『終わったぞ………………』
うん、終わったんだね、悟空。
『ああ、だから………もう………起きなくていい、もう、眠ってもでぇじょうぶだぞ………』
でも、考えなくちゃならないこと、たくさんあって。
反省したところで失ってしまったものはもう、戻らないけれど、それでも、やっぱり――――――。
『いいから、眠れよ。今は………その身体、休めねえと…………』
人のこと、言える立場………? 悟空のほうが、ひどいよきっと。
だから、悟空も………眠ろ?
『うん、そうだ………な』

ごつごつとした地面は寝心地だって最悪だけれど、ボロボロの身体はもう、どんなところだって意識を奪おうとしている。
でも、終わった安心感ももちろんあるが、それよりも溢れ出す、後悔、懺悔、自己嫌悪………そんな感情が凶器となって斬りつけて、今一番痛いのは精神だった。

自責の念で押しつぶされそうな胸に響く、あなたの声。
その優しさに癒されて、とりあえず今は………眠ってみようか。







第二十五章:一筋の光







真っ暗な闇の中、浮かび上がる助けられなかった人たち。
もの言いたげな、恨めしげなその瞳にさらされ、申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになる。
そうかと思ったら今度は、ブルマやランチの嘆き哀しむ声が響き渡って。
みんながみんな、『どうして助けてくれなかったのか』と、攻め立てる。



―――――――――ごめんなさい。ごめんなさい。







「――――――――――ちゃんっ。ちゃん!!!」

「ぅ…………痛ぅっ!」



強く身体をゆすられて、その痛みに意識が引き戻された。



「あ、ごめんね。あんまりうなされてたから」



朦朧とする頭に響くその声の方向に視線をやってみたけれど、視界が潤んでよく見えない。
ひとつゆっくり瞬きすると同時に目尻からホロリ、と、膜を貼っていた涙が零れ落ち、はっきりしなかったその顔が瞳に映った。





「ブ、ルマ、さん………?」





心配そうに自分を見ているのは、アイスブルーの瞳。
何故だかひどく頭が重くて、やっと認識したその人物の名を乗せた声は、ひどくボケボケで。





目を開けて自分を映したを見て、ブルマはほっとしたように表情を緩めた。



「良かった……。ちゃん、三日も眠りっぱなしだったのよ」

「三日………?」



ああ、だから。
こんなに身体がだるくて、こんなに頭がボーっとしてるのか。
―――――――――って。





「三日!?!? えええ!? って、うわ、何コレめちゃくちゃ身体が痛いんですけどっ。起き上がれないんですけどっ!」

「ちょ、何やってんのよちゃんっ! あんたものすごく重傷なのよ全治四ヶ月なのよおとなしく寝てなさいっ!!!」



三日ものあいだ爆睡してたのか、とその自分の所業にまず驚愕して身体を起こそうとすれば、とたんに『バカやろ急に動くなつうか起きるな休みたいんだ』とばかりに身体中が激痛を訴え、は起こしかけた身体をそのままその場に沈めて。

ブルマはついさっきまでボケッとしていたのいきなりの行動に焦り、彼女を叱りつける。





「三日って、三日って………え? 全治、四ヶ月………? それに、ここ、どこ?」



いまだ三日も惰眠を貪っていたというショック(?)覚めやらず上の空で呟いてから、叱られた言葉を思い出したがそれを復唱し、次いで自分がごつごつした地面ではなくて清潔なベッドの中にいることに気づいて、ブルマに視線やる。



「病院に決まってるでしょ? 複雑骨折に内臓損傷。まったく女の子のクセになんて無茶すんのよ。あんなやつらと戦って、生きてたのが不思議なくらいだわ。…………気分は、どう?」

「あ、ああ、大丈夫です。動かなければ痛くないし……」

「痛み止めが効いてるからよ。まあ、意識戻ってよかったわ。でも………こんな大怪我してたんじゃ、殴るに殴れないわね」



不満そうなブルマの様子に、は唐突に先ほどの悪夢を思い出した。





真っ暗な闇の中にいた、助けられなかった仲間たち。
逝ってしまった仲間たちを悼む、哀しい悲鳴。





そうだ。
わたしはサイヤ人たちと闘って。
悟空は多分わたしよかヒドイ状態だったろうけど、意識を失う前に無事、じゃないけど生存確認はできた。
悟飯はでっかい化け物になったけれども、致命的なダメージを負っている様子はなかった。
そしてわたしは、全身ものすごく痛いものの、とりあえず命拾いしている。
けれど―――――――――







