すやすや眠っている悟飯を背負って、愛しくてたまらないの白くて柔らかい手を握る。
街灯も何もない暗い田んぼの畦道を歩きながら、そのふたつの温もりを感じ悟空の頬が自然に緩む。
こんな緊急時(予期せぬ事態で迷子になった事実)になにを暢気な、と。そうは思っても。
襟元にかかる小さな寝息が心地よくて。
きゅっと握り返してくれるその手の感触が嬉しくて。
異様にハイテンションな輩が追ってきているとも知らずに、そんなほのぼの家族が向かう先は、ペンギン村のおまわりさんのいるところ。
ある日のお話*中編*
「タロウさ、博士迎えに来たよ〜!」
「アラレちゃん? あれ? ミドリ先生は?」
「いつも見てる連載ドラマがあるからとおっしゃいますので、私たちが代わりにお迎えに上がりました」
ペンギン村の発明家・則巻千兵衛は本日未明、いかがわしいメガネを発明した罪で警察に逮捕された。
本人曰く。
「だ〜か〜ら〜!!! わしゃなんにも悪いことなんかしとらんぞ! ちょっと、その…このすばらしい発明品の実験をしていただけなんだ!!!」
と自分の行いを正当化。
しかしてそのメガネとは、服が透けて見えるメガネであり。
そのメガネをかけて、ペンギン村の警察官の一人である空豆タロウの恋人であるツン・ツルリンちゃんを見たことでタロウさん逆上。その場で撃ち殺したいのをなんとか抑え、即、『公共ワイセツ罪』で千兵衛さんを逮捕したという経緯なわけだ。
で、千兵衛の奥さんで、ペンギン村中学校の美人教師・則巻ミドリに『身元引き取り人』としてお迎えに来てもらうはずが、実際来たのは則巻アラレとその旦那のオボッチャマンだった。
「なんだよ、ミドリ先生が来てくんなきゃ面白くねえじゃねえかよ」
「た、助かったぁ〜」
同居人であるアラレちゃんとオボッチャマンくんでも『身元引き取り人』の役は果たせてしまうわけで。
しぶしぶ監獄所の鍵を開けたタロウに、助かった、と安堵の息をつく千兵衛。
「だけど! ミドリ先生には千兵衛さんがなにをやらかしたか報告しねーと、腹の虫がおさまんねぇよ。…よしっ!俺も一緒に千兵衛さんちに行くぞ!!!」
「ダメだダメだ!!!タロウはまだ仕事中だろう!!!」
「へへ〜だ。もう定時だもんね」
妻に知られるにはタイヘンまずいことをやらかしたってことは自覚しているらしく、焦って反論する千兵衛だが、恋人をそんないかがわしい実験台(?)にされたタロウが引き下がるはずもない。
「わ〜い! タロウさも一緒に帰ろっ!」
「タロウさんが来るのは久しぶりですね〜」
そんな2人の愛憎渦巻く葛藤なんか露ほども知らないアラレとオボッチャマンは、お客さんがくることを素直に喜んでいたりして。
ぎゃあぎゃあと喚く千兵衛を連行しつつ、警察署を出ようとしたとき。
「あの〜、すいません。ここって、警察、ですよね?」
出ようとしていた四人に、逆にそこに入ってこようとした人影が遠慮がちに声をかけた。
その澄んだ柔らかい響きに、皆さんいっせいに顔を上げた先、まだ大人になりきれていない、可憐な少女の姿があった。
さらりと流れる茶色がかった黒髪。
やわらかく弧を描く知的な柳眉に、その下の涼しげな鳶色の瞳。
ふんわりとした艶やかな唇。
奥さんと子供がいるにもかかわらず(千兵衛さん)、恋人がいるにもかかわらず(タロウさん)、ペンギン村始まって以来の美少女の登場に、思わず見惚れてしまうオトコ二人。
「そうだよ」
こくん、とうなずいたのはアラレちゃんだ。
よかったぁ、とホッとしたように笑顔を咲かせるその表情に、さらに魅了されてしまっているどうしようもない男たち。
しかしてその見目麗しい華奢な少女は、次の瞬間には、えへへ、と困ったように笑いながら。
