「抱いていく」という悟空のありがた迷惑な申し出を丁重かつ必死に断り、小山を下ること約30分。
やってきました、診療所。
こっちに来てから初めての病院体験に、がちょっと緊張していたら。

「おんやまぁ!もしかして、孫悟飯さんとこの悟空ちゃんじゃないかい!?」
「あ!ばっちゃん!ひっさし振りだな〜!」

悟空に話しかけてきたのは、白衣を着たちょっと太目の優しそうなおばさんで。
そのおばさんが悟空を見上げて目を丸くし、悟空はおばさんを見て破顔した。

「久しぶりなんてもんじゃないよ!悟飯さんが亡くなったらとんと姿見せなくなっちまって、心配してたんだよ。かといって患者ほっとくわけにもいかんしねぇ。だども、まあまあまあ!でっかくなって!うちのじいさんほどじゃないけどずいぶんとまあいい男になったじゃないか」

おばさんは豪快に笑って悟空の背中をばしばし叩く。
ずいぶんと親しい様子と、気さくな感じのそのお医者様に、の緊張が少しほぐれた。






第十四章:できちゃった!





ふ〜む、と悟空を見上げたそのおばさん(お医者さんらしい)は、首をかしげる。

「悟空ちゃんがここにきたってこたぁ、また複雑骨折大量出血かと思っただが…どこも怪我なんかしてないねぇ」
「ちがうよばっちゃん。今日はオラじゃなくてこいつを診てもらいてえんだ」

おばさんの発言に、ああ、悟空は昔っから怪我の耐えない生活してたんだなぁ、なんて呆れていたは、いきなり話題を振られて慌てて背筋を伸ばした。


そんなをしげしげと見つめてから、おばさんがにこりと人好きのするあったかい笑みを浮かべる。

「おやまあ、ずいぶんと別嬪さんだねぇ、あんた。あたしゃ、このパオズ山唯一の診療所の医者のシズってもんさ」
「は、初めまして、です」

緊張しながら挨拶をすると、シズはハッハッハと笑いながら。

「そんなに緊張おしでないよ。あんた…ちゃんか。悟空ちゃんの恋人かい?」

シズはを見ながら、悟空ちゃんもなかなかの面食いだねぇ、と悪戯っぽく笑う。
面食い云々はまあお世辞として聞き流すとして、恋人…なのかなぁ、とは困ったように首をかしげる。


「え〜と///」
「ばっちゃん、はオラの嫁だよ」
「嫁!?!?………へぇこりゃ驚いた。悟空ちゃんが結婚とはねぇ。月日の経つのは早いもんだよ」


ほっほと笑う朗らかなシズに、の緊張も徐々に解けた。










しばらく悟空の幼少の頃の話に花が咲く。

悟空はこの山で、孫悟飯という名のおじいさんに拾われたこと。
武術の達人だった悟飯にずいぶんと鍛えられながら元気いっぱいに育ったこと。
やんちゃ坊主で、しょっちゅう大怪我をしてはこの診療所に担ぎ込まれたこと。


「………初めて悟空ちゃん見たのは、まだ赤ん坊の頃だったねぇ。なんだか谷に落っこちたとかで、悟飯のじいさんが慌てて連れてきてね。思いっきり頭から落ちちまったみたいで、そりゃもう、頭蓋骨骨折でひどい出血さね。あん時は、正直もう助からんと思ったが、この子ときたらすごい回復力でね。奇跡的だったよまったく」


あの頃はあたしも若かったねぇ、と診療所のひとつの部屋でお茶をすすりながら懐かしそうに話すシズばあさんの話を、興味深そうに聞く
「生きててよかったね悟空」なんて、ふんわり笑っているその様子は、穏やかで柔らかで。
なるほど、悟空ちゃんはこの雰囲気にやられたんだね、とシズは小さく笑った。
まわりを和ませるその空気。もって生まれた性質か、はたまた育ちのせいか。別嬪さんにもかかわらず、気取らず飾らないその様子に、自然笑みがこぼれる。


「でもねぇ…。悟飯さんが亡くなってからはぱったりと来なくなっちまって。どうしたもんかと手の空いたときにちょいと覘きに行ってみれば、家には誰もいなくてね。ずいぶん心配したんだよ」
「悪かったな、ばっちゃん。あれからしばらくして、オラ冒険に行っちゃったからよ。いろんなところに行って、いろんなやつらに会ってさ。ドキドキワクワクの連続だったぞ」

