『愛』を深める行為だって言ってたヤムチャの言葉が、鮮明によみがえる今日この頃。
理屈として即席で頭に叩き込んだ知識を本当の意味で理解したのは、一線越えを果たしたその時で。
触れ合った心と躰。
甘くて、温かくて、柔らかくて。
今まで以上に溢れる想い。
愛してるって自覚はあったけれど、それまでの「愛してる」よりももっともっと愛しくて。
ああそうか、コレが「深まる」ってことなんだ。
愛って、底知れず深まっていくものなんだ。
第十三章:幸せな日々
目を開けたら、いつにもまして優しい瞳と視線がぶつかった。
ほけ〜、とその甘い光に寝ぼけ眼で見惚れしまっていると、漆黒の瞳がふわりと微笑んだ。
「目、覚めたか?」
瞳と同じ、柔らかくて穏やかな声は、昨夜自分の耳元で何度も何度も囁いてくれた。
―――――――――『、愛してる』って。
それを思い出したとたん、ボケッとしていた頭が急速に働きだす。の脳裏に昨夜の出来事がフラッシュバックして、ぅカァ!!!と一気に顔に集中する血液。
は、恥ずかしい…とてつもなく恥ずかしい///…………けど。
なんていうか、満たされた気分。
文字通り、心も躰も重なって。
正直、ものすごく痛かったけど………悟空はすごく優しかった。その優しさが、嬉しかった。
「おはよ、悟空。なんか………照れるな〜」
えへへ、と笑いながらその澄んだ瞳を見返せば、自分の真っ赤な顔がそこに映っていて。
今悟空の腕の中にいて、あんなことやそんなことまでやっちゃって、今更なにをそんなに照れているのか自分でもおかしかったけれど、夢うつつの甘い時間が通り過ぎて覚醒すれば、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
の照れ笑いにつられて、悟空の顔にも朱が奔る。
「うん。なんか、照れんなぁ/// でも」
そこで言葉を切った悟空は、瞳を甘くきらめかせてぎゅう、とひとつを抱きしめた。
感じるのは、愛しい存在の柔らかさ。
甘い香りと心地よい体温に、熱くて少し切ない想いがとどまることなく溢れ出る。
自分が今抱いている華奢な一人の人間が、何よりも大切で、何よりも貴くて。
「今までよりず〜っと、愛してる。おめぇがだいすきだ。ぜってぇ、離さねからな」
が重く感じないように、悪戯っぽい笑顔を作って冗談っぽく言ったけれど、それは紛れもなく本音も本音。
過剰でもオーバーでもなく、彼女なしでは生きていけない気がする。
触れてしまったら、もう離れられない。
誰よりも愛する人に、そんな甘美な言葉をかけられてしまったはといえば。
その作った笑顔でも隠せない、真摯でまっすぐな瞳に、完全にノックアウトだ。
お酒なんて飲んだことないけれど、多分、酔うってこんな気分のことをいうんだろうな。
正常に作動し始めていた頭が熱を出したときみたいにボ〜っとなって、目の前の愛しい存在のこと以外、なんにも考えられなくなる。
胸がドキドキして身体が熱くて、最高に幸せな気分。
まるで夢のような、嘘みたいな現実。
今、わたしに愛を囁いてくれているのが、他でもない悟空だなんて。
どうしよう、嬉しい。
嬉しすぎて、幸せすぎて、少し―――――――――――――――怖い。
悟空の背中に回していた腕にちょっと力を入れて、はその広い胸に顔を埋める。
「?」
上から降ってくる優しい声に、震えるほど幸せを感じてしまって。
「わたしも………悟空がだいすき。すごく、愛してる。だから……どこにも行かないでね。ずっと、そばにいてください」
こんなにも心を惹きつけられて、すべてを持っていかれてしまって。
