ものすごい気を携えて突然現れたその人は、悟空のお兄様だった。
ということは……の義理のお兄様になるわけで。
けれど、『初めまして、お義兄様v』なんて雰囲気は、まったくもって皆無。
だって、その人は悟空のおなかに膝蹴りを食らわせて、その一発で信じられないことに悟空をふっ飛ばし。
それだけだって許しがたいのに、あろうことか悟飯を人質にしようとして、その事実に当然のごとくぶちきれたに一瞬怯んだものの、結局はそんな彼女も人質その2としてがっちりと捕獲し、無理難題を要求した。
曰く。
妻と息子を返してほしくば、自分たちの仲間になれ。
その証拠に、明日のこの時間までに地球の人間を百人殺してその死体をここに積んでおけ。今攻めようとしている星を落としたら、次のターゲットはこの星に決めたから、いまカカロットが百人殺してみせても結局は同じことだ。
死体がなければ、二人とも殺す。
苦痛に倒れている悟空を見下し、ラディッツは彼のふたつの宝を小脇に抱えて武空術でその場を離れた。
第四章:反抗
ところかわって、超高速で結局さらわれてしまったと悟飯は、殺風景な開けた場所に連れてこられた。
隕石が落ちてきたかのごとく抉れた地面には、丸っこい乗り物のようなものが落ちている。
地面に下ろされたとたん、大声で泣き喚きながら自分に飛びついてくる我が子をしっかり抱きとめ、背中をゆっくりさすりながら「大丈夫、大丈夫だよ」と言い聞かせる。
でも、その「大丈夫」には根拠がまったく存在せず、そのため落ち着かなくてはと思いながらも不安にかられる胸の内。
子供は、そんな心境にとても敏感なもので、いくら宥めても一向に泣き止まない。
「うるさいぞ! いつまでもめそめそしおってっ!!!」
「――――――泣かせてんのはあなたでしょっ!!! 静かにしてもらいたかったら、その殺気だった気配をなんとかしてくださいっ!!!」
ラディッツの言葉にカチンときたが間髪いれずに言い返した。
炎をともすその鳶色の瞳を見返して、ラディッツは薄く笑う。
本当に、おもしろい女だ。
弱弱しそうに視線をさまよわせていると思えば、こちらが怯むほどの眼光で鋭くにらんでくる。
ほかよりも穏やかそうに見えて、時折強く発する威圧的な覇気。
弟の女だからというのもあるが、そんな彼女に興味をそそられる。
彼女の怒りのスイッチを入れるものは、夫であるカカロットと、目の前でピーピー泣いている小うるさい息子。
それはもう、わかり易すぎるほどに明らかだ。
の強い瞳に、なぜか悪戯心を刺激され、ラディッツはゆっくりと二人に近づく。
逃げられないことは理解しているのだろう、動かず黙って自分をにらみ上げるその顔をニヤリと見やってから、その腕に大事そうに抱いている息子を素早く奪い取った。
一瞬、きょとんとする母と子。
状況を飲み込むまでの一瞬の間。
悟飯が恐怖で泣き出すよりも早く、ラディッツがその玉のような乗り物の中に悟飯を放り投げてふたをしめ、閉じ込めた。
あまりの速さに呆然としていたが、その乗り物の窓を泣きながら叩く悟飯の姿をとらえて顔色を変える。
「悟飯っ!」
「おっと。心配いらん。ぎゃあぎゃあうるさいから閉じ込めただけだ」
「―――――――――腕、放して! 悟飯を出してよっ!!!」
その乗り物に駆け寄ろうとしたの腕をつかみ、ラディッツがその行く手を遮り。
いくら身をよじってもびくともしないその腕に、歴然とした力の差を感じて強く唇をかんだ。
目の前にいる愛しい息子ひとり、助けられないなんて………。
どうして自分はこんなに弱いのか。
守るべき存在が目と鼻の先にいるのに、手を差し伸べることもできない。
そしてなによりも、何故―――――――――こんなにも強くて重い気配が存在するんだろう。
悔しさで涙が滲んでくるのを感じて、はあわてて深くうつむいた。
こんな男の前で涙なんか絶対見せたくない。それに、今は泣いてる場合じゃない、しっかりしろ、と強く自分に言い聞かせる。
そんなの様子を、ゆがんだ笑みを浮かべながらおもしろそうに眺めていたラディッツが口を開いた。
「貴様に息子は助けられまい。さあ、どうする?」
