自分のおなかに、別の命が宿ってる。
最初は体調が悪いばっかりだったけど、今は前よりひどくない。
最近ポッコリと目立ってきたおなかに手を当ててみると、かすかに胎動を感じてしまって。
不思議体験!
生命って、本当に神秘的だなぁ、なんて、ちょっと感動したりして。
そんなゆったりのんびりした日常を、悟空と共に過ごす毎日。
早く生まれておいでね、悟空とわたしの可愛い赤ちゃん。
………なんて、生まれるその日を楽しみにしていたのだが。
実際そのときになってみて初めて、ひとつの命をこの世に生み出すのがものすごく大変な仕事(?)だということに気づくことになる。
第十五章:親になる日
妊娠発覚以後、特になんの問題もなく自分のおなかの中で成長していく命。だんだん膨らんでいく自分のおなかを見て、人間の皮ってどこまでも伸びるんだな〜、なんて、またヘンなところに感心していただったが。
五ヶ月を過ぎたくらいから、時々うごく我が子。大きくなるにつれて、蹴ったり動いたりするたびにおなかがもにょもにょ動いて。
元気に成長しているのを嬉しいと思う反面、なんだかもとの世界で見た『エ○リアン』というホラー映画のワンシーンを思い出して、ちょっと気持ち悪い、なんて思ってしまう。
そんな現実的(?)なとは裏腹に、悟空はもう、暇さえあれば彼女のおなかにくっついて。
「お!今日も元気だな」とか、「早く生まれてこいよ〜」とか、そりゃもう緩っ々な笑顔で飽きもせずに腹の中のわが子に毎日話しかけている始末だ。
は悟空との子供がほしいという願望が多少なりともあったが、悟空にいたっては「がほしいなら協力する」といった感じで、そんなこと露ほども思っていなかったはずなのに、実際できてみればよりも生まれてくるのを楽しみにしている様子で。
妊娠したのも嬉しいし、生まれてくるのももちろん楽しみに決まっているが、そんな悟空の意外な一面を見られたのがなんだかおかしくて笑ってしまう。
「ね、悟空。男の子と女の子、どっちがいい?」
何気なく聞いてみれば、悟空はきょとんとの顔を見上げ、それからう〜ん、と首をかしげた。
「そうだなぁ…。やっぱ男がいいかなぁ。修行して強くしてさ、一緒に組手とかしたら楽しいだろ?」
いや、「楽しいだろ?」っていわれても……。
相変わらずのバトルマニアっぷりならではの発言に、思わず失笑してしまう。
まぁ男の子だったら、やっぱり強いほうが的にも好ましいので、微妙な気分ではあったが頷きかけたのだが。
「あ、でもよ……。に似た女の子もいいよな。オラちっちゃい頃の知らねぇからさぁ。きっとすげぇ可愛かったんだろうな」
さらりと出てくる悟空の言葉。
見上げてくる悟空の瞳に柔らかい光が宿り、ふわりと広がる優しい笑顔。
多分、というかまちがいなく、彼はわかっていないのだろう。
――――――その発言とその笑顔が、を瞬時にして悩殺してしまう威力を持っていることを。
「?」
真っ赤な顔で視線を泳がせるを見る悟空。
小首をかしげて不思議そうに問いかけるその声だって、そのしぐさだって、やばいくらいに愛しちゃっている上に、自分のおなかにいるのがそんな愛しくて仕方のない人の子どもだということに、無上の幸せを感じてしまう。
「えとあの、ねっ! わたしって今、世界一のシアワセ者かもしれないな〜、と思って///」
染まった頬をにへらと緩ませて本当に幸せそうに笑うは、悟空にとってはとにかく可愛くて仕方がない。
もちろん子供が生まれてくるのも待ち遠しくて、日に日に膨らんでいくの腹に話しかけてしまうけれど、多分子供が生まれてもやっぱり一番はなんじゃないか、なんて思ってしまうあたり、悟空も末期だ。