これで、この温もりを失ってしまったら、まちがいなく狂ってしまう。
―――――――――愛は、狂気。
自分の胸に押し付けられたの顔を上げさせ覗き込むと、その瞳はなんだか不安げに揺れていて、それを隠すようなはにかみ笑いは、どこか、泣き出す一歩手前みたいに儚くて。
その潤みきった瞳を見つめていると、なんというか、もう。
「そんな顔すんなよ、」
「え?」
「オラ、我慢できなくなっちまう」
「ぇ? …えぇ〜!?!? や、ちょ、ちょっと待―――――――っっ」
最後まで言わせず、悟空がの唇を奪った。
そんなつもりじゃなかったんだとでもいうように、手足をバタバタさせて必死に抵抗を試みるを押さえつけ、深く深く口付ければ、次第に力が抜けていき、委ねられる身体。
離さない。
離せない。
不安なんか、全部消してやる。
「やっと手に入れたんだ。そう簡単に手放すかよ。オラを信じろ」
そう言って抱きしめてくれる悟空の温かさに、の顔に安心しきった笑みが広がった。
こっくり頷いてその胸に頬を寄せると、いつもより少し早い悟空の鼓動が伝わってきて。
「悟空、ドキドキしてるね」
「だって、ドキドキしてんぞ」
「へへへ、嬉しくって。『愛してる』が溢れてくるとね、ドキドキが止まらなくなっちゃうんだ」
「オラも、愛してるぞ〜って思うと、勝手に胸がドキドキしちゃうんだ」
伝わってくる柔らかい温もりも、規則正しい心音も、ひどく、心地よくて。
「「安心する」」
同時に重なった声に、きょとんと顔を見合わせ、それからクスクスと笑い合う。
想いは同じ――――――――――――それが、何よりも嬉しかった。
そんな甘〜い新婚生活を繰り広げ、あっという間に半年も過ぎた頃。
相も変わらず幸せいっぱいな毎日を送っていたある朝。
既に習慣と化しているランニングと基礎トレに励んでいた悟空が、半ば強制的に毎日つき合わされているの微妙な気配の変化に気がついた。
フワンとしているし基本的には変わりはないのだが………うまく言葉にできない違和感を感じて、思わず修行の手を休め、じぃ〜っと見つめる悟空の視線に気づき、も腕立てを中断した。
「なに?どうかした??」
首をかしげて見返すに、悟空はう〜ん、と唸ってから。
「なあ、おめぇ、どっか具合悪くねぇか?」
「ぅえ!?!? う、ううん!!! どこも悪くないよっ! 毎日絶好調さっ!!!」
焦ったようにブンブン頭を横に振り回し、「朝ごはんのしたくしなくちゃ!」なんて口走りながら逃げるように家に入ろうとするの手を素早く捕まえる。
「ちょっと待てって。ったく、わかりやすいヤツだよなぁ、おめぇ」
「え?……うわ!」
そのままグイッと手を引っぱられ、よろめいたを支えた悟空が、彼女の額に手を当てた。
「………熱は、ねえみてぇだな」
「だから、別にどこも悪くないってば。ただちょっと………」
「ちょっと、なんだ?」
「あ、ううん!ちょっとおなかすいたかな〜、なんて///」
「ごまかすな」
「うっ」
隠していたことを口走りそうになりあわてて首を振れば、すっぱり突っ込まれて言葉につまる。
……そう、確かに。確かに大して具合など悪くないのだ。
いや、正確には、ちょっと具合が悪いのだが、すぐに治ってしまうのだ―――――――――何か食べれば。
ちょっと前から、起き抜けにひどい吐き気を感じる。起きてしまえばどうってことないし、気持ちが悪くてもなにか食べればスッキリする。
おなかがすくと吐き気がして、吐き気がするのにいつも以上に食欲がある。そんな、矛盾した体調の悪さ。
うろうろと視線をさまよわせ、言うべきか言わざるべきかしばし迷ってから、本気で心配そうに自分を覗きこんでいる悟空の顔に視線を戻し、は観念したようにひとつ息を吐いた。