哂い含みの言葉に、感情が逆撫でされるような感覚を覚える。人が苦しんでいるのを見て、まるで楽しむようなその口調。
「―――――――――あなた、すっごいやなヤツだね。本当に、悟空のお兄さん?」
うつむいたまま出てきた自分の声は、自分でもわかるくらいに怒りで震えていた。
怒ったことは今まで数え切れないくらいあるけれど、こんなにむかっ腹が立ったのは多分生まれて初めてなんじゃないだろうかってくらい、は怒っていた。
自分が困っているの楽しそうに見ている目の前の男に、そして、非力な自分自身に。
でも、ラディッツが言っていることは、紛れもない真実だ。自分には、腕ずくで悟飯を助ける力はない。
今、わたしにできること。
悟飯を助けるためにできることは。
は顔を上げ、自分を見下して笑っている男の瞳をまっすぐ見返した。
「わたしが残るから、子供は逃がしてやって。人質は、二人も要らないよね?」
わかってる
悟飯を逃がしたからといって、今この非常事態が好転することはないなんて、わかりきっているけれど。
今のこの状況で、母親として最優先に自分が考えるのは―――――――――息子の命。
強い瞳に見据えられ、ラディッツの顔から笑みが消えた。
今まで幾度となくこんな場面を見てきたが、ここで自分に向けられる視線はいつも、恐怖と絶望、そして憎悪の視線のはずなのに。
目の前にいる女から感じるのは、捨て身で息子を助けようとしている必死な思いだけ。どんなに強がっていても、最後には必ず命乞いをしてくると思っていた女の強い意志を湛えたその瞳の色からは、なんの迷いもためらいも、ましてや怯えなんか微塵も感じられなかった。
「きさま……これほどまでの力の差を見せ付けられて、オレが怖くないのか?」
自分の命は助からないだろうと理解しているはずの女が、そんな目で自分を見据える意味がわからずそう問うラディッツに、はその瞳を見返したまま、小さく微笑んだ。
「怖くないって思う? あなたはわたしなんか足元にも及ばないくらい強いし、それどころかいつも助けてくれる悟空よりも数倍強いのわかってる。 怖くないわけないでしょ。でもね」
『怖い』という言葉を聞いて、満足そうに笑いかけたラディッツに、はいっそう力強い視線を送り。
「わたしが本当に怖いものに比べたら、そんな恐怖なんかなんでもないの。死ぬのは怖いけど、自分が死ぬことよりももっと怖いことがあるの。――――――あなたには理解できないだろうけど」
自分から比べたら、格下も格下の目の前の女。殺すのなんか、赤子の手を捻るように簡単にやれるのに。
感じるこの覇気はなんなのか。
炎のともるその瞳に、どうしてこんなに気圧されてしまうのか。
「―――――――――まさか、あの情けないカカロットとそこでぎゃあぎゃあ泣いているガキが死ぬのが怖い、なんて言うんじゃないだろうな」
薄く笑ってはみたものの、気迫に圧されているラディッツにはいま、それほどの余裕もなく。
そんな彼にはギラリと更に眼光鋭い視線を投げかけた。
「悟空は情けなくなんかないし、悟飯を泣かせてるのはあなたです! わたしの大事な方々を悪く言わないでよ!!!」
気丈に言い放つ彼女に、なるほど、となおも圧されながら納得するラディッツ。
迷いのない瞳から感じるのは、彼女の精神的な『強さ』。
肉体的には絶対的に勝るはずの自分をこれほどまでに怯ませるのは、断固として揺るがない夫と息子への想いか。
「くだらん……。自分の命より他人が大事だと?」
くつくつ笑い出すラディッツを見るの目は、先ほどまでとは打って変わって哀れみの色を含んでいた。
「くだらない、ですか? あなたは、人を愛したことがないんですね…。そして――――――愛されたことも、多分、ないんだろうな……」
生まれたばかりの赤ん坊でさえ、『仕事』の道具としかみなされない星に生を受けて、その道理にしたがって次々に環境のよい星に住む先住者を絶滅させてきた彼。
一番基本的な親の愛なんかきっと知らずに育って、生活環境だってきっと毎日が命の奪い合いで。
そんなふうに今まで生きてきた目の前の男が、ゆがんでしまっているのは無理もないだろう。
