今までだって、そりゃもうかなり無理してきたって、自覚してる。
みんなの幸せのため、そして自分の幸せのため、強くならなくちゃと言い聞かせ、自分に暗示をかけるように頑張ってきた。
だから今回だって、きっと出来るはず………だったのに。

「どうして………50から一気に100な、ワケ?」
「時間、ねえし……」

そう。
重力装置の数値は今、『100』を示していたりする。


確かに、は言った。
「わたしに構わず、悟空のペースでやってねv」と、にっこり笑いながらそう言った。
それに返ってきたのは、同じくにっこりと笑いながらの、悟空の遠慮も何もないこの仕打ち。


「ご、ごめん悟空……わたし死ぬわ、これ」

いや、別に悟空のペース云々と言ったことを後悔なんかしないし、遠慮なんかもちろん無用なんだけれど。
それに、悟空が無茶やっちゃうことなんか、最初っから判っちゃいたけれども。


床に吸い付かれ、さらになにか非常識なほど重たい何かを上から乗っけられたような感覚。
もし今、いっぱいいっぱいで必死に発動している力を少しでも抜いてみようものなら、その圧力でグシャッと中身(所謂内臓)が飛び出しそうで。
実際、口の中はなんだか鉄臭く、血が滲んでいるのがわかってしまう。


悔しい。非常に悔しい。
頑張っても、限界突破しても、突然襲ってきたこの重力の中で修行するのは到底無理っぽい。冗談抜きで、死ぬ。
ナメック星にはものすごくお強い方たちがまったくもって迷惑千万なことにいっぱい居てくださるんだから、みんなを守るためにはとにかく強くならなきゃならないのに、ここで悟空に置いていかれるのが死んだら元も子もないとわかっていたって、とても悔しい。


そんな感じで思わず悔し涙が浮かんだの頬に、悟空の指が触れた。
悪戦苦闘でやっと顔を上げれば、彼とて100倍重力はかなりの負担なのだろう、踏ん張ってう○こ座りをしている悟空と目が合って。

「わりぃ。待ってやりてえけど……あと少ししか時間がねえんだ」
「ぅん……うん、わかってる。わかってる、けど……こんなことで根を上げてたんじゃ、今回もわたし、みんなのこと、守れない……かも、って思うと……悔しくて…………」

泣き出しそうなの顔を見て、悟空がその途方もない重力に抗うべく全身全霊に力を入れた手で彼女の頭をそっと撫でながら、微笑んだ。

はいつもそうやって頑張ってくれてっだろ? だから今回は、オラに守らせてくれ。みんなのことも、悟飯のことも、そして――――――おめえのことも。な?」

優しい笑顔でそう言われ、なんだか別の意味で泣きそうになる。
何年経っても変わらない、その優しさ。だからこそ、何年経っても変わらない、悟空へのこの気持ち。
――――――――――――すっごく愛しちゃってるこの人には、きっと一生、適わない。

「……………はい」

素直に頷いて。
悟空の修行の邪魔にならないように、は手首に巻いていたブリーフ博士からの贈り物・『反重力装置』のスイッチをぽちっと押した。







第二十九章:修行地獄の宇宙遊泳、幕






を止める方法は、優しい言葉と自分の笑顔。
無理している彼女に「無理するな」というのは、かえって変に天邪鬼なところのある彼女の闘志を煽るにすぎない。
だからといって「ガンバレ」というには、あまりに過酷なこの重力。
少しずつ上げていければきっと彼女も乗り切れるだろう修行だが、とにかくタイムリミットが迫っているため置いていくしかなかった悟空は、今までの経験を思い出し、最善の方法でに修行をやめさせた。

巧くやめさせることはできたものの、そのとき見せた彼女の泣き出しそうな笑顔に、罪悪感が頭をもたげる。
責任感の人一倍強い彼女のことだ、本当はやめたくなどなかったのだろう。
それでも、自分の邪魔にならないようにと、は反重力装置を作動させて、笑顔で階下にくだっていった。



―――――――――無理に笑顔を作る彼女に、今でも胸が熱くなる。



「オラが、やらなきゃな。あいつの分も」



強く決意した悟空は気合を入れなおし、しょっぱなっから突っ走ってはいたけれど、これぞ鬼気迫るといった感じのすさまじい修行を続行した。






そのあまりの激しさに、宇宙船は揺れるに揺れて。








「―――――や、ややややばいよ………ヤバイって! 大丈夫? 大丈夫なのっ!? この宇宙船!!! ナメック星につく前に墜落とか………っ!? で、でもだからって、、、頑張ってる悟空に『ヤメロ』なんてとんでもな………ウギャッ!? うわわわわ怖いよーーーっ!!!」