「よく、わからないんだけどね。おなかすくと――――――――ウプッ」
「!?!?」
吐きそうになるの、という前に、タイミングよく(?)胃からなにかがせり上がってきて、口を押さえてあわてて家の中に駆け込み洗面所に直行する。
悟空は悟空で、急に口元に手を当てて走り出したに、やっぱり体調が悪かったのか、と思いながらそのあとを追えば、勢いよく流れる水の音に混じって聞こえる、洗面所に突っ伏しているの「うえぇええ〜」という声に頭が真っ白になってしまった。
―――――――――が、吐いてる。
時々咳き込み、苦しそうにリバースしているその姿に、悟空は今までにないくらいうろたえて。
「で、でぇじょうぶか!? 苦しいか!? 死なねぇでくれよ!!!」
「や、ちょ、待って待って悟空さん!痛い痛い痛いって!!そんなに強く叩かないでよもう大丈夫だから!!!」
さすってくれるならまだしも、悟空はの背中をバシンバシン叩き、パニくってるせいか手加減もなにもなく。
衝撃での身体は前にのめり、出しっぱなしの水は飛び跳ね、その状況に吐き気なんか吹っ飛んでしまって、攻撃を繰り出す悟空の手をパシパシッ、とつかんだ。
「もう、水浸しになっちゃったじゃん!ちょっとは手加減を―――――――――ぇ?」
つかんでいた悟空の手を放して洗面台に向き直り、水道をひねりながら文句を言いかけたの声が、途中で途切れた。
後ろから回ってきた悟空の腕が、ぎゅうっとを抱きしめる。
背中いっぱいに広がる温かさと、肩口に埋まる悟空の顔。
耳元にかかる吐息は、長く熱く、そしてかすかに震えていた。
「え…と……/// 悟空、さん?どうしたの?」
「どうしたのじゃねえよ。すっげえ心配なんだよ、おめぇが。オラ、がいなくなるのが一番怖いんだ。もう、平気なのか?」
囁くような声が耳にかかり、の顔が一気に赤くなる。それと同時に、じんわり胸に広がる温かさ。
流れ込んでくる、悟空の心。
自分が想ってるのと同じくらい、悟空も想ってくれていることがわかって。すごく心配させてしまって悪いな、と思いつつも、ついつい緩んでしまう顔。
「うん。もう大丈夫だよ」
安心させるようにぽんぽんと悟空の腕を叩くと、悟空は腕を緩めた。
同時にがくるりと振り返り、困ったような笑顔を悟空に向けてから。
「死ぬなんて、そんな大げさなもんじゃないの。ただね…ここのところずぅ〜っと、寝起きとかおなかがすいたときとかに気持ち悪くなるんだよね。すぐ治っちゃうんだけど」
なんなんだかねぇ、と笑顔を向けてくれるに幾分か安心したものの。
…………ここのところずっと、って。
「で、ずっと我慢してたのか」
ため息混じりにそう言ってから、軽く咎めるようにを見る。
我慢強くて頑張り屋なのは常々承知しているが、いつもいつもこんな調子では正直、身が持たない。
「や、我慢もなにも、すぐ治っちゃうから………」
「治ったって、また気持ち悪くなんだろ?」
「そりゃ、そうだけど………心配かけたくないし」
悟空の優しい声に見え隠れする非難の色に、はたじたじと答える。
手元に視線を落としてうつむくを見て、悟空はもう一度ため息をついてから、の頭にポン、と手を置いた。
「わかってねぇなあ」
苦笑交じりの声に顔を上げたの瞳を覗き込み、悟空はくしゃくしゃ、と柔らかい髪を撫でる。
そもそも、心配するなというのが、無理な話なのだ。
「オラはいつだって、が心配だぞ。目を離せないくらい、心配してる。なんでだかわかんねぇか?」