悟空を殴ったことと、悟飯を泣かせたことにばかり思考が行ってしまって、怒り心頭の熱くなったアタマでは脳みそも正常に本来の機能を果たしてなかったけれど。
自分の悟空や悟飯によせる『想い』をくだらないと思ってしまうこの人は、ほんとうは、とっても。
「可哀想な、人」
目を伏せて呟くの姿に、ラディッツは胸がざわつくのを感じた。
目の前の細くて華奢で、少し力を加えただけで簡単に壊れてしまいそうな女の言葉に、感情が逆撫でされる。
可哀想なんて言葉はいらない。同情なんてほしくない。
獲物は獲物らしく、震えながら命乞いをしていればいいだけなのに。
こんなに苛々しているのに、どうして、殺せないのだろう。
「わたしは悟空も悟飯も愛してる。だから、二人のためなら命なんて全然惜しくない。でも、今この状況では困ったことに、悟空もわたしと悟飯を愛してくれちゃってます」
苛々との顔を見やっていたラディッツに、彼女は少し頬を染めてそう言った。
いきなり何を言い出すのか、と怪訝な顔をするラディッツの瞳をしっかり捕らえ、今度は強い視線を向けて。
「だから、悟空は、あなたに殺されるとわかっていても、絶対に此処にわたしたちを助けに来ます。でも、わたしはあなたたちに戦ってほしくない」
「それは、カカロットを殺されたくないからだろう」
「もちろんそれが大前提」
嘲るようなラディッツの言に、も怯むことなく断言する。
「悟空がいなくなるのは絶対にいや。だから、悟空を殺す力を持っているあなたとは絶対に戦ってほしくない。それが一番だってことは否定しませんよ。でも………」
まっすぐラディッツの瞳を見返すの瞳は、どこまでも澄んでいて。
これは自分の育った環境からそう思うのかもしれないし、まったく育ちの違う彼に言っても理解できないことかもしれないけど、それでも言わずにはいられない。
「兄弟で戦うなんて、間違ってる。そりゃ、悟空も戦うの大好きなバトルマニアだから、手合わせで戦うのはアリだとは思うけど、こんなふうに人質をとって無理やり自分の命令を聞かせるなんて、絶対に間違ってる」
真剣にそんなことを言ってくるのその発言。
いつもはあざ笑って一蹴するその言葉が、甘いとわかっているのになぜか胸に響く。
「そんな言葉に、オレが耳をかすとでも思っているのか………?」
今にも崩されそうなサイヤ人としての自我を確立させ、ラディッツが見据えた視線の先。
睨んでいても明らかに険の抜けているのがわかるその視線を敏感に感じ取ったが、ふわりと微笑んだ。
「あなたは、悟空のお兄さん。たとえ育ち方が違っても、わかってくれるんじゃないかな〜、と」
強い心根。
柔軟な思考。
そして―――――――――今見せている、柔らかな雰囲気。
弟がこの女を大切に思っているのが、わかった気がした。
思えば今まで、自分に対してこんなふうに話してくれる人間なんて、仲間にもいなかった。
の空気に流され始めたとき、ラディッツの左目に装着されている機械・スカウターが反応した。
ハッと我に返るラディッツが反応した方向に目を向けるのと同時に、も同じ方向を振り仰いだ。
「悟空が、来る…。あれ? ひとつじゃない………。この気は…ピッコロ??」
確かに、スカウターの数値はカカロットの戦闘力を示し、もうひとつはカカロットに会う前に会った緑色のヤツの数値で。
不安そうなの顔を見て、ラディッツは迷った。
弟であろうとなんであろうと、任務遂行のためには殺すことなどなんとも思っていなかったのに、今空を振り仰いでいるたった一人の女に毒気を抜かれかけてしまっている。
しかし、戦闘力を測るためのスカウターは、同時に二人の仲間たちとの通信機にも使われている事に気づく。
腑抜けにされかけた自分の様を仲間たちが知ったら、必ず制裁が入るに違いはなく、二人の凄まじい力を知っているラディッツは、再び戦闘民族としてのプライドに火をつけた。
「フン。カカロットのやつめ……。あくまでこの兄に逆らうつもりか………」
低く呟くラディッツの声に、が彼に視線を戻す。
「悟空を、殺すつもりですか…………?」
