ずっと、一緒にいてくれるって、言ってくれたよね。
邪魔だって言ったって離れないって、言ってくれたよね。
その言葉を、信じてた。
あなたがいなくなる日が来るなんて、思ってもいなかった。
第五章:喪失
「あ、ちゃん気がついた?」
目が覚めて、最初に目に入ったのがブルマの心配そうな顔だった。
「あ、れぇ…? ブルマさん? なんで家に………って、あれ? ここ、何処〜?」
一瞬寝ぼけて、どうして我が家にブルマがいるんだろう、と疑問に思っただったが、ぼやんとした視界がハッキリすれば、見慣れた自分の家とは明らかに違うこの場所。
「カメハウスよ。覚えてない?」
ブルマの声に、そういえば、先刻悟空と悟飯と一緒にカメハウスに遊びに来て、それから………それから?
身体を起こしたとたんに走る痛みに顔をしかめ、それからの記憶が一気にフラッシュバックした。
殺気を放つものすごい気配。
アレは、夢だったのだろうか。
でも、それにしてはやたらと痛いこの身体。
あのすくんでしまうような気を感じたのは、やっぱり夢じゃないらしい。
どうにかしようと必死に頑張ってみたものの、やっぱりどうしようもない力の差。当然悟空の兄上様と名乗るその方にぶっ飛ばされて、死んじゃったかと思っていたが。
ズキズキとする痛みから察するに、どうやら生きている、らしい。
ぼんやりと靄のかかったような頭をひとつ振って、それからはたと気づく――――――命よりも大切な、お二方の安否のほど。
「……そうだよっ! わたしなんかどうでもいいけど、悟空は!? 悟飯は!? 無事!?!?!?」
思い出した現実に、汗ばむ掌を握りしめ、反射的に二人の気配を探すけれど。
悟空の大きくて包み込んでくれるような穏やかな気も、悟飯の小さくて柔らかな気も。
――――――――――――――――――感じない。
じわじわと胸を蝕んでいく不安感。
たまらず拳をグッと胸にあて、最悪の事態を想像してしまう頭を強く振ったとき、そっと、温かい手が肩に乗った。
「大丈夫?」
優しい声に顔を上げれば、そこにあったのは労るようなブルマのブルーの瞳。
気遣うように自分を見ているその顔に、今は笑顔を返す余裕もなく。
「ブルマさん………悟空と、悟飯は?」
不安げに瞳を揺らすの視線を受け、ブルマは戸惑うように目を伏せる。
そんなちょっとしたしぐさが、の動悸を更に誘導し、重い空気に胸が押しつぶされるように苦しくなってしまって。
「ブルマさん、教えて! わたしがのんきに気を失ってる間に、なにが起こったの!? 悟空の気も、悟飯の気配も感じない………っ。二人とも、どこに行っちゃったの!?」
どくんどくんと嫌な音を立てる自分の心臓。
ひどい動悸に後押しされて、潤む瞳と涙声。
ブルマはの震える声に顔を上げ、じっとその潤んだ瞳を見つめてから、ひとつ息をついた。
「―――――――――わかったわ。全部、話すわ。とは言っても、あたしたちがちゃんたちのところに着いたときには、もう全部終わっちゃったあとだったから、ピッコロから聞いた話でしかないんだけど……」
ピッコロ……、と呟くを見やり、ブルマはの視線をまっすぐと見返した。
「いい? あんたにとってはつらい現実に違いないわ。…でも、しっかり聞いてちょうだい」
ブルマの強い視線を見返し、は一瞬うつむいてから、意を決したように顔を上げてこくり、と頷いた。
「じゃ、まず悟飯くんから。悟飯くんは大丈夫、ちゃんと生きてるわ」
「ホントですか!?」
パッと明るい笑顔を花開かせ、心の底から「よかったぁ」と安堵の息を吐くに、ブルマは軽く手をあげてそれを制する。
「待って。続きがあるのよ。確かに…まちがいなく生きてるんだけどね。悟飯くんは、ピッコロ大魔王に連れて行かれちゃったのよ」
困ったようなブルマの言葉に、笑顔を一転、ハンマーで思いっきり頭を殴られたような衝撃に襲われる。
ピッコロ大魔王って……あの、以前悟空を半殺しにしたひっじょーに胸くそ悪いあのピッコロさんですか!?!?
そのピッコロさんが、ウチの大事な大事な息子に、どんな御用時があるとおっしゃるのですか!?!?!?
