ゼッタイに勝てないと、そう思った。
最長老様に潜在能力を引き出してもらったけれど、それでもゼンゼン届かなかったベジータさんが、ボコボコにされて。
きっとボクも、あんなふうにされてしまうんだと思うと、すごく怖かったけれど。
でもボクは、おとうさんとおかあさんの子供だ、逃げるもんか。
それに、痛いのも、血が出るのも、死ぬのだってもちろん怖いけど、それ以上に、自分が目の前のパイナップル頭の足元にも及ばないのが、とても、とても悔しかった。
だから、最後まで、がんばった。
勝てなくても、少しくらい、見返してやりたくて。けど。
がんばったけど……………ダメ、だった。
第三十章:怒らせてはいけない人
もろに首に蹴りが入って、その衝撃で『痛い』と思う間もなく意識がなくなった悟飯。
自分の首の骨が折れたことも、それによって自分が今瀕死状態であることも、ゼンゼンわからなかったけれども、多分、これでボクは死んじゃうんだ、と、白くなっていく頭の中で漠然と思った。
そう、思ったんだけれど。
急に、意識が引き戻された。
目を開ければ、悔し涙でかすんでいた視界はとてもクリアで、あちこちから血を流し開いていた傷は全部ふさがっていて、気を失う前に受けた首への衝撃も、夢だったかのようになんともなくて。
きょとん、とただ前を見た悟飯に降ってきた、柔らかい声。
「よう。大丈夫か?」
「………おとうさんっ!」
呼ばれて顔を上げた先。
優しく笑うのは、心待ちにしていたまごうことなき父親の姿で。
一瞬にして、強張っていた身体から力が抜ける。
泣きたいくらいの安堵感に襲われて思わず涙ぐんでしまった悟飯の髪を、悟空はくしゃっとかき混ぜた。
「ひでえ目にあったな、悟飯」
優しい瞳で覗き込まれて、小さくうつむいてから、ハッとして顔をあげ。
あまりの安心感に吹き飛んでしまった現況を伝えるべく、悟空に切羽詰った表情を向ける悟飯。
「お、おとうさん気をつけて! あ、あいつら――――――――って」
自分を痛めつけていたパイナップルに目を戻した悟飯が、言葉を失って唖然とする。
そこで彼が見たものは、これまた自分をひどく安心させてくれるはずの母親の、怖いくらい綺麗な『微笑』、といっていいのだろうか。
しかも………パイナップルを踏みつけグリグリしている、その事実。
「うん、まあ……あいつはに任せて、クリリンにも仙豆を食わせてやんねえとな」
「あ……はい。でも……」
苦笑交じりの悟空を見てから、再度のほうに目を戻す悟飯の顔に浮かぶのは、焦りと緊張の切迫した表情。
なにせ今の彼女は、ひどく綺麗だけれども、いつもの温かさが微塵も感じられない。
あの優しい母親がにやりと口端を持ち上げ、「死ね、死ぬのだ」と言っているようなのは、聞き違いだ、気のせいだ、と思いたい息子の胸の内。
背筋に寒いものが走り、無言で父親に目をやれば、悟空はふう、とひとつ息を吐く。
「やらせてやんねえとこっちにとばっちりがきちゃいそうでさ。無理もねえ、悟飯が虫の息だったときのアイツ、気が狂っちまうんじゃねえかと思ったくれえ取り乱しててさぁ」
ははは、とのんきに笑いながらクリリンのほうに歩いていく悟空。
その余裕に少し戸惑いつつ、悟空とを交互に見ながら父親についていく悟飯に、悟空はちらり、とある方向に視線を流して問いかけた。
「………どうして、ベジータもひでえダメージを受けてるんだ?」
悟空の視線の先には、悟飯やクリリンほどではないが、ガクリと膝をつき、立ち上がることさえままならないようなひどい怪我を負っているベジータがいて。
「あいつにやられたんだよ。とにかく……ものすごい強さで………」
「ふーん……ま、でもあいつ今、に踏まれてっけどな、アハハハハ」
確かに、自分たちが殺されかけ、あのベジータでさえどうにもならなかったガタイのすばらしい男を、どうやったかはわからないがとにかく地べたに縫い付けている細い足。
いくらキレているからっていったってあまりにも信じがたい現実がそこにあり、それをこともなげに笑っている悟空の余裕。