ドガガガガ、とかバキンバキン、とか、非常に胸に響くノイズとともに揺れまくる宇宙船の中、当のは修行においていかれたことを悔しがる間なんかないほどに、怯えているわけであり。

恐怖ゆえに暴れる心臓がドクンドクンと胸を打ちつけ、それを押さえるようにギュ、っとその胸を両手で強く押さえつつ、隅っこに小さくなって、悲鳴が上に漏れないよう毛布なんか引っかぶり本気で泣きの入っている彼女。

悟空の心配とはまた違った意味で、これならまだ修行してたほうがマシだったかもしれない(気が紛れるから)、などと、は死にかけたことも忘れてやめたことを後悔していたりした。








それからかれこれ約2日。
地球を出てからというもの、不眠不休で一心不乱に修行していた悟空は、100倍の重力の中でも殆ど疲れなくなったことを自覚して、やっとその手を休めた。



こんな短期間で100倍重力に慣れた自分を自分で驚いちゃうなー、などとのんきに独り言を漏らしながら、ここ数日間大変お世話になった重力装置を切ってみる。

最初こそさほど変わらないように思えた悟空は、なんとなく足元に転がっていた石ころ、云わば修行でボロボロになった宇宙船内の内装の残骸を拾い、これまたなんとなくそれを力いっぱい投げてみて……投げたその石を、自分でキャッチした。



つまるところ、一人でキャッチボールができてしまった、その事実。





一瞬、自分のしたことに呆然となり、手のひらにある石をじっと見つめて約数秒。
次の瞬間、悟空はパァ、と破顔した。




「やったあ!なんて軽さだよ!」




思わず叫んでから、笑顔全開で下に下りる階段を振り仰ぎ。






! ー! ちょっと来てくれ!」








し――――――――ん……………。









一刻も早く自分の修行の成果を見せて喜ばせてやろうと思った彼女を呼んだのだが、階下からは返事どころか物音ひとつ聞こえてこない。
それを不思議に思いつつ、首をかしげながら階段を下りた悟空は、広いフロアの隅っこになにか、毛布の塊を見つけた。




なんだろう、とそれを捲ると、そこには猫のように丸くなって眠っているの姿。
そういえば、地球を出てから修行を続け、ここに下りてくるまでの三日間、彼女も全然休んでいなかったことに今更ながら気づいた。



自分とて今の今まで眠るどころか休憩も取らなかったが、彼女も疲れていたのだろうと少し苦笑する。
けれど何故、こんな隅っこで縮こまって寝てるんだろう。






ほら、寝るんだったらちゃんと布団に入んなきゃダメじゃねえか」





いつも自分が言われていることを、逆にに言いながら、その身体を二、三度揺すったら、薄く目を開けた彼女が、なにやら小さく口を開き。





「……………………」

「お?」





寝ぼけ眼の無防備であどけない顔に思わずドキリとしながら、意味はわからないものの聞こえてきた声を反芻してみる。
この表情を無意識にやってみせるはかなりの凶悪犯罪者だ、と、どぎまぎしていた悟空は、次の瞬間、彼女の行動に不意打ちを食わされることとなった………………………すなわち。






「落ちるーーーーーーっ!!!ウギャーーーーーーっ!!!」

「うわわわわっ! ちょ、どうしたんだよっ!?」





いきなり絞め殺さんばかりの勢いでギュウ〜〜〜っ、と油断していた悟空に抱きつき、「宇宙船がっ、宇宙船があぁああ〜〜〜」とワケのわからないことをのたまいながらパニくってるの様に、悟空は悟空でとりあえずそんな彼女を受け止めながらいったい何事かと驚くばかり。





「え〜と、、、。落ち着――――――」

「だめムリ怖いドガガガってバキンバキンって揺ら揺らガクガクででも頑張ってるんだから止めてなんて言えないし大丈夫大丈夫きっとそんなヤワじゃないからこの宇宙船でも怖いの落ちるのイヤーーーーーっ!」