自分と同じこの病院に収容されている二人に、すぐにでも会いに行きたいという思いに交錯して、目の前にいるブルマに対する申し訳なさが、それを上回るように溢れ出した。






「ご、めんなさ、い………ごめんなさいブルマさん。わたし…わたし、ヤムチャさん守れなかった。あ、謝って済むようなことじゃないこともわかってる、けど………本当に、本当にごめんなさいっ!!!」



大切な大切な家族がなんとか助かったからって、手放しでなんか喜べない。
だって、逝ってしまった人たちも、とてもとても大切で、それぞれに彼らを自分よりも大切に思ってる人がいて、残されてしまったその方々のことを思えば、喜んではいけない気がして。










涙を湛えた瞳で必死に見上げながら謝罪をくり返すの様子に、ブルマはひとつため息をついた。



すべてが終わった決戦の場に到着したときはもう意識はなくて、でも、飛行機に運び込もうと触れたときに一瞬だけ目を開けたが自分をその瞳に映して呟いた一言。





『ごめん、なさい』


ヤムチャさんを、みんなを、守れなかった。





傷ついた光を宿す潤んだ瞳が、声にならない謝罪を訴えていた。
その瞳はすぐにまた瞼で蓋をされてしまったけれど、こんなになるまで無茶して、身体だって相当辛いはずなのに、それでも自分のことは二の次で人の心配をしているに胸がいっぱいになった。










「全治四ヶ月だろうがなんだろうが、もうホント、遠慮せず殴っちゃってください! ブルマさんに限らず、本当はランチさんに打ち抜かれたって文句言えません。……むしろ、そうされなきゃならないことをしでかしてしまいました。それで許されるはずもないけれど……………気の済むまで、ボコにしてください!」





涙と、それからひどい怪我のせいで、上ずり掠れた声でそんなことを言ってくる
ヤムチャたちが死んだのは自分のせいだと、自分を責めて責めて。
本当に、この子は。



「バカね、ちゃん」

「うっ。ハイ………ホント、バカですごめんなさい」

「そうね。ホント、バカみたいに……いい子なんだから」

「……………………………ぇ」





ぽかん、とした顔で自分を見るの表情に、ブルマは軽く噴出した。





確かに殴りたいと思っていたのは事実。
でも、が思っているようなことではないのだ。





ヤムチャが死んでしまったことは本当に身を切られるようにつらく悲しいけれど、それは今必死に目の前で謝っている彼女のせいじゃない。彼女は少しも悪いところなどないのだ。
それなのに、懺悔と自己嫌悪でいっぱいになっている彼女。
こんな細い身体を、こんなにボロボロにして、その上精神的にも自分を追い詰めるなんて、本当に。







バカみたいにお人よしで、バカみたいに責任感が強くて、バカみたいに………人のことばっかり気遣って。








「あのねちゃん、ヤムチャたちが殺されたのは、ちゃんのせいじゃないわよ。ちゃんはよく頑張ったわ。それでもどうしようもないくらい相手が強かったんでしょ? だから誰もあんたを責めやしないわよ」

「でも………」

「でもじゃなくてそうなの! 悪いのは実行犯のサイヤ人でしょサイヤ人! 孫くんも悟飯くんもクリリンくんも、誰も悪くないの! まあ――――――ヤジロベーは正直言って、ピッコロの代わりに死んでくれたらよかったのにって思わなくもないけどね」



逃げたり隠れたりばっかりで、殆ど役に立ってなかったもの、なんてため息を吐き出すブルマを見て、はちょっと首をかしげた。



「なんで、知ってるんですか?」

「ん? ああ、最初はテレビで生中継してたんだけど、途中で映像途切れちゃって、それからは占いババの水晶玉で見てたのよ。まあ、そんなわけだから、殴りたいポイントはそこじゃないのよ」



水晶玉、と微妙な表情で呟くを見やってから、ブルマは彼女の元気な姿がその水晶玉に映ったときの気分を思い出し、ズズイ、との瞳を覗き込んだ。






「ねぇちゃん?」

「……は、はい?」

「あんた、一年前に『神殿に行く』ってカメハウス飛び出してって、そのまま行方不明になったわよね?」

「………ああ! ええはい、それは神殿で悟空に会えて………って」







そういえば、そんなことがあったっけ、なんて思い出し、その後のことを話そうとしたが、ブルマのにっこり笑顔に言葉を失った。
そう、ブルマは笑っていた―――――――――が、黒笑、だった。