六日前、悟空とがすごい特訓をしながらナメック星に向かっているという知らせをブルマから聞かされたから、期待はかなりしていたけれど、それにしても、信じられないほどの急激なパワーアップ。
いったい彼らはその六日間、ナメック星に向かう宇宙船の中でどんな特訓をしてきたのだろう。
父親の頼もしい背中を追いながら、悟飯は戸惑いを隠せない。
けれども悟空本人はそんなこと気にも留めず、すたすたと倒れているクリリンのそばに歩いていき、そこにしゃがみこんで仙豆を一粒さし出した。
「クリリン、待たせちまったな。仙豆だ」
受け取った仙豆を噛み砕きながら、クリリンは力なく笑う。
「はは………うれしいような、うれしくないような…………」
「うれしくない?」
クリリンは復活した身体を起こし、ことりと首を傾げて反芻する悟空を見上げ、それからうつむく。
「悟空………おまえにだってわかるだろ? あいつらの強さが。仙豆で元気になったってまたやられるだけさ…。いくら悟空だって無理だ。ヤツら、ケタちがいの強さなんだ」
「あ、あの………でも、クリリンさん、おかあさんが………」
どうやらが闘っているのが見えていないらしいクリリンに悟飯が言いさしたが、クリリンは軽く首を振って悟飯を無視し、膝をついているベジータを見てから悟空に顔を向けた。
「ベジータだって、あのザマなんだぞ………」
「あ、そうだそうだ。どうしてベジータがやられてんだ? 仲間じゃねえのか?」
どこまでも悠長な悟空に呆気に取られたクリリンだったが、気を取り直して「もともとは仲間だったらしいんだが…」と切り出したとき、悟空が彼の頭に手を乗せて笑った。
「しゃべらなくていい、さぐらせてくれ」
「……へ? 何してんだよ悟空。お、オレ、熱はないけど………」
それには答えず、悟空はしばらくじっと何かに集中しているような表情を見せ、それからクリリンから手を離した。
「いろいろわかったぞ。おまえたち二人がやけにパワーがあがったわけや、ブルマも無事だってこと。奪われちまったドラゴンボール、それから、フリーザってヤツやあいつらのこと。ベジータのこともな」
にこりと笑ってこともなげに話す悟空に、クリリンと悟飯は唖然とその笑顔を見返す。
「う、うそだろ!? 何でそんなことがわかるんだよ!?」
「さぁ。なんとなくこうしたらわかるような気がしたんだ」
「おとうさん、すごい……」
ははは、と笑ってから、悟空はちょっと考え込む風情を見せたあと、こちらを窺うように見ているベジータに視線を走らせる。
「ベジータは相変わらずひでえヤツみてえだが……事情はどうあれおめえたち、この闘いで命を助けられたようだな……」
ひたすら驚いているクリリンと悟飯の前で、悟空は袋から残り一粒の仙豆を取り出し。
「ベジータ! こいつを食ってみろ!」
一声かけて、手に持った仙豆をベジータに投げた。
受け取ったベジータは、小さな豆と悟空とを交互に見た後、無言でそれを口の中に含む。
ベジータが立ち上がったのを目の当たりにして、クリリンが我に返った。
「おっ、おまえ! 最後の一粒なんだろ!? 何で……っ。バカだぜ!あいつも治して四人で闘おうって考えだろうが、そんなことしたって――――――って、うわっ!」
「っと、危ねぇ……っ!」
「わっ!」
クリリン抗議中に勢いつけて飛んできた何か大きな物体を、三人してかろうじてそれを避け。
仙豆によってすっかり身体が治っていることに驚いているベジータのちょうど隣あたりに落下したその『なにか』は、先ほどに踏まれていた巨体で。
ズザザザー、と落ちていくその巨体を声も無く目で追ってから、なぜか、恐る恐る、とそれが飛んできた方向に視線をやった悟飯、クリリン、そしてベジータ。
そこに立っているのは、逆上して性格が180度逆になっている、華奢な姿。
整ったその綺麗な顔には、薄い微笑がはりついていて。
それはすごく、すごく綺麗なんだけれども、それと同時に―――――――――ひどく恐ろしい。