問いかけられて、は眉を情けなく下げ、ちょっと拗ねたように上目遣いで悟空を見上げ、それから再度視線を落としてはぁ、とため息をついてから、一言。
「――――――――――危なっかしいから」
自覚はしてるのだ。
ひとつのことに夢中になると周りは見えなくなるし、思ったまま感情のまま行動に移さなければ気がすまないし。
それでしょっちゅう躓くわ転ぶわぶつかるわで大騒ぎしてる自分。
自分でいうのもなんだけど、注意力散漫で落ち着きがなくて、なんとも情けない。
目の前で落ち込みへこんでしまったに、悟空は思わず失笑した。
どうも、自分の問いかけがまたのヘンな思考回路に迷い込んでしまったようだ。
毎度のことながら、場の空気を読まずにわが道を行くに、本当にわかってねぇなあ、と心の中で復唱し。
「まあ、それもあるけど……。わかんねぇかなぁ、オラがどんだけを大切に想ってるか」
「………え?」
「大切だから、心配なんだよ。頑張るなとは言わねえけどさ、もう少し、オラを頼ってくれてもいいんじゃねぇかなって思うぞ。夫婦って、支えあうもんなんだろ? 不安も心配事もひとりで抱え込まないために、オラにはがいて、にはオラがいるんじゃねえか」
はうつむいていた顔をそっと上げる。
悟空の言葉に、目の前の優しい悟空の瞳に、溢れてくる熱い気持ち。
いつもは無邪気で子供みたいなのに、時々見せる大人の顔。
ああ、わたしは、この人が大好きだ。
悟空に恋をして、悟空に出逢えて、よかったなんて言葉じゃ言い表せないくらいにいっぱいになる胸。
手を伸ばせば届くところにある一番安らぎをくれる場所。
気づけば、は悟空の胸に額を押し付けていた。
「……うん、そうだよね。ごめんなさい」
素直に謝罪の言葉を述べるを抱きしめ、抱き上げる。
それから悟空はそのまま歩き出した。
―――――――――家から出て、人里のある方角へ。
「え?あれ?? 悟空どこ行くの??」
それに気づいたが我に返り、自分を抱っこしてくれている悟空に戸惑ったように尋ねると、そんな彼女ににっと素敵笑顔を披露して。
「病院。ずっと気持ち悪いんだから、一回くれえ診てもらったほうがいいと思うぞ」
「えー!? そ、そんな診てもらうほどのもんじゃないよっ」
「心配だから診てもらえよ。なんともなければそれで安心できるしさ」
「………わかった、、、けど。歩けるから!おろして〜〜〜」
「やだね。は病人なんだから、オラが病院まで抱いてくぞ」
一向におろそうとしない悟空に、はうろたえた声をあげ。
悟空はおもしろそうにそんな抵抗をものともしないでてくてくと歩いていたのだが。
「……悟空さん、おなかがすいて吐き気が戻ってきました。とりあえず家に帰ってご飯食べたいです」
口元を押さえ、蒼白な顔でそんなことを言うに、そういえば朝飯がまだだったことを思い出す。
思い出してしまったら最後。ぐきゅるるるる〜〜〜!となんとも豪快な音をかもし出す腹の虫だ。
「よし!じゃあ、飯食ってから出直しだ!」
回れ右して、幾分も来ていない道を家に向かって戻り歩く。を抱いて。
先ほどが自分に言ってくれた、「吐き気がする」という言葉に、なんだか嬉しくなってしまって。
なんでもない、と首を振るばかりだった彼女のその心境の変化に、なぜか緩んでしまう頬。
ニコニコ上機嫌で家に戻る悟空を、が「ヘンな悟空〜」と言ってクスリと笑った。
一日一日が幸せで、ほのぼのとしていた日々。
その後病院に行く二人の行く末に待つものは、そんな甘い生活を微妙に変化させる、現実。
はてさて、どうなりますことやら。

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