ははは、と屈託なく笑う悟空に、成長して帰ってきた孫のような思慕を抱いてしまう。
昔から元気いっぱいで、明るく素直な子だったが、広い世界を知ってなお、まったく変わらないまっさらな心根が嬉しい。………変わったところといえば、『男』という感じになったところか。



「で?ちゃんとはどこで知り合ったんだい?」

にまにま笑ってシズが聞けば、二人してきょとんと顔を見合わせ、それからポポッと頬を染めて視線を逸らしあう。
結婚したと聞いたが、その初々しさ。―――――――――新婚さんだ。


「ほっほっほ。いいねぇ、若いってのは」


可愛いね、と笑いながら、シズはお茶を啜った。















「どれ、じゃあ本題といこうかね」

しばらく談笑したあと、シズはよっこらしょ、と立ち上がって聴診器を取り出した。
一見して特に病気のようには見えないが、診てほしいといわれた以上、患者は患者だ。


「さて、どこが具合悪いんだい?」

聞かれては答えに困る。
具合悪いってほどのもんじゃないんだけどな、と思いながらも、となりにいる悟空の無言の圧力に気おされて。


「ええと…。たいしたことじゃないんですけど……」
「言ってごらん。言うだけでもずいぶん楽になるよ」

にっこり笑うシズに安堵したように息を吐き、の表情が柔らかくなった。

「なんか、朝起きるときとかおなかがすいたときとかに、ものっすごく気持ち悪くなるんですよ。ほんと、実際ゲロリンになっちゃうくらい。でも、なにか胃に入れると治っちゃうんです」



の発言にぱちくりと目を瞬かせるシズ。
いや、気持ち悪い云々ではなく、「ゲロリン」って。
顔とのギャップが激しすぎるその一言に、思わず吹きだしそうになってしまう。




――――――――――――――ってゆうか。




『朝起きるとき』とか『おなかがすくとき』とかって。
それはもしや。


「それじゃ、食べ物のにおいとかはどうだい?」

シズの問いかけに、ウ〜ン、は天井を仰ぎ。


「ご飯作ってるときかなぁ…。普段は美味しそうなにおいだな〜、て感じるものが、ウェッてなっちゃったりするかも」


それを聞いて、シズはそうかい、と頷いた後にを見る。
本気で心配そうな顔をして自分を見返す彼女に、狙ったボケじゃないことがハッキリしていた。
結婚して、やることやって、調子が悪くなる―――――――――すなわち、妊娠。
普通気づくだろう事を本気でわかっていない目の前の夫婦に、なんて鈍い子たちだ、と思わず漏れるため息。



「あ、あの………難しい病気かなんかなんですか…?」

シズのため息に不安になったのだろう、恐る恐るというように聞いてくると。

「なぁばっちゃん、治るよな?」

やはり不安になった様子の悟空。





「ちょいと聞くが、ちゃん? あんた、月のもんは来てるかい?」

大概鈍い子でも、こう言えば気づくだろうと思い二人の顔を交互に見てから、シズはクスリ、と笑ったのだが。


「月の者…? なんて来ませんよ〜。かぐや姫じゃあるまいし」
「「かぐや姫?」」
「あれ?知らない??わたしの世界にはそういう昔話があって………」





ここで脱線すること約五分。
さんのかぐや姫のお話を聞くシズばあさんと悟空さん。



「へぇ…。じゃあ、かぐやひめってヤツは結局月から迎えに来たやつらと帰ぇっちゃうんだな?」
「そうなんだよね。おじいさんとおばあさん、可哀想だよね〜。手塩にかけて育てた姫だったのに…」
「そうだねぇ。まあ、どこの世界も昔話ってのは矛盾してるとこがあるもんだよ」



なんて、三人してうんうん頷きあっていたりしたのだが。





―――――――――…………って、違うだろ!