「は男と女、どっちがいいんだ?」
ホワホワ笑っているに問い返してみれば、は自分のおなかに視線を落としてそっと手を置く。
「………うん。希望としては女の子かな、やっぱり。男の子じゃ飾り甲斐がないからね〜。でもね、無事に生まれてきてくれればどっちでもいいの。男の子だって女の子だって、ここにいるのは悟空とわたしの、大切なもう一人の家族だから」
そう言っておなかをさすりながら穏やかな笑みを浮かべるは、『母親』の顔で。
がまだ見ぬ我が子を大切に思っているのがひしひしと伝わってきて、悟空は自分の子ながらちょっと嫉妬してしまう。自分がこんなにも独占欲が強かったなんて、気づかなかった。
「なあ、子供が生まれても、ずっとオラのこと好きでいてくれよな」
思わずこぼれ出た本音。
のきょとんとした視線の先の悟空は、そっぽを向いてなんだか子供みたいに拗ねていて。
男の人(しかも世界最強の肩書付き)を前にしてこんな言い方は褒め言葉なんかじゃゼンゼンないんだろうけれど、ものっすごく可愛く感じてしまう。
気がつけば、そんな悟空に手を伸ばし、子供をあやすように頭を撫でていた。
「よしよし、大丈夫だよ。今までも今もこれからも、わたしはずっと悟空を愛してますよ」
何度も「いい子いい子」をしてあげれば、悟空は大事な宝物を触るようにその白くて柔らかい手をそっと握りしめる。
「わりぃ。なんかオラ、子供みてぇだな。父ちゃんになるのによ」
「ふふ。そんな悟空も可愛くて大好きよ。悟空のことが大切だから、この子もすっごく大切なんだよ。半分は悟空の分身なんだから」
「………そうだよな。あと半分はの分身か。だからオラ、生まれてくるのがこんなに楽しみなんだ」
「ニブち〜ん。いまごろ気づいたか」
クスクス笑うを見て、悟空も安心したように笑みを浮かべたが。
「でもよ、に『鈍い』って言われっと、なんか変な気分だぞ」
「へ? なんで?? だって悟空ってけっこう日常でも鈍いよね?」
「―――――――――おめぇほどじゃねえと思うけどな」
遠くに視線を飛ばす悟空。
なにせ彼女は場の空気は読めないわ思考は果てしなくぶっ飛ぶわで、とにかく鈍いのだ。
悟空的には恋ゆえか愛ゆえか、そんなところも可愛いとは思うのだが、その鈍さ爆発な彼女に幾度となく振り回されてきた自分を思い出し、自然苦笑が浮かんでしまう。確かに自分も鋭いほうだとはいえないが、彼女と比べればずいぶんとマシなほうだと思うのだ。
けれどにはまったくもってそんな自覚はないようで、微妙に眉間にシワをよせ。
「そんなことないもんっ。わたしだって鋭いときは鋭いんだか――――――――っ」
反論しようとする言葉を最後まで言わせず、悟空はその唇に軽く自分の唇を重ねる。
一瞬固まるの躰。何度もしている行為なのに、いまだに初々しいその反応が可愛くて。
「――――――ほら、鈍いだろ?」
悪戯っぽくその瞳を覗き込めば、は一気に頬を高潮させた。
「っ……不意打ちは反則!!! もうっ、いつもそうなんだからっ!」
ぷくっと頬っぺたを膨らますその様は、先ほど見せた『母親』の顔とは程遠く。
はでやっぱり子供っぽいよな、と思いながら、悟空はそっと彼女を抱き寄せる。
「鈍くても子供でも、そんなおめぇが大好きだ」
「…………なんか、、、それって微妙な気分なんですけど…」
そんなふうに言いながらも、やっぱり悟空のあったかい腕と胸には逆らえなくて。
おなかがでっかくなっているためその背に腕を回すことができないかわりに、はきゅっと悟空の道着を握りしめて、その胸に顔を埋めた。
「元気な赤ん坊が生まれるといいな」
「元気で強くて丈夫で可愛いよきっと。悟空の赤ちゃんだからね」
