まさか、ただ見てるだけだったヤジロベーがこんな大役を果たすなど思ってもみなかった仲間たちは、「ヤジロベー、グッジョブ!」といっせいに彼を賞賛の目で見………ようと思ったときにはもう、どこかに隠れた彼の姿は見えなかったのだが。
かの大猿がシッポ切られてだんだん縮み、元の毛髪の逆立った王子様に戻ったのを確認したとたんに気が緩み、緩んだと同時に内臓に響いていたダメージからか、なんだか吐き気をもよおした。
「おかあさん、大丈夫ですか? 顔色がなんか…………」
「ん、だいじょうぶごほぉ!」
心配そうな悟飯に笑顔を作り、大丈夫と言おうとした矢先に胃からせり上がってきたものを飲み込めず。
…………………ああやっちゃった、吐いちゃった……とか思いながら口元を拭ってみれば、手についたのは真っ赤な色で。
「うわっ! だだだだいじょうぶじゃないだろちゃん!!!」
「お、お、お、おかあさん!!! ち、ち、ち、血が!!!」
焦りどもるクリリンと悟飯の声が聞こえたが、それより何より。
は目を真ん丸に見開いて自分の手に付いたものをまじまじと見つめてから。
「―――――――――すご、い。わたし………吐血………初・体・験…………v」
なんとも緊張感の崩れる微妙な呟きを漏らし、もともと痛みのために遠のきそうだった意識をそこでぱったりと途絶えさせた。
第二十四章:幕切れ
唐突に意識が戻ったの瞳にまず飛び込んできたのは、またもや大猿の巨体。
「え? ぇ、なんで???」
ずっきんずっきんと痛む身体はもう、どんなに宥めても断固立ち上がることを拒否していて、もどかしさを感じながらなんとか顔を上げると、普通の状態のベジータの存在が瞳に映った。
ということは、アレはベジータじゃない。
そのことをまず認識してから、が視野を広げれば。
自分同様、いまだに倒れてる悟空の身体が、視界の隅っこに入ってきた。
顔までは確認できないけれど、かすかに感じる、気の流れ。
生きていることに安心して。
そして。
「悟飯、サイヤ人だ!サイヤ人をやれーーー!!!」
大猿に向かって叫んでいるのは、同じくぶっ倒れたクリリンで。
「悟飯って………あれが!?!?」
悟空の無事(ではないが)を確認して幾分落ち着いた胸が、クリリンの言葉を聞いて、急速に焦りと焦燥感でいっぱいになった。
そんなバカな!!!
あの小さくて超可愛いうちの子(親バカ…)が、あんなごっついバケモンになるなんて、そんな阿呆な事があるはずがないでしょうよ!!!
黙ってればカッコいい部類に入るベジータがあんな化け物に変化したんだから、可愛い悟飯だってサイヤ人の血を引いている以上条件揃えばそうなってしまうのは必至だろうと、冷静に考えればわかるのだが。
ハンマーで頭を殴られたほうがマシなくらいの衝撃が脳天を駆け抜けたの頭では、そんなことを理解できるはずもなかった。
ガーンガーンガーンともとより痛かった上にショックでさらにで打ち付けられるような頭痛を感じるのことなど露知らず。
変身して我を忘れ、ところ構わず手当たりしだいに破壊しながら吼えまくりの暴れまくりだったその息子さんは、クリリンの「サイヤ人をやれーーー!!!」の一言とそれから胸に響く父親の『悟飯……っ!』という声に、目の色変えて標的をベジータに定め襲い掛かっていたりして。
対するベジータの様は、自分が気を失ってるうちにどうやってこんなにボロッボロになったんだろうと思うくらい疲労困憊の満身創痍で立っているのがやっとといった感じだ。
確かに、このまま悟飯がベジータと闘えば、確実に地球防衛組の勝利だろう。
というか、今のこの現状、そのサイヤ人と一戦交えられる力が残ってるのは、その大猿のみ。
そして裏を返せば―――――――――悟飯を元に戻せるのも、そのサイヤ人だけなわけで。
