再び戦場に戻ったクリリンと悟飯。
相も変わらず物陰から気配を殺して覗き見するヤジロベー。
そして、あの世の彼方の界王星から戦闘の行く末を見守る界王さま。
それらの方々の目に映る、とても信じがたいこの光景や、如何に。
普通の状態だって自分たちよりもはるかに上を行っていたサイヤ人は、大猿と化してさらにバケモノ級になっている。図体もデカいがそれに比例してパワーもすこぶるデカい。
それも確かに信じがたく、絶望的なまでに最悪の結末を容易に想像できてしまうのだが、それよりなりより。
そのバケモノの血走った視線の先に、あまりに対照的な小さな影。
小さな身体に不似合いなほどのみなぎる気の力は、大怪物に負けず劣らずバケモノ並で。
事実、一歩も引かない互角の勝負をしているその小さな影は、とても信じられないが…………まちがいなく。
「おかあさん……」
「・…・…ちゃん」
「すんげぇ………」
「信じられん…………あれは本当に、なのか………?」
第二十三章:激闘
目覚めと同時に襲ってくる、脈打つような激しい痛み。
もう『痛い』なんて言葉ではとても言い表せないくらい、ひどい感覚。
立ち上がることはもちろん、指先一本さえ動かせない。
――――――身体中の骨はバラバラだ。折れるなんて生易しいものじゃなくて、打ち砕かれ潰されてしまった。
吐き気がするほどのひどい苦痛の中、悟空はかろうじてまだ機能している目を開ける。そこに映し出されたのは自分の身体を破壊した化け物の巨体と、その巨体に対峙する自分の伴侶の姿だった。
「ええいくそぅ、あんたがさっきまでのすっげぇムカつく嫌味なクールナイスガイの姿だったら、間違いなく瞬殺してやれるのにっ! まったくなんでこんな化け物になったかなもう! 元に戻れ!!!」
「おまえこそ、度胸と負けん気の強いそこそこの腕を持つただの美人だったら、殴りも蹴りもせずに可愛がってやったのに。オレ様よりも先にカカロットに会ったのが運の尽きだ」
「いやいやいや、悟空よりも先に会ってたとしてもあんたに可愛がられるつもりは米粒どころか1ミクロほどもないから。つか、はっきり言って殴るためとはいえ触ることさえ汚らわしいっ! 悟空をあんなふうにしたヤツ、絶対許さない!」
「そんなオレに敗北して好き勝手されたときのおまえを想像すると、ゾクゾクするな。まあ、おまえがそのとき生きていればの話だが」
「この変態! マジ気持ち悪い! 死ね!!!」
言い合っている内容は非常に微妙だが、とにかく激しいぶつかり合い。
まわりの岩山はガラガラ崩れ落ち、ぶつかるたびに生み出される突風が空気を裂いて暴れ狂う。
―――――――――キレっちまってる。
普段のホワフワっぷりなんか微塵も感じさせてくれない、鋭利な刃物のようなの横顔。
今のは思わず心が奪われてしまうほどに綺麗で、しかして中身はひっじょーに漢らしく、けれども同時に陽炎のように儚い印象を受ける。
大猿ベジータのメガトンパンチをよけもせずにガッツリ受け止め、その破壊力に匹敵するような攻撃を繰り出すその華奢な身体にはしかし、確実にダメージが蓄積されているはず。
なにせ、界王拳を行使した時点で彼女の身体はすでに限界を超えているのだ。
憎しみに支配された精神力がその痛みを麻痺させてしまっているのだろうが、このまま続ければ、自分以上に彼女の身体はボロボロになってしまう。
「…………や………め…ろ…………………………………っ」
必死に絞り出した悟空の声は、喉を擦って掠れただけで、怒り心頭のには届かない。
何とかやめさせなければ、と思うものの、今の悟空にはただその姿を瞳に映すことしかできず、気ばかりが焦る。
そのとき。
「おとうさんっ! 大丈夫ですか!?」
聞きなれた子供の声が、悟空の耳に届いた。
しか映していなかった瞳をゆっくりと声の聞こえたほうに動かせば、そこには自分の顔をのぞきこむ悟飯の心配そうな顔が飛び込んできて。
「悟飯……?な、んで………おめえが、ここに……………」
「絶対自分が行かなきゃいけないんだって、戻ってきちまったんだよ。やっぱおまえの息子だな、悟飯は」
「ク………ク、リリン…………?」
答えてくれた声は、間違いなく親友のもの。