「えっと……実は迷子になりまして。ここって、どこなんでしょーか?」
その唇からこぼれたそんなセリフに、先に我に返った千兵衛が動いた。
「ここはペンギン村というところです。私はこの村一の発明家、則巻千兵衛という者です。お困りのようでしたらお嬢さん、ぜひ私の家にいらしてください」
今までの顔のデカい三頭身の姿はどこへやら。
シブめの中年ナイスガイの姿に瞬時に変身した千兵衛が、彼女の両手をしっかり握ってそう言う。
手を握る行為云々より、その変身があまりに衝撃的で、目をまん丸にして千兵衛を見る彼女だったのだが。
「なに言ってやがる! お嬢さん、この男は今日も変態行為で逮捕されて、今、身元引受人に引き渡したところなんです。とりあえず立ち話もなんだから、中に入って話を聞きますよ」
今度は警官の制服を着たタロウが彼女の肩に手を回し、強引に警察署の奥に連れて行こうとして。
「タロウっ! もう仕事は終わったんじゃなかったのか!? その手を放せっ! 困っている人を助けるのはわしのポリシーだ!!!」
「ざけんなっ! 千兵衛さんこそ彼女を放せっ!!! この子は警察を頼ってきたんだぜ!? 時間外だろうがなんだろうが、助けてやるのが警察官の務めだ!!!」
「え? え? あの……え〜、と」
自分をめぐって喧嘩をしているらしいお二方を、わけがわからずオロオロとうろたえ見る少女の身体が、いきなり二人の手から離れたと思ったら。
その二人と彼女の隙間に入り込んだ、えらくガタイのすばらしい男の姿が視野に広がった。
「おい、おめえら……。オラのに勝手に触ってんじゃねえよ」
みんなで行っても仕方ないからとりあえず自分が聞いてくると言って先に走っていったの後を、まあ、一本道だから迷うこともないだろうと悟飯を起こさないようにゆっくりとついていった悟空が、警察署にたどり着いてみれば。
どういきさつかはわからないが、おっさんに手を握られ、警察官に肩を抱かれた。
普段は穏やかだけれど、ことに関してとなると、ヤキモチを妬かずにはいられない悟空。
その悟空に対して、目の前の手を握られて肩を抱かれたの姿は、あまりにも衝撃的だったようだ。
デレッとしたその視線だけでも万死に値するのに、あろうことか手を握ったり肩を抱いたりと……許せねぇ。
鋭く睨むその瞳には、嫉妬の炎がちろちろと見え隠れ。
比例する低い声に、千兵衛とタロウがたじろぎ、不穏な空気をいち早く感じ取ったが、あわててそんな旦那様を宥めにかかる。
「あ、あのね悟空、この人たちはただ、迷子のわたしたちを心配して……」
「オラたちじゃなくて、おめえの心配だろ? それに……心配すると、手ぇ握るんか? 肩抱くんか?」
「う〜、ん……そりゃ、そうだけど、さ」
「大体、おめえもちっとは警戒しろよ。鈍いとこも可愛いとは思うけどさ、無防備すぎんだよ」
「…………はぁい、ごめんなさ、い?」
ここで謝るべきなんだろうか?と疑問に思いつつ、不機嫌そうな悟空にとりあえず謝罪すると、悟空は表情を幾分緩めてから悟飯を背負いなおした。
見るからに、家族連れであろうその方々に、あんぐりと口を開く千兵衛とタロウ。
どう見たって、目の前にいる美少女はまだ十代後半、さらに赤ん坊を負ぶっている旦那と思われるその男だってまだ二十歳にも満たないだろう。
若いご夫婦、そして若すぎるパパママ。
何気にちょっとうらやましい千兵衛さん(結婚したのは二十代がけっぷち)と、年齢なんか関係ないんだなと思うタロウさんの間を縫って、ズズイ、と顔を出したくるくるメガネの女の子が、ことり、と首をかしげた。
「――――――悟空くん?」
