に御立派で、あれさえ当たりさえすれば絶対にベジータさんもただではすまないだろう、とかなり期待したのだけれど、それを使う前に、自分はゲンコツ食らってのんきにも意識を飛ばしてしまい。

白く染まる頭の中にかすかに視野に入ったのは、悟空に向かっていった、ベジータの気孔波。



そして―――――――――





「ぎゃあぁあぁああーーーーー!!!!!」





徐々に速度を速め、胸を打ち付けだす鼓動。
この声、この悲鳴は――――――――――…………まさか。





吐き気がするほどの動悸に誘発され、ひどい痛みを訴えてくる身体を叱咤して無理に上半身を起こした。
自分が思っているほど最悪の現実がその場にないことを祈りつつ、ゆっくりと顔を上げたその視線の先。







まず視野に広がったのは、大猿のバケモノの巨体。
そして………その拳に握りしめられているのは。







「ご、く、う………? ―――――――――………………悟空。悟空っ!!!!!!」





悟空はベジータの拳の中で、握りつぶされる寸前で。
正直、目の前の状況をすべて無視したかった。今起こっているこの事態は、自分があと少し頑張れば絶対になかったはずだから。







「………ほう、生きていたか。さすがだな」



の叫び声にゆっくりと振り返ったベジータの右目は無残に潰れ血を流していたが、それは元気玉を食らったにしてはあまりに軽傷すぎて。
やっぱり、元気玉が炸裂する前に、悟空はベジータの攻撃で………。



…………へへ、生きて………うわああああ!!!!!」
「死にぞこないは黙っていろ」



弱々しくに視線を流し、身体を起こした彼女を確認した悟空が小さく笑みを零したのが気に入らなかったのか、ベジータはさらに握力を悟空の身体にかけ、悟空はまた悲鳴をあげる。



「や、めて………。お願い、やめてっ!!! 悟空を放して!!!」



の瞳から溢れ出した涙と、叫んだ涙声に、ベジータが唇の端を引き上げて満足げに笑った。








そう、これだ。
この声、この表情。
彼女のこの姿が見たかった。
絶望に染まり始める瞳の色、悲しみに拉がれる心の叫び。
―――――――心地いい。そう、彼女が自分をいたわりの目で見つめたときより、ずっとずっと、心地いい……筈、なのに。



なんなんだ、この胸の痛みは。
快感で満たしてくれるはずの声が、表情が、何故か小さな棘のように胸を刺す。




「ゆっくりと……そう、ゆっくりとこいつを握り潰してやる。おまえはもう、なにもできまい。そこで成すすべもなく、カカロットが死んでいく姿を見ているがいい」



自分を狂わせてくる得体の知れない感情を無理やり追い出し。
ニヤリ、と歪んだ笑みを浮かべてトドメの言葉を投げかければ、の大きく見開かれた目から、一瞬にして光が消えた。







ドクン、と、心臓がひとつ大きく跳ねた。
それが合図だったかのように、鼓動がいやな音を耳元で奏で始める。黒い感情が溢れ出す。
酷い動悸とともにあがっていく躰の熱に、思考が焼かれていく。
焼かれ熔かされた頭ではもう………負の感情に抗うことができなかった。







目は、開いてる………でも、何も見えない。
違う、見たくないんだ、わたし。
甘かったのかな、二人とも生きて帰るなんて。
ごめん、ごめんね、悟空。
―――――――――――――――――――――――――――――――――だけど、生きて、帰る。







「…………死なせやしない」



深くうつむくから、ひどく静かな声が零れた。



「………甘かったよね、わたし。悟空もわたしも生き残りたいんだったら、我慢なんかしないで最初からこうならなきゃならなかったのに………ベジータさん、あなたを、殺したくなかった。あなたの生き方に同情して、明るい光の射す道を歩んでみてほしかった。でも、それがもう………甘かったんだね」



躰の熱に比例して、周りの空気が熱を帯び始める。
ゆらり、とうつむき立ち上がるの身体から感じる不穏な空気。
突然感じた圧倒的な覇気にベジータはたじろぎ、その気圧に押されるように二、三歩後退さった。





「今すぐ、悟空を放して。じゃないとわたし………あなたを殺してしまう」

「なにを………」

「押さえられないよ、これ以上。悟空を傷つけるあなたが…………憎い。殺したいほど、憎らしい」



ゆるりと顔を上げ、自分を見上げてきたその瞳に、ベジータは思わず息を呑んだ。
鋭くてもどこか穏やかだった彼女の瞳は今、完全に憎しみの色に染まり、暗い炎を宿して据わる。
負の感情に支配されたその瞳を見たいと思っていたはずなのに、実際そうなってみて、ベジータは初めて気がついた。