「お、おおおお願いベジータさん……っ!悟飯のシッポ、切ってくださいいぃぃい〜〜〜っ!」
てんぱったが力を振り絞って叫んだその『お願い』に、大猿を除く三人がいっせいに彼女に視線をやれば、そこにはとにかくいっぱいいっぱいな表情があって。
「げぇ! ちゃん……起きちまった」
「あ〜あ……もう、少し……寝てて、くれりゃ……なぁ…………」
彼女のことだ。意識が戻ってしまったらきっと大猿悟飯に多大なショックを受け、如いてはパニック起こし現状など無視して悟飯を元に戻そうと躍起になるのは目に見えていたからこそ。
――――――眠ってるうちにすべて片をつけちまおうと、急いで悟飯を嗾けたというのに。
まあ、の今の身体では悟飯のシッポを切るどころか身動きも取れないということが、幸いというかなんというか。
そんなわけで、悟空とクリリンは、がとんでもないことをやらかす前に(あの様子じゃなんにもできないだろうが)「急いでくれ悟飯!」という思いでいっぱいだった。
そして、名指しでお願いされてしまったベジータはといえば。
お願いも何も、そうしなければ自分の命がやばいのだ。
故に、さっきから大猿悟飯のパワー全開攻撃を交わしながらシッポを切ろうと必死こいているにもかかわらず、思うように動かない身体にイライラしているところに、自分をこんなふうに追い詰めた最初の糸口を作った彼女からそんな言葉を投げかけられて、ちょっと…かなり、ムカッとしながら。
「そ、そんなことはわかっているっ! 元はといえばおまえさえキレなければ、こんなダメージ受けずにすんだのだ!!! ダメージさえなければ、あんなヤツの一匹や二匹………っ!」
などと言い返してくるベジータに、はでテンションがあがってしまったらしい。
胃からせり上がってくる何かをグッと飲み下しながら、多分命がけと言っても過言ではないだろう、必死に声を張り上げる。
「誰のせいでキレたと思ってんの!?負け惜しみなんかどうでもいいから、さっさと切れっ! 早く切んなきゃ悟飯が元に戻れなくなるかもしれないじゃん!!!」
そんなことをのたまいながら、はとにかく必死も必死でさっさとしろとベジータに鋭い視線を走らせる。
はっきり言って、死に掛けの彼女。その彼女からこんな痛い視線を向けられるとは思わなかったが、それより何より。
そんなまさか。地球人とサイヤ人のハーフには、そんな特別なタイムリーなオプション(早くシッポを切らないと永久に大猿のままになるみたいな)がつくのだろうか。
い、いや、そんなバカな話があるものか。
彼女の大真面目な表情に一気に流されかけるベジータだが、強い瞳にたじろぎながらもここで引いてはサイヤ人の王子としての名折れだと負けじと睨み返す。
「そんなわけないだろう!!! そ、そんなに言うならおまえが切れ!!!」
「動けたらとっくにやってるよっ!!! わ、たしだってっ!!! あなたが化け物にならなきゃ、こんなボロボロにならずにすんだんだよ!?」
激しい。
とにかく激しい口喧嘩(?)に、唖然とするしかない悟空とクリリン。
しかして大猿にはそんな口喧嘩の意味などまったく理解できるはずもなく、「サイヤ人をやれ」という指令どおり、喧嘩の間に割って入り、ベジータに襲い掛かった。
グアォウ!!!と、腹の底に響くその咆哮、真っ赤な瞳に宿る凶器じみた殺気、そして、全身を硬い体毛で覆われた巨体。
「こんなの…………悟飯じゃないよーーーっ!」
本気で泣きの入るの声も、今の悟飯には届くはずもなく。
信じがたい事実を目に入れながら、神様にでも頼んで、シッポは生えないようにしてもらおうと心に固く誓うの目の前で、必死に化け物の攻撃を避けながら苦し紛れにベジータが円刃状の気孔波を大猿に向かって放った。