と、に触った男二人しか目に入ってなかった悟空が、呼びかけに反応してくるりと振り返る。
そこにいたのは、なんとなく見覚えのあるメガネをかけた可愛らしい女の子で。
「………あれ? おめえ…どこかで………」
「やっぱり悟空くんだ〜! んちゃ! ひさしぶりだねぇ!」
うほほ〜い、と嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる女の子の顔をジィ、っと見つめる悟空。
何かを思い出そうと必死な感じの悟空をがきょとんと見上げていて。
そういえば、ここがペンギン村だってお月様が言ってたときも、悟空ってば「どっかで聞いたことある」って言ってたし、もしかして、昔来たことでもあるんじゃないかなぁ。
そんなふうにが思っている中で、どうも思い出せそうにないと諦めたのか、悟空がメガネの女の子に話しかけた。
「なあ、おめえ、誰だっけ?」
「ほよ? 忘れちった?? アラレだよ、則巻アラレ! ずっと前にガッちゃんと一緒にヘンな雲に乗っけてもらったんだよ」
「「「―――――――っあーーーーー!!!!!」」」
同時に上がった大声は、悟空、千兵衛、タロウのもの。
その声にビクつくと、悟空の背中でパッチリ目の覚める悟飯。
「思い出したぞ!!! そうだそうだ、オラずっと前にレッドリボンのやつ追いかけて、ここ来たことあった!!!」
「ドラゴンなんとかっていうすごいメカ持ってきたあの時の子供か!!!」
「そうだ、俺とアカネが乗れなかった金色の雲に乗ってきたあん時の子供だ!!!」
いまいち状況を飲み込めない、そして、以前悟空がペンギン村に訪問したときに顔を合わせていなかったオボッチャマンが首をかしげる中、皆様突然の再会を和気藹々としていたのだが。
「ふぇっぐ……ふえぇええ〜〜〜ん!!!」
いつものごとく悟飯が泣き出し。
とりあえず、子育て経験のあるらしい千兵衛博士の家にいく運びになりました。(舌打ちをするタロウの姿がありました)
「悟空くん、ホントでっかくなったよね〜」
「………おめえは、全然かわんねえなぁ〜」
「だって博士が、オッパイおっきくしてくんないんだもん」
「はぁ???」
「それより、ねぇねぇ、またあのカックイー雲に乗っていい?」
「ああ、いいぞ」
「う〜ほほ〜い♪」
千兵衛の家族は、全部で七人。
まず、自称天才科学者・千兵衛さん。その奥さんのミドリさん。息子のターボくん6歳に、千兵衛さんの妹のアラレちゃんとその旦那さんのオボッチャマンくん。それからくぴぷー、と空を飛ぶ小さき人(人か?)が二人。名前をガッちゃんというらしい。
あれから千兵衛の家へと案内されて、彼の奥さんとは到底思えないスペシャル美人さんのミドリさんに出迎えてられて。
そこで悟空がその昔、ドラゴンボール争奪戦をしていた時分にここに迷い込んでアラレたちと出会い、壊れたドラゴンレーダーを直してもらって、また旅に出たことを聞かされた。
泣いている悟飯に離乳食を出してくれて、残っていたオムツを貸してくれながら話してくれた彼女に、は大感謝したのだが。
仲よさそうに話す悟空とアラレをチラッと見る。
悟飯が落ち着いてトロトロとしはじめれば……最愛の夫と仲良くお話しする可愛い女の子が、嫉妬まではいかなくてもやっぱり気になる。
「ええと、さん、でしたっけ?」
「………っはっ!! あ、ぁはい! です!!! え〜と………」
「私、オボッチャマンと申します」
自分の世界に入っていたに、ニコリ、と笑いかけてくれるその人は、七五三のような服を着たメガネの男の子。
悟空とお話している女の子と双子のようにソックリだ。夫婦とは似るものだ、とはいうけれども、ここまで似るものなのだろうか?