悟空もその昔、こんな化け物に変身したところを目の当たりにしたことのあるクリリンは、瞬時に大猿がベジータであることを悟った。そして、その半端ない化け物に引けを取らないの様。完全に切れていること間違いなし。
すなわち―――――――――悟空が、ヤバい。
そして見つけた悟空は、案の定。
「――――――ひでえな…。コレじゃ、ちゃんがキレるわけだぜ」
どう見ても、並の人間であれば即死、または失血し、あるいはショック死であろう、ひどいダメージを受けた身体。
こんな状態で、意識があること自体がとても信じられない。
とにかくこの危険地帯から悟空を安全な場所へ移そうとここに来たものの、とてもじゃないが動かせるような状態ではない。
「……仕方ない。悟飯! 母さんを加勢して、あのバケモンの気をひいてくれ! 隙を見てオレが後ろからシッポを切ってやる!」
「シッポ切ると、どうなるの?」
「さっきも言ったろ!? ヤツのシッポを切れば、元に戻る――――――――って」
聞かれたことに間髪入れずに答えてから、ふと気づいてみれば。
問うたその声は、今まさに大激戦を繰り広げている当の人物の澄んだ声で。
なぜか恐る恐る振り返ったクリリン、悟飯と、必死に顔を上げた悟空の目に入ってきたものは。
「ふ〜ん。いいこと聞いちゃったv」
妖艶に笑う、の姿だった。
「………ちゃん」「お、かあ、さん?」
クリリンと悟飯のかすれた呼びかけに、二人を見るの、その瞳。
澄み切ったその瞳の中に、ちろちろと燃え猛る憎しみの炎。
その眼光と目が合っただけで、尋常ではない力の差と負の感情を感じ取り、竦みあがる身体。
コレがあの、穏やかで優しい彼女と同一人物なんて。
「加勢は、必要ない。あいつのシッポぶった切って、殺してやる」
ふい、と興味なさ気に二人から視線を外し、標的を見失ってキョロキョロと彼女を探している大猿の化け物の姿にギラリと鋭い視線を走らせながら、静かに呟く。
そんな言葉が、彼女の口から出てくるなんて。
威圧的な覇気と押しつぶされそうな圧迫感に、動けない二人をよそに、悟空は必死にに呼びかけた。
「……っ! も、もう、やめ………」
「………いやだ。やめない。あいつが死ぬまで、絶対やめない。絶対許さないっ! 悟空をこんなふうにしたヤツ、許せるもんか!」
吐き捨てるような口調で言い放ち、の姿がその場から消えた。
どうすることもできず、それを見送るしかない自分が、不甲斐なくて情けなくて。
でも、止めなければ。
「悟飯、クリリン………頼む。あいつを……を………止めて、くれ…………っ」
「止める? なに言ってんだよ悟空、このまま行けば確実に勝て「わかりました」って、悟飯?」
自分の言葉を途中で遮りコクリと頷く悟飯を振り返れば、そこには妙に切迫した顔があり、クリリンはワケがわからずそんな親子を交互に見やる。
「だっておまえら……」
「は………相当、ムリ、してんだ………。多分、自分でも、気づいちゃいねえ……。けど……このままじゃ…………あいつの身体、ぶっ壊れ、ちまう」
悟空の声に、クリリンは言葉を失った。
確かに、あの細い身体から放たれる気力は、普通じゃない。自分の限界以上の力を使えば、その分ダメージとして自分に返ってくることなど、少し考えればわかる。
「クリリンさん、今のおかあさんは正気じゃない。人を殺すなんて、おかあさんにできるわけないんです。正気に戻ったときにあのサイヤ人を殺したのが自分だって知ったら………」
それも、わかる。
仲間の命を奪ったナッパが殺されたときだってかなりのショックを受けていた彼女が、たとえそれが極悪非道なヤツにしろ人の命を奪おうとしているなんて、到底正気の沙汰じゃない。
二人の張り詰めた空気に、クリリンはひとつ息を吐いてからグッと拳を握り、化け物を見上げる。
今のを止めるのは、はっきり言ってベジータのシッポを切り落とすよりも厄介だとは思うのだが。
「………わかったよ。やってみる。いくぞ、悟飯」
「はいっ! ありがとうございます、クリリンさん」
「二人とも………すまねぇ…………」
一方、自分を止めようとしているなんて露知らず。
はで大暴れをしていた………。
「おのれ小娘!ちょこまかと!!!」
「誰が小娘だ! コレでも成人してるんだ! 子供だって産んでるんだぞ!!!」
「そんなことはどうでもいい! 死ねっ!!!」
「うるっさいっ!!! おまえが死ね!!!」