――――――――――――てゆうか。
「悟空は? 悟飯がピッコロ大魔王に連れて行かれるなんて………悟空が絶対許すはずないのに」
テンぱるアタマが行き着いたその疑問。
ピッコロが悟飯をさらおうとしたら、悟空が絶対それを阻止するはずなのに、どうしてそうもあっさりと連れて行かれてしまったのか。
背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
それは、我が子を尋常ではないほどに案ずる気持ちと、それから―――――――――大切な自分の伴侶への不安。
「孫くんはね……。アイツを倒してちゃんと悟飯くんを助けるために、死んだの………」
アイツ……って、悟空の、お兄さん………?
じゃあ、やっぱり、戦ったんだ……………兄弟で。
そして―――――――――――――――――――――
「孫くんは、アイツを倒すためにピッコロと手を組んだのよ。でも、それでもアイツにはかなわなかったみたいでね。自分を犠牲にして、アイツと一緒に逝ったわ……」
伏し目がちに話すブルマの言葉に、音を立てて頭から血の気が引いていくのを感じる。
「そんな……………そんな、こと。……………………………………………ウソ。信じない………………」
知らずこぼれ出た言葉は、震え、かすれていて。
そんなに哀れみのこもった視線を送るブルマの視野におさまるのは、手元に視線を落としたまま、かすかに笑みを浮かべる、の顔。
その横顔は、同じ女でさえも思わず見惚れてしまうほど綺麗で。
けれど、存在自体が今にも消えてしまいそうなほど、脆くて儚くて。
「悟空が、死ぬわけ、ない………」
だって、ついさっきまで、笑ってた。
いつもと同じ優しい視線を、となりで向けてくれていた。
悟飯だって、自分の足元にしがみついて、「こんにちは」ってはにかみ笑いながらカメハウスのみんなに挨拶したのは、本当についさっきだった。
信じられない。
信じたくない。
――――――――――信じない。
「悟空と悟飯は、どこにいるのかなぁ………」
フワン、と微笑むその笑顔が、ひどく痛々しくて。
ブルマは思わずを抱きしめた。
「ちゃんと、受け止めて。逃げたくなるのも無理ないし、認めたくないのもよくわかるわ。だけど……つらいけど、現実から目を逸らさないで。それに、孫くんは死んじゃったけど―――――――――」
「やだっ!!! 聞きたくないっ!!!」
すぐに生き返ることが出来ることを教えてあげようとした言葉をさえぎり、がブルマの腕から身体をそらし、硬く目を閉じて耳を塞いだ。
聞きたくない、そんな言葉。
悟空は、ずっとそばにいるって言ったんだから。
そう、約束したんだから。
わたしを残して死んじゃうなんて、そんなこと、あるはずないっ!!!
涙は出なかった。
泣いたら、すべてが「肯定」になってしまいそうで。
深くうつむき、不安に早鐘を打つ胸に力いっぱい、それこそ痛いくらいに拳を押し付けるの手に、ブルマがそっと自分の手を重ねた。
ビクリ、と肩を震わせ、恐る恐るというように潤んだ瞳を上げて視線を合わせてくるの手を握り、ブルマはいたわるように微笑みかけて。
「孫くんからの、伝言よ」
「伝、言………?」
「そう。………自分の命よりも大事な悟飯くんとちゃんが無事で、本当によかったって。それから、一緒にいられなくなってしまって、『ごめんな』って言ってたわ。『少しの間、我慢してくれな』って」
少しの、間………。
理解できなかったその言葉に、戸惑うように瞳を揺らすを見て、ブルマは表情をやわらかく和ませる。
「そうよちゃん。『少しの間』よ。孫くんは、ドラゴンボールで生き返ることができるのよ」
生き返る………イコール、永遠の別れじゃない。
でも―――――――――悟空が死んでしまったことも、事実。
「ブルマさん、わたし、悟空に会いたい」
焦点の合わない視点でぼ〜、としたような声でそう言うに、けれどブルマは困ったように首を傾げて。
「それが…。孫くんが死んだと同時に、その身体が消えちゃって」
「消え、ちゃった…………?」
「ええ。ピッコロが言うには、神様が孫くんの身体を使ってなにかしようとしてるとかなんとか……って、ちゃん?」
その答えに、バッと勢いよく立ち上がったを見上げ、ブルマが何事かと尋ねれば。
今まで現実を見ようとしていなかったの瞳に、強い意志が戻っていて。
「わたし、神様のところに行ってくる! もしかしたら、悟空に会えるかもしれないから!」
「ちょ、っとちゃん!?」
慌てたようなブルマの声を無視して、はカメハウスの二階の窓から飛びだした。
悟飯のことも死ぬほど心配。
でも、死んでしまった悟空に会えるかどうかの瀬戸際である今現在、コッチを優先してしまう自分は母親失格かもしれない。
それでも、走らずにはいられなかった
―――――――――神殿のある方角へ。
痛い痛い、胸が痛い。
悟空が死ぬなんて、わたしの中ではありえねー。(言葉遣いペナルティー;)

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