どうにも調子がくるってしまう。
まったくもってマジボケなの空気。どうも彼女は思考回路が人とはいささか違うようだ。
そして、そんな彼女に思いっきり引きずられている悟空。それはまあ、もともと単純だからいた仕方のないことだが。


だが自分まで!目の前のホワフワな夫婦の雰囲気に飲まれてしまっている場合ではないっ!とシズはぐぐっとこぶしを握り。



「月のもんは月のもんでも、月の使いの話をしてるんじゃないよ。はっきり言っちまえば、生理がきてるかどうかってことだよ」
「あ、ああ…月の者じゃなくて、月のモノってことだったんだ……。うわっ!バカじゃないのわたしっ!!!そうだよね、月の者なんかくるはずないもんね!やー!!!ハズカシいっ!!!ごめんなさいごめんなさいっ!!!」


恥じ入りマックスで平謝りをするだが、別に謝ってもらうようなことを彼女がしたわけでもなく。
それからハッとしたように顔を上げた。



「生理…………先々月は、うん、きた。きてた。先月は…やだ、きてないっ!そういえば、きてない!」


指折り数え始めたの様子に、悟空はわけがわからずきょとんとその様子を眺め、シズはやっとわかったか、とにこりと苦笑して。



「まぁ…確かめてみないとなんとも言えんが、十中八九おめでただね」
「――――――――――――…………おめでた…?」



呆然とした顔で、ボケボケ極まりない声で呟く
おめでた……って、、、ま、まさか――――――――――赤、ちゃん???



「ぇ?え?えぇえええ〜〜〜!?」



一拍遅れてその意味を理解したが素っ頓狂な声を上げて、自分の身体を見下ろし、ババッと下っ腹を押さえた。
ここに、悟空と自分の子供が……いらっしゃる、と?
じゃあもしかして、あの吐き気が、かの有名な「つわり」というものだったのか。



一気に朱が上る顔。
嬉しいとか感動とかそんな感情よりなにより、とにかく信じられなくて動揺する。




「ど、どどどどどうしよう!!!」




まだまだ子供な自分の精神年齢。
こんな自分が、母親になんてなれるのか!?
よくテレビでやってた「十代の母親がわが子を虐待する」なんてオチになってしまったら……それはヤバいっ! 笑えないっ!!!
ああ、でも、、、自分の命よりも愛する悟空さんのお子さんに、そんなことは絶対にしない自信はあるけれど…って、そうだ!!!自分の中に赤さんがいるとしたら、それはまちがいなく悟空の子で。。。きゃ〜〜〜!!!///



真っ赤になってうろたえだしたを見る悟空といえば、何をそんなにオロオロしているのかわけがわからず、不思議そうに首を傾ける。


「ばっちゃん、。おめでたって、なんだ?」



その、どう見ても本気でまったくわかっていないきょとんとした顔に、二人して目を点にして視線を向けてから。




はうろたえた自分がなんだかバカみたいに思えてがっくりと肩を落とし。
シズは呆れたようにため息をついて、頭をひとつ振った。





ちゃん……あんたも大変だねぇ」
「………はい。でもまあ、それでこそ悟空っていうか………」


ハハハ、とため息交じりに力なく笑うと、なるほど悟空は本当に昔と変わらないと苦笑するシズ。




「おめでたっていうのはねぇ悟空ちゃん。妊娠したってことだよ」
「にんしん?」
「わかりやすくいえば、あんたとちゃんの子供ができたってことさね」
「は!?!?」



目をまん丸に見開いてぽかんと口を開ける悟空を、シズは診察室から追い立てる。


「お、おい、なにすんだよばっちゃん!」
「いいから男は出ておいで。今から本当におめでたかどうか確かめるからね」

戸惑う悟空をさっさと追い出して、シズはパタンと診察室の扉を閉めた。















追い出された悟空は呆然と扉の前に立ち尽くす。


とオラの、子供……?


そういや、あの行為は、最初は子供を作る行為だって教わったような…てか、そういうふうに教わった。
それが最近は、子供を作る → 愛を深めるに意味が変化してしまっていて、子供を作ることなんて、はっきりいって忘れていた。それなのに。


なんなんだ?この気分。


胸の底から沸きあがってくる高揚する気持ち。
自分の子供ができたって思うだけで、熱い何かがせり上がってきて、心臓がドキドキ騒ぎ出す。





なんだか…………すげぇ嬉しい。





高揚する胸に、熱を持つ顔。心そのままに緩々になる頬っぺた。





なぜか幸せな気分になってきたとき、カチャリ、と診察室のドアが開く。
ぱっと振り向く悟空が見たのは、頬っぺたを真っ赤に染めて心なしか息の切れていると、苦笑を顔に貼り付けているおばさんの姿で。