冷静だったベジータも、どこまでも食い下がってくるに苛立ちを隠せなくなってきていた。
なんで、こんなちっさい女に、宇宙最強強戦士族サイヤ人の王子たる自分が、ここまで苦戦しなきゃならんのか。しかも、醜くて嫌な大猿の姿にまでなったってのに。
ギャオーーーと咆えるベジータはまさに大怪獣だ、と内心思いながら、はそのシッポをどうやって切ってやろうかと思案を巡らせる。身体がでかくなったぶん、シッポもずいぶんと太くなっている。一振りごとに突風を巻き起こし、武器としても充分使えるほどに逞しい。
あれを引っこ抜くには、どうにかしてベジータをすっ転ばせ、根元をつかむ隙を作らなきゃ。シッポさえ切ってしまえば、こっちの勝ちなんだから。
しかして逆上したベジータはとにかく手ごわい。
血走った真っ赤な目をぎらつかせ、その辺の岩や山をぶっ壊しまくっている。こっちはこっちで何とかを捕まえようと必死なわけで。
捕まえてしまえばなんて事はない。あんな華奢な細い躰、簡単に握り潰せるはず。
二人が衝突するたびにバッコンバッコン崩れ落ちてくる瓦礫を避けながら、クリリンと悟飯は疾走する。
「よ、よし悟飯。オレが後ろからちゃんを押さえ込むから、おまえは前から何とか止めるんだ」
「は、はいっ」
何とか二人の間合いに入り込み、激しくぶつかり合う二人が離れるのを見計らって。
「いまだ!」
「はいっ!」
「「っ!?!?」」
突然のことに、とベジータは一瞬動きを止めた。
一拍遅れて、自分を羽交い絞めにしている存在に気づいたが暴れだした。
「………な、なに!? なにすんの離せっ!!!」
「おわっ! は、離すなよ悟飯!!!」
「わかってますっ! おかあさん、暴れないで!!!」
突然始まった、の捕獲。
大暴れで振り払おうともがいているを見て、ベジータは首をひねる。
あの地球人たちはの味方のはずなのに、どうして自分を攻撃せずに彼女を締め上げているのか。
「ちょっとっ! 離さないと死ぬよ!?」
「離したらおかあさんが死んじゃう! ボクそんなのいやだ!!!」
オ・カ・ア・サ・ン・ガ・シ・ン・ジャ・ウ。ソ・ン・ナ・ノ・イ・ヤ・ダ。
ぴたり、との抵抗がやんだ。
この声は。
ベジータとの戦闘しか念頭になかった真っ白になった頭に、振ってくる愛しいわが子の声。
急におとなしくなったを不審に思うクリリンをよそに、悟飯は母親にしがみつきながら必死に声を上げる。
「おかあさん、約束してくれた。おとうさんもおかあさんも生きて帰るって! だから、死なないでっ!!!」
ヤクソク………約束?
「生きて帰るから」って、確かに言った。
生きて帰るために、今、こうして闘ってる………はず、なのに。
ひとつ瞬きをしたとたん、まるで鱗が落ちるかのように視野が明るくなった。
しがみつく存在を見下ろせば、切迫したように見つめる、父親譲りの漆黒の澄んだ瞳。
「悟、飯………?悟飯、なんでここに………っくぅ」
「おかあさんっ!」「ちゃん!?」
目の前が大きくグラついた。
ガクリ、とひざが崩れる。
ついさっきまでゼンゼン平気だったのに、正気に戻った途端に襲ってくるひどい痛みはなんなのだろう。
あまりの苦痛に、意識が遠のく。
そう、か。
相当、負担かかってたんだ、この身体。
倒れこんだを見やり、ベジータは薄く笑む。
なるほど、の身体が壊れる前に、ムリな闘いをやめさせた、というわけか―――――――――つくづく、甘い。
まあ、その甘さのおかげで、こっちは助かったが。
「………ふん、バカなやつらだ。そいつを正気に戻さなければ、オレを倒せたかもしれんのに」
高らかに笑うベジータの声が、とても、とても耳障りで。
あちこちから悲鳴をあげる身体を叱咤してなんとか立ち上がりその巨体をにらみ上げたとき。
「っ!?」
突然、ベジータの表情が凍りついた。
クリリン、悟飯、がなにが起きたのかと見つめる中。
今の今まで物陰に隠れていたヤジロベーが、その刀でベジータのシッポを切り落とし。
「オ……オレの、シッポ………っ!」
ドサリ、と地面に落ちたその音が、重く胸に響き渡った。
Loveはどこへやら……;
次は大きく吹っ飛びます。
だって戦闘描写苦手なんだもん(おい!)

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