「うーわ……あれ、ちゃん、だよな………?」
「そうなんです………怖いでしょ?」
「つくづく………カカロットにはもったいない女だ」
「――――――なんだよベジータ。はオラんだからな」
そんなことを言われているなんて気づくはずもなく、はひたと標的をその据わった目で見据え。
「許さないから。わたしの宝物に手ぇ出したやつは、死んで償え」
倒れた巨体を見下し、妖艶に哂って発せられた声は、凛として澄んでいる。
巨体のほうはといえば、もうすでに意識はなく、ただただ痛めつけられていただけといった感じで。
自分たちが手も足も出なかったそれを、息も乱さず気絶させているその細い身体が、トドメとばかりにそこに向かって動き出したとき。
「ストップだ、!」
ガシ、と。
悟空が自分のとなりをすり抜けて巨体に向かったの腕を掴んだ。
「…………ジャマ、しないでよ悟空。殺っていいっていったじゃん」
「あのなぁ……。やっていいとは言ったけど、殺っていいなんて言ってねえぞ、オラ」
「いーから放して。あいつ……悟飯の首折ったんだよ!? あんな小さな子を! 悟飯きっと怖かった、痛かった、そして……悔しかった!!! だからわたしが、代わりに殺してやるんだからっ!!!」
がむしゃらに振りほどこうともがくの身体を、ホント、毛の逆立った猫みたいだ、と思いながらギュッと抱きしめて押さえつける。
逆上してる彼女のスピードについていけること、そして、それを止められること。
彼女が切れているときはたいてい自分が死にかけだったため、止めることなんかできた試しはなかったし、例え身体が正常だったとしたって自分ではきっと暴走MAXになったは止められないと何度も思ったが。
今までできなかったそれを簡単にやってのける自分に、悟空は自分で少し驚きながら、そっとその耳元に口を寄せた。
「落ち着け、。もうでぇじょうぶだ。悟飯もクリリンも、無事だ。みんな仙豆で元通りに治ったぞ」
「治ったってっ! 悟飯の心の傷は「大丈夫ですおかあさんっ!」……って、ご、はん?」
悟空の腕の中で、なおもじたばたと暴れるに、悟飯が駆け寄ってギュッとその手を握った。
「ボク、もう大丈夫だから! おかあさんがやっつけてくれて、もうスッキリしたから! だから、いつものおかあさんに戻ってください! いつものおかあさんじゃないと、ボク………」
こわいよ!と、心の内で訴える。
ぴたり、と抵抗がやんだ。
悟空がそっと腕を緩めると同時に、悟飯を振り返る。
自分の手を握りしめ、必死に自分を見上げてくる、漆黒の瞳。
その瞳と視線が合ったと同時に、の瞳から瞬く間に剣呑な色が消えた。
「悟飯……。悟飯、悟飯っ! よかった…………無事でよかったよ〜〜〜」
「おかあさん………/// 大丈夫だから、泣かないで?」
ぎゅうっと抱きしめ、その小さな身体から伝わってくる体温にひどく安堵したと同時に、とにかく悟飯が無事だったことに感極まってワンワン泣き出してしまったに、みんなが見ている前で抱きしめられ、ちょっと照れながらも泣いている母親を気遣う悟飯。
てゆうか。
泣いているには悪いが、抱きしめられている悟飯&その様子を傍観するクリリンが今思うことは、「この人は怒らせてはいけない人だ」という一言に尽きたりする。
そんな微妙な気分の二人とは裏腹に、悟空だけは悠然としていて。
「ホラ、もう泣き止めよ、。みんな無事だ。ブルマもでえじょうぶみてえだし、な? オラの言ったとおりだろ? みんなでえじょうぶだってさ」
「うん、うん悟空。悟飯も無事。クリリンさんも大丈夫。ベジータさんも………って、ベジータさん!?!? なんで治ってんの!?!?」
悟飯がやられているのを見て頭が真っ白になる前、一瞬視界に入ったベジータはボロボロだったはずなのに、悟飯やクリリンと同じくすっかり復活した様子に、が素っ頓狂な声を上げる。
「悟飯とクリリン、この闘いでベジータに助けられたみてえだったからさ、最後の一粒の仙豆、やったんだ」
ベジータが、悟飯とクリリンを、助けた…………???