「ええいっ!!! くそったれーーーーーっ!!!!!」
斬っ!と。
その逞しいシッポが切れる音が、響いた。
とたんに大きくジャンプしていた大猿の身体が傾き、硬そうな体毛が抜け落ちて、徐々に縮み始める。
目を見開いてその変化を見つめ、は心底ホッとしたように、頬を緩めた。
「………よかった、間に、合ったみたい……。まぐれでも、ありがとうベジータさん………」
いや、間に合うも何も、シッポ切れば元に戻るのは当たり前だから。
が思うような「早くシッポ切らないと可愛い悟飯が永遠に化け物になってしまう」なんていう事実はどこにもないから。
そんな突っ込みどころ満載な彼女の発言はとりあえず置いといて。
ベジータ的には「まぐれ」という言葉のほうが引っかかるわけであり。
「フン……このオレ様にまぐれがあるか―――――――――って、うぉあ!?!?」
負けじと言い返すものの、化け物のシッポを切ってやったという達成感に思わず一息ついた。のだが。
縮み始めているとはいえ、まだまだ巨大な悟飯の身体。
その身体と落下地点のちょうど真ん中にいる自分。
すなわち、このまま行けばそのでかい身体=ものすんごく重い重石と、地面の間にサンドウィッチにされるであろうことは、わかりすぎるほどにわかっている。
けれども。
元気玉ぶっ放されて直撃したその身体で、化け物の攻撃から飛んだり跳ねたり走ったりと必死に逃げ回り、挙句そのシッポを切るために放った気孔波は、いかな最強最悪のサイヤ人の王子さまにも相当な無理があったらしい。
さけなければと、よけなければといくら頭が身体に命令を下しても、まったく思うように動かない身体。
迫ってくる巨体を、目を見開き凝視するしかすべはなく。
重力に従い落下していく大猿悟飯の広すぎる背中が視界を遮って。
ベジータはそのまま、これ以上負担をかければ死ぬかもしれないというそのガタガタの身体に、思いっきり気前よく大猿という重圧をかけてしまった。
ずどぉん、と、その重みに揺れる地面。
「――――――――――潰れ……ちゃった………?」
微妙な気分でそちらを窺えば、元に戻った悟飯の小さな身体を力なく退けながら、何か、リモコンのようなものを取り出し押しているベジータの様子を瞳が映す。
なにをしているのかは疑問だけれども、とりあえず生きていることを確認して、少し安堵した。
生きていることは生きているが、どう見たって自分と悟空と同様、ベジータももう立ち上がることは不可能なはず。
これ以上闘えないのは、目に見えて明らかだ。
終わった、かな。
こんな状態だけれども、悟空も、わたしも、とりあえず息がある。
クリリンさんヤジロベーさんもどうやら無事みたいだし、悟飯も、元に戻った。
それに………………ベジータさんも、死ななかった。
からしてみれば、誰も死ななかったということは奇跡的で、けれども申し分ない結果で。
たとえ敵であったとしても、やっぱりむやみに命を奪いたくない。
特に、育ち方を間違えてしまっているベジータには、(悟空をあんなふうにした手前殺してやりたいと思ったことも事実だけれども)同情する余地があると思うし、生きてさえいれば、いずれ暗い場所から明るい所に引っ張ってこられるかもしれない。
甘いってバカにされるかもしれないけれど、それでもそうなるといいな、と思ってしまうのは紛れもない事実だ。
身体は痛みを通り越し、麻痺している。
ぶっ倒れたままぼんやりとそんなことを考えているの耳に、機械音が聞こえてきた。
ふとそちらを見れば、降りてきたのはなんだか丸っこいもので。
そういえば、見覚えがある。あれは、悟空のお兄さんが悟飯を閉じ込めた乗り物――――――サイヤ人の、宇宙船。