?どうした?」


うつむいているに話しかけてみれば、目をウルウルと潤ませて今にも泣きそうな様子。



「おばさんが……///」
「ばっちゃんが?……おいばっちゃん!になにしたんだ!?!?」


思わず立場も顧みず、診ていただいたお医者様に向かって声を荒げる悟空に、が焦ったように。


違うの違うんだよ悟空!おばさんは何にも悪くないんだけどね! そ、その………あんなふうに妊娠してるかどうか調べられるとは思ってなくてっ!」
「だってあんた、触ってみなくちゃわからないじゃないか。安心おし、ちゃんのおなかにはまちがいなく子供がおるよ。先月生理がきてないということは、二、三ヶ月ってとこかね」



さすがは年の功、といったところか。
悟空の怒視線などなんのその、ほっほっほと笑いながら答えるシズばあさん。
「愛されてるねぇ、ちゃん」なんて言いながら優しく微笑みかければ、朱に染まった頬を冷ますように両手で包む




そんな様子を見ていた悟空は、に向き直り。

「じゃあ。ほんとに、オラとの子がここにいるのか?」

そっとのおなかを指し示せば、彼女は頬を染めたまま、上目遣いに悟空を見上げ。

「………うん。いるんだって、わたしたちの子」

おなかに手を当てて、照れくさそうに、でも幸せそうに微笑むその笑顔。
悟空はの手の上に自分の手を重ね、驚いたように自分を見上げるに柔らかい笑顔を向けた。



「すげぇ、嬉しいぞ。なんでかなぁ、オラの子がの腹にいることが、ものすごく嬉しいんだ」



恥ずかしげもなくヘラリと頬を緩ませながらそんな言葉をくれる悟空を見上げ、はにかみ笑うの瞳にも穏やかな光が宿る。



「わたしも、嬉しいよ。悟空の子が、ここにいること。ホント、夢みたい」



ニコニコと幸せそうに笑いあう二人を見て、シズもにっこり微笑んで。



「こりゃ本当に、おなかの子は『愛の結晶』だねぇ」



クスリと笑いながらのその言葉に、ちょっと恥ずかしくなってしまったけれど。
でも確かに、自分たちが愛し合った『結果』がここに実りを結んでいる。
その事実がすごく、すごく嬉しい。





「お父さんだね、悟空。なんか、へんなの〜」
が母ちゃんってのも、なんかへんだよな」
「いいんだよ。子供に教えられて、親も成長するもんさ」


クスクス笑い合う幸せいっぱいの夫婦を、柔らかく見守るシズばあさん。





まだまだ初期段階で、これから大変になるんだろうけれど、となりに悟空がいてくれればきっと大丈夫。
そんなふうに思いながらふんわり笑顔を浮かべるの雰囲気に、悟空の心にも幸せが広がる。



「早く生まれねえかなぁ。明日には出てくっかな〜」
「…………出てこないよ。もっとおなかの中で大きくならないとね」
「そうさね。十月十日っていうからね。あと七ヶ月くらいはちゃんのおなかにいないとねぇ」
「そんなにか? そんなに長い間が気持ち悪い思いするのは、オラやだな〜」


そんなふうにさらりと言ってくれちゃうもんだから、は胸がいっぱいになってトキメいてしまう。

「大丈夫さ。あとニ、三ヶ月もすれば安定期に入るからね。そうすればずいぶん楽になるはずだよ」

その言葉にホッとしたように「よかったな」と頭をポンポンと優しくたたいてくれる悟空の手の温かさに、もう。





「あ〜、もう我慢できないっ! だいすきだよ悟空〜〜〜!」
「うわっ!…ははっ、オラだってだいすきだぞ!」


想いが溢れてしまって、人前だからなんてすっかり抜け落ちてタックルをかますをしっかり受け止めて、悟空が破顔した。









そんな熱々な様子の二人を、ほっほと朗らかに笑いながら柔らかい目で見つめるお医者様だったという。





















妊娠発覚エピソード。相も変わらずいちゃつく夫婦///
そういえば…悟空とブルマが初めて会ったとき、「じっちゃん以外にに人間見たのも初めてだ」
…って言ってましたよね、悟空さん。あれ〜?(あれ〜?、じゃないよコラ)