「そうだな、とオラの子だもんな。きっと男でも女でも、強ぇ子になるさ」
「楽しみだな〜」
クスクスと笑いあう二人に挟まれたおなかの赤ちゃんが、タイミングよくの腹を蹴った。
それから二、三日後。
そんなふうにほのぼのと妊娠生活を満喫(?)していたと悟空だったが、来るべきときはけっこう間近に迫っていたらしい。
「ち、ち、ち、血が!!! 血が出てる!!! 悟空ーーー!!!」
「血ぃ!?!? なんで!?!? 痛ぇのか!?!?!?」
「いや、痛くはないけど……血なんか出ちゃっていいの!? ねぇ赤ちゃん!!! 大丈夫!?!?」
「とにかく、ばっちゃんに診てもらわねぇと!!!」
朝起きてが寝ぼけ眼でトイレに行ったと思ったら、うろたえまくった叫び声にいまだ夢の住人だった悟空が飛び起きて。長い間出血を見ていなかったが大パニックを起こし、答えなんか返ってくるはずもないのにおなかに必死に話しかけたりしていて。
とにかく医者だ!と、同じくテンパッている悟空がを抱き上げて、普段は気遣う彼女の高所恐怖症なんかかまっていられずに筋斗雲をかっ飛ばし、超スピードでふもとの診療所へ降り立った。(声も上げずにしがみつくだった)
「―――――――――おしるしだよ」
慌てふためく悟空との要領を得ない説明を根気よく聞いたシズは、あっさりにっこり笑ってそう言った。
「おしるし?」
「なんだそれ?」
落ち着き払ったおばさんの笑顔にいくらか平静を取り戻した二人がきょとんと聞き返すと、彼女はほっほと笑って二人を見返し。
「手っ取り早い話が、もうすぐ赤ん坊が生まれるってことさね。そうだね…今晩か、明日の朝か、その辺だよ」
生まれる……………って、、、生まれる!?!?!?
「「うえええぇえぇえええーーー!!!!!」」
仲良く大声を上げる悟空とを見て、シズはやんわりとの腕を叩いた。
「ちゃん、多分もうすぐ陣痛が始まるよ。わかってるとは思うが、子供を産むってのは大仕事だ。頑張るんだよ」
その言葉に少し緊張した面持ちで頷くに笑いかけた後、悟空に視線を移し。
「悟空ちゃん、あんたはしっかりちゃんを支えておやり。陣痛が始まれば、子供が産まれるまでは並の苦痛じゃないからね。さっきみたいに取り乱すんじゃないよ。わかったね?」
シズの目をまっすぐに見返し、悟空は神妙に頷いた。
痛い。
昔お母さんに、「生理のときの10倍は痛かったねぇ」って聞いたことがあったけど。
まさに、10倍!!!
「来た!来た来た来た〜〜〜!!!」
ググググ〜、と腰と下っ腹に走る鈍い痛みが、周期的にやってくるのだ。
一定期間痛みを我慢していると、フッと今度は軽くなる。その間隔がだんだん短くなってきて。
最初のうちは、「痛いか?」と聞けば「大丈夫大丈夫」と無理してるのはバレバレだが作り笑いをしてくれたの顔から、夜半を過ぎたあたりから笑顔が消えた。
「――――――――――――――痛い……」
それまで一言も口に出して言わなかったその言葉が、あまりの痛みに口をついて出てしまう。
額と手のひらに脂汗が浮かんで、前髪が汗で顔に張り付いた。
我慢強くて、本当に痛いときは絶対に自分から「痛い」と言ったことのないの細い声とその表情に、悟空の胸に痛みが走る。ひとつ間違えば取り乱しそうな自分の精神を落ち着かせるため、悟空は深く深呼吸をした。
「、手、繋ぐか?」
自分の手を差し出すと、はふわっと笑ってくれて、白くて柔らかい手を重ねて握る。
でも、その手のひらは冷や汗で濡れていて。
「ごめんね、悟空。今は落ち着いてるけど、痛いのが来たらちょっと……強く握っちゃうかも」
「いいぞ。どこが痛えんだ?」