「そうなの。孫くんに会えたの。それは良かったわねぇ」

「え…っと、、、ブルマ、さん?」



良かった、と言っている割には少しもよろしくない黒い黒い微笑に、思わずタジタジと見つめるの瞳をしっかりと見つめ返し、ブルマは口元に貼り付けていた笑みを消した。



「で、その間、あたしがどれだけ心配したか、あんたわかってんの?」

「ぅえっ!?」








最愛の夫の死に直面して今にも壊れそうだったが、ものすごい勢いで飛び出していってしまい、そのまま帰ってこなかった。



アレからどうなったのか、どこにいるのか。
独りで泣いているんだろうか。
まさか、自殺なんて。





とまあ、とにかく心配で心配で、気が気ではなかったのだ。








そんなふうに死ぬほど心配していたの姿が占いババの水晶玉に映し出されたときのあの安堵感。
思わず涙がこぼれそうなほど、ホッとしたのを覚えている。






が、安心すると同時に彷彿と、張り倒してやりたい衝動が頭をもたげた。






憎らしいほど元気で、出て行ったときの今にも消えてしまいそうな儚さなんか、まったく感じなくて。

四方八方ドラゴンボール探しがてらのことも探すべく飛び回り、願いを『悟空を生き返らせてくれ』よりも『を今すぐここに連れて来い』に変えようとまで本気で思っていた(もちろん亀仙人たちに全力で阻止された)今までの自分の心配はいったいなんだったのか、と。
無事に帰って来たら、二、三発お見舞いしてやろうと思っていたわけなのだ。






「まったくもう! 無事なら無事で便りのひとつでも出したらどうなのよ。こっちは心配で心配で身が持たないわよ。帰ってきたと思ったら、殺し合いの場に堂々と突っ立ってて大暴れして、挙句の果てにはこんなひどい状態で死にかけてるし」

「っ痛て! ご、ごごごごめんなさい;;;」



パチン、とデコピンくれながらのブルマのお説教に、は素直に謝罪する。
ウルウルと瞳を揺るがすの様子に、ブルマは今度は優しい視線を送った。



「まあとにかく、出発前にちゃんが起きてくれてよかったわ。このまま意識戻らなかったらどうしようかと思ってたのよ。ほんっと、ちゃんはあたしを心配させる天才よねぇ」

「そ、それは本当に申し訳なく…………って、出発?」



ことり、と首をかしげたに向かって、ブルマが艶やかな笑顔を披露した。



「そう。ヤムチャたちを生き返らせるの」

「生き返らせる…………? あ、でも、ピコさんが死んじゃって、ドラゴンボールはもう……」



再び表情を曇らせるとは対照的に、ブルマは明るく希望に満ちた瞳をきらん、と輝かせ、を見る。



「それがね、あんたが寝てる間にいろいろあってねー。ピッコロの故郷の星に行けば、元祖ドラゴンポールがあるかもしれないって話になったのよ。で、今宇宙船作成中なの」

「宇宙船………って、、、もしかしてピコさん宇宙人だったんですか?」

「まあね。なんていったかしら……ナメクジ星人?」

「――――――ナメクジ………」






ブルマの口から出てきた言葉に、はピッコロ&神様の顔を思い描く。
悟空が宇宙人なんだから、彼らが宇宙人だって別に驚きはしない。むしろ、悟空よりも彼らのほうがよっぽど宇宙人らしい。

けれど、それよりなにより。

そうか、あの触覚みたいなものは、デンデンムシムシカタツムリの名残だったのか。。。
塩とかかけたらとろけちゃうんだろうか。
つうか、宇宙人でも地球の神様になれたりするんだ。