なんだかよくわからないが、悟空が笑って言うからにはきっと、それは事実なのだろう。
悟空からベジータに視線を移して、まじまじとその顔を見つめること約数秒。
「………ありがとう、ベジータさん」
ふんわりと、いつものあったかい笑顔をその顔に浮かべて出てきた一言に、ベジータは目を見開いた。
『ありがとう』なんて、今まで言われたことがあっただろうか。
いや、ただ単にその言葉を聞いたことはあっただろうが、こんな、心から感謝してます、的な笑顔で言われたことなど、ただの一度もなかった。
しかも、そんなふうに礼を言っている女は、ほんの数ヶ月前、自分と殺し合いまでした相手だったりするわけで。
嫌われていると、憎まれていると、そう思っていた彼女からの、心からの笑顔と言葉に、何よりもまず戸惑った。
固まって動かないベジータを不思議そうに見ていると、笑っている悟空に、クリリンが深々とため息をつく。
「………まったく。人がよすぎるぜ、二人とも」
「え? でもクリリンさん、実際ボクたち、ベジータさんに助けてもらいましたよね?」
「でもそれはっ! 純粋に助けてくれたんじゃなくてだな………」
「まあいいじゃねえか。あいつがいたおかげで、とりあえず二人とも無事だったんだしさ」
「ああ、もういいわかったよ! 確かにベジータには命を救われたよ! ありがとな!」
「ふふふ、クリリンさん、良くできましたv」
そんな感じでほのぼのとしている場の空気に、ベジータは舌打ちをして視線を外す。
「別に好きで助けたわけじゃない」
はき捨てるようなセリフにも、まったく動じずに柔らかい笑みを向ける。
それを、心地よく感じている自分に、さらに戸惑ってしまうベジータ。
―――――――――ほんとうに、こいつには、心を乱される。
怒ると下手に手をつけられず歯止めもきかないくせに、普段はとにかく柔和で平和主義者。
どちらの彼女も印象強く、どちらの彼女にも興味が湧く。
…………得体の知れない感情が、自分を支配していくのがわかる。
いずれにせよ。
「ここでドラゴンボールを手に入れて願いをかなえたら、次は、おまえの番だ」
「…………は?」
理解不能、といったのお惚け顔に、ベジータは口端を吊り上げて。
「地球で言ったはずだ。おまえはオレさまのものにする、とな。カカロットを殺して」
にやりと笑ったベジータをぽかんと見てから、はクスリ、と小さく笑った。
「やだなー、ベジータさん、まだそんなこと言ってるの? わたしはあなたのものになんかなりませんよ? だってわたし、悟空の奥さんだし、悟飯のママだし。それに………今のベジータさんより、きっとわたし強いぞ? それと、追い討ちかけて申し訳ないけど、悟空はわたしよりもずぅーっと強くなっちゃってるから、ベジータさん返り討ちだよ、残念でしたー」
「ねーv」「なーv」と顔を見合わせてにっこり笑いあい、ラブラブッぷりを見せ付けるご夫婦。
確かに自分でもどうしようもなかったギニュー特戦隊のリクームを簡単に片付けたの力は、いまや脅威だ。さきほど死にかけて復活した自分とノーマル状態のを比べてみれば、今は自分のほうが上のはずだけれども、それでも山のごとくプライドの高いベジータにとっては、彼女の物言いも、たとえ一時でも『女』に負けたという現実も、ひじょーに腹立たしいわけで。
けれども、最下級戦士のカカロットが、さっきのよりも数倍強いという事実が、ベジータにとっては怒りよりもまず衝撃だった。
ギニュー特戦隊を前にして、これほどの余裕を見せるカカロットを目の当たりにして、子供の頃に聞いた、伝説の超サイヤ人の話を思い出したのだ。
超サイヤ人とは、一千年にひとり現れる究極の戦士。
どんな天才戦士にも超えられない壁を超えてしまう、サイヤ人。
そんな、まさか。
あれは、ただのくだらない言い伝えに過ぎない。
それに、もし伝説が本当だったとしても、超サイヤ人になれる可能性があるのは、王子たる自分のみ。
なんだか愕然とした顔になってしまったベジータに、ちょっと悪いことしたかな、などと今更ながら反省していると、首をかしげる悟空、そしていまだ微妙な気分の悟飯とクリリン。
そんな皆様の耳に届いた、忘れられていた人の、声。
「………こ、こ、このやろう………可愛い顔してなかなかやるじゃねえか……。油断してたのを差し引いても、上々だぜ」
聞こえてきたその声の方向に、そろって顔を向けてみれば、そこに立っているその姿は、がっしりと筋肉のついたでかい身体に、パイナップルの葉っぱのようにくっついている髪の毛、ボロボロの服から微妙に見える半ケツ、にやりとした口元に覗く欠けてボロボロの歯。
かなりアタマに来た感じの、やられっぱなしだった方で。
「あ。起きた」
「へえ…。に殺されかけたみてえに見えたけど、けっこうタフなんだな………。どうする? おめえがやるか?」
「う〜ん、、、もういいや。あんまり、その……闘うの、好きくないし、わたし」
「そうだな、じゃ、オラが行くか!」
きりっと表情を引きしめた悟空に、は「ガンバレー」と軽く応援を促す。
それを見ていたその場の面々。
「怒らせてはいけない」ランキングというものがあれば、間違いなく1、2を争うであろうの「闘うのは好きくない」発言に、各々微妙な顔をしてしまったのは、致し方のないことだと思われる。
悟空に惚れ直した、対ギニュー特戦隊☆

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