憎しみの炎を見せないように、支配されないように、は自分の感情をコントロールしていた。けれど、時折ちらりと見え隠れするのその感情が、本能的に危険だと察知していたからこそ。

絶対的に弱い立場にいるから、時々、気圧されるような覇気と背筋の寒くなるような威圧を感じたのだ。







「……………おもしろい。そんなに放してほしければ、自分で――――――」
「――――――なんとか、するよ」





最後まで言わせず、がベジータの言葉を継ぎ、哂った。
今までの彼女からは想像もつかない色気のある妖艶な微笑は、ゾクリとするほど恐ろしく、そして見惚れてしまうほど美しく。



思わず目を奪われたベジータの視野から、の姿が消える。
ハッとして振り返ったときには、彼女は気を失っている悟空をゆっくりと地面に横たえていた。





「な、に!?」





気づいてみれば、ずきずきと痛みを訴える両手。
今の今までカカロットを握っていたその手を残された左目で確認すれば、親指の付け根が大きく抉れ血が噴出している。





先ほどまでとはまったく違う動きに目を瞠るベジータをよそに、は目を閉じた悟空の髪をそっと撫でた。
無事なところなんて、あるんだろうか。傷だらけで、血だらけで、たぶん全身複雑骨折だろう。
けれど、息は、ある。生きていてくれている。…………死ぬ気で、生きていてくれたんだね。





もっとはやくにキレていたら、悟空をこんな目にあわせずにすんだのに。
ピッコロさんだって、大マケにマケてナッパさんだって、死なずにすんだかもしれないのに。
――――――――――――わたしは、大バカだ。





自嘲気味な笑みを浮かべ、自分を見上げてくる据わった瞳に宿るのは、悲しみ、怒り、憎しみ。

絶句し固まるベジータに、は一歩踏み出した。



「止まらないの。甘かった自分への怒りと、みんなを殺して悟空を殺そうとしたあなたへの憎しみが、溢れてきて止まらない。もう、許せない」



どこまでも静かな声と、ひどく緩慢な動き。
反比例して膨らんでいく、尋常ではない気の力。

は目を閉じた。
もう、我慢できない。我慢、しない。
感情が、自分の精神を乗っ取っていくのがわかる。
薄れゆく意識の中、僅かに残った自分の理性が最後に小さく『ごめんね』と心の中で呟いた。それは、死なせてしまった仲間たちへ、傷付けてしまった悟空へ、そして………多分、これから殺してしまうだろう目の前の男に対して。





スカウターがなくてもわかるほど今のは大猿と化した自分と同等、あるいはそれ以上の力を発揮し得るということを、ベジータの戦闘本能が瞬時に察知した。





なんという潜在能力、なんて恐ろしい、力。

先刻、ナメック星人を殺されてキレた息子の能力は、母親譲りか。










「なるほど……。では見せてもらおうか、どう許せないのかを」



本来の戦闘好きの血が疼きだすベジータの赤い瞳が捉える、ひどく小さくて華奢な存在。
閉じていた瞳を静かに開けて、そのぎらつく赤を怯むことなく真っ向から睨み返し、薄く笑みを湛えるにはもう、何の迷いもためらいもなく。





「言われなくても見せてあげる。――――――あなたの存在を、この世から消してやる」





クスリ、と小さく哂い、囁いた。

















その頃。



にあんな一面があったとは……」



はるか彼方の界王星で、戦闘の行く末を見守っていた界王が微妙な表情で小さく呟いた。
普段の彼女を知っているだけに、すべてが終わったときに受けるであろう彼女の精神的ダメージに一抹の不安がよぎったが、これなら確かにいけるかもしれない。

それとは別に、蛇の道の一件で彼女がぶちキレなくてよかった、と胸を撫で下ろしていた…。

















そして。



いやな胸騒ぎに居た堪れなくなった悟飯が戦場へときびすを返し、クリリンがそれを追いかけて。



ヤジロベーはいまだ物陰に隠れて戦闘の成り行きを見学していた。




















激闘は、まだ続く。




















悟空がベジータにやられたときは、「テメーわたしがぶっ飛ばしてやる!」って感じでした;
そんな感が前面に出た我が家のヒロインちゃん。
………ベジータ好きさん、ごめんなさい;;;