「心配しなくても大丈夫ですよ。アラレさんはみんなにああですから。……かく言う私も、アラレさんの夫として、あの悟空さんのこと、ちょっと気になりますけどね」
いや、自分たちも若い夫婦だと自覚はしていたが、、、目の前のアラレとオボッチャマンは、上に見積もってもまだ中学生くらいではなかろうか。
「………ずいぶんと、お若いご夫婦ですね〜」
「いやいや、そうは言っても私たち、実はもう20歳ですから」
若く見られて困ってしまいます、と苦笑する彼が、自分よりも年上だとはどうしても思えないだったのだが。
――――――ここは、わたしの知る世界じゃない。ビックリドッキリワールドなんだ、と強く自分に思い込ませる。その暗示(?)が効いたのか、は悟飯を抱きなおしてオボッチャマンに笑いかけた。
「えと、はい。悟空も、みんなにああですから」
ニコニコとそう言うに、「そうですか〜」とホッとしたように息をつくオボッチャマン。
「オボッチマンくんずる〜い! ちん、アラレともお話しよ〜?」
ちょっと唇を尖らせて話に入ってくるアラレちゃんは、人見知りなんて言葉を知らないのだろう、にこ〜っと人好きのする笑顔を浮かべてを見てから、その腕に抱いている悟飯に目を移す。
「赤ちゃんだ〜。カーイーね! んちゃ!あたし、アラレだよ。君は?」
「ばぶぅ〜」
「ん〜、まだちっちゃくてお話できないの。名前は悟飯っていいます」
「ほよよ〜。悟飯ちゃんかぁ。ちんいいな、赤ちゃんいて。アラレも欲しいな〜。ねっ、オボッチマンくん!」
「あ、アラレさんっ///」
天真爛漫、思いっきりストレートに自分の願望を口にするアラレの発言に、オボッチャマンの顔はまっかっかだ。
だが、そんな旦那様なんかお構いなしで、アラレはくるりと千兵衛を振り返る。
「ねぇ博士! アラレも赤ちゃん欲しい! 赤ちゃん作――――――」
「わーーーっ!!!」
アラレの言葉をさえぎる千兵衛の大音量の声に、せっかく機嫌のよかった悟飯がまたぐずり出す。
「千兵衛さんっ! 赤ちゃんがいるんですからそんな大きな声出さないでくださいな! まったく、ターボくんのときも思いましたけど、ちょっとは気を使ってください」
「あ、ああ、すいませんミドリさん……でも」
「デモもヘチマもありません!」
キリリ、と奥様ににらまれて、小さくなる千兵衛さん。それはそれで、なんだか可愛らしい。
「僕もこんなに小さかったんですね〜」
覗き込むのは、千兵衛さんとミドリさんの息子・ターボくん。
悟空が敵にドラゴンレーダーを奪われた際に、当時一歳未満にもかかわらず同じものを瞬時にして作って見せた、天才超能力少年だ。
「ああ、おめえは大きくなったな〜。あん時は赤ん坊だったもんな!」
「悟空さんは大人になっちゃいましたね〜。可愛いお嫁さんまでもらって、お子さんまでいるんだもの」
「はは、まあな」
ターボは悟飯を見て、何かを思いついたように人差し指を上げる。
すると、ガラガラがどこからともなく飛んできて空中でとまり、自動的に回りだす。
あっけにとられるだが、悟飯はぐずるのをやめて上機嫌だ。
「お、泣き止んだな。すげぇな、ターボ」
「歳、一番近いからかな。なんとなく赤ちゃんの好きなものわかるんだ〜」
「なんだかよくわからないけど――――――ありがとう」
どうにも超自然的な家族だが、とりあえず『異世界!』と軽くスルーできる自分の図太さに思わず感心しながら、は悟飯をなだめてくれたターボにお礼を言った。
「ま、とにかく。どこから来たのかもわからんのじゃ話にならんから、帰る方法がわかるまでうちにいてくれていいですよ。ね、ミドリさん」
「そうねぇ。家族は多いほうが楽しいですし」
そんなこんなで夜も更けていき、就寝するまでにはもすっかりこの家族に打ち解けていた。
で、そのころ。
「こんな小さな村だ。しらみつぶしに片っ端から家訪ねて歩こうぜ」
「それしかないね。こんなことなら探知機でもつけときゃよかったね」
「いまさら言っても仕方ないし、あの二人に俺たちが探知機つけられると思うか?」
「………できないよねぇ。とりあえず、あのヘンな雲が飛び立った様子もないから」
「あの二人がこの村にいるのは間違いないんだ」
悟空とと『お友達になる』を目標としている彼らのファンは、確実に千兵衛たちの家に迫っていた。
戻れ!!!
続け!!!
またまた続く、ペンギン村編〜♪
………どうも、すいませんっ!!!

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