そうか、さっきのリモコンでこれを呼び寄せて、どこかに帰るつもりなんだ。
宇宙船が着地したのを確認したベジータは、やはり立ち上がることができないのだろう、最後の力を振り絞るように仰向けに横たわっていた身体を反転させ、這いつくばってそこに向かっている。
「………ち……くしょう…………こ……この、オレが………ぶ、ざま、だ………」
かすかに聞こえる、ベジータのそんなセリフ。
自分を超えるはずのない最下級戦士とその仲間たちに、ここまでこっぴどくやられたのだ。きっと彼のプライドはどえらくズタボロだろう。
それを裏付ける、その言葉。
可哀想だとは思うけれども、こっちはこっちで大好きな人たちを殺されてるわけだし、身体的にも精神的にもそのくらい傷ついてもらっても罰は当たらないはずだ。
死んでしまった仲間たちを思い、胸が痛くなったそのとき。
「クリリーン!!! オレの刀を使ゃーーーーー!!!」
静まり返ったその場に響くヤジロベーの声に、ハッと我に返れば。
立ち上がったクリリンがベジータを追って足を引きずりながら歩いているその姿。
ヤジロベーの声に振り返り、すぐそばに落ちていた彼の刀を拾い上げたクリリンが、確実にベジータとの距離を縮めていることに気づき、は息を呑んだ。
クリリンがしようとしていることくらい、わかる。
殺された仲間の恨みを晴らすために、仇を取るために、ベジータの命を奪おうとしている。
やっとここまで追い詰めて、このまま逃がしてなるものかと、そう思う気持ちも良くわかる。
どうしよう。
殺してしまいたいというクリリンの気持ち、痛いほど理解できるのに、ベジータに死んでほしくないなんて。
間違ってるのは自分のほうだと、そう思うけれども、でも。
「ま、待て! 殺されたみんなの、恨みだ…………覚悟しろ……っ!」
「クリリン……さんっ」
刀を振り仰いだクリリンに、どうしていいのか考えがまとまらないままそれを止めるべく呼びかけたの声は、彼には届かず。
宇宙船に手をかけたまま、その鋭利な刃物を血走った瞳を大きく見開いて捕らえるベジータの姿があまりに衝撃的で、今にも刀を振り下ろされそうなその光景を見ていられず、は顔を逸らした。
シュン、と空を切る刃物の音に、思わず身体を強張らせる。
それから、恐る恐る、その場面に目を戻してみて、は目を瞠った。
ベジータの首一寸前で止まっている、その刃物。
固まったように動かないクリリン。
そして、クリリンがゆっくりと振り返ったその視線の先には――――――――――――。
「い…今、オレの心に話しかけてきたのは………悟空…おまえ、なのか……?」
悟空……?
悟空、あんなひどい怪我で、意識あったの?
が倒れている位置からは悟空の顔はまったく見えなかったが、悟空とクリリンの何か葛藤しているような会話が途切れ途切れに聞こえてくる。
悟空が、ベジータを助けようとしている声。
クリリンが、それを否定する声。
そして。
最終的に、クリリンはヤジロベーの刀を捨てた。
「よく覚えておけよ、ゴミども……。こ、今度は、きさまらに奇跡はないぞ………せいぜい、楽しんで、おくんだな………」
そんな捨て台詞を残し、ベジータを乗せた宇宙船は、地球を飛び立った。
果たしてコレでよかったのかどうか、先のことはまだわからないけれども、とりあえず。
犠牲は払ったけれども、地球防衛組はその名のとおり、地球を守ることができた、ということだけは、確実で。
宇宙船が消えていった空の彼方を、生き残ったものたちはじっと見つめていた。
それぞれの想いを胸に。
そんなわけで、ベジータ戦終了です。
強・制・終・了vvv(おいっ!)

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