そんなことを思って超絶微っ妙な顔をするだったのだが。







「違いますよブルマさん。ナメック星人ですよ」

「ひどいですよブルマさん、ピッコロさんをナメクジあつかいするなんて」



聞こえてきたその二つの声音に、は一瞬身を硬くし、何故だか、恐る恐るとその方向に視線を向けた。
ちょうど自分の病室の入り口に立つ、二人を視界に留め。










「―――――――――…………クリリンさん…………………………悟飯…………」

「あ、ちゃん気がつい「おかあさんっ!!!」 おい悟飯走るなよまだ足治ってないんだから」





頭や腕やら足やらに包帯を巻いた悟飯が、自分に向かって元気に走ってくる。
それを宥めるように笑うクリリンもまた、いろんなところに包帯を巻かれていて、でも。
―――――――――無事だ。元気だ。





「おかあさん、目が覚めたんだね! もう大丈夫ですか?」





聞いてくる、その声。
心配そうに覗き込んでくる、漆黒の澄んだ瞳。
そうっと、顔に触れてくる、温かくて柔らかい指先。









「悟飯………悟飯。悟飯! ああ悟飯ちゃんだ、悟飯だぁ……。包帯こんなに巻かれちゃって、そんな走って大丈夫?」



元気な我が子の姿に、心底安堵して思わず目が潤んでしまう。
しかして痛々しくもその小さな身体は包帯にくるまれていて、自分の身体のことなんか忘れて逆に聞き返してみれば、ニコリ、と柔らかいその笑顔。



「ぼくは大丈夫です。それより………おとうさんの言ったこと、本当だったんだ」



なんて可愛いんだろう、わたしの息子は。
などと、親バカ全開でその笑顔に無上の幸せを感じながら、はちょっと首をかしげた。



「おとうさんの言ったこと?」



この笑顔を守れてよかったと、心底そう思いながら問い返すと、ニコニコ笑う悟飯の頭にポン、と手を乗せたクリリンが、同じくに笑顔を向けて。



「悟空がさ、『は三日で目ぇ覚めるぞ』って自信満々で言ってたんだ。無理したときはいつもそうだって。な、悟飯?」

「はい! 本当はおとうさんもここに来たがってたんだけど、おかあさんとおんなじで動けないから」



困ったように笑う悟飯に、は笑顔を返した。



「悟空も……おとうさんも、無事なんだね。よかった………」



ふわ、と広がるその笑顔を見て、ブルマがクス、と笑う。



「そうそう。ちゃんはそうやって笑ってるのが一番よ。それに、死んじゃったみんなも生き返れる可能性大なんだから、責任なんか感じないでいいのよ、ね?」

「なに? ちゃん責任なんか感じてたの? だったらオレだって同罪だな……。みすみすみんなを死なせちまったんだからさ。だから、ナメック星に行って必ずみんなを生き返らせてくるから、安心して待っててよ」

「ブルマさん、クリリンさん………」










もう、なんていうか。
みんなみんな、優しすぎて。
わたしはなんて、恵まれた人生を送っているんだろう。
しっかりしなきゃいけないのに、あんまり優しすぎるから。









「………なんだか……甘えちゃいそうになっちゃうよ。わたし、なんにもできなかったのに………痛てっ」



すまなそうに目を伏せるのおでこを、ブルマがぺしん、と叩く。



「なに言ってるのよ。ちゃんがいなかったら、地球ごとなくなってたかもしれないのよ? それに、何回も言ってるけど、あんたはあたしの妹みたいなもんなんだから、どーんと甘えていいのよ。遠慮されるほうが嫌だわ、あたし。だから、そんなこと気にしないで早く良くなんなさいよ」






精神的に一番痛手を負っているといっても過言ではないブルマのその言葉に、胸がいっぱいになる。
やってしまったことはもう取り消せないし、気にするなと言われたってハイそうですかなんて割り切った考え方なんかできないけれど。







それでいいって、笑ってくれるから。








「ありがとう、ブルマさん」







思わず、お礼なんか言ってしまった自分は、多分、とても情けない笑顔になってるんだろうな、と思った。















「それで、ですね、おかあさん。ぼくも、ナメック星に行こうと思ってるんです。ピッコロさんを、生き返らせたいんです。いいですよね?」

「――――――――――――よくありません!」




















その後、寝たきりの母は、「絶対に行く!」と言ってきかない息子の強い意志に負け。





言い出したら聞かない我が子の意外な一面を垣間見て、「ああ、わたしはいつも悟空にこんな思いをさせてたんだ」と、我の強い自分をちょこっとだけ、反省したという。。。






















そんなこんなな終焉エピソード。
行くぜ!ナメクジ……もとい、ナメック星☆