ギュッと強く目をつぶって、早口にまくし立てるの中ではきっと、いまだに悟空が修行真っ只中にいる状況なのだろう。
身体を揺すって起こしたのがいけなかったのか。






てゆうか。






いつもながら、寝ぼけているんだろうが予想だにしない不可解な行動をとってくれちゃいながら切羽詰っているの、要領を得ないセリフを整理してみれば。





『宇宙船が落ちそうで怖いけれども頑張ってる悟空を止めるなんてゼッタイできないから我慢我慢』というわけで。





なるほど、だから部屋の隅で悲鳴を飲み込むために頭から毛布をかぶって怯えてたのか。
で、怯え疲れて眠っちゃったのか。






力いっぱい抱きついているの背中を、悟空は安心させるようにぽんぽん、と優しく叩く。






「でえじょうぶ、もうでえじょうぶだ。宇宙船、もう揺れてねえし、もちろん落ちてもねえぞ。修行もバッチリだ」

「……………悟、空…………?」



ゆっくりと力を抜いたが顔を上げると、そこにあったのは愛しの旦那様の優しい笑顔で。
それを見たとたん、すとん、と落ち着いてしまった。
落ち着いてみれば、確かに宇宙船は激しいノイズもなければ揺れもなく、まったくもって静かだ。



「あ、ホントだ、揺れてない――――――って、え!?」



ホッとしたのもつかの間。
上でドタバタやっていた悟空の端正なお顔が自分の目の前にある=悟空の修行が終わってる?
って、なんでわたしは気づいてないの!?!?







「まさかわたし………悟空が頑張ってる最中に、居眠りぶっこいちゃってた、とか………?」




愕然となりながら、呟く
それはそれでかなり痛い。
一方が死に掛けの非常に厳しい特訓中に、のんびりと寝ていた片割れたる自分がものっすごく情けなく信じ難い。




「ご、ごめん、ごめんね悟空! 悟空が頑張ってるときに………」



しょぼくれて必死にぺこぺこ謝罪を始めるだが、悟空としてみれば、ボロボロの身体を癒してくれるイイモノ、つまり穏やかな奥様の寝顔が見られたわけであり。





「いいって別に。おめえだって頑張ってたんだ。それに、さ」



いまだくっついていたその華奢な躰をギュッと抱きしめて、その潤んだ瞳をいたずらっぽく覗き込む。



「おめえの寝顔、可愛いし」

「あ、ぁ……ぁう///」



何度も言ってるけれど、やっぱり恥ずかしそうにうろうろと彷徨わせるの視線を、に、と笑みながら捕らえる。



「なんか、そそられるっつうか」

「…………は!?」





降ってきた危険なセリフに、はボッと顔を赤くしてあたふたと抵抗を始める。
「可愛い」はひっじょーに嬉しいけれど、、、「そそられる」って、何!?!?






『そそる』イコール『ある感情・行動を起こさせる。さそう。』






寝てるときのマヌケ面に、どんな感情が起こってなにをさそったっていうんだろう。
―――――――――いや、わかってるから余計に焦る。






「えとえとえと!!! そんなことより悟空さん、修行は!? 大丈夫なんですか!?」



あたふたと慌てふためき話題を変えようとするの行動が、わかりやすくておもしろい。
あまり苛めるのも可哀想だからと、悟空は抱きしめていた腕を緩めて、自信に満ちた笑顔を彼女に向けた。




「そりゃもう、バッチリだ。身体は自分がいねえみてえに軽いし、こんだけ鍛えてあれば10倍ぐれえの界王拳にだってたえられっぞ。だから心配ねえ」



それを聞いたが、悟空をまじまじと見つめてから。



「……そっかそっか。よかったぁ。それにしても悟空………」

「なんだ?」



さっと顔を赤らめてから言葉を切ったに問い返せば、なんだか言いにくそうに視線をあらぬ方向にやって、それからそっぽを向く。



「やっぱ、いいや」



ちょっと拗ねたような口調に、悟空は苦笑しながらうつむきがちなその顔をのぞきこんで。



「オラが強くなっちゃったから、悔しいんだろ。まったく負けず嫌いだなぁ」

「そっ!れも、あるけど、さ、そうじゃなくて………」

「違うのか?」



確かに、今の悟空と自分との力の差は歴然としていて、それが悔しいってのもまあ、ちょっとはあるけれど。
それよりなによりも。






力強いその笑顔も。
柔らかく澄んだ漆黒の瞳も。





なんだか前よりも、ずっとずっと。






「悟空、いちだんと、その………かっこよくなったね」






きょとんと首を傾げるその可愛いしぐさに後押しされて、思わず漏れてしまった自分の本音に、自分で言っておきながら照れてしまった。



悟空はといえば、つついと視線を外し頬を染めたからの思いもよらなかったその言葉に、一瞬ぽかん、としたあと、先ほど押さえ込んだ感情が、ゆるゆると高揚してくるのを感じだ。
別に深い意味はない、の場合、裏表なんか存在しないあけっぴろげな性格だから、思ったままをただ言っているだけなんだと、そうわかっていても。