萎えかけた威圧的な気が殺気を伴って復活したのを感じ取り、は緊張に背筋を伸ばし再び瞳に炎をともす。
「仕方あるまい。やつは仲間になることを拒んだのだからな」
「だったら………わたしも命張ります。悟空と悟飯を傷つけようとする方は、たとえ悟空のお兄さんでも許さない。わかってくれると思ったけど……うん。わたしの力不足、かな」
自嘲的に笑ったが、覚悟を決めた顔で戦闘体制に入り。
同じく自嘲的に笑うラディッツが、彼女に向けて威圧的な気を放った。
「!!!」
悟飯の帽子についている四星球を頼りに、ドラゴンレーダーで二人が連れ去られた場所を突き止めた悟空は、一時的に手を組んだピッコロ大魔王と共にラディッツの前に降り立ち、彼の後方に倒れているの姿を見て顔色を変えた。
「安心しろ、殺してはいない。抵抗したから気絶させただけだ」
………本当は、殺せなかった。
今の自分の地位を保守するためには、殺すのがベストだったのだが、の真剣なまなざしとやわらかい笑顔がちらついて殺すことができなかった。
「人質は、生きているからこそ価値がある。ついでに言っておくが、ガキのほうはぎゃあぎゃあうるさいから閉じ込めてあるぞ。きさまらの後ろに穴があろう。そこだ」
吹っ切るようにひとつ頭を振り、ラディッツは本来の殺気立つ威圧的な気配をよみがえらせ、その顔にゆがんだ笑みを浮かべる。
「それより、どうやってここを知った?」
「教えてやるもんか!」
「よかろう。では、違う質問をしてやる。きさまら、いったいなにをしにここへ来た?」
反抗的な視線と態度の悟空を鼻で笑い、その瞳を射抜く。
「決まってるだろ! オラの嫁と子を取り返しに来たんだ!!!」
―――――――――殺されるとわかっていても、悟空は絶対助けに来ます。
愛ゆえに。
そう言っていたの言葉がラディッツの脳裏をよぎり、そのとおりの答えを悟空が返した。
ずきん、と胸が痛くなったような気がしたが、ラディッツはそれを気のせいだと思い込んだ。愛など、くだらない。命を捨てて他人を助けようとするなんて、愚か者のすることだ。
自分にそう言い聞かせる。
「と、いうことは、同じサイヤ人でありながら仲間に加わるのはいやだということか?」
「そう言ったはずだ!」
「兄に逆らうつもりなんだな?」
「オラには兄貴なんていねえさ!」
あくまで否定的な弟の態度に、ラディッツは唇の端をあげて皮肉げな笑みを浮かべた。
「カカロット……。きさま、もう少し頭が切れると思っていたのだがな……。ここまで間抜けだったとは。がっかりしたぞ」
それから、悟空と肩を並べて立つピッコロに視線をやり、同じくあざ笑いながら。
「まさか、二人でかかれば勝てるなどというばかばかしい計算じゃないだろうな」
そう笑ったラディッツの前で、ピッコロはその身体にまとっていた重量装備を脱ぎ捨て、それに習って悟空も身につけていた重い靴とリストバンド、それからアンダーシャツを脱いだ。
確かにさっきまでよりも戦闘力は上がったけれど、それでも未熟な二人の数値に、ゆがんだ笑いがこみ上げる。
「ふははははっ! きさまら、それで強くなったつもりか!? 笑わせやがって。その程度でやってくるとはな!! 身の程知らずとはこのことだ!!!」
そう言って笑うラディッツに、悟空はにっと不敵な笑顔を向けた。
「勝負ってのは多々強きゃいいってもんじゃねぇさ。こっちには作戦があるんだ」
それを聞いたラディッツが、その顔から笑みを消し去り、その鋭い眼光と射抜くような視線で悟空の瞳を捕らえ。
「利いた風なことぬかしやがって……。カカロットよ、きさまを仲間にするのはもうやめにしたぞ。ただの足手まといになりそうなんでな…。――――――我が一族の恥だ!!!死んでしまえ!!!!!」
それが、戦闘開始の合図だった。
ラディッツが気を失っているへと一瞬視線を走らせたが、その場の誰一人として、その視線に気づくものはいなかった。
ラディ兄の人格崩壊です……(><;
ああ自分の妄想が恐ろしい!

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