「腰。―――――――――くぅっ。来た………」
ぎゅ、っと白くなるほどきつく握りしめるの手。
硬く目を閉じて歯を食いしばって耐えているその姿に、手よりも胸が痛くなる。
いっそ代わってやれたらと思いながら、悟空はが痛いと言った腰をゆっくり擦ってやると、少し楽になったのかの表情が和らいだ。
「あと少しだね。そろそろ準備するよ。ちゃんはそこに横になってくれるかい?」
痛みのサイクルがかなり短くなってきているのを確認し、シズが指示を出し始めた。
示された場所に素直に横になるを見てから、シズは心配そうに見守る悟空を見上げ。
「こっからがちゃんの踏ん張りどころだよ。悟空ちゃんは外で待っておいで」
「やだよばっちゃん!オラここにいる。こんな痛がってるをひとりになんかできねぇよ!」
ぎゅっとの手を握り、必死な面持ちで見返してくる悟空の瞳を見て、シズはひとつため息を落とした。
「あのねぇ悟空ちゃん。こっから先、あんたがいたって何にもできないんだよ。それだけじゃなくて、もっと苦しんでるちゃんを見なくちゃならなくなるんだ。それでもいいのかい?」
シズの言葉に悟空がうつむく。
確かに何もしてやれないかもしれないけれど………でも!
唇をかんだとき、がきつく握りしめていた悟空の手を放した。
ハッとして彼女に視線をやれば、は気丈にも悟空に笑いかけ。
「大、丈夫、だよ、悟空。外で、待ってて。わたし、頑張っちゃう、から」
「………」
なにもできないし、正直言ってこんなに辛そうなをこれ以上見ていたくないのが本音だ。でも。
苦しんでいるを見たくないからといってここで目を逸らしては、逃げ出す卑怯者のような気がする。
は淋しがりやで泣き虫で、それなのに、心細くたって絶対弱音を吐かない。けれど、初めての苦しみの中で必死に痛みと戦っている彼女が、恐怖を感じていないことなんてありえない。自分がいることで、少しでもの心の支えになれれば。
一度放された手を再び握る。
「悟、空……?」
痛みに潤んだの瞳を覗き込み、悟空はにっと笑ってみせた。
「頑張れ、。オラ、ずっとおめぇのそばにいる。ずっと手ぇ握っててやる。だから……怖くなんかねぇぞ」
は悟空の言葉に目を瞠る。
不安に揺れている胸の内を、見透かされていた。
その言葉が、その笑顔が。
こんなときなのに。
こんなに痛くて苦しいのに。
すごく嬉しくて、すごく―――――――――――――――すごく愛しくて。
大好きだ。
今わたしの手を握ってくれているこの人が、『愛してる』なんて言葉じゃ言い表せないくらい、だいすきだ。
心と同時に涙も溢れ出し、胸の底から湧いてくる、勇気。
「………ありがとう、悟空。頑張る、よ」
悟空の手を強く握り、も不敵に笑い返す。
悟空がそばにいてくれるだけで、こんなに勇気が湧いてくる。
「ばっちゃん、いいだろ?」
「…………しょうがないねぇ。じゃ、そこでしっかりちゃんの頑張りを見届けなさんな」
ひとつ頭を振り苦笑するシズに、悟空は「サンキュー!」と太陽の笑顔を向けた。
それからかれこれ小一時間後。
新しい命が産声を上げ。
その後すぐ。
「おやまあ!こりゃちっちゃい頃の悟空ちゃんとおんなじだよ」
「え?え?なになに? なんかヘンなのわたしの赤ちゃん!? ……って、尻尾ーーー!?!?」
「あれ? はは、ほんとだ、尻尾だ! オラのガキのころと一緒だな!」
―――――――――なにはともあれ、無事にお父さんとお母さんになりました。
ついに悟空も妻子持ちww
優しい悟空さがだいすきっす〜///

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