ぶっちゃけ愛しちゃってる大事な娘からこの状況下でそんなこと言われてしまえば、いかな悟空だって男は男。






「うわっ! ご、悟空?」



いきなり伸びてきた腕に抱きしめられ、驚いたように声を上げる
その身体は相変わらず柔らかくて、温かくて。






「一年以上、だよな?」

「は? なにが??」



意味がわからず問い返すの身体を、ひとつ力をこめてギュッと抱きしめる。






「禁欲生活」






耳元で低く囁かれ、はカチン、と音がするような勢いで固まった。
一気に身体が熱くなる――――――というか。







「………どこで、そんな言葉を覚えてきたんですか、悟空さん………」





無知で無邪気な悟空からは到底出てくるとは思えないセリフに、今の状況からはどうでもいい疑問が湧いてくる。

それに小さく笑って。



「出発する前にブルマに言われた。『よく我慢できるわね』って。ま、でもあんときは、オラもおめえも身体ガタガタだったし、我慢もなにもなかったけどな」



ああそうですか、と呟きながら、そうっとその腕を抜け出そうとするの身体をがっしり羽交い絞めにしてにっこり笑う悟空。






「つうワケで、逃がさねえから。あきらめろ」

「っ! そ、そんな可愛い顔したってダメだよっ! だってここ、宇宙船だしっ!」

「そうだな。宇宙船で、オラと二人っきりで、しかもオラもも元気だ。これで我慢しろって方が無理じゃねえか」

「け、けど、もうすぐナメック星に着くんでしょ!?」

「あと1日あるぞ。もとの重力に慣れねえといけねえし、うんと休んで体力回復しようと思って1日早く切り上げたからな」

「じゃあうんと休もうよ! 悟空ずっとお風呂入ってないんだから、入ってきなよ。わたしゴハン作っとくから、ねっ!?」




必死に言い募るがなんだかとても可愛くて、悟空はクックと肩で笑いながらその身体を開放してやった。
とたんにちょっと距離をとってからパッと振り返ったの顔は、本当に夕焼けに染まったみたいに真っ赤で。




「よし。じゃ、まず風呂に入って、久しぶりにのメシ食ってからにするか」

「わたしのメシ食ったら、すぐにオヤスミしようね悟空」



相変わらずの真っ赤な顔でかるく睨みながら言うだが、そんな顔したってまったく逆効果だ。
男心のわからないやつだと思いながらも、悟空は少し真面目な顔を作る。






「――――――でもさ、ナメック星着いちまったら、命がけの戦闘が始まるんだぞ?」



そう言うと、ハッとしたように目を瞠った。



そうだ、ナメック星は今、界王でさえ「手を出すな」とおっしゃるような超最悪なフリなんとかってのがいるんだ。
どんなに悟空が強くなったって、無傷ですむとは、到底思えない。



うつむいたの顔をのぞきこみ、悟空はちょっと笑う。



「だからオラ、今のうちにとイチャイチャしときてえな。………がイヤだっつうんなら、無理にはやらね―――――」
「イヤじゃないよ!」





悟空の言を遮ったの声に、彼女を見れば、なんだか泣きそうな顔をしていて。
苛めすぎたかな、と苦笑しながらその柔らかい髪をくしゃっとかき混ぜた。




「でえじょうぶ。そんな顔しなくたって、オラがみんな守ってやっから。な、?」

「―――――――――うん」



コクン、と素直に頷く
それに今度はにっと悪戯っぽく笑んで。





「で、イヤじゃねえんだな?」



改めて確認すれば、恥ずかしそうにはにかみ笑いながら。



「イヤじゃ、ないよ」



そう答えてくれるの柔らかい気配を、ゼッタイに守りたい、と。
そして、ナメック星で奮闘しているであろう悟飯、クリリン、ブルマも、ゼッタイに助けなければ、と。










「やってやるぞ」と決意を新たに、お風呂に入る悟空だった。





















そんな感じで、宇宙の旅、幕、でございます。
次はいよいよナメック星到着!…